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王様の新しい法律

「この作戦、どうやって成功させるつもりだ?」

 王都の薄暗い場所で、男たちが集まり、国家転覆の悪だくみを重ねていた。


「大丈夫だ。すでに内通者を得ている」

 構成員の心配を、1人の大男が自信を持った発言で打ち消す。


「その内通者って、前に言っていた王の……いや簒奪者さんだつしゃの末裔の防御魔胞体陣を張る任を務める魔法使いか。よく渡りがついたな」

「ああ、その辺は大変だったぜ」

「それで、いったいどういう魔法なんだ?」

 大男はいかに大変だったかを語ろうとしたが、構成員はまだまだ心配があるのか、計画の中核を成す魔法の確認を取って来た。

 自慢好きの大男は、それも待ってましたとばかりに、得意となって語り始める。


「くっくっくっ……。この防御魔法は特別製だ。あの簒奪者の末裔が、数々の防御魔胞体陣に守られているのは確実だ。単純に攻撃すれば阻まれる。そこでこの魔法の出番となる」

「どういう魔法なんだ?」

 中空に浮かぶ怪しい魔胞体陣。それを指さし訊ねる構成員。


「ある学生が、防御陣を破壊されそうになった瞬間、鎧や服に衝撃を逃がす魔法というのを開発した。それを利用したのさ」

「防御魔法が、服を破壊するってわけか」


「そうだ。防御を増すため考えだされたんだろうが、頑丈な鎧でなければ要は服を脱がすってことだ。衆目で全裸となるってわけさ! いいさらし者だぞ! 裸の王様の誕生だ! もともと少ない求心力が、あっという間になくなるだろうさ!」

「ははっ! 笑えるな!」

 悪だくみに集まった男たちは、悪い顔で愉快そうに笑い転げる。


「古来種様のいない間、支配者を名乗る王などいらぬ!」

「ああ、追い落としてみせよう!」

 ひとしきり笑い終えた男たちは、右手の拳を頭上に掲げて誓う。


「すべては人治終焉のために!」

「すべては人治終焉のために!」

「我らは終焉を開発するもの!」

「我らは終焉を開発するもの!」


 【終焉開発機関】

 それが、彼らの組織だ。



  *   *   *



 どうしてこんな流れになったのだろうか?


 ディータをひそかに伴い、タルピーは仲良くなったエト・インとお留守番に残し、オレは今日、王城に参上した……わけなんだが、とても王城に上がったとは思えない状況である。


 王城も王宮も謁見の間というものはいくつもあり、時節や謁見の内容や相手によって使われる場所が変わる。

 前回は王宮だったが、今回は穴あきチーズのような外見をした行政側の王城側の謁見の間に通されている。しかも密談ってほどでもないが、ここは内々に使われる部屋だ。

 場所が場所だけにディータ顕現の事情聴取も覚悟して、王城へ上ったってのにこの状況は、いったいなんなんだ?


 久しぶりに父と再会できたディータも、オレの頭上で顔を覆って肩を落としている。とても感激して泣いているようには見えない。


「皆の思いは……良くわかった」

 この謁見の間にある椅子は厳密には玉座ではないが、王の座る場は玉座となる。そこにおわすやんごとなきおかたは、みな(・・)といった。


 みな、と陛下はおっしゃられておいでですが、その「みな」の中にオレはいない……はず。だって、オレはここに来て挨拶くらいしか、言ってないし――。

 はっきりいえば、一緒にして欲しくない。


「陛下の御心に、我らの思いと想いが伝わり、光栄の極みに存じます」


 オレの斜め前で、王に対して控える親子がいた。

 軍務卿(特に理由はないが現在空位)を務めたこともある将軍ヘリウスコー・ゴ・アンズランブロクールと、その息子イシャンだ。

 ……かっこの中で、特に空位の理由はないとしたが、もしかして公式な場でも脱ぐから問題になって軍務卿が空位になってるんじゃないのか?

 いや、古臭い軍政を現在改革中だから、ってことにしておこう。


 まあさすがにこの2人も今は服を着てるけどね。さすがに王城へ上がるのに全裸は無い。


 しかし、彼らは今の今まで、自分たちがなぜ全裸を目指すのかを申し開きしていた。

 オレより前に呼びつけられていたこの服を着ている2人は、なぜなにゆえどうして人前で服を脱ぐのか、その理由を王に説明していた。

 

 オレは「ああ、コイツらついに陛下直々に怒られちゃうんだなぁ」と思ってたんだが、この親子は得意げに全裸に語っていた。


 人の名前を覚えるのは苦手なのだが、だいたい話の内容は覚えている。かいつまむとだいたい、こんなようなことを言っていた――――



「例えばです。こういう史実や物語があったとします」

 ヘリウスコーが腰に下げた勲章を輝かせつつ――あれ? 勲章って普通は胸につけるモンじゃないか? まあいいや。腰の勲章を輝かせつつ語る。

 

「ある剣士がドラゴンを討ち取った。家宝の剣と伝説の鎧と先達の戦士たちが残した盾を持って」

「ふむ……。稀に聞くな」

 王が鷹揚に頷く。

 たしかに稀に聞く。ドラゴンを討ち取るおとぎ話も、ドラゴンを倒す勇者や騎士や冒険者の話もだ。

 古来種が金庫番としているドラゴンは、今なお各地で財宝を抱えて眠っている。


 古来種1人につき1匹どころか、リスク回避のため資産分散に合わせて置く金庫番を増やすので、1人につき数体のドラゴンが支配下になっている。

 古竜エルダーではなく普通のドラゴンだからこそ、その数が多い。

 ドラゴンのいるところに財宝あり。そしてドラゴンの数だけ、この大陸には財宝の隠し場所があるといって過言ではない。

 この地を去った古来種たちは、持っていけない財産の放棄を宣言している。と、いっても後々、古来種と対話する団体『交信会』から伝えられたことなので、本当かどうかはわからない。

 とにかくその「勝手にもっていっていいよ。鍵を開けられるなら」という名目で、古来種の遺跡や財宝をオレたちは漁って生きている。


 あ、そうだ。エト・インの身元は、どっかの財宝管理してたドラゴンの子とかにしよう。そんな事を考えていたとき、ヘリウスコーが陛下へ語るたとえ話を発展させる。


「この稀に聞く話の後半部分、家宝の剣というくだり。これを置き換えてみましょう」

「置き換えるとな?」

「いかにも」

 ヘリウスコーの目と勲章が光り、その口からとんでもないたとえ話が飛び出した。


「ある剣士がドラゴンを討ち取った。……全裸でっ!」

「っ! おおっ!」

「どうですか? 急に偉業を成し遂げたようにおもえることでしょう」

「た、たしかに」

 王は髭で動揺する表情を隠しつつも、興奮した面持ちで何度もうなずく。王たるもの、心の変化をあまり表面に出してはいけない。にも拘わらずにだ。


 ディータは頭を抱えるオレの頭上で頭を抱えた。


「用法を変えてみましょう」

 ひるまずヘリウスコーがたとえ話を並べ連ねる。


「その騎士は戦場を駆け抜けたっ! 全裸でっ!」

「おおっ!」

「その聖者は人々を導いて迷いから救った! 全裸でっ!」

「うおおーっ!」

「かの畏き国王陛下は、果断を持って国を繁栄させた! 全裸でっ!」

「むぉおおおおおっ!!」

 

 とめどないたとえ話に、興奮をエスカレートさせていくエウクレイデス王。

 たとえ話を広げていくヘリウスコーに、感涙するイシャン。


 こうして王は「理解」を示した。全裸に。


「あの、畏れながら――」

 話がひと段落したところで、このオレがたまらず口を挟む。


「ええっと、このオレ――いやこのザルガラはこの場に呼ばれた理由は、先日の顛末の報告では?」

「そのことについては、国内でのことは始末をつけておる」

 あれだけの大事を、王は一言で解決済みと宣言する。


「そうなのですか?」

「うむ、ルジャンドル卿が一晩でやってくれた」

 すげぇな、あの爺さん!

 一晩かよ!

 まあ青図面を一晩で引いて、実務は部下がやったんだろうがそれでも凄い。


 それについては――と、王の隣りに控えていた存在感の薄い大臣が説明をしてくれた。


 まず古竜の飛来については、王国貴族子弟の説得……オレとの対話で退いてくれたという筋書きだ。

 これは半分事実だし、問題ない。またオレに余計な功績がついたが、それはいい。


 次にネーブナイト辺境伯。

 これは古竜の飛来により、混乱したネーブナイト側の船が偶発的に遊覧船を護衛していた軍艦へ衝突。これにより戦闘へ突入。まあ事故のあと、あちらが対応に失敗したという筋書きだ。

 ひどい話だが、古竜相手じゃしょうがないな。まったくネーブナイト夫人も見た目があれだが、見た目通りに子供だなぁ。はっはっはっ。というバカにしつつも愛嬌のある話になった。


 そして湖北の呪い付きゾンビは、古竜の強大な力の余波により、湖に沈んでいた古来種施設からあふれ出した軍勢ということになった。

 本当はとある共和国貴族の研究成果なんだが、それを知っている王国側人間はオレだけだ。かわいそうに、あのディッドヴァイタイムとかいう貴族の研究成果は、今後一切日の目を見ないかもしれない。


 で、その貴族。有氏族のディッドヴァイタイムだが、因縁のある騎士の息子へ私闘を申し込んで敗北したらしい。ゾンビ騒動に隠れて、ただの私闘として始末された。あとで共和国に突き返されるが、有氏族とかいう共和国で報奨代わりにつくられた貴族位をはく奪されるだろう。


「そんなことより全裸についてだ」

 控えていた大臣の説明を終わるなり、陛下は全裸に興味を示した。

 なにがこの王を変えたのか?

 気になるが気にしたらオレの気が触れそうだ。


「不思議そうな顔をしておるな。ザルガラよ」

「え? はあ」

 思わず無礼にも生返事してしまった。


「余は思うのだ。娘を不憫に思いながらも、理解はしてなかった。そして理解しようともしていなかった。思えばあの聖痕スティグマと、消えた身体と事実を隠すことばかり考えていたが……。それがあの娘を、名実ともに消失させることにつながったのだろう」

 王が反省の弁を述べるなど異例のことだ。いくら非公式であろうとも、臣下の前で。

 内心驚くオレの前で、王が言葉を続ける。


「隠そうなどと思わず、真実のあの子を世の目に晒せば良かった。そして余もさらけ出せば良かった。……全裸を!」

 なぜ、そこで全裸?


「おお、陛下! すっかりその用法を!」

「最後に全裸をつける用法。陛下がお使いになると、さらに素晴らしい!」

 ヘリウスコーとイシャンが、全裸に反応して色めき立った。おちつけ、だまれ、服を脱ぐな。


『お父様……やっと私を……ご理解してくれるのですね』

 オレの肩の上で、ディータが泣き出した。

 あれ、感激しちゃう?

 怒るんじゃないの?

 ディータもそっち側?

 オレ、孤立無援?


 と、思ったがよく見ると控えている大臣が動揺している。良かった。どうやら彼はこちら側のようだ。


「今回、そなたらを呼んだのはそのことについてだ。ディータが顕現したという話を聞いて、余は決心した。再会する時がいずれくるかもしれん。その時のため、次の祭日において、余は国民に晒そうと思う。全裸を!」

 最後に全裸をつけるな、エウクレイデス王!

 

「おお! よろしいのですか!? さらすのですか? 全裸を!?」

 ダメでしょう、ヘリウスコーさん。


「……お言葉ですが陛下。いささか、問題がありませんか? 全裸は」

 その疑問と意見は立派だが、全裸倒置法はヤメロ、イシャン。


「わかっておる。いかに理解を示そうとも、国民は納得してくれないだろう。全裸は」

 陛下、やめて、全裸倒置法。


「そこで、そなたらを呼んだ。聞けばイシャンよ。そなたは身体の周囲に幻影を纏って、晒しているというではないか。全裸を」

「はい。実は恥ずかしながら、一時期、晒せなくなっていたのです。全裸を」

 さらせないのが恥ずかしいのか、全裸を?

 ……やべぇ、全裸倒置法がオレにうつった。


「祭日のお披露目にて、余はありのままの姿をさらす。ディータの代わりに、な。だが、それは許されないとわかる。だからそなたらの魔法にて、余の周囲を幻影魔法で囲い、服を着ているように見せてほしいのだ。……全裸」

 ……いま、無理矢理最後に全裸って言わなかったか?

 無理に最後に全裸って言わなくていいんだぞ。


「なるほど、そういうわけでしたか全裸」

 ヘリウスコーの語尾が全裸になった。


 こうして次の祭日において、オレたちはエウクレイデス王の全裸を手伝うことになった。


 オレの忠誠が全裸、いやゼロである。


   *   *   *


「ふむ、不思議な気分だな」

 

 エウクレイデス王は、パンツ一丁で馬車の中にいた。

 この馬車は古来種を称える祭壇まで向かうため乗るものだ。壮麗な装飾を施され、およそ移動の利便を考えたシロモノではない。

 王都内でも、ごくごく一部の道だけを走るためだけに作られた天蓋のないオープンな馬車である。国王が国民たちにその健在さを示すための物だ。


 その中で、王様全裸。

 困ったな、この国。

 お堅い共和国に滅ぼされそう。


 もし間違って、お堅いアポロニアギャスケット共和国がエウクレイデス王国に滅ぼされたら、いったい大陸はどうなっちゃうんだろう?


「では、畏れながらさっそく」

 オレが教えた新式魔法【光のレンガ職人】を、イシャンが陛下に向かって放った。

 王が光のモザイクに囲まれる。しかしこれではダメだ。もやもやした王様の姿で、国民の前に出るわけにはいかない。

 そこでオレが、別途【極彩色の織姫】を利用した幻影魔法を光のモザイクに重ねる。

 

 あたかも、王が服を着ているかのように見えるよう、周囲を服の幻影で覆ってみせた。

 かなり高度な技術だ。

 なぜ、こんな高等技術を全裸を隠すために使わねばならないのか?


『ありがとう、ザル様』

 こんなことで感謝されても困る。ディータ、謝って。


『ありがとう』

 意地でも謝らないつもりか、ディータ。

 まったくダレに似たんだか……。


 さて、こうして国王陛下が馬車でお出かけ遊ばすことになった。


 まさにパレード日和。だというのに、国王陛下は馬車の上で全裸。まったくひどいはなしだ。

 パレード後方で別途用意された馬車の中から、幻影魔法を調整してついていく。

 道の両側に集まる国民たちに、国王がパンツ一丁だと悟られぬよう、懸命に幻影魔法を調整する……。なにしてんだろ、オレ。

 

 何も知らない国民たちは、陛下の姿をありがたがっている。

 上からみるとパンツ一丁だぞ、あの王様。上から見るのは不敬なので、この道周辺に高い建物がないけどな。

 

 一応、斜め上からでも服を着ているように見える幻影魔法になっているが……こんな高度な技術、なんでこんなことに使ってるんだろう。

 

『ありが……』

「うっさい、だまれ」

 ディータの礼を断ち切ったその時、ユルい魔力弾が国王に向けて放たれた。

 造反者かッ!

 こんな時になんて不届きモノだ。オレみたいに王への忠誠が減っているヤツでも、こんな場で魔力弾を撃つことは不敬不遜極まりないと断言する。

 敵国の支配者相手にだって、こんな場でこんなやり方で不意打ちなどありえない行為だ。


 もっとも国王の周囲には、えりすぐりの魔法使いたちが十重二十重に胞体陣を張っている。3角陣にして約2000枚。この防御魔胞体陣を揺るがすなら、とりわけ優秀な魔法使いを100人、オレでも2人くらいいないと、どうこうしたりできないだろう。破壊するならさらに倍はいる。

 アレじゃせいぜい3角陣を1枚、やっと破壊する程度だ。


「ぐわぁーッ!! な、なぜだぁっ!」

 案の定、放った魔法は何の成果も出さず、決死の思いで魔法を放った魔法使いは警備の兵に取り押さえられていた。


「まったく。なにをしてるんだか」

 バカな反乱者はあっという間に捕まった。ここで王様が全裸であることを暴露でもしないかぎり、逃げるチャンスはないだろう。

 

 こうして小さな騒動はあったが、無事にエウクレイデス王は古来種を称える祭壇へとたどり付いた。


 全裸で。


 ……あれ?


「陛下……パンツ……履いてましたよね?」

 不敬にも思わず王の下半身を指さして訊ねてしまった。 


「うむ、なぜか道中で飛び散った」

 何があったんだ、道中?

 どういう道中?


「道すがら、急にパンツが弾け飛んで……余は思った。王たるもの、みだりに全裸を国民の前などに晒してはならぬ存在だということを」

 よかった。

 王もさすがにこのトラブルで、自身を顧みてくれたようだ……って残念そうな顔をするなディータ。

 なにがあったか知らないが、これで王の全裸で国が崩壊するようなことはなくなるだろう。


「全裸は崇高な姿! これを政治的に利用してはならぬ。そして国家である余が、崇高な全裸を利用してはならんのだ! 余は政治の場に置いて、全裸を禁止する法案を中央官に纏めるよう指示することを決めた!」

「な、ななななんとっ!」

「お考え直しを、陛下っ!」

 ヘリウスコーとイシャンが動揺して叫ぶが、王は聞く耳を持たない。

 つか、また中央官ルジャンドル卿が一晩でやらなくちゃいけない仕事ができたようだ。

 頑張れ、ルジャンドル子爵。

 応援してるぞっ!!



当初の予定ではアトラクタ男爵も登場するはずだったのですが泣く泣くカット

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