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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第6章 右手の魔弾と左手の右手
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素敵な素数

 学年末の試験も迫った、ある昼下がり。

 試験勉強をしないとなぁ~と思いながらも、オレは呑気にエンディ屋敷のテラスで実家から送られて来たお茶を味わっていた。

 手持ち無沙汰で、テーブルの上に転がる胞体石を転がす。


 ここ数日、季節外れの長雨があって外で遊べなかったエト・インとタルピーが、庭でケルベロスと共に遊んでいる。ちょっとまだ曇りだが、子供たちは雨が降ってなければいいのだろう。

 いやタルピーは子供じゃなかった。


 ケルベロスを迎えにきたユスティティアが見守る中、エト・インは構わず駆けずりまわっている。あの子ケルベロスがいると、オレが助かる。時間と体力的に。

 魔法で強化しても、エト・インに付き合うのは酷だ。よい訓練になるが、ひたすらハードすぎる。


『……張り合わなければいいのに』

 オレの心を読むディータのツッコミが入った。ほんとうにそれな。でも無理。

 勝てなくても……いや、勝てないからこそ全力がオレの生きる理由だ。


 結局、アザナのペットであるケルベロスのエグザ・アイ・リーは、うちとエッジファセット公の家で交互に預かることなった。後日、アザナにケルベロスを引き渡すことになる。これでアザナが悪いと言い張れば、エト・インから飼えない恨みを買ってもらえるだろう。

 

 環境がコロコロ変わることに、エグザ・アイ・リーはストレスを感じていない。エト・インがいれば喜び、ユスティティアが迎えにくれば、それはそれで喜ぶ。

 中位種魔獣ケルベロスといえど、所詮は子犬か。わんわんわん。


 オレは庭を見守るテラスで、お茶を飲みながらオティウムから譲り受けた胞体石を眺める。

 オティウムは今日も育児放棄気味だ。最近はリザードマンだって子育てをするっていうのに、酷薄な女だ。


 このなんの変哲もない胞体石を眺め、受け取った経緯を思い出す。

 

   *   *   *


 昨日の昼食後、オレはあることに耐えかねてオティウムに申し出た。エト・インたちを離席させ、オレはオティウムと向かい合う。

 古竜の妻にして、エト・インの母であり、古来種カルテジアンであろう彼女は、暖かいお茶のカップに両手を添えてオレの話を聞く。

 両手を添える仕草が、彼女の豊かな胸を強調する。世の男はそんな豊満な胸を見て、精神が放漫としてしまうだろうが、オレはそんな阿呆じゃない。


「オティウムさんよ、ちょっとお願いがあるんだが」

「あら、困ったわねぇ。でも、大丈夫よ。なんでも言ってください」

 たおやかに笑ってみせるオティウムの顔に腹が立つ。世の男なら、このたおやかな笑みに、したたかさを失うだろうが、オレはそんなたわけじゃない。


「ちょっとエト・インのことについてな」

「うちの子がなにか?」

 ずいと乗り出すオティウムと、テーブルの上に乗って潰れる胸。世の男はそんな豊満な以下略、オレは間抜けじゃない。


「ああ、エト・インがすっかり夜になるとオレの部屋で寝るようになってな」

「あらあら……」

「アンタのせいだよ。それから変なこともないぞ。エト・インは寂しいんだよ。毎晩、旦那のところにいくのを止めろとは言わんが、エト・インが寝付くまでは一緒にいてやれ」

「あらあら」

「ニヤニヤするな! オレは迷惑だから言ってるんだよ。あー、エト・インはタルピーたちがいるからオレの部屋にくるんで、オレと一緒に寝たいから来てるわけじゃねーぞ」

「あらあら」

「…………ぶっ飛ばすぞ」

 あらあらしか言わないその顔に、荒々しい拳をぶつけてやろうか?

 睨みつけると、オティウムはふと肩から力を抜いてみせ、オレの敵意を逸らして言う。


「ふふふ、そうね。悪かったわ、これからはちゃんとうちの子を寝かしつけてからにするわね。それにとなるべく、エト・インといる時間を増やすわ」

 オレの申し出に、なにか考えがあるような含みを込めた返答するオティウム。しかし、それでも少しは親であることを理解してくれたようだ。


「ふふふ、ありがとうね」

「なんでありがとうなんだよ」

「ええ、ありがとう。だから、一つ。お礼を」

 そういって笑顔のオティウムは、胞体石をわざわざ胸の谷間から取り出してテーブルの上に置いた。


「お礼?」

「ええ、差し上げるわ」

 なんだろうと、胞体石を手に取ってみると――。


『……まだ暖かい?』

 などとディータが聞いてきた。確かに生暖かいが、意識させるな、ディータ!


「……鏡?」

 胞体石に封じられている平面陣はありふれたもので、発動させても胞体石の周囲が鏡になるだけのものだった。


「こんな基本的な胞体石になんの意味が?」

 無駄すぎる。平面陣なら紙切れでも板切れでもいい。胞体石を使うなら、最低でも立方陣だ。

 これになんのヒントが?



   *   *   *


 エト・インとケルベロスの奇声と吠え声を背景にしつつ、オティウムからお礼にと貰った胞体石を睨めつける。

 何度見ても、鏡を投影する胞体石だ。魔力を流し込むか、魔石を供給経路に接続すれば、ふっと鏡が浮かび上がるだろう。それだけのものだ。

 唸りながら胞体石を眺めていたら、ふわふわ漂っていたディータが降りてきて、オレの肩に顎を乗せた。


『……ところで、ザル様。これはしてやられたのでは?』

「なにが? この胞体石が誤魔化しだ、っていうのか?」


『いえ、そちらの話ではなく。昨日の説得についてです。エト・インと一緒にいてあげろ、という提案は失敗だったのではないでしょうか?』

「なんでだよ。育児放棄気味のダメママに、説教してやっただけだぜ?」

『違いますよ』

 呆れた声を出すディータが、オレの頭に両手を乗せ背筋を伸ばしてエト・インを見やる。


『……それではまるでエト・インがかわいそうだから、お願いだから子供と一緒にいてあげろ、というふうにも取れます』

「あん? こっちが迷惑してるって言ってるんだよ。なんでそうなる」

 反論すると、ディータは逆さになってオレの顔を覗き込んで言う。


『そういうふうに、あの古竜インゲンスに報告できるということですよ。寂しがるエト・インを慰め気にかけて、親にちゃんとしろと意見する婚約者、と』

「はんっ! まさか。……まさか。いや、まさか?」

 否定してみたが、そういうふうにも聞こえるお願いだった。

 言われてみれば――、いやオレはそういう人間じゃない! が、そういう人間だと言いふらすことはできるってわけか。


「く、アマセイといい、オティウムといい、どうしてああ女ってのは……」

 面倒くせぇと言おうとしたが、ティエとディータに窘められたことを思い出して口をつぐむ。


「その点、ユスティティア。オマエは分かりやすくていいな」

「な、なにをいきなりおっしゃいますの?」

 子ケルベロスを追いかけ、たまたま近くにきていたユスティティアに言葉を投げかける。公女様はオレのつぶやきに驚き、顔を真っ赤にさせて飛びあがった。

 実際、ユスティティアという人物は、貴族のお嬢様として模範的だ。アリアンマリのようにじゃじゃ馬じゃないし、ヴァリエのように貴族らしからぬ武闘派でもないし、フモセのようにおかん属性でもない。


「……お、そうだ。そういえばユスティティアが持ってきてくれた、アイデアルカット印のお菓子があるそうじゃねぇか。さっそくみんなで食おうぜ!」

 アザナが考案したという新作菓子を、控えていたティエに分けてくれと頼んだ。


 来客が持ってきた手土産をそのまま出すというのは、こちらに来訪者への準備がなかったという意味なんだが、それが特別無礼というわけでもないし、なによりとにかく単純にオレが食いたいのでいただくことにする。

 ユスティティアも、アザナが創作し父が出資して販売している菓子を、貰って喜ぶオレの姿に満足しているようすだ。だからいいだろう。


 エッジファセット家の使用人ゴルドナインから受け取った菓子折を、ティエが預かってサイドテーブルに置き、箱を覗いてその手が止まった。


「ん? どうした、ティエ?」

「いえ……そのなんでもありません」

 メイドらしく動揺を見せない顔でなんでもないというが、とりわける手が迷っていた。

 菓子折の中に何か問題があったのか?


「それはイチゴダーイフクァというものですわ! 珍しいでしょう?」

 ユスティティアが菓子の説明をしてくれたが、ティエは物珍しさから止まっているのではないだろう。

 オレも横から覗いてみる。菓子折の中には、13個のでっかくて白い粉が打たれた菓子が収まっていた。

 甘いイチゴの香りを放つ不思議な菓子は問題ではない。

 問題は――。


「素数じゃねーか……」

「はい、素数なんです」

「素数ですわね」

『……素数ですね』

「そすうだーっ!」

『……そ、ソース?』

「素数素敵!!」

 みんなが素数に困惑し呆れる中、ユスティティアが陶酔した顔でいった。途中、素数がなんだかわかっていない発言も聞こえたが、たぶん引き算も怪しいアイツだろう。


「まったく、13個入りのお土産とか、嫌がらせか? 13人様限定商品かよ!」

「贅沢は素数でしてよ! さあみんなで分け合ってください!」

 文句を言ったら、ユスティティアが的外れな反論をしてきた。


「素数素敵じゃねーよ、ユスティティア! 確かに素数はすごいと思うが、こうして分け合う時はみんなが素で敵だよ!」

 どうやっても割り切れず、最後に1個とか2個が取り合いになるだろうがっ!


「素晴らしいじゃないですか! 13個入りですよ! 13! じゅーさんこっ! 最小のエマープ数入りお菓子なんて、魔法使いの心をくすぐってやまない商品で大ヒット間違い無しではありませんかっ! 古来種様のお残しになった美しい素数……ああ……素敵……。アザナ様もエスプリ聞いてていいね、と笑ってくださいました」

 美人へ成りかける美少女。という危うく怪しく可愛らしい顔を、恍惚とさせたユスティティアはアブナイ。それゆえにアブナイ。

 ヨーヨーを思い出す。というか、ヨーヨーに似ていた。


 いかん、ユスティティアは素数に酔うタイプか。たまにいるんだよね、素数で興奮する人。

 それから、たぶんアザナはいたずら心から「皮肉きいてていいね」という意味で喜んだと思うぞ。アイツはアレで結構性格悪いから。


『……ザル様それを言う?』

 言う。オレは責任を持って、アザナの性格が悪いと言える存在だ。

 

「まったく、公女様もエッジファセット公も古来種様とアザナ信奉もいいが、商売考えるなら少しは消費者のことも考えろよなぁ~」

 使用人の立場上、解のない分割数を求めて悩むティエに変わり、オレがエト・インに多めに取り分け、あとは一個づついただくようトングで皿に分けた。

 って、ケルベロス。おめーは首が3つだから3個なのか……。そういえばケルベロスの首も素数だな。


「ねえ、エマープってなあに?」

 エト・インがイチゴダーイフクァをかじる前に、そんなことを尋ねてきた。


「素数はわかるな」

「うん! そすうをかぞえて、おちつくんだね?」

「そう、その素数だ」

 古来から精神安定には素数と決まっている。その素数を知っている8歳竜も、エマープは知らなかったようだ。


「その素数を逆さにして、別の素数になる素数をエマープっていうんだ。13をひっくり返すと、31だろ? 31も素数だ」

「11は?」

 もちもちしたイチゴダーイフクァをほおばりながら、質問をしてくるエト・イン。その疑問が即座に浮かぶのは聡明だが、ちゃんとオレの話を聞いてほしい。逆さにしたら別の素数になる素数って言っただろ……オレの説明が端折り過ぎなのか?


「11はひっくり返しても、11。残念、エマープの分類には入らないから、これは回文素数。エマープの例を並べると13、17、31、37、71、73、345689、1235789など、ひっくり返したら別の素数になる素数のことだな、もぐもぐ」

『……きゅ、急に飛ばないで』

 真面目に聞いていたディータが混乱した。

 一方、エト・インはスルーして、イチゴダーイフクァを食べ始めたオレに違う疑問をぶつけてきた。


「ねえ? なんで、えまーぷっていうの?」

「古来種の残した言葉で素数を書くと『PRIME』なんだが、これを逆さに読むと『EMIRP』だ。なんてことはない。同じように逆さ読みしただけだ」

 そんな説明をエト・インにしていたら、ふと手元に置いてあった胞体石が目に入った。


「…………っ!!!!」

 途端、オレの中でいくつも考えが浮かび、つなぎ合わさっていく。


 鏡?

 回文?

 エマープ?

 左右逆……いや鏡は奥行きが……前後が逆……。

 逆?

 無限にある?

 レピュニット…………。


「レピュニットっ!!」

 空間跳躍魔法のヒントを得て思わず叫ぶ。

 そのオレを、みんなが変な物を見る目で見ていた。

 わかんねぇのか、みんなっ!?


「レピュニットだよっ!!」

「え、ええ……」

「は、はい……」

『……こわい』

「……らぴぃ?」

「わんわんわん! がるるるる~……」

 ユスティティアを始め、ティエとディータがオレから遠ざかっていく。ディータ、オマエは離れたら消えるだろ? いくな、引くな、エグザはオレを噛むな!


 ――え? 

 なんでみんなドン引きしてんの?


今回の話を書いていて、そういえば数学ネタで始めたんだっけなぁと初心を思い出しました。


素数の間違い修正


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