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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第6章 右手の魔弾と左手の右手
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子を褒める母に理屈と成否はない


「ではその件はしっかり検討させていただきます」

「来てもらって、頼み事なんて悪いな。トポロゴスさん」

「息子の学友です。むしろ感謝しているくらいですから、恩返しですよ」

 恩返し?

 サインした書類を片づけながら、トポロゴスは意外なことをオレに言った。


 トポロゴス氏はオレの要望に快諾してくれた。孤児院の何人か、裁縫士の弟子入りさせてもらうというお願いを、だ。

 裁縫士に限らず、職人は弟子を絞って受け入れてる。当然だ。弟子というものは最悪、将来は商売仇になるかもしれない存在だからな。

 そこへ選りすぐりのたった数人とはいえ、しかも孤児をねじ込むってのは大変な労力だ。


「不思議そうな顔しておられますね?」

「え? ああ、まあ……」

 顔に出てしまったのか、服をひっくり返して逆に来るトポロゴスにそんなことを言われてしまった。


「これでも親子関係で悩むところがあったのです。ポリヘドラ様と出会えることになってからは、息子との交流もうまくいっておりましてね」

「そう……か? オレは何もしてないんで、そういわれてもピンと来なくてね」

 服を着るように強く言ってないし、会話したことも記憶が怪しいんだが?

 顔に出てしまったのか、安心してくださいという笑みをトポロゴスは見せた。


「人は強い刺激を受けると、大きく変わるものなのですよ。それがうまく……私にとって都合よく息子の中で反応したとお思いください」

「ああ、オレが原因だが結果は偶然ってわけね」

 意図したわけではないが、オレの存在がトポロゴスの息子にいい影響を与えたということか。

 例えるならばオレの前に現れたアザナ。これに似た関係だろう。


 互いに礼を言い合い、トポロゴスが帰ったあと、オレは自室に戻ってある魔法の練習に入る。

 レピュニットを利用した空間跳躍魔法の練習……いや、まだ実験か。


 エト・インは寝てしまったようで、寝かしつけたタルピーがオレの部屋で任務達成の踊りを舞っていた。その隣りで俺は実験に入る。


 先ほどは思いつきでイチゴダーイフクァを空間跳躍させてみた。うまくいったが何度か検証してみなくてはならない。技術はなにごとも反復が要である。


 なんどか手近の物を空間跳躍させてみた。

 消えては現れる調度品。近い距離ならば、なんなくできる。

 距離が延びるほど……というか、どうにも見えない場所へ飛ばすことが難しい。この辺はオレの右手と同じ状況だ。

 

 どうにかこうにかして、「見えない場所を見る方法」を考えなくてはいけない。ゴーレムの視界を利用するなり、なにか解決法はあるだろう。できれば一つの魔胞体陣に纏めたいところだが――。


『あれ? お外いくの?』

「ああ、広いところで実験してみたいからな」

 テーブルの上で踊っていたタルピーが、退室するオレについてきた。ディータは自動的についてくる。

 テラスから中庭に出て、オレはすぐ目の前を飛んでいた虫を見つけて胞体陣で包み込む。

 

 ソイツを空間跳躍させてみたところ、これもうまくいった。解析してみても、飛ばす前となんら変わっていない。


『うわ、ひどい』

 躊躇ない生体実験行為を見たタルピーが、ひどいひどいという踊りを舞いながらオレから遠ざかる。

 

『……命をなんとも思わないその所業。さすがです、ザル様』

「そこまで言うか、ディータ。いっちゃなんだが、生命体相手でも手ごたえは十分で、安全であることは完全にばっちり確定的だったんだよ。ただ移動物体に向かって使えるか試しただけだ」

 理論的にも感覚的にも成功は間違いない。だた移動体相手へ扱い方の実験と練習をしただけだ。

 結果は上々だが、あちこちへ走ってる人間相手だと難しそうだ。位置修正しながら胞体の形に合わせて魔法陣を描くのは難しい。まっすぐ走っているとか、ただ走る馬とか移動方向が予測できているなら可能……かな?

 

「胞体陣がひっくり返ることを考えると、防御胞体陣を常時張っている魔法使い相手にも使えそうにないな」

 レピュニットを応用すれば、生物を空間跳躍させることは難しくなさそうだ。たださすがにひっくり返って逆になるこの魔法を、同様にひっくり返って逆になる胞体へ向かってかけるというのは、どうしても難度が跳ね上がる。

  

『……相手の胞体陣は跳躍させなければいいのでは?』

「胞体ごと包んだら、胞体も対象にせざる得ないだろう? 内側だけ対象にはできないな」

『……相手の胞体の内側に胞体を投影するというのは?』

「胞体を重ねるだけでも難しいってのに、相手の胞体の中に複雑な胞体陣を描くってのは不可能……だな」

 たぶん、アザナだって無理だろう。だいいちそんなことができたら、防御胞体陣の意味が消えうせて、最初の一撃で全てが決まる魔法戦になってしまう。

 

「胞体が仕込んである高度な魔具も、同じ理由で空間跳躍させるのが難しいな。この分だと自分を飛ばすか、手近の無防備な物体を飛ばすかくらいしかできそうにない……か。これでオレの右手と同時に、持ってるものを飛ばせるのが可能になったが、このために独式の胞体陣を一つ使うってのは効率が……おっと、来たか」

 いろいろ思考実験をしていたところ、中庭の一角に妙な魔力の流れがあった。 

 先ほどまでのオレならば気が付かなかっただろう。

 だが、レピュニットを胞体陣へ組み込む方法に気が付いたオレには、その魔力の流れが解析できた。


『……どうされました?』

『なーに? ザルガラさま?』

「そこを見てな――――ほぉら、おかえりなさいってな」

 ディータとタルピーは何が起こるかわからなかったようなので、オレは現象が起こるであろう場所を前もって指し示した。と同時に、そこへつむじ風に弄ばれるような光の粒が舞いながら現れる。

 気ままに舞い散る光の粒が、まるで見えない巨大な手でぎゅっと握られように集まり、一瞬で造形されて人の姿となった。


 その人の姿は、エト・インの母親で、古竜の妻であり、古来種と思われるオティウムだ。


「……ただいまもどりました」

 オレが察知したことを悟っているのだろう。空間跳躍のヒントを与えたオティウムは、会得したオレを見て満足そうに微笑んでいる。

 その笑みは優しいが、どこか上から目線で気に入らない。


「どうだい? あれっぽっちのヒントからたった半日で解析してやったぜ」

 気に入らないので、半日で読み解いたことを強調した。


「素晴らしいですわね。ですが、どうでしょうか?」

 出来栄えを確認したいのか、褒めながらもオティウムは探る目をオレに向けている。


「ああ、見せてやるぜ!」

 試してやろうとするオティウムに見せつけるため、大げさに胞体を大きく投影して、順番にゆっくりとレピュニットを並べていく。

 ディータはオレたちを包む胞体陣を中から見回し、その出来栄えが理解できず呆けた顔を見せた。

 外から胞体陣を見るオティウムは、ディータと違ってこの出来栄えをはっきりと解している。


「あら! ほんとう! たった一日で完璧に再現できてるわね!」 

「半日だ!」

 一日を半日と訂正しつつ、魔法陣をレピュニットで埋め尽くす。

 これで胞体の面が逆になろうがひっくり返そうが、魔法陣からはじき出される数字は完璧にオレの想定内だ。


「まだ平文の新式魔法だが、明日には……いや夜には独式に書き換えておくぜ」

 実験中の魔法なのでわかりやすく、そして正しく投影できるように新式魔法として使っている。このままでは解析されて盗まれたり、妨害の胞体を投影されてしまう。

 これをしっかり暗号化した独式魔法にしておけば、オレやアザナほどの使い手でないかぎり読み取ることは不可能となる。


「完璧ね! あとは跳ぶだけよ! 頑張って!」

「いわれなくても!」

 なぜかオティウムがオレを応援する。

 おだてようが、おだてまいが、応援があろうがなかろうが、オマエがそこにいなかろうが、オレは勝手に頑張って成功させる。いや成功は約束されている。


 大量の魔力を胞体陣内の新式魔法へ流し込んだ瞬間、オレは高次元の世界を垣間見た。


 そこにありながら、遠くにあって、めくるめく裏表を見せ、触れようと思えばすべてに触れる高次元世界。

 脳髄に負荷がかかるから、この世界に長くとどまることはできない。鏡にぶつかり前後を逆にされて跳ね返される光のように、オレとディータは高次元世界の反発を受けた。

 

 この反射を利用し、跳躍――――。


 どこ(・・)であろうとも、どこ(・・)でもある世界から前後と逆を反射され、オレは元の世界へと帰って来た。


 位置はオティウムの遥か後方――――。狙ったとおりの場所!!

 どうだ見ろ、成功だ!!


 もっともオティウムは出現位置を理解していたのか、こっちを向いている。

 移動距離は中庭を半分ほどと短いが、オレは確実に空間を跳んだ。

 高次元に触れて、ここに帰って来た!


「はっ、どうだ! すげぇだろ!」

『ザルガラさますごい!』

 タルピーがすごいすごいと踊りまくる。

 オティウムも、「まあ」と驚きを隠せない。


 どうだ!

 これが天才とよばれ、怪物とも恐れられたオレの実力――。


『ザルガラさま、どうやってそれ着たの!?』

 すごいと褒めていたタルピーが、けらけらと笑いながらオレを指さした。

 なんだ?

 なにがおかしい?


「人を指差すな……って、なんじゃいこりゃ!!」

 タルピーはオレを指差していたが、それはオレ自身じゃない。

 オレの着ていた服を、指差して笑っていたのだ。


 なぜか空間跳躍を終えたオレの服は、逆になってひっくり返っていた。

 そう、さきほどまで会っていたトポロゴスの不可解な対偶ファッションのように――。


『ザルガラさま、すごい! それ孤児院でやったら、みんな喜ぶよ!!』

「そういう魔法じゃねぇから!」

 動きにくい対偶ファッションにおたおたとしながら、けらけら笑うタルピーをひっつかまえる。


「オマエの服もひっくり返してやろうか!」

『きゃーやめてー、あひゃひゃひゃひゃーっ! ブラが前後逆になったら見えちゃうーっ! ザルガラさまのえっちーっ!』

『……なにをしているんですか』

 必死の抵抗をするタルピーと、白眼視してくるディータ。

 一緒に空間跳躍したディータだが、彼女はとくになんともない。まあ服はタルピーの造ってる炎の疑似物体だしな。


 笑うタルピーをくすぐり、さらに笑わせるという拷問をしながら、もっとも空間跳躍の成功を見せつけたかったオティウムを睨んだ。

 ちくしょう、失敗しちまった……さぞ笑っていやがるだろう。


 オティウムは――笑っていた。


「おみごとです!」

 その笑みは嘲笑ではなかった。

 教師が100点を取った生徒を褒める笑顔だ。

 よくやった、みごと、見込んだとおり、さすが、わたしの目に狂いはなかった。

 そういう笑みがオティウムの顔がから溢れている。


 オレはそんな笑みが信じられない。だから唸りながらオティウムを睨む。


「……そいつぁ皮肉か」

 ヒィヒィいうタルピーを解放し、裏返って逆の服をそのままにしてオティウムに詰め寄る。

 オティウムはやましいことなど何一つないのか、詰め寄るオレに真正面から微笑み返した。


「皮肉なんかじゃありませんよ! さすがです、婿殿!」

「……婿じゃねぇし。なんで褒めてる? こんな失敗しているのに、か?」

「あのヒントだけで、これだけの成功! ほんとうに素敵なものを見せてもらえました。うれしいです!」

 オレの手をとり、自分のように喜んでみせるオティウム。


「失敗……なんだぞ? オレは結果に満足してないんだぞ?」

「知ってますよ」

 悔しさと文句を言ってみたら、オティウムは真正面から受けて答えた。


「知っているから、褒めるんですよ。貴方ならきっと、悔しいから恥ずかしいから、いつかいつの間にか絶対に成功させるでしょう」

「……知った風なことをいいやがって。オマエはオレの何を知ってやがる? むしろなぜそうだと知っている?」

 これは今、オレ――褒められているのか?


 見たこともないオティウムの笑顔に気圧される。人の目を見たらまず睨むこのオレが、歓喜の溢れる目を見続けることができない。


 オレは――、オレは、いつもだいたいほとんどなんでも成功してきた。そのたびに褒められたが……いや、あれは本当に褒めてくれてたのか? 

 称賛ではあるが、畏怖も含まれていたのでは?

 全面的な称賛などあったのか?

 疎ましいとか、嫉妬とかそういう感情もあったのでは?

 他人に自分のことのように喜んでもらえ、褒められたことなどあっただろうか?

 ……あったはずだ。間違いない、あった。


 だが、失敗していることを褒められたことなどあっただろうか?

 歩こうとして転んだことを、褒められたことが………………。


 見慣れている顔の、忘れている笑顔を思い出す。――そうだ、オレはこうして褒められたことがあった。

 簡単なことに挑戦して、失敗して、それを褒めてくれる女性がいた。


 人とは思えぬ憂鬱と怠惰の権化であるあの母に、オレは確かに褒められた過去があった。


 掘り起こせば頭痛がするほど、幼いころのぼんやりとした記憶に触れてオレは一つの疑問にたどり着く。


 なぜ、いつから、どうして母はああなった?


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