ゆうしゅうな巡察官
「なんかここ数日、いつもこのポーズしてないか」
自室で頭を抱えていた時、ふとおれはしょうきにもどった。
ちょっとポーズ変えよう……。
オレは平静を少しでも取り戻すために、頭抱えポーズから頬づえポーズに移行した。
「カタランの悲劇を忘れてたというか、あの頃はアザナと出会ったばかりで舞い上がってたからなぁ。しっかり頭に入ってこなかったんだな」
隣席の女子生徒が巻き込まれた事件だったのに、オレは全く興味を持っていなかった。
連日、アザナの事だけを考え、いかにして戦うかばかりを考えていた。当時は彼が、本当に実力が上なのかと、それを何度試しても足りなかった。
出かける時に、何度も戸締りを確認してしまう行為に似ている。
……いや、似てねぇか?
ポーズ変えると、思考パターンも変わるような気がした。ちょっと元に戻してみる。
再び頭を抱えて、事態を真面目に整理してみた。
一度目の人生である程度戦うことが達成されていたので、二度目はこうして心に余裕がある。だが、代わりに未来を知っている。という余計な知識のせいで思い悩ませられる。
ただ隣りの席になった女子生徒。
その彼女が近いうちに、死ぬ。
おそらく原因は大敵者たちの襲撃だ。
ヤツラは地下に穴を掘って移動する。にも拘わらず空を飛べる。単純に考えて、襲撃は上下だ。
たしかカタランの大きな街は、城塞都市化している。鉱山のふもとにあるランズマも例外ではない。大敵者がどのような攻撃を行ったか分からないが、城壁に囲まれている状態で、内部から湧き出る殺戮者相手に逃げ場を失ったのだろう。
卵は孵っても、しばらくは幼虫で危険度は低いが、困ったことに雑音魔法は使える。攻撃すれば大怪我は必至だ。
その騒動の時に、あの大敵者たちが襲撃をしてきたら――。
「大混乱だな。外壁門を先に制圧されていたら、あとはただの狩場だ」
誰もが魔法を使えるというのが、また問題だ。新式の魔法陣手帳があれば、弱いながらも戦えるという大人が多い。
それが裏目にでる。戦える者は必ず戦闘不能になると考えていい。
大切な者を守るため、立ち上がった者は即戦闘不能のハメになる。その場合、背後にいるものがどうなるか想像に難くない。時間稼ぎすらできない相手だ。
察しよく、すぐに逃げる魔法使いがいても数人だろう。
空を飛べる大敵者の大群相手に逃げるのは難しい。
卵が孵る前に襲撃があった可能性もある。この場合では、雑音魔法に気が付きもしないだろう。兵はあっという間に駆逐される。
あとは閉ざされた城門の中で、殲滅されるのを待つのみとなる。
「仮に助けにいったとして、間に合うのか?」
俺の記憶では10年前の記憶だ。正確な日時が分からない。しかも、すでに状況は変わっていると言っていい。
一度目の人生で、恐らくソフィは死亡したのだろう。あの襲撃方法からして、死んでいたに違いない。そして卵を回収して、あの大敵者は逃げたはずだ。
この違いが、どう影響するか見当が付かない。
なにより歴史を変えていいものなのか、その点も分からない。
「アザナに関係ないことだ。オレにも――」
ソフィを助けたのは、流れみたいなものだ。興味があったから大敵者を追っただけに過ぎない。
これ以上、大敵者に関わる必要はない。
「ああ、そうだな。歴史通りヨーヨーが死んだとしても、オレには関係ねぇ」
そのはずなのに――。
「くそっ! 未来を知っているってのは、こうも悩ましいとはなっ! ええい、くそっ! 忘れてやる! オレにはアザナだ! アザナしかいない! アザナとケンカして、全部忘れてやる!」
オレはヨーヨーを見捨てることにした。
どうせ助かるか分からないし、こっちだって危険だ。アザナを巻き込む可能性だってある。
オレは非情にも、アザナとやり合う準備を始めた。
明日は野外実習がある。不意打ちは難しいが、外なので施設に被害を与える心配がない。
少し重武装していこう。
新式の魔法陣手帳を山ほど持っておくのは基本として、古式魔法陣を平面に落とした疑似的な古式も準備しておいていいだろう。立体投影しないと、古式は十全な能力を発揮しないが、強力でない魔法発動を前提としてるならば、平面図の古式魔法陣も無駄ではない。
「武器、防具もいるな。ティエ!」
ティエを呼んだ。
隣室に待機してるティエは、すぐにやってきた。
「お呼びでしょうか? ザルガラ様」
「ああ、ちょっと武器庫と倉庫をひっくり返して、鎧一式と武器で、オレに合うものを用意してくれ」
二度目の人生なので、武器庫に何があるかわからない。子供なので鎧もサイズが違う。倉庫にどんな鎧があるかもわからない。何しろ子供が鎧を着るなど、式典やお祝いの時くらいだから。
「かしこまりました」
ティエは数人の使用人を呼んで、すぐに武器庫へと向かった。
オレはその間に、手書きの古式魔法陣もいくつか用意しておくことにした。
しかしなんだな。立体でも面や辺が交差して消える魔法陣を、紙に書くと妙な図案になるな。この歪みを術式に入れれば、新しい魔法にならんだろうか?
などと考えながらペンを走らせ、二枚ほど書いたあたりで、ティエたちが武具を持ってきた。
ペンを置き、普段使わない防御陣の描かれた皮鎧を着こむ。実用的ではないな、これ。儀礼用なので華美だが仕方ない。無いよりマシだ。
防御用の装飾具も装備して具合を確認する。ブレスレットと手甲を一体化させた籠手は、少し重かった。やはり子供の身体に鎧は無理がある。腕が疲れて上がらなくなっても困る。
籠手は外して、新式の魔法陣が描かれた指ぬきの手袋で済ます。タリスマンとネックレスはいくつかあったが、とりあえず干渉しない範囲で、二つ付けて見た。指輪も干渉しない範囲で三つ。
腰にはナイフを4つ。主に投擲場所で投影魔法陣を発生させるための道具だが、近接武器にも使える。
最後に手に取った魔法の杖は記憶にない。本当にオレの持ち物か?
杖なんてまず使うことなかったからなぁ。
基本的に立ったまま、新式魔法陣を地面に書くためのものだし、投影魔法陣が出来るようになるとあまり使わない。
しかし、魔力弾などの投射型魔法の威力は上がるし、捨てる気ならば杖を身代わりの盾にもできるので役には立つ。
そうして装備の確認をしていると、今日やっと腰痛から復帰した家令のマーレイがやってきた。
「お忙しいところ失礼いたします、ザルガラ様。ハンマー・チェンバー氏が、お屋敷にまいっております」
「ハンマー……チェンバー? ああ、ジャンニー・チェンバーのオヤジさんか、巡察官の。よし、応接室に通しておいてくれ」
「かしこまりました」
マーレイは腰を庇いつつ一礼し、退室していった。
事情聴取に呼ばれるかと思ったが、わざわざ来たのか?
まさかいきなり逮捕とかないよな?
皮鎧を脱ぐ暇はなさそうなので、杖だけ置いて出迎えることにした。
「こんな格好で出て行ったら、逮捕に抵抗するようにみえるかな」
最近、何かと勘違いされることが多いので、そんなことを気にした。
ゴテゴテな恰好のまま、応接室へ向かう。
応接室で待っていた中年の太った男性が、オレを見て椅子から立ち上がり一礼してきた。
「初めまして、ポリヘドラ様。私、王国議会から巡回局に派遣されている巡察官のハンマー・チェンバーと申します」
「ええ、初めまして。こんな格好で失礼いたします。ジャンニー先輩のお父上で?」
「はい。息子がお世話になっております」
「いえ、こちらこそ。先達のお力をお借りしている次第ですよ」
ハンマー・チェンバーはでっぷりとした男性だった。
軍人にも巡察にも巡回兵にも見えない。かといって、強力な魔法使いといった感じでもない。
書類仕事の方の人物か。
オレは勝手にそうあたりを付けた。
「息子から伺いましてな。事が事だけに飛んでまいりました」
ハンマーは片手に、大敵者の卵を入れたケースを持っている。オレがジャンニーに、証拠の品として手渡したものだ。
調べて事の重大さに気が付き、堪らずオレの元にやってきたってところか。腰の軽いおっさんだ。
オレは呆れ混じりに、地のしゃべりとため息をついた。
「呼んでくれりゃぁ、よかったのに」
「そうなりますと、使者を立ててお呼びたてすることになります。二度手間で時間がかかりますな」
「――容疑者じゃないのか? オレ?」
「それはそうでしょう。息子のジャンニーからお話は伺いました。どう考えても、貴方が犯人である可能性はない。犯人だとしたら、これを私に証拠品として手渡す理由が分からなくなる」
そういう偽装もあるだろう?
「そういう偽装もあるでしょうが、それはちょっと推理の飛躍でしょう」
心を読むな、おっさん。
「それに……貴方はそうして出立の準備を成され始めている」
「……は?」
「御隠しにならずに。ランズマに行かれるおつもりなのでしょう?」
「な、なんの話だ?」
ん?
なんか話が妙な方向に行ってる気がする。
「家人がお忙しいようなので伺ったところ、なんでも貴方がまるで戦さ準備のようなことをしているとか。そんなことをなさるとは、よほどの事。ランズマに危険が迫っているとお思いになって、そのような準備を成されているのでしょう」
「……あ」
そう思えるのか?
そういえば、普通じゃ着ることのないこの鎧。式典に出るのでもなければ、子供が身に着けるようなものではない。それこそ戦時だ。
ティエたち使用人に頼んで、武器庫をひっくり返させて戦闘に役立ちそうな物を引っ張りだしている。
たしかに傍からみたら、戦争にでも行く姿だ。
「平時、身を慎んで大人しくなされている方が、ランズマに異変の兆候ありと気が付かれ、すぐさまこのような行動を……。軍官僚の末席なれど、このハンマー・チェンバー。ザルガラ・ポリヘドラ様の貴族としてのありように感激いたしました!」
「いやぁーあの、違うんだけど」
「分かっております。現状ではランズマに本当に危険があるか分かりませぬ。巡回局など国の力を動かすわけにはいけません。しかもカタラン領。王家の治安部隊を導入するわけにはまいりませぬ。協力を要請できず、歯がゆい思いをザルガラ様は、お持ちになったことでしょう」
ハンマーは拳を握りしめ、悔しそうに顔を歪めた。だが次の瞬間、拳が振り上げられると、その顔が晴れ晴れとしていた。
「しかーし! お忘れなきよう! 私は巡察官です。なんらかの異変があれば、兵士を連れて他領での行動も出来る権限がございます。適当にカタランで政治的か治安的に異変ありと言えばいいのです。なーに、ご心配なさらず! カタランに異変なくば、私が始末書一つ書けば済むこと。今更これ以上の出世も望めぬ爵位無しの軍人ですからの!」
やだ、この人、なに舞い上がってるの?
王家とはいえ、しょせんは貴族の代表みたいなモノ。貴族が王家に忠誠を誓っているだけで、カタランのような諸侯は王家とは別の支配者だ。
そこへ王家の軍を引き連れていくなど大問題だ。権限のある巡察官といえど、ただでは済まない。
「いや、あのね、そうじゃなくてね、ちがうんだよ、これはケンカの準備で……」
「これは驚いた! 正体不明の魔物に挑むのに対し、ケンカとおっしゃるとは! さすがは怪物と――いや、失礼。エンディアンネス魔法学園の鬼才! しかし、幼いとはいえ慢心はいけませぬな。ここは大人に頼るべきなのです!」
「いや、だからいいんだって。オレ、そんなつもりじゃないから」
「わかっております。こちらとて無策ではありませぬ。すでにある筋から、情報の提供と協力の打診がありましてな。それほどわが身も危なくはないのですよ、わっはっはっはっ!」
笑いやがった。なにが愉快なんだ?
オレが混乱している姿がか?
ある筋ってどこだ?
ハンマーの暴走はまだまだ続く。
「さすがに兵を動かすとなると、すぐにはまいりませぬ。すでに先発隊の騎兵部隊はランズマに出ておりますが、本格的な兵力の準備は明日の昼になります。ザルガラ様には、なにとぞそこまでお待ち願いたい!」
は?
先発隊がランズマに向かってるの? 今、夜だよ。
強行軍だしちゃったのかよ!
え、なにこの人。優秀すぎんだけど?
今の段階だと、ランズマに魔物の卵とされる物がそれと知れず、大量にあるってだけなんだけど。それを狙って、大敵者が襲ってくるかどうか未知数だんだけど?
それでもう準備してんの?
いや、正解なんだけどさ。
どんだけ行動素早いだよ、この人!?
腰軽いどころじゃなーぞ!
めちゃくちゃ緊急対応能力高すぎる人じゃねぇか、この人!
ん? ちょっとまて?
「え? オレ、一緒に行くことになってんの?」
「幼児期のように、一人で行かれるおつもりだったのかもしれませんが、大人はそれを良しといたしません! 大丈夫です! 機動力の高い竜兵も用意させておりますので、すぐに先発隊と合流できるでしょう!」
「いや、違うんだけど――」
だめだ、完全に勘違いされてる。
「分かっております。大人に任せろと我々が言い出せば、隠れて行かれるおつもりなのでしょう? 分かってます」
いや、分かってねーし。
あんたの中で、どんだけオレが純真無垢な男の子になってんの?
結構、地味に小市民的に人間味ある感じだぞ、オレ。二度目の人生で、実際には汚い大人だし。あと、カタラン領の街を見捨てる決断してたし。
「細々した支度はこちらでいたします! 私はここで待たせていただきますので、その戦さ準備、お続けください! 終わり次第、巡回局へまいりましょう! あ、ティエさんでしたか? お茶もう一杯いただけます?」
「どうぞ」
「いやぁ、美味しいお茶ですなぁ。そういえば、ポリヘドラ領はお茶の名産とか? 後で仕事場用に欲しいものです。……自宅だと、女房がね、全部飲んでしまうんですよ。わっはっはっはっ!」
興奮して勘違いした演説してたわりに、くつろいでるなこのおっさん。
しかし、おい――。
どうしてこうなった?




