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日常に潜む闇 2


「こんにちはー」

「おう、邪魔するぜ」

 ペランドーと一緒に孤児院に到着。玄関先で遊んでいた子供たちが、オレたちを出迎えてくれた。


「すっかりなれちゃったね」

 鍛冶屋の子ペランドーが、孤児たちの出迎えを受けて、ふとそんなことをつぶやいた。

 オレはここを製作拠点としているので、本当に邪魔しに来てる気持ちだ。


 孤児院の責任者で金を(ベデラツィが)出してるからと、オレは傲慢にはならない。礼儀正しくティエといっしょに、まずアマセイへ手土産を持っていく。

 出迎えてくれた小さい子供たちが、じゃまものがきたー、にげろーといって奥へ去っていった。


 ……きっと鬼ごっこ中で、鬼から逃げたんだろう。たぶん。


 子供が走り去った逆方向へと進み、アマセイがいるであろう大部屋に向かう。彼女は大部屋の中央で、小さい子供たちへ絵本を使って勉強を……と、いっても簡単な読み書きだが――を教えていた。


「ようこそ、いらっしゃいました」

 エルフの特徴である目立つ耳をピンと立てたアマセイが、男をメロメロにする笑顔で出迎えてくれた。いやはや感心する。誰を相手にしても、こういう笑顔を向けられるってのは、一つの才能だろう。

 見習いたい。


「……ど、どうされたんですか? 怖い顔をして……」

「せんせー……」

 近くで怯える子供を抱き寄せ、さすがの笑顔も崩れエルフの耳も下がる孤児院管理者さん。

 オレの笑顔になんてことを言うんですか、アマセイさん。

 

「いや、別になにも」

 普段の顔に戻したつもりだが、子供たちが警戒を解いていない。

 その子供たちの向こうで、キャンバスを手に木炭で顔を汚すヨーヨーがいた。


「待ってました! あ、いまちょっと手が離せなくて」

「待ってないよね、ソレって。めいいっぱい忙しいわけだよね?」

 孤児院の子供たちの似顔絵を描いているヨーヨーが、慌てて顔を拭く。顔についた木炭が、さらに広がって愉快な顔となる。なかなか愉快な顔だ。子供たちは、大いにウケている。

 オレもアレやればウケるかな……いや、やめておこう。


 ヨーヨーの似顔絵は、単なる記念や子供の人気取りだけにとどまらない。描いた絵があまりに似ているため、子供たちの身元確認にも使えるわけだ。

 単純に迷子対策になる。あと、あまり想像したくない最悪の場合になるが、人さらい等の対応策にもなる。

 

 ヨーヨーは今日はここまで! と言うが、子供たちは急な中断を許さない。全身を使ってヨーヨーを引き留める。


「だめー! あたしのかおー、まだかいてないーっ!」

「つぎはおれのばんだぞ!」

「いっちゃだめー」

「ああ、わたしにモテ期到来……」

「さきにいってるぞ」

「え? いいの? ザルガラくん」

「ここでオレが引っ張ると、オレにモテてると勘違いするからな。ヨーヨーは」

「あー、なるほど」

 愉悦であっちの世界へ飛んでるヨーヨーを捨て置き、納得したペランドーと共にオレは裏の工房へと足を踏み入れる。


「あ、おはようございます! ポリヘドラ様!」

「おはよ、って時間でもないけどな」

 ローイが油で汚れた笑顔で、おはようとあいさつしてきたので訂正しておいた。


 いや、仕事師ってのはいつでも職場じゃ、その日に初めてあった人へおはようと挨拶するとかしないとか。


 工房の留守を任せている将来有望なローイが、手慰みに何かをつくっていたようだ。

 ほかの孤児たちも、オレの共有工房の道具を使っていろいろな物を製作していた。オレが頼んだ物もあれば、どこかの内職を引き受けているオレより年上の子供もいる。

 すっかり職業訓練の場になっているが、悪いことじゃない。ここを卒業していった子供たちは、ひも付きとなる。そいつらがオレを頼ることもあるだろうが、オレも頼ることもあるだろう。悪い話じゃない。

 このオレが人脈を広げるようなことをするなんて……、夢でも見ているんだろうか? と、不安になってしまう。


 ローイは完全に趣味の物を作っていた。しかし頼んでいたものは、ちゃんと完成させているようだし問題はない。こういった趣味も、技術向上のため遊びも必要だ。オレが頼んだ部品を手に取って眺めていると、背後の引き戸がガラリと開けられた。


「……ぐふふふぅ、抗いがたき幼女たちの猛攻を振り切ってきましたよ」

 よだれを袖でぬぐいながら、あぶない顔のヨーヨーが工房に入って来た。木炭とよだれで、とんでもない顔になっているが指摘しないでおこう。

 しかし呆れるな、コイツの趣味には。


「おいおい、幼女ってオマエだってまだ11歳……」

「え? ああ、間違えました。わたしにすがるのをためらう男の子たちも捨てがたかったですよ、ぐふふ……。なかにはおっぱい触ってくるオマセさんもいたりするんですよ」

 よだれをぬぐう婚約者候補。やだなー、やっぱり予定どおり破談にしたいなー。


 コイツ、やっぱ孤児院へ出入りさせちゃダメかな。

 しかし、ヨーヨーの能力は捨てがたい。カノジョの描く絵は、ただの似顔絵だけじゃない。

 彼女は図面を正確に写す能力も持っている。精度は高くないが、人に伝えたり説明するには十分な図面だ。


 正直、ヨーヨーはすごいの一言だ。


 コンパスだけで正確な図面を引けるし、詳細な絵図を描ける。

 こいつがいれば、いちいち面前で教えなくて、誰でも魔具を造れるようになるんじゃないかな?

 そう思えるほどの設計図と図面と見取り図と組み立て図と完成図を描いてしまう。

 盗み見た魔具のスケッチだって、正確に描いてきてくれる。密偵としても優秀だ。性格的には密偵向きじゃないけど。


 このヨーヨーの特技のおかげで、孤児たちに丸投げできる工程が増えた。

 

 孤児でこれほどなんだから、魔具の修理などできる街士なら、ヨーヨーの描いた図面から自作も可能だろう。


「おまけのペランドーくんもいるんですね」

「ひどい!」

「ところで今日はアザナ様は?」

 ヨーヨーがペランドーをおまけと言って、なぜか……アザナの事を尋ねてきた。


「オレからすればヨーヨー本人が、絵描き能力のおまけなんだけどな」

「ひどい!」

「ひどい!」

 ペランドーまでヨーヨーに同情した。そんなにひどいかな、この返し。

 しかしこの変態女はへこたれない。


「わたしの身体はおまけで、能力が目当てなのね! ところでアザナ様は?」

「うん? ああ……来ないんじゃないかな?」

 部品の出来を確認しつつ、ヨーヨーの質問には適当に答えた。少し声が沈んてしまったが……それは部品の出来が悪いからだ。


「だ、だめですか、それ?」

「ん? あ……ああ、大丈夫大丈夫。問題ない」

 念入りにチェックしていたので、ローイが不安そうにたずねてくる。気にしなくていいぞ、ローイ少年。


「どうされたんですか? フられたんですか?」

「フ、フられるとかそういうのねーから! 人工琥珀の作り方を教えてくれたあたりから、アザナのやつはいろいろ忙しいらしくてな。予定が合わないんだよ」


「……そうですか。アリアンマリさんとよくいるらしいので、フられたのでしょう」

 フられたことにしたいのか、どうしても。


「それはオレが? それとも取り巻き連中のこと?」

「わたしです」

「オマエかよ。アザナ狙いだったの? じゃ、婚約破棄な」

 まだ婚約してないけどさ。


「そんなっ! 婚約破棄が世間の流行だからって! わたしが吹っ切れて社交界で成功して、ザルガラ様が没落するフラグですよ!」

「うちってすでに没落してんだけど? 道楽じいさん時代の負債がまだあったりするんだけど?」

「あ、すいません」

 ヨーヨーが素に戻って頭を下げた。


「あいだをとって、アザナ様とザルガラ様がわたしを取り合ってくれていいんですよ」

「どういうあいだの取り方だよ」

『……は? こいつ夢系? やっぱり異端』

 いままでおとなしくしていたディータが、いきなり頭上でヒートアップしてきた。なにが気にいらなかったんだろう?


「アザナ様も多少はわたしを気にかけ……」

「なら、あの取り巻き連中の仲間にヨーヨーはなんで参加してないんだ?」

 アザナは意外とくるもの拒まずだぞ。


「そ、それはあの4人が嫌がらせを」

「そうなのか?」

 意外だな。付き人のフモセを除く貴族子女の3人は、ちょっと攻撃的なところはあるがそんな性質の悪さなんてないと思っただが。


「いえ、噓です」

「仮にも公爵姫と国家重鎮のお嬢さんがいるグループだから言葉に気をつけろよ」

 ヨーヨーの家もなかなか高位の貴族だが、中央官という実権を持つアリアンマリの家や、王族の血を引く公爵相手だと分が悪い。


『……仲がいいんですね。ダメですよ。夢系は』

 嫉妬だろうか?

 ディータがオレに覆いかぶさって、釘をさしてくる。……なんか嫉妬とはちょっと違うような。夢系ってなんだ?


「ねえ、ザルガラくん……。アリアンマリさんってやっぱり、アザナくんのこと……」

 ヨーヨーとくだらない会話をしていたら、重々しい空気を纏ってペランドーが訊ねてきた。

 おい、まさか――。

 もしかして、1度目の人生でもあったペランドーの岡惚れか?


 冗談だろ?

 これだけ歴史が大きく変わっているのに、これは変わらないのか?


 アリアンマリの口車に乗って、ペランドーがオレを裏切る第一歩――。


 その時が目前に迫ってきていた。



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