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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第6章 右手の魔弾と左手の右手
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災禍の予感


『……イジメよくない』

 オレ、イジメてないよ、ディータ姫。

 目の前で泣いているフモセがいるけど、断じてイジメてない。


「もうしわけありません、アザナ様……」

「そこはオレに謝れ」

『そこは泣いてる女の子に謝れ』

 ディータが口を挟む。納得いかない。まったく世界は数の味方だが、女はいつも女の味方だ。


「それじゃあ、アザナは最近帰ってきてないのか?」

 びくびくしながら庭の後片付けをするソーハ家のメイドたちをしり目に、フモセを問いただす。

 アザナの付き人であり幼馴染である彼女は、うつむいたまま小さくうなづいた。


「お付きのオマエを置いて、か?」

「……」

 再び無言でうなづいた。


「そうかぁ、あのアリアンマリとかぁ……」

 この独り言をフモセが聞いて、びくりと肩を震わせた。

 もしかしてアリアンマリに主人アザナを奪われたような気がしてるのだろうか?

 

 実はオレ、アリアンマリのことがあまり好きじゃない。前の人生の時、ペランドーをだまして裏切らせたことがあったからだ。

 そんな彼女のことだが別段、恨んでるわけでもない。

 しかし今現在アザナを独占してると思うと――いやいや、何を考えているオレ?


 フモセと同じ黒い感情に捕らわれそうになったが、気のせいだろう。


 思考を戻そう。

 なぜアザナはあちこち遊びまわっているのだろうか?

 学校には来ているが、家を空けるほどの用事?

 もしかして、勇者の任務を果たしているのだろうか?


「……フモセ。アザナはオマエを置いて勇者の仕事に行くことでもあるのか?」

「な、なぜそれを!」

「どこから伺いましたか!」

 何気なく勇者という言葉を使ったら、フモセと騎士セタが騒ぎ出した。


 ……あ、そうか。

 アザナが勇者である、と公表されるのは、アイツがエンディアンネス魔法学園を卒業してからだ。

 この時点でオレがその情報を知っているのはありえない。事実、1度目の人生でもそうだった。

 しまったな、うっかりしていた。


「え? あー、ほら。このあいだ、古来種カルテジアンの支配下になってない変態ユニコーンを連れ歩いてたろ? あのときもしかして……とは思ってたんだ。そしてあの子供ケルベロス。アレを見て確信したってわけさ」

 オレもなかなか口が上手いな。なんとか言い訳を並べることができた。あとはフモセが納得してくれるか――。


「そ、そうなのですか……。おそる……さすがはポリヘドラ様……。それだけの情報で見破るとは……」

 よし、押し切った。

 思いつきの言い訳を信じてくれたようだ。とはいえなんだか、オレへの警戒と評価が上がったような気がするが、まあいいだろう。


 さて【勇者】とは、古来種の作り出した統治システムの一つである。

 中位種の人間に上位種と同等の能力を与え、古来種の意志に従わない魔物や精霊などを駆逐する任務を与えられた存在だ。

 古来種なきいま、勇者としての義務はないのだが、蛍遊魔ディスクワイディングの駆逐任務が残っている。


 大陸中央では、ほとんどの魔物が古来種支配下のままだ。

 一万年、世代交代しながら連綿と与えられた任務を全うしつづけている。古来種の財産を守ったり、警備として遺跡を徘徊していたり、極地を監視するため周回したりなどさまざまだ。

 その任務の範囲内で、支配下に置かれている魔物は行動を制限されている。そういった魔物たちが山を下りてきて、人里を襲うということはまずない。古来種のシステム下で任務を遂行している限り、何不自由なく暮らしているからだ。

 もちろんこちらがテリトリーを侵せばその限りではないんだが、とにかく古来種支配下にある魔物は障害とはなるが脅威の存在ではない。


 そして蛍遊魔は古来種の命令を受けていない自由な魔物だ。よって人里を襲ったり、街道で馬車を襲ったりなどする場合がある。

 以前、オレとアザナが殲滅した、攻撃や防御を混乱させる大敵者アーチエネミーも蛍遊魔だ。

 これらを駆逐する任務を持つ存在が勇者である。

 数年後、突如あちこちで現れる蛍遊魔を倒すため、アザナは勇者の責務を果たすため忙しくなる……はずだ。歴史が同じならば――。


 世間やオレの知っている【勇者】についての知識はこのくらいか。


 ともあれ、アザナが勇者であるとバレたと思っているフモセたちは、少なからず慌てていた。


「どうか、ポリヘドラ様。このことはご内密にお願いいたします!」

 

 アザナがたまーにやったりやらせられたるドゲザとかいう謎のポーズを、フモセが披露してきた。ソーハ家発祥である南方足跡諸島の風習なんだろうか、これ?


「ああ、隠しておく理由があるなら黙っておくよ。言いふらしたりしないから、そのドゲザっての止めてくれ」

 今はまだ蛍遊魔が活発ではないので、アザナものんびりしたいのか勇者であることを秘匿している。

 ここは前回の歴史通りにしておいたほうがいいだろう。バラして広める必要はない。

 オレとアザナが遊べ……じゃない、ケンカできる機会が減るしな。


 だが、勇者の仕事をするならば、フモセはだいたい連れて行くはずだ。なにせ側近中の側近だからな。


「アザナのヤツ。いったい、どういうつもりなんだ? ……まったく仕方ねぇな。よし、オレが一発殴って……いや一言いっておいてやる」

『……これはいいじゃれ合いのネタだな、と思ってる? ザル様』

 じゃれ合いじゃねーよ。ケンカだよ。


『……結局、説得じゃないんですか?』

 ディータに呆れられてしまったが、一言いっておくというのはあくまでフモセたちへ対しての建前だ。


「いえ、ポリヘドラ様のお手を煩わせるわけには」

「当家もアザナ様の行動を特に問題としているわけではないので、ご安心を」 

 フモセとセタからフォローが入った。


「……ん~。まあそういうことにしておくか。あったら言っておく程度でな」

 そのまま流れでちょっとケンカに入っても、ほら自然。


『……無理がある』

 ディータに首を捻る。

 オレもそう思う。


   *   *   *


 なんの成果もなく、アザナの屋敷から我が自宅へと帰宅すると、どうも中庭の方が騒がしい……。なにか竜の鳴き声っぽいのも聞こえる。


「ティエ。オマエは荷物を持って中へ」

「はい、かしこまりました」

 騒いでいるのはエト・インらしい。もしもあのエト・インが暴れていたら、止められるのはオレくらいである。

 鎧でがっちり固めているならともかく、メイド服のティエを連れて行くわけにはいかない。


「おいっ! なに騒いでるんだ!」

 なんとも甘い香りのする中庭に足を踏み入れると、焼きレンガを敷き詰めた噴水の排水路脇でエト・インが水浴びをしていた。


 竜の姿で。


「きゃははははーっ!!」

 誰かが水を生成してかけているのか、次から次へと浴びせられる水流の中でバタバタと暴れている。


『ひゃー』

 大熱量を持ちながらも猫のように水を苦手とするタルピーが、降りかかる水しぶきから慌てて逃げて行った。

 湯気を出すタルピーが立ち去ったのを確認してから、竜の姿で水浴びをするエト・インに詰め寄る。


「おい、エト・イン。水浴びするなら、人の姿で済ませろよ。水があちこち飛び散るだろうが」

「だめー」

 エト・インは逆らった。

 だめ?

 イヤではなく、なんでダメなのか?


「あらあら、婿殿はエト・インのありのままのより、人としてのありのままがよろしいの……かしら?」

 エト・インの巨体……といっても大型馬車くらいなので古竜としては小さいのだが、その巨体の影からオティウムの声が聞こえてきた。

 どうやらこのオティウムが水生成をしているようだ。これだけ連続で水を生成できる……か。さすが古来種といったところだな。


「まったく、水はけのいい中庭とはいえ竜を丸ごと洗うとか、オマエ何を考えて……っておい真昼間からなんて格好してんだ、アンタは?」

 エト・インの向こうから現れたオティウムは、薄く白いワンピースを水で濡らして透けた肌色を日差しの下に晒していた。


『みちゃだめ』

 透けるおっぱいを隠すように、のっぺりしたちっぱいが現れる。

 ディータが何を思ったが、オレの前におっぱいを隠すためちっぱいを晒して立ちふさがった。


「別にあんな女の裸を見たってどーってことねぇよ。あっちが隠さないのにこっちが目を背ける? いやだね」

 こっちが下心ありの目で見たら侮蔑して、慌てふためいたから、からかうつもりなんだろう?

 後出しに付き合うつもりはない。

 もちろん、いまさらディータ姫ののっぺりした小さい胸なども、見慣れてなんとも思わない。


『……っ! ……そう、そうだった。やっぱりザル様はそっちですね? わかった……。はぁはぁ……早とちり……胸への評価はイラっとしたけど、ホッとした』

 イラッとしたのか、ホッとしたのか、ドッチなんだ?

 それに何がそっちなんだ。早とちりはしてないが、なにか勘違いしているようだぞ、ディータ。


「……あーとはいえ、親の行動を見習うエト・インの将来が心配だから、ちゃんと何かを着てくれよ」

 用意していたのだろう。テーブルの上に置いてあったタオルを取って、オティウムへ投げ渡す。


「仕方ないですわね」

「先にエト・インを拭くな。そっちは全身くまなく色気も意味もない鱗だらけで全裸で問題ないだろ」

 投げ渡したタオルと何を思ったかエト・インに使用し始めた。わかってやってるな、この古来種のような者。


「で、なんで()の姿のエト・インを洗ってるんだ? まさか水浴びってことでもないだろう」

 オティウムがしっかりタオルで身体を隠してから、現在のこの事情を訊いてみた。


「せーの、んしょ、っと。……それがですね、婿殿。古竜は人化こそできますが、小さくなるときに汚れも一緒に小さくなるわけではないんですねぇ」

「ほう……なるほど。背中がちょっと泥で汚れてるだけでも、小さくなったらその泥が全身に広がるってわけか」

 大きさが変わるわけだから、そういうこともあるだろう。身に纏った服がそのまま大きくならないように、逆もまたないというわけだ。人化したとき服を着ていたことはあったが、あれは別途どこからか出しているのだろう。オレの使う【極彩色の織姫】みたいな魔法か?


「それに竜の姿の時、身体に矢が刺さっていたとしますよね? 刺さったまま人化すると、体が小さくなってしまいます。竜時のときは相対的には小さかった矢が、人の姿では普通の矢として傷が大きくなってしまうわけです」

「ああ、つまり指先に刺さってた矢が、人化の時に指先から肩に抜けるような形になっちまうわけだな。そりゃあ危険だ」

 竜の姿の時に、ある程度キレイで身体に不要な物質が刺さっていない状態。でないと人化は危険や不利益をともなうわけか。

 面倒くさい人化の制限だな。だから竜下人とか使って、体の掃除や手入れなどさせるってことか。

 …………ん?


「なあ、ちょっとまて? おい、エト・イン」

「なーに?」

 中空で生成され続ける水をがぶがぶと飲んでいたエト・インが首を巡らし、つぶらな爬虫類独特の眼でオレを見下ろす。竜ながらあどけないその顔を指さして訊ねる。


「つまりなにか? オマエはオレが留守中に、身体を汚して洗わなければならないようなことをしたってことか?」

 くいっ、と視線を逸らすエト・インとオティウム。

 ……どっかで人を殺して血糊落としてきたとかそういうのないよな?


「おい、なにをした?」

 問い詰めようとエト・インへ駆け寄って掴みかかろうとしたら、人化してするりと逃げいていきやがった。それを追いかけ、がっつりと腰を掴んで持ち上げたのだが、びちびち暴れる魚のような動きでぬるっと飛び出していってしまった。


 ん? 手に残ったこの甘い香りは――。


「……糖蜜?」

『さすがです! ザル様! 幼女の身体についていた蜜を舐めるなんて!』

「ぐ……。オマエさぁ……だんだんヨーヨーに似てきたぞ」

 やったことはマズかったかもしれんが、それに反応するディータの姿がアイツに重なってみえた。


『…………心外』

 あ、大人しくなった。さすがのディータもヨーヨーと一緒にされたら困るようだ。

 逃げた人姿のエト・インはオティウムの影に隠れ、守られていると確信してから説明を始めた。


「あのね、きょうはベデラツィさんのところにおさんぽにいったの。そしたら甘いにおいがしてね」

「ほう」

 まあ、もうだいたいわかった。

 ベデラツィ商会の裏手には、糖蜜の入った樽のタンクがあったはずだ。たぶん、あれのことだろう。


「おっきいたるがあって、その中からいいにおいがするから、くびをのばしてみたの」

 その首を伸ばすって意味は、きっと竜の姿になって意味だろう。一瞬、想像してしまったが人の姿のまま首を伸ばしたわけじゃない……よな?


「そうしたらね」

「そうしたら?」

「ボス! トン! って、おちちゃった!」

「そうか、ボスッ! トンッ! って糖蜜の中に落ちたか。災害だなっ!」

 竜が糖蜜タンクに落ちるとか、目も当てられない。


「そういうわけか。なんとなく甘ったるい匂いがするのもそういう理由か。あーあ、まったくなんてことをしやがる……。たしか糖蜜は痩せ薬のコーティング剤に使ってたはずだな」

 痩せ薬は粉末では急激に吸収されて効果が薄く、かといってオブラートでは意味がない。薬を糖衣で包んで、ゆっくり持続的に効果を持たせている。

 その材料の糖蜜をタンクごとぶちまけたか。


「はあ、さっそくベデラツィのところへ詫びに行ってくるか」

「いってらっしゃい、ザッパー」

「オマエもくるんだよッ!! エト・イン!!」

 この元凶めっ! 一緒に謝るんだよ!


「いってらっしゃい、婿殿」

「オマエもくるんだよッ!! オティウム!!」

 この保護者めっ! 一緒に謝るんだよ!


 あと婿じゃねーからっ!!


実はとある矛盾点に今更気が付きまして、急きょこじつけ理論を組んでを話に織り込んでみました。

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