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日常に潜む闇

「あーえーあー、おーありあーおーあー」

 なんだ、この不可思議言語?

 ダレだよ、こんな情けないダメな声出してるやつ。


『……ザル様です』

 オレだったのか……。

 ディータのツッコミで冷静さを取り戻し、オレは顔に手を当てて息を整える。

 

 子爵令嬢に横恋慕して、ペランドーがオレを頼り、すがり、つるんで、一緒にアザナたちとケンカしながらも、ある日ちょいっとアリアンマリにほだされて、ふらりとあっち側に行ってしまった記憶。

 そんなペランドーの裏切りの予兆を見て、このオレとしたことがふぬけた声を出してしまった。


 らしくない。ここはビシッと言っておかねばなるまい。


 オレは軽く咳払いをして、居住まいを直す。


「あー、あれでもアリアンマリは子爵令嬢だ。お前とは釣り合わないって」

「えっ? どういう意味なの? ザルガラくん」

 ペランドーの声が冷たい。秘めた恋慕がバレ、照れて慌てふためくかと思ったが、ペランドーはオレの発言をちゃんと真正面から受け止めて、疑問を投げかけてきた。


 すごい友達値が減ったような気がする。

 

 え、なにこれ叛意? 

 友情崩壊って、こういう感じで起きるの?


「いや、だってオマエにはソフィがいるじゃん?」

 鉄音通りを仕切る郷士にして、高名な彫金士カルフリガウの娘の名を出す。ちょっと乱暴で鼻もちならないが、今はだいぶ落ち着いていると聞くし、悪い相手ではないだろう。


「……ソフィ?」

 しばらくきょとんとしたペランドーが、よくわからないと眉をひそめた。


「……なんで、ソフィが出てくるの?」

 落ち着きはらいながら、なんのことかと首を捻るペランドー。

 どういうことだ? 

 また選択肢を誤ったような……。やばい、やばいよオレ……。

 落ち着け、一週目に引きずられるな。

 オレが変わらないで周囲が変わったように、ペランドーも大きく変わっている。貧弱なボウヤと思っては、ペランドーに申し訳が立たない。

 

「悪い、ちょっと適当言いすぎたな、オレ」

 軽く深呼吸をして、素直に謝る。


「話の前にコレは確認なんだが、ペランドー。オマエはソフィをなんだと思ってる?」

「え? なに急にどうしたの? さっきからどうしたの?」

「いや、オレが勘違いしてたみたいなんで、確認をな。で、ソフィってどんな存在? 迷惑なご近所さん?」

「そこまでは……。幼馴染だけど……」

「特に可愛いなぁとか、もっと仲良くしたいなぁ、とかそういう感情は?」

「うーん、よくわかんないけど好きかってこと? もちろん嫌いじゃないけど、けっきょくお偉いさんのお嬢さんだよ」

 あっけらかんとしたペランドーの解答を聞いて、納得しながらもオレは小さく唸った。


 ……そうか。ソフィがペランドーに気があったら、とても気の毒なことだ。

 ペランドーが裏切り離れていく、というオレにとっては最悪の事態は遠ざかった。しかしソフィの気持ちが、幼馴染に届くのも未だ遠いようだ。


「ちょっと先走って勘違いしちまったようだな、すまん。それでアリアンマリがどうかしたのか?」

「ザルガラ様。お茶が入りました」

 勘違いが落ち着いたところで、ティエがお茶を持ってきてくれた。工房で作業をしていた子供たちも集まって休憩に入る。

 オレもお茶をいただきながら、ペランドーにどうしてアリアンマリの話をふってきたのかを尋ねる。


「うん、ほら。最近ね、彼女が……」

 再びペランドーの言葉が濁る。何かを気にしている様子……ああ、子供たちの前じゃ話せないってか?

 とはいえ、孤児院の子たちは年上もいるのだが?

 もしかしてアリアンマリやアザナに関して、重要な話だろうか?


「ちょっと向こういくか」

「うん」

「……さあ、今日のおやつは特別ですよ。今から出す問題を解いた子には、わたしの分もあげちゃいます」

「わーっ!」

 気を利かせてティエが孤児たちの注意を引いてくれた。その隙に、オレたちは工房の裏口へ回った。オレの分のおやつも景品になりそうだが……。


「で、アリアンマリとアザナがどうしたって?」

「うん、それが変な話を聞くんだ。アザナくんとアリアンマリさんが、さいきんね……変なところによくいるんだよ」

「変なところ?」

「ほら、鉄音通りをさかのぼって、ささくれた道を南に行くと……」

「ああ、スラムを大幅に迂回して中央区と西区の境に出る道だな……って、そこは?」

 そこは繁華街だ。繁華街と言えば賑やかな場所と相場は決まっているが、良し悪しの賑わいでいえばそこは悪い賑わいだ。歓楽街と化す途中で、不穏なにおいが漂う区域である。


「そこに、2人がいたのか?」

「ぼくも見たんだけど……」

「ちょっとまて? なんでオマエがそこに?」

 ペランドーがいつの間にか大人の階段をっ!


「ままま待って! ぼくは手伝いしてる街士さんがそっちの担当だから!」

「あ、ああそうか。そうだったな」

 今は鉄音通りの便利屋として、街士の仕事をしているペランドーだが、いずれ大人になってその仕事を続けるとなれば、見習いも経験しなくてはいけない。そういった理由で彼は、お隣の区域にいる街士の手伝いをしている。すっかり忘れてた。


「それでね、アリアンマリさんとアザナくんが、そこで怖そうな人たちといたんだ」

「……それは怖そうな人たちに絡まれていたではなく、一緒にいたというのか?」

「うん、そうなんだ。ぼくが声をかけても、聞こえなかったのかなぁ? ぼくのほうをちらっと見たのに、知らんぷりされちゃったよ」

「そ、それはつらいな」

 アザナにそっぽを向かれた時を想像して、ペランドーに同情してしまった。 


「まさかと思うが、見間違いじゃないのか? マルチだったとか?」

「私がどうかしましたか?」

 住み込みで料理人をしながら、鉄音通りの胃袋を賄っているベルンハルト・プルートの一人娘マルチが、偶然通りかかった。

 箱に入った仕込みの材料を抱え、アザナそっくりの顔で首を傾げている。


「いや、なんでもない。見当違いな推測をしちまった」

 マルチだったのなら、それはそれでペランドーを無視するというのはおかしい。


「そうですか。では失礼します」

 立ち入っては悪いと思ったのか、それとも単に仕込みが忙しいのか、マルチはスカートを翻して去っていく。

 オレとペランドーはなんとなく驚きの白さに視線を取られたが、何事もなかったように正面へ向き直る。

 

「……で、見たのか? いや、見間違いってことじゃないよな」

「……うん、見た……けどまちがいなくアザナくんだったよ」

 微妙な間を挟み、確認を取ってから考える。


「アザナのやつ……へんなヤツとつるんでるのか? なにかまた発明でもしているか?」

「あんなところで、悪そうな人たちと組んで?」

「例えば、だ。ガラの悪そうな奴らは売人とか? 良い効果があるとうたった薬を作ってて、実は中毒性のある麻薬だっていうのを作ってるとか?」


「ザルガラ様! な、なにを言ってるですか!?」

 もしもの話をしていたら、偶然また通りがかったのか、ベデラツィが血相を変えて工房の裏からやって来た。

 オレを金銭面でバックアップしてくれるベデラツィの商会は、孤児院の裏手にひっそりとある。工房にくるには、どうしても裏から入ってくるのでここを通るのだろう。


「ペランドーくんに……彼に何を話しているんですか?」

「いや、別に? ああ、そうか」

 ベデラツィが細々と量産している痩せ薬だが、アレは良くない薬だという話が世間で広まっている。オレがいないときに、レオ・マフィアとかいうよくわからん組織とも揉めた後だ。彼もいろいろ神経がまいっているんだな。

 たとえ話としてした薬の悪い噂を、途中から聞いて勘違いしたに違いない。


「悪い、悪い。ちょっと、と、ともだち、そう、悪いやつらと付き合ってるトモダチのことでいろいろ話しててな。愚にもつかないたとえ話をしてたのさ」

「そ、そうですか。わたしも声を荒らげて、失礼しました」

「いやいや、いろいろ大変だもんな。オマエも。これからはちゃんと睨みきかすから、安心してくれ」

「ありがとうございます。わたしもザルガラ様を手助けしますので、なんでも言ってください」

 ベデラツィが安堵の顔を見せ、深々と頭を下げて孤児院の工房へと入っていた。


「……ここ、あんまり内緒話に向かないな。まあいい、あとでアザナにそれとなく聞いておくよ」

「うん。ザルガラくんに話せてよかったよ」

 ペランドーはアリアンマリのことを気にしていたのではなく、繁華街でアザナと2人がいたの見て、ちょっと大人の世界にのぼせてしまったようだ。

 そりゃあ、可愛い女の子が親しい男と歓楽街同然の場所にいたら、子供なペランドーは動揺するだろう。

 オレだってモヤっとする、なんでかな?

 取り巻き4人娘の中で、もっとも凶暴凶悪なアリアンマリに興味はないんだがぁ……。身体はともかく、中身は大人なんだし、歓楽街に友人の男女がいたからってなんとも思わない……はず。

 

「あのお話中、すいません。大丈夫でしょうか?」

 ローイが工房の中から、失礼ながらと遠慮がちに声をかけてきた。


「ああ、話は今終わったところだ。ところでローイ。タメ口でいいんだぞ」

 同じ歳だしな。


「いえ、そういうわけには……」

 ローイは再び改まって頭を下げてきた。

 まあコイツの立場上、下手に出てしまうのは仕方ないか。もしかしたら来年度は、学友になるかもしれないってのに。

 いや、途中入学のローイがオレにタメ口聞いたら、学園の連中にあまりいい顔をされないか。余計な面倒はないほうがいい。改まった態度のままでいいだろう。


「すみません。実はうちの子が、いたずらで……ゴーレムを分解して直せなくなってしまいました。ごめんなさい」

 ローイが申し訳なさそうに謝ると、影から小さな女の子が泣き顔を出してきた。


「ご、ごめんなざぁい……」

 工具を持ったままの少女が、悪いことをしたとわかって泣きながら謝って来た。

 ちらりと工房の片隅を見ると、無残にもバラバラになっているゴーレムがあった。そこにはヨーヨーもいた。


「いるんだよねぇ~、なんでもこうやって分解したがるガキって。いいよ、半分以上はヨーヨーが勝手に作ったやつだし」

「ひどい!」

 バラバラになったゴーレムに寄り添うヨーヨーが叫んだ。


「この試作型『理想のお婿さんの愛人一号』に謝ってください!」

「オマエはゴーレムに何を望んでいるんだ?」

 婿が愛人をつくるならまだしも、いややっぱよくないけどそれはそれとして、婿に愛人をゴーレムとして作るとか、倫理方面から山ほどツッコミがある。


「でも意外と多いんですよ、ゴーレムを理想の女性の姿にしようと四苦八苦してる男の方って」

「オマエ、女だろ? あと理想の女性の愛人かっこ男かっことじを作る男は多分いない」

 どういう属性持ちなんだ、ヨーヨーは? 

 闇が深いぞ。


「あ、これ男の子ですよ」

「理想の旦那の愛人が男とか、どんだけ変態を拗らせてるの?」

「それに、ザルガラ様も作っているのでしょう? 理想の女の子を? げっへっへっへっ」

「あん? ああ、アレのことを言ってるのか?」

 ディータの宿り先として製作中のゴーレムを指差して、ゲスい顔をするヨーヨー。

 アザナから聞いた人工的な琥珀、圧縮琥珀アンブロイド製作法。それには思いのほか大がかりに施設がいるため、工房ではゴーレムの型だけを製作することにした。

 彫金士カリフルガウが協力を申し出たため、すでに原型は出来上がっている。今はドワーフのワイルデュー先輩のもと、型が製作されている最中だ。


 しかし、オレがこんなにいろんな人に頼んで頼って頼られ、何かを成し遂げようとするとか、現実なのだろうか?

 一度目の人生からは、想像できない状況だ。


 ディータが宿る予定のゴーレムは、関節部に圧縮琥珀と同じ素材である柔らかい樹脂を利用しているので、強度に少々問題がある。外付けで、補強を兼ねた装甲をつけるので、熱以外は問題はないはずだ。

 そういった難点解決に、ベデラツィの資金やワイルデューの技術などが役立っている。


 オレとみんなの叡智の結晶。このゴーレムは、ヨーヨーの考えるようなゲスいものではない。


「このゴーレムはオレの理想でもないし、ダレかの理想でもない」

 圧縮琥珀は琥珀アンバーとしては偽物だろう。だが、オレの作っているものは、実際に存在していた……いや、存在している姿だ。そう、本物だ。

 かつて存在していた、ではない。オレの頭上で実在する者のカタチ。

 その姿と想いを噛みしめ、オレはヨーヨーに言い放つ。


「この姿は本当に存在し、実在すべきカタチなんだ」

「キモい」

「なんでだよ!」

 ヨーヨーにキモいって言われると、世界が崩壊するかのようなショックを受ける。これ以上のショックは、アザナに嫌いと言われることくらいしか、ないのではないか?


「そういうえばこれの整形は、カルフリガウさんですよね。ザルガラ様の欲ぼ……理想ではなくて」

「いま、欲望って言いかけたか? しょうがねぇだろ。オレがあんな精緻なもの作れるわけねぇ」

 いくらオレが魔法の天才で、頭がいいとしても、職人の手が作り出すものを真似などできない。


 ヨハン・カルフリガウはディータの姿を視ずに、ディータの姿を感じて形にすることを申し出た。その出来栄えは申し分ない。


 現在、ヨハンの作った彫刻を元に、型を造っている。ディータ=ゴーレムの完成も間近だ。

 よろこべ、ディータ。

 

『……できれば、すべてをザル様の手で作ってほしかった』

 だから無理いうなって。オレが作ると残念ボディになるぞ。


『……ですね。ザル様の描いたあの壊滅的な私のデッサン……吐き気を催すほど邪悪なモノでした』

 そこまで言うか、ディータ。


「あの……」

 捨て置かれていたローイが、泣き止んだ女の子を支え、畏れながらと申し出てきた。すまん、忘れてた。


「ああ、大丈夫だよ。直すのもみんなでやろうぜ。ただし、オマエとソイツは、オレが持ってきたおやつ抜きな。だからローイ。オマエから二度とないよう、ちゃんと言い聞かせておけよ」

「はい、ありがとうございます」

 許されて、ローイの顔はパッと晴れた。分解した女の子はまだぐずぐずと泣いたままだが、反省はしているようなので許してやる。

 許すって、万能感があって気分がいいな。

 害意を向けられたら許さないが、人のミスやいたずらを許してやると、とても晴れ晴れとした気分になる。


 社会的余裕を噛みしめるオレの隣りで、ローイが分解趣味の女の子に言い聞かせる。


「いいかい、もうこんなことをしちゃダメだよ。今度、分解するときは僕を分解するんだ」

「ローイおにいちゃんで、ぶんかいごっこしていいの?」

「うん、僕を分解していいよ」


 ん?

 なんか言語野破壊言語ドラゴンランゲージに匹敵する、不穏な会話が隣りで行われてないか?

 

 分解ごっこ……って、なんだ?

 お医者さんごっことは違うのか?


「それって『僕【が作った物】を分解していいよ』って意味だよな、ローイ?」

「え……ああ、は、はい。そういう意味です」

 言い間違いだったようだ。確認をしたら、ローイが訂正を認めてくれた。


「よかった。女の子に分解されたい趣味かと思ったぜ」

 胸をなでおろすオレの頭上で、ディータがふんふんと鼻息荒くうなずく。


『……分解プレイ。そういうのもあるのか』

 ディータ、オマエ……。

 身体が部分的に消えていった過去がある上に、分解可能なゴーレムに入る未来があるんだから、怖い世界に目覚めないでくれよ……。

 

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