赤い月と青い月の下
「今日は赤の満月か」
飛竜に騎乗して見ると、月がとても近い。
月は二つあり、伴衛星となっている。双子の月は入れ替わりをしながら、空を巡っている。
今日は赤い月が一つしか見えない。青い月は赤い月の向こう側だ。
15日後には赤い月と青い月が並ぶ。さらに15日後、赤い月は完全に青い月の向こう側に行ってしまって、青い夜となる。
これを合わせて、一か月。
青と赤の月が並んでいた15日前から、今日を入れて15日後が赤の月。そこから青の月が前側に回っていき、また赤の月と並ぶまでが青の月。この二か月を6回繰り返して一年となる。
「赤い月は攻撃魔法などの、対象に害悪を与える魔法が強化される。危険だ。大敵者相手には、非常に危険だ」
オレは飛竜の上で、現状を呪った。
大敵者と戦うのは、まあいい。成り行きで望んではいないが、上手くいけば胸のつかえが取れるだろう。
しかし、この状況はなんだ?
俺を中心にして、飛竜が23騎。全、24騎兵の飛竜兵が2中隊だ。
いくら飛竜が亜竜とされ、炎も吐けず飛ぶしか能のないとされていても、王国では虎の子の兵種である。それが3中隊とは異常な兵力である。
どうしてこんなことになったのか。
昨日の夜、オレは勘違いをしているハンマーによって、巡回局へ連れていかれた。こうなると、誤認逮捕されたほうが、まだマシだったような気がする。
まとめられた計画を叩き込まれ、翌日まで待機。
竜兵の準備が遅れて、午後の出発となったが、こうして竜上の人となって半日。
月が綺麗に見える夜空の下、カタラン領へと急いでる。
「赤い月さんよ。なんでオレは、こんな事になっちまったんだ?」
二度目の人生をやり直してる理由、こうして勘違いされて引っ張り回されてる理由を訊ねて見た。
赤い満月は何も答えてくれない。
「やぁっ。月を眺めるなんて、キミもなかなか風流なんだね」
パンツ一つで竜に乗る変態が、オレに並飛して声をかけてきた。
イシャン・ゴ・アンズランブロクールだ。
「おい、なんでアンタがいるの?」
「そりゃ、竜兵といったらアンズランブロクール。アンズランブロクールと言えば竜兵だろ」
「最近、アンズランブロクールというと全裸って気がするがな」
ハンマーがある筋から協力の打診があったというが、アンズランブロクールだったのか。かの家は諸侯でありながら、当主が王国軍の中で軍席を持っている。その部隊がこの飛竜部隊だ。
2中隊も用意できるなど、アンズランブロクールでないと無理な話だ。
さすがだ。
裸だけど。
「ふっ! 光栄だな」
そうか。アンズランブロクール家へ全裸って褒め言葉なんだ。
どうしよう。宮廷で麗辞言うとき、アンズランブロクール家の人たちには、「素敵な全裸ですね」って言うのか?
ダメだろう、コレ。
「ところでイシャン先輩……なんで裸なの?」
「パンツ履いてるぞ」
訂正するほどのことか?
オレは言い直すのは面倒だが、イシャンが面倒なので訂正し問い直した。
「なんでパンイチなの?」
「なんていうか、こう……飛竜とより一体感が増すとというか……」
飛竜……。オマエ……、災難だな……。
あまりにもひどい主人を見て、オレは堪らず同情を飛竜に向けた。
『ピィ……』
潤んだ目で飛竜がオレの心に答えた。
ヤバい。
今オレ、飛竜と心通わせちゃったよ。傍から見たら危ないぞ。
「ふむ。この通り、わが愛竜ヘイウェイも同意している。うむ、可愛いぞ、ヘイウェイ! 愛い奴ぞ、ヘイウェイ! ヘイッ! ウェーイッ!」
腰を振るな、イシャン!
よく見たら鞍を付けてねーじゃねーか!
裸馬ならぬ、裸竜かよ!
直乗りかよ!
直で当たってるじゃねーか、アレが!
飛竜が泣いてるじゃねーか!
そうか、泣くんだ、飛竜って……。
止めてやれよ……。
想いが届いたのか、イシャンの動きが止まる。
「へ……」
イシャンの顔が真顔になった。
何事だ?
――敵襲?
「へ……」
「へ?」
「……ヘックションッ! ぶえい、ちくしょう!」
「あのなぁ。……寒いのか? って聞くオレがバカか」
裸で夜の空、寒く無いわけがない。
「いや、寒くないぞ」
このバカ、否定してきたぞ。
「なぜ、そんなウソをつくのだ?」
「ちょっと鼻にゴミが入っただけだ」
目にゴミじゃないのか。
オレの追及は続く。
「おい、震えてるぞ」
「こ、これは武者震いだ! 決して正体不明の魔物を恐れているわけではない!」
「明らかに寒ぃからだろ? 寒空の下で裸なオマエを見て、誰もビビってるとは思わねーよ」
なんで頑なに、寒いってのを認めないんだ?
認めて服着ろよ、マジで。飛竜のヘイウェイのためにもさ。
よく見るとイシャンの肌に、さぶいぼが並んでいる。
「イシャン先輩。鳥肌立ってるぜ」
「これは武者鳥肌だ」
「羽を毟られて、食われる直前じゃねーか」
ツッコミ入れると、ツッコミが止まらなくなる。なんだ、この先輩。怖い。
「いやはや、この状況でお二人とも余裕ですなぁ!」
イシャンとは違うウザさのおっさん、ハンマーが飛竜を寄せてきた。ヤメロ、オレはそんなに飛竜を操る技術がないんだぞ。
しかし、ハンマーも見た目のわりに竜に乗るのが上手い。
さすが、巡察官と言ったところか。
「そろそろ先発隊に追いつくかと思いますぞ。――と、シャオシャオの噂をすればシャオシャオですな」
ハンマーが故事を言いながら、街道の先を差した。
見れば、街道脇で軍馬を休ませている騎馬隊が見えた。
先発隊の役目は連絡と偵察だ。とはいえ偵察すべき場所は、はるか先なので、やるべきことは連絡や宿の手配くらいしかない。
街道脇の集落で、食糧と宿を手配してくれたのだろう。
ここで一休みする間に、飛竜部隊から再び先発隊を選び、夜通し先に行かせる。
翌日は騎馬隊を休ませ、先発隊は後方部隊となって補給に周る。
飛竜もここから交代で飛ぶ。1中隊は後方から追いかける形だ。
もしも天候などで飛竜が先発できない場合、騎馬隊が再び先発となる。
こうして空と陸の機動力を交代させるのが、王国古来の進軍方法だ。
素早いこの進軍によって、二日でカタラン領に入った。馬車でなら一週間はかかる行程だ。
この調子でいけば、明後日にはランズマへと到着するだろう。
ランズマには、カタラン卿とヨーヨー嬢がいるらしい。連絡はすでに届いており、警戒態勢になっているという。
「もしかしたら……また歴史が変わるのか?」
山の多いカタラン。その山の間から、青い月が顔の覗かせ始めた夜空を見て、オレは思いを馳せる。
「今のオレが、誰かの意志によってやり直しているとしたら――。もう一度、オレに学園生活を楽しませるために仕組まれたんじゃないとしたら……」
何者かが、オレに「なにかを成せ」と言っているのか?
「――冗談じゃないぞ」
オレは命令されるのは嫌いなんだ。
「そのうち、裏切ってやるよ。今は流されてやるけどな」
竜の上で、オレは負け惜しみを言ってみた。
誰かわからないし、そんなヤツがいるか分からないが――。
言わずにはいられなかった。
「ああっ! もう限界っ! ザルガラくん! アレ! アレ、アレ! アレを私にかけてくれ! 極彩色のなんとか! 寒い! 限界! 服着たい! 暖かいお服、ラブ!!」
イシャンが竜の上で騒いでいるが、もうしばらく無視することにした。
「お、城壁が見えてきた。あれがランズマか」
「無視しないで! ほんと、服ください! もう半裸で乗らないから! ほんと、ごめん! 服に謝る! 人類の英知だ、服、布、皮、綿、絹、衣ばんざぁぁぁーーーーいっ!」
小ネタ解説
シャオシャオの噂をすればシャオシャオ
曹操説曹操




