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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第6章 右手の魔弾と左手の右手
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魔弾



 陰鬱いんうつに、気怠けだるく――

「そう……」


 無機で、冷たく――

「別に」


 固く、刺々しく――

「だから?」


 もしもオレの母が万物の支配者であったなら、世界の事象すべてを絵画に収め額縁を嵌めて、露店のたたき売りに出しかねない。


 オレの母親はそういう女だった。

 二度目の人生ながら親を語れるほど人生経験があるわけじゃないが、あの人の心は母という形をしていない。かといって伯爵夫人の心をしているわけでもなく、女として正直に生きているわけでもない。


 父はそんな母を気づかっていたが、全部みごとに面白いほどむなしくて同情するほど空回りしていた。

 幼少期のオレと同じように……いや、オレが父と同じだったのか。


 兄は早々と母と距離を保っていた。オレもいつしかそれを見習った。


 そんな母も昔は違ったような気がする。そういう話も聞いている。


 散らかった記憶の中に、どこかに紛れてそんな小さいが重い記憶が――。


「ザルガラ様。カヴァリエール卿がいらっしゃいました」

 未整理でシャッフルされている頭の中を、懸命にひっ散らかしながら記憶を探していたら、ティエが来客を告げに中庭へ現れた。

 

 告げるティエの後に続き、王都騎士団隊長のフランシス・ラ・カヴァリエール卿が甘いマスクを緊張させて中庭にやって来た。本来ならば来客者を待ってもらうが、よほど緊急なのだろうか? 


「火急の件につき、失礼かと思いましたがお邪魔させていただきましこれはこれは大変お美しい。ザルガラ君の母君であらせられますか? お初にお目にかかります。申し遅れました、わたくしは王都騎士団で大隊長を務めるフランシス・ラ・カヴァリエール……いえ、貴女のような燦然たるバラの大花を前にては、我が貴き名も家名も、陛下より賜りまりし憲章も、すべて名もなき花となりましょう。どうかファニー……と、お気軽に及びください」


 カヴァリエール卿は王都騎士団らしくブーツを力強く鳴らす歩き方から、ごく自然に縁起染みた緩急ある歩き方に切り替えて、謝辞の言葉を途中から口説き文句に変えて見せた。

 見事な変わり身である。


 裏返しで逆な珍妙なオレをここにいない者として、オティウムに対して膝をつく。

 さすが王国に数々の浮名を流すカヴァリエール卿だ。見惚れるほど絵になる姿だなんだが、まず呆れかえって声が出ない。

 マイペースにオティウムの手を取ろうとするので、邪魔するためオレは横から紹介に入った。


「緊急ラブ光線発射中のところもうしわけないが、カヴァリエール卿。ソイツはオレの母親じゃない。うちの居候で、ドラゴン娘の保護者だ。名前はオティウム……」

「おおっ! なんとも解き放たれたよいお名前ですね。以後お見知りおきをオティウムさん」

「それはいいから、おい!! なにしに来たんだよ、ヴァリエのとーちゃん」

 この2人はお互い伴侶のいる身なので、目の前で不倫関係が始まらぬよう無理矢理に用事の内容を聞きただす。


「もちろんそれは、お美しいオティウムさん。見知らぬあなたと出会い、魅力的なあなたと知り合い語らうこの運命に従ってまいりました」

「まあ……ちょっと驚きましたが、そこまでなされると折れそうですわね」

「いい加減にしろや、色ボケどもが」

 口説きを止めないカヴァリエール卿の肩を掴むが、彼は未だオティウムから目を離さない。ここまでくると感心する。

 横っ面に魔力弾を叩き込んでも、まだ口説けるなら見上げたものだ。試したくなってくる。


「ちょっと待ってくれないかね、ザルガラ君」

「後にしろよ。いや、間違った。後にもするな、コイツの旦那の一撃でその自慢の顔が吹き飛ぶぞ」

「ふ……それは怖い。さすがオティウムさんの選ばれた伴侶は、尋常ではないようですね」

 古竜だからな。見たらその甘いマスクも青いマスクになることだろう。


「で、ほんと何の用だよ。ずかずか入り込んできて」

「実は相談したいことがありましてね。まずはこれを……見ていただけますか」

 やっとオティウムから離れたカヴァリエールが、懐から椎の実のような鉄……いや鉛合金に銅合金の被膜をかけたものか。そんな小さな物を取り出して見せた。


「相談? 協力しろってか?」

「ええ。なにぶん、魔法学者関係に知り合いがおりませんので、ザルガラ君にお願いにあがったわけです」

「そうかい」

 伝手やコネを増やし、それを利用するつもりなら、こっちも利用される覚悟がなくてはならない。それに頼られるのは――悪い気分じゃない。

 オレは椎の実のような金属を受け取るながら、自嘲してみた。人付き合いなんて煩わしいと思っていたが、こうもトントン拍子だと調子に乗って楽しくなってくるな。


「これは……共和国の銃ってやつの弾に似てるな」

「やはり? ではそれが防御胞体陣を突破することはありますか?」

「ないな」

 断言し自信を持って否定する。


「コイツに魔力を流し込んで魔法で射出しようが、魔力を流し込んだ新式手帳の一冊も貫通しないだろうよ」

 魔法陣は新式や古式、投影や紙への書き込みにかかわらず、物理相手に過剰なほど防御能力を持つ。投影された古式の魔法陣は防御用でなくても、巨人の投げた岩ですら防ぐだろう。

 魔力を込めた物体をぶつけたとしても同じだ。封じ込められた魔力が、衝突した魔法陣としのぎを削っている最中に、その余波を受けて壊れてしまう。


 この弾丸はそれに耐えられない。合金とはいえ柔らかい鉛の塊だから、潰れて運動エネルギーも魔法陣の前で吸収されるだろう。ネーブナイト夫人の振り回していた鉄球なら未だしも、この弾丸は小さく柔らか過ぎる。


「私はその弾丸が防御魔胞体陣を突き抜けて、術者を傷つけるところを見ました」

「……っ! なんだと?」

 それは見間違いじゃないかと思うと同時に、オレはこの弾丸を魔法で解析にかけた。


「かなり高度な魔法の痕跡があるな……あっ」

 これはオレがたった今さっき、会得したレピュニットの用法に似ていた。もっとも投影された魔法陣の痕跡……転写された線の一部なのではっきりとはわからないが、とても似ていた。

 オレ以外に、いったい誰が?


「なにか気付きましたか?」

「いや……これをどこで?」

 誤魔化して出所を聞くと驚くべきことを、この騎士団団長は口にした。


「夕べ、雨の中を警戒にあたっていたところ、何者からか逃げているクラメル兄妹のローリンと出会いました」

「ローリンが……? いきなりそれが衝撃的だ」

 あの2人ワンセットのクラメル兄妹たちに何かあったのか?


「ご学友でしたね。まあわたしの娘の先輩でもありますので……。路地から出てきて助けを求めるローリン嬢を、すぐに救助しようと駆け寄ったところ、どこからともなくこの弾丸が飛来してきました」

 身振り手振りでカヴァリエール卿は状況を説明してくれた。彼は話上手のはずだが、状況を正確に説明したいのだろう。そういう必死さが伝わってくる。

 ローリンを表す右手の背後から迫る弾丸を表す左手。カヴァリエールは右手を胞体陣で包み、ローリンの防御を表現した。


「そして次の瞬間、弾丸はローリン嬢の防御魔胞体陣を貫通し、彼女の肉体に到達しました」

「なっ! それでローリンは無事なのか!?」

「彼女の心配をされますか。貴方もなかなか……」

「う、うるせぇっ! アイツなんて大したことないから、防御を抜かれても驚かないだけだよ!」

 誤魔化すが、自分で言っていてそれ(・・)はないな、と思った。ローリンの防御は学園でも指折りだ。

 オレとアザナを除けば、彼女は三番手と言っていい。教師でも防御で彼女に並ぶ者は数人だろう。

 その防御を貫通したか――。

 カヴァリエールの話が本当ならば、さながら『魔弾』といったところだな、この弾丸は。


「大丈夫です。何しろこのわたしがいたのですから、すぐに治療して命に別状はありませんよ」

 すごい自信だ。騎士団は肉体の扱いに秀でているから、同時に治療魔法の技術も高いと聞く。まあ自信を持つのも無理ない。


「そうか、まあ無事ならいいや。で、この弾丸がソレってわけか」

 魔具として加工されているが、魔力のぬけがらとなっている弾丸を投げ返す。カヴァリエールは弾丸を表していた左手で受け取り、鉛弾を懐にしまい込む。


「しかし意識が戻りません」

「おいおい! ぜんぜん大丈夫じゃないだろ!!」

 カヴァリエールの補足を聞いて、オレは言をひっくり返す。


「しかも重ねて悪いことに、彼女の兄。コリンの行方も不明です」

「大事件じゃねぇか……」

 有力貴族の娘が意識不明で、息子が行方不明。

 心配で……じゃない、大事件すぎてオレですら頭を抱えたくなる。


「で、治療の手伝いもしろってか?」

「ご安心を。クラメル兄妹のご実家が総力をあげてますので」

「そうか。クラメル侯爵はそういう実家だったな」

 クラメル侯爵は治癒魔法の大家たいかである。連なる家臣たちも、みなが優秀な魔法医たちだ。オレがいかに優秀だろうと、割って入る必要はない。


「その分、捜索への圧力が厳しいですよ。侯爵家からの」

「大変だな、そのへんは仕事だろうし……。まあ、しょうがねぇ。アイツらは先輩だし、恩を売るのも悪くないだろう。捜索は任せるとして、その弾丸について調べておくよ」

 仮にも治安体制側の彼だ。協力の申し出は、捜索についてではない。弾丸についての調査依頼だろう。


「よろしくお願いします。それで、この弾丸はなくとも調査に問題ありませんかか?」

「大切な証拠品だろ? オレは大丈夫だ。書かれてあった魔法陣は全部頭に入ってる」

「さすがですね」

「まあな。とにかく任せておいてくれ。持ちつ持たれつってやつだよ」

『……いいの?』

 オレは快諾したが、ディータは少し思うところがあるようだ。頼られるのが悪くないからと、オレが安請け合いしてると思ってるのだろうか?

 怪我人と行方不明者がオレのケンカ友達とあっちゃ、さすがに黙っていられない。ディータに理解できないはずがないんだが――、ああそうか。1人でやるなってことか?

 

「あっと、そうだ。ヴァリエを通じてそっちからアザナに連絡しておいてくれないかな? このことについて協力させたい。明日あたり館にお邪魔させてもらうって、な」

 取り巻きの1人であるヴァリエのヤツなら、アザナか親しいフモセへ念話を飛ばせるだろう。

 せっかくだ。あのアザナも巻き込んでやろう。ローリンの防御魔法陣を貫通? できるようなものを作れるヤツがいると聞いたら、喜び勇んで泣き笑いしながら尻尾を振りつつオレについてくるに違いないぜ。


『……なるほど。こうやってさらっと家に押しかけますか』

 ディータは何を興奮しながら納得してんだろうか?


「……わかりました。ではそのように」

 カヴァリエール卿の反応が少し渋かった。どういうわけだろうか?


「どうかしたか?」

「いえ、ザルガラ様が妙な格好をされているな……と」

「今更かよ!」

 恥ずかしいことに、ずっと逆で裏返しの格好だったよ!! 

 さっきから、オマエの意識はオティウムの服とかおっぱいに行ってたな!!


「明日あたり、ザルガラ君が訪れると連絡しておいてよろしいでしょうか?」

 問いただそうと思ったが、カヴァリエールが忙しそうなので、呼び止めるのも憚られた。あっちも忙しい身だ。引き留めてはコリンの捜索が滞るだろう。

 カヴァリエールを見送り、オレはアザナを巻き込むことを思い描いて、今日は期待しながら眠りについた。


 そして――。


 翌日――――。


 土産を持たせたティエと、お出かけお出かけと踊るタルピーと、憑りつき姫フワフワのディータを引き連れて、初めて訪れるアザナ邸宅にワクワクするオレを出迎えたのは――。



「き、きましたね! ザルガラ様!! こ、このア・フモセ、死んでもここは通しません!!」


 アザナの作ったゴーレムたちを屋敷前に並べ、これまたアザナ謹製の魔具で身を固めて、オレに敵意を向けている使用人ア・フモセの姿だった。

 恰好と立ち姿に「ここは通さぬ」という決意が見えるが、ちょっとフモセの声が震えている。

 彼女の後ろでは、ソーハ家の騎士だろうか? 

 鼻の上に真一文字の傷がある騎士が、困ったもんであるという顔で立っていた。


『……あー、これは何か行き違いがあったようですね』

 ディータが他人事のように、事態を理解してぽつりとつぶやいた。


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