元の所へ…… (あとがきに挿絵あり)
「そういえば、エト・インとオティウムのやつこなかったなぁ。……ああ、あとタルピーも」
鉄音孤児院からの帰り道。葡萄噴水公園からエンディ屋敷街へと続く緩い坂道を上りながら、オレは夕焼けを見上げてぽつりとつぶやいた。
ペランドーの自宅は孤児院のすぐ近くなので、とっくに別れている。時間もあり行き交う人はまばらで、このつぶやきを聞いたのはポリヘドラ家の騎士ティエと、オレ個人に憑りつくディータだけだ。
ポリヘドラ家の正式な騎士でありながら、使用人であることを望むティエは、目を伏せてオレに付き従う。
使用人は主人に付いて出かけるさいには、形の上でも荷物持ちをする。騎士ならそんなことをしないのだが、ティエは使用人の心構えでオレの従者を務めている。
そんな彼女の胸には、孤児院で貰った粗末な木箱が抱えられていた。
箱の中は孤児院の子供たちが「お土産に」と、持たせてくれた物なんだがロクなものは入っちゃいない。
下手くそで似てもいないオレの似顔絵とか、アザナに教えてもらった折り紙とか、手作り勲章とかゴミみたいなものばかりだ。
まったく…………。あんなもの貰っても、置く場所がなくて困るだけだ。止めてもらいたいよ。
『……じゃあ飾り棚に置いたりしないで、倉庫にしまっておけばいいのに』
――子供の宝物って、なんであーいうゴミみたいなもんなんだろうか。ペランドーもよくわからない古い道具拾ってくるし、なんで集めるのか理解できない。
頭上のディータがなにか言ったがどうでもいい。タルピーが近くにいない今のディータは、裸なので見上げるわけにもいかないしな。
『無視された? ……そんなにゴミとかいうなら、捨てればいいのに』
あー、まいったな。あとでどこか部屋でも開けて、まとめて置くかぁ~。あんなゴミなんて見られたら恥ずかしいし、鍵かかる部屋じゃないとな。
『……素直じゃない』
ディータがプンプンしながら、オレの背に伸し掛かって来た。
残念ながら、裸体の感触などまったくない。高次元物質が奪われ、気持ちひんやりとするだけだ。
「ザルガラ様……。そのオティウム様についてお話が」
「ん? なんだ?」
行きかう人の通りもなくなった区画の境目あたりで、ティエが周囲を気にしつつ、畏れながらと申し出てきた。
「大人の女性に興味を……母性を求めるのは理解できますし、奥様を知るゆえに私もザルガラ様の心情を察するところもありますが、オティウム様の部屋を監視したり……その……、覗いたりするのはおやめください」
「覗いてねぇよっ!」
ティエはオレの行動が心配だったのだろう。しかし勘違いもいいところだ。
確かにオティウムを監視はしている。だが、ティエが思っているようなことは何もない。
「オレは空間跳躍魔法を盗みたいだけだっ!」
「結果的に覗きではあるかと」
「え? ……ああ、うん」
「そんな道端で膝をつかなくても……。もしかして今、気が付かれたのですか?」
うん、指摘されて今更気が付いた。
客観的には、妙齢の人妻の部屋を覗いてるだけだな。
『……ザル様、詰めも甘いけど、脇も甘い』
否定できないのが辛い。
ティエはあらゆる超常的現象を視認できる【精霊の目】の持ち主である。だが、その目をもってしても、オティウムの正体をおぼろげにしか見抜けなかった。
オレはオティウムが古来種だと睨んでいる。実際、毎晩のように西の霊峰へと、空間跳躍をしている。
転移ではなく、跳躍のようだ。
ふたつはどう違うのか?
と、問われると困るのだが、簡単に言えば転移は二点間を行き来、もしくは一方通行するものだ。オティウムの魔法は、二点間ではなくどこかを中継して、そこから最終目的地へ移動しているので、オレは便宜上【跳躍】と呼称している。
現在、人類は古来種の残した一方通行など限定的機能を持つ門を介してしか、空間転移はできない。例外的に、オレの右手は空間転移できるが、それも視認できる範囲で限定的だ。
オティウムの空間跳躍魔法を盗みたい。
技術とは模倣だ。模倣ってのは真似だ。許可のない模倣は盗みだ。だが、魔法の模倣は法律で禁じられていないし、道義的に問題ともされていない。ここはそういう社会だ。
盗まれたくないなら人前で使わないか、独式魔法にして暗号化してしまえばいい。できないなら、そいつの能力が低いのだから、盗まれても文句はいえない。
「なるほど、そうでしたか。……ですが」
オレの説明を聞いて、ティエはひとまずは納得してくれたようだ。が、別の疑問が浮かんだようで質問を続けてくる。
「その魔法を教えてくれと頼めないのですか?」
「実は頼んだけど、断られた」
オティウムたちはエンディ屋敷に居候的状態だが、その対価にと頼んだことがある。しかし、あっさり断られた。
釣り合わないと。
まあ、そりゃそうだろうな。
古来種の使っていた失われた魔法と、居候代じゃ釣り合わないこと甚だしい。というわけで、魔具や胞体石を対価としていただき、王都での住まいが見つかるまで、エンディ屋敷にオティウムたちは住むこととなった。
「この期間中に空間跳躍魔法を盗めれば、オレの勝ちってことだ」
『そういう気持ちで、覗かれていたのですか?』
ディータの追撃に膝を折る。
オマエだって協力してくれてたじゃないか……。
などとエンディ屋敷街の入り口に差し掛かったころ――。
「あなたはあちらを! ゴルドナインはそっちを! この辺りにいるはずですわっ!」
長い金髪と、魔法に使用するため平面陣が縫い込まれた長いドレスを舞わせ、エンディ屋敷街区の門前で少女が屈強な男たちや紳士に指示を飛ばしていた。
4人いるアザナの取り巻きの1人、ユスティティア公女だ。
取り巻き4人の中で、将来もっとも美人になるユスティティアが、必死の形相で指図をしている姿は見ものである。
一応、フォローしておく――。美人の解釈はいろいろあると思うが、あの4人に限ってはユスティティアが美人に成長する。
アリアンマリはオレの知る限り、つまり19歳の時点でもまだチンチクリンでまったく成長していない。
美人というより、可愛いままだ。
アザナんところの使用人であるフモセはまあまあ美人に育つのだが、残念なことにその立場上、あまり目立たないようにと地味な性格が表面に出てしまう。
まあ、比べる相手が悪いという例だ。
そして、ヴァリエなんだが……彼女はなんというか意外な成長をしてしまう。そのなんていうか、ずいぶんと鍛えなおしたなというか、その――まあなんだ。美人ではあったな。うん、素手でクマとか倒せそうなアブナイ美人。
肉体美人の話はともかく、今は目の前の公女様だ。
「おい、どうした 公女様さんよ。怨霊みたいになってんぞ」
『様にさんづけ……』
「公女に怨霊って……」
「うげっ、ザルガラ……」
「おい、いま『うげっ』つったか、おい。人を見て、なんてこといいやがる」
「こ、このわたくしを怨霊とおっしゃった方がなにを」
オレのガンつけに、真っ向から立ち向かうユスティティア。やるじゃねぇか。
「で、公女様がこんなところで何してんだ? この先は慎ましい貴族の仮屋敷ばっかりで、エッジファセット公のご立派な王都のお屋敷はもっと中央よりだろ?」
「……実はア、アザナ様から預かった子が迷子になってしまって」
「預かってた子……アザナの子供だって!? だ、誰との子だ! いつ産んだ!!」
アイツ、子供がいたのか!?
「ザルガラ様、違うかと思います。いえ、違います」
『……その文脈だと、アザナが産んだ?』
「え? ああ、そうか」
従者と姫に訂正されて、オレは納得した。
「何を勘違いされているのか……アザナ様のペットですわ」
なんだペットか。
呆れたのか、ペットを探すのに疲れたのか、ユスティティアは額を抑える
「ところでそのペットってまさか、ユニコーンじゃないだろうな?」
あのユニコーンが王都を身勝手にうろうろしたら厄介だ。その変態性と転移能力のせいで。
「あ、あああのいやらしいユニコーンはもういません。ケルベロスですわ」
顔を真っ赤にさせて言い放つ公女様。なにがあったんだ?
しかし、もういないのか。馬刺しにでもなったか、ウニウニ。
「そうか、ケルベロスか。あの3つ首の……」
ケルベロスとは3つの独立した意志を持つ、非常に大型で強靭な狼型の魔獣だ。
3つの首が交互に睡眠をとるため、門番として古来種に重宝されていた。いまでも遺跡の門番を任されていることがあり、冒険者ならなじみ深い魔獣である。
「そりゃまた、アザナのやつ珍しいペットを……。ユニコーンといい、金もないのにそんなの集めてどうするのか……って、もしかして金銭的理由で、ユスティティアのところに預けてるのか」
「ええ……」
ユスティティアが預かって、餌代を出しているのか。オレのライバルの癖に情けないやつだ、アザナ。
「ま、がんばってくれ、公女様」
「見かけたら連絡をください」
「見かけたらね」
オレには関係ないと背を向けると、ユスティティアも協力は期待していなかったのか、あっさりとした態度で見送ってくれた。
ユスティティアと別れ、エンディ屋敷街を通り、街の中ほどにある仮の我が家へとたどり着く。
「ただいまー」
ティエが門を開け、オレとディータが庭に入ると、問題児のサボりエト・インがタタタタッっと前を駆け抜けていった。タルピーもふわふわと、そのあとについていく。
「お待ちください、エト・インお嬢様」
「いやーっ!」
少し遅れ、家令のマーレイが老骨に鞭打って、エト・インを追いかけてきた。
エト・インは木箱を抱え、懸命にマーレイの手から逃げようとしている。オティウムがいる様子がないので、もう一時帰宅をしているのだろうか?
「おい、マーレイ。どうした?」
「あ、ザルガラ坊ちゃま……それが、エト・イン様が孤児院に向かわれる道中に、なにか動物を拾ったようでして」
なんで来なかったと思ったら、そういうことか。
「動物ですか……。まさかケルベロスとか」
エト・インの抱える木箱から、わんわんという鳴き声が聞こえてきたので、ティエがいらぬ心配をして言った。
「あの大きさじゃ、まさかケルベロスってことはないだろう。なぁに、オレも番犬が欲しいと思ってたところだよ。ちょうどいいじゃねぇか」
「ザルガラ様……。妹ができたからって甘やかしすぎではないですか? アザナ様のケルベロスかもしれませんよ」
「妹じゃねぇよ。居候だよ」
仮初の婚約者だが、破棄予定なんで居候でしかない。古竜だし、エト・インがペットみたいなもんだ。
「第一、よく見ろよ。どこを探したら、子供の抱えるリンゴ箱に入るケルベロスがいるんだよ」
あれに入るなら、子犬であることは間違いない。
「おーい、エト・イン。犬飼うなら、飼ってもいいぞ。持ち主がいないなら、だが」
あちこちへ逃げるエト・インに声をかける。するとパッと明るい表情で振り返り――。
「ほんとに? ザッパーうそ言わない?」
と、笑顔から一転、疑いのまなざしを向けてきた。オマエはオレをなんだと思ってる。
「言わねーよ。ただし、本当の飼い主がいたら一時預かるだけだぞ」
「うん、わかった」
エト・インは素直に信じてくれて、木箱のふたを開けて中を覗く。
覗き込むエト・インに反応し、箱の中からいくつもの鳴き声がハーモニーを奏でる。こいつはちゃんとしつけないといけなそうだ。
「ザッパーが、かっていいって! よかったね、エグザ、アイ、リー」
「エグザ……なんだって?」
『3匹の名前だよ、ザルさま』
タルピーが補足してくれた。
名前つけてあることより、3匹というのが驚きだ。
「ちょっと早まったなぁ、3匹は食費がやべーなぁ」
などとぼやいていると、エト・インが木箱から子犬を取り出す。
白い毛玉が、互いの頭の上を取ろうとくるくると回転して――それの頭は3つ――胴体は1つ――。
「って、ケルベロスじゃねぇか!」
「フラグ立ててましたねぇ、ザルガラ様」
「こんな小さいケルベロスとかいるとか、聞いてねぇよっ!」
エト・インの手で芝生の上に解放されたケルベロスは、くるくると身体を揺らしながら、3つの首は互いの周囲を回るように動く……、いや違う。
右の首が下を取ると、中の首は頭を上げ、左の首が中の首を押しながら回りあがる。そして中の首が下がりながら、右の首がすくんで上を取り、左の首が……ってなんだ、この幻惑的な動きは?
「おい、このケルベロスは知り合いのところから逃げ……」
「やだやだやだっ! かうったらかう!」
返されると理解したのか、超反応でオレの意見をかき消すエト・イン。これに反応して援護だとばかりに、首の連結回転幻惑を止め、わんわんと吠えたてるケルベロスのエグザイ……じゃなかった、エグザとアイとリー。
オレの周囲を駆け巡りながら、ケルベロスは吠え掛かる。まるでエト・インの言う通りにしろと言っているかのようだ。
「かうっていったー! ザッパー、かうっていったもん!」
「条件も言ったろ。そういう都合の悪いところは聞いてないのか? これだから面倒くせぇな、女ってヤツは」
「ザルガラ様。一応、周囲に女の子しかいないということを、ご考慮ください」
女を敵に回すような愚痴をこぼしたオレを、控えるティエが即座に諫めた。確かに言いすぎた、反省。
「……女の子しか? いえあの、このマーレイも居りま」『女の子?』
加齢ぎみの家令マーレイの訂正を、タルピーの疑問が遮った。この疑問はティエへと向けられている。
さっとティエの持つ穏やかな空気が吹き飛び、ぬっと伸ばした手がタルピーを掴んだ。
……掴んだ!?
ただでさえ干渉するのが難しい上に、希薄な高次元物質で構成されるタルピーをティエが捕まえた!?
いくら【精霊の目】があろうとも、その能力は視るだけの力だ。干渉できる能力はないはずである。
「タルピー様」
不可能をやって見せたティエは、長い前髪の下で【精霊の目】を輝かせ、タルピーを睨め着ける。
「たとえ不老であろうとも、あなたも女性であるならば、そこに触れては……世界の半分を敵に回すとお心得ください」
『アタイは……あ、うう、ごめん』
上位種であるタルピーが、中位種ですらないティエに圧倒されいる。捕まるはずのない、安全圏にいるという思い込みが否定され、さすがの上位種イフリータも動揺を隠せない。
しかしほんと、タルピーってやつはなんかダメだなぁ。
「わんわんっ! ガウゥッ!」
そんなことを思うオレの裾に、ケルベロスが噛みついてきた。
捨てるぞ、バカ犬。