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エンディ屋敷の居候たち


「しょうがねぇな。……ま、気持ちもわからんわけじゃないけどね」

 膝の上でドーナツを貪り食う幼女の姿をした古竜の娘の頭をわしゃわしゃしながら、頭上でオレに伸し掛かるディータの要望に応えてやった。

 タルピーは相変わらずそこら高いところで、1人楽し気に踊っている。


 オレが二度目の人生を始めて数月巡り。

 この短い期間で、エンディ屋敷オレんちに居候が増えたもんだ。

 上位種タルピーは、オレの相棒っぽい感じになってきている。時々、周囲の変化に気が付いてオレに報告してくれるので、たいへん役に立つ。好奇心旺盛なので、たまにどーでもいいことを質問してくるが……おおむね役立つ。なにより気があう。


 姫様ディータはオレといっしょすぎて、もうそこにいて当然。人の名前を覚えるのが、とても苦手なオレの外付け記憶装置と化してる気もしないでもない。なんとなくその気怠い感じに、気力をごっそり持っていかれる気がするが、気のせいではないと思う。


 古竜の娘エト・インは、なんかすごい張り合ってくる。貴重な存在なので、コイツの能力を解析してやろうと思ってたのだが、気のせいか遊び相手……運動相手になっているような気がしないでもない。コイツといるとオレの知能指数下がる気がする。


 古来種 (と思われる)オティウムは……エト・インが寝るとどこかに行ってしまう。いつか転移魔法を盗んでやろうと思っているのだが、なかなかチャンスがない。育児放棄じゃねーか、この古来種のようなもの。どこがママなのか、ということを問い詰めたいが、それを言うと身体で教えてやると言われそうで怖い。


『……ザル様の意見、変わった?』

 ディータは不思議そうな眼で、上下反転してオレの顔を覗き込む。全裸でぷかぷか浮いてるこの姫様は、国王陛下――つまり、父親に会いたいと言い出した。それをオレは認めることにした。


「前はああ言ったが、状況が変わって来たことだし認めざるをえないだろう?」


 ウィロウ元帥に招待され、アグリコラ要塞へ向かう船の中、オレは父であるエウクレイデス王に会いたいというディータに、それはそれは手ひどい言い方で無下にしてしまった。

 素直に反省はしているが、反省してると素直には言わない。

 ッ絶ッ対ッ、言わないッ!


「――というか、姫様が遊覧船で顕現しちまったからなぁ。報告に上がらなくちゃいけないし、どうあってもディータの要求通りになるんだけどな」

 絶対に言わないから、オレはもっともらしい言葉で誤魔化す。

 だが誤魔化すつもりで言ったこれも、また事実である。


 遊覧船を襲撃したネーブナイト夫人に、その身を持って責任を取らせようとしたオレを止めるため、ディータはその姿を衆目に晒してしまった。

 オレに憑りついた状態であるということはバレちゃいないが、オレの目の前に現れたのは事実だ。


 こうなると父親である王への報告義務が、臣下の1人としてオレにはある。

 正直、あんの王様に対しての忠誠心が減りまくってるが、子供のオレは形の上ではまだまだ国と貴族と家の庇護下にある。ポリヘドラ家から離脱していない今は、臣下の礼を尽くさねばらない。

 

 中位種たる貴族であるオレの心が、オレたち中位種を管理する王のカリスマから離れている。

 人族の中位種を管理させるため、古来種が太古の王族へ念入りに施したカリスマチューンド。それが世代を重ねて、そうとう弱まっているということだ。


 やだねぇ……。跡継ぎたるディータがこんな状態なので、カトプトリカ朝が今代で終わるは確実だが、現王が求心力を失って王位を退しりぞく方が先になりそうだ。


「ぎゃお? 王さま……ってなに?」

 ドーナツを食い終えたエト・インが、ぐいっと頭を上に向けてオレに訊ねてきた。

 くりくりまなこがオレの気を引き付ける。

 王への忠誠が減った分を補うように、古竜エト・インの持つ力と神秘さがオレの気を引くのだろうか?


 そんな感傷をひた隠して、エト・インの問いに返答する。


「王様ってのは、人間たちの一番偉い人だ。古竜にも長老とか、すげー年寄りで偉そうにしてるヤツとかいるだろ? そういう感じ。わかるか?」

「ふんふん、なるほど」

 あっさりエト・インは納得してくれた。その頬についたドーナツのかけらが、うなずく反動でぽろぽろ落ちる。

 オレの膝の上に……。

 コイツが来てから、オレの服が汚れる頻度高くなったな。


「つまりエッチなカエカエのおじいちゃんみたいなかんじ?」

「ダレだ、カエカエって?」

 オレは隣りの席に座って、エト・イン……とオレを暖かく見守るオティウムに訊いてみた。

 お茶のカップを静かに置き、オティウムは答えてくれる。


「古竜の長老格です。本名はカエサリス・カエサリ・エト・クワエ・スント・デイ・デオーといいます」

「……覚えられねぇから、カエカエでいいや」

 相変わらず竜族の名前長ぇぞ。

 古来種由来の言語と法則性がかなり違う。

 ただでさえ名前を覚えるのが苦手なオレだ。

 聞き取りにくいし、余計に覚えられない。


「カエカエはね、エッチなの」

「そうか、そうか。どうしょうもねーな、竜族」

 オマエの父ちゃんはアレだしな。

 せめてオマエだけは、マトモに大きくなるんだぞ。


「ねえ、でぃーたー。でぃーたも王さまにあいにいくの?」

 オレより上にいるディータを、ブリッチ気味に仰ぎ見るエト・イン。

 膝の上でそういう動きをするな。落っことさないように、オレが抱えなきゃならんだろ……って、この光景を生暖かい目でみるな、オティウム!

 オマエはオレがエト・インの家族に不適格って、判断する名目でここにいるんだろうが!


 と、いう思念を持って睨みつけると、オティウムは「あらあらまあまあ」と微笑み返してきた。

 なにが「あらあらまあまあ」だ。

 育児放棄気味の「粗々ママ」の癖にッ!!


 オレとオティウムが目と目で争っている……あっちは見守ってる目のようだが、そんなオレたちとは対照的に、ディータとエト・インは会話で交流を深めている。


『ええ、会いに行きますよ。私の父……ですから』

「王さまがでぃーたのパパなんだ。でもエトのパパは、王さまじゃないよ?」

『……王や長老がなくも、人も竜も親のもとに生まれで、この世で1人になっても生きていけます。ですが、最初は誰もが誰かの子であり、であるからこそ父と母は必ず誰かの親なのです』

 なんかディータが難しくてややこしいことを言った。8歳児相手に。


「………………そっかー」

 ほらみろ、エト・インの脳に負荷かかって、テンションが激下がりしてるぞ。こりゃ今日は知恵熱だすな。


 いつもは言葉をちゃんと選ぶくせに、今日は身体と同じように気持ちが浮ついて、まったく選べてないようだ。。

 ディータは願いがかなって、ちょっと浮かれているんだろう。


 遊覧船ではディータの世話になった。姫様がオレの頭を冷やしてくれなかったら、辺境に禍根を残したかもしれない。

 まったく……、あの鼻侯爵のブラエに「戦争回避してやる」とか大見得きったってのに、なにをやってたんだかオレ……。

 とはいえ、たまにネーブライト伯のところへ遊びに(ケンカしに)行く約束をしてるから、紛争の扮装をする当事者になってるが……、これはあの新型ゴーレムの細工を調べるという利益があるので、オレの判断でセーフだ。


「オレもさんざんわがままいう身だし、前はきついこと言ったが、事情が変わったから仕方ない」

 肩をすくめ、わざとらしくディータに見せた。

 姫様はそれでわかってくれる。オレの態度を見て、静かにうなづいてくれた。


「あら、意外ですわね」

 外野のオティウムが、大人の笑みを浮かべて子供たちの会話に割って入って来た。


「オレはおおらかだからな。機嫌がいいとたまに」

「そうですか」

 茶化すように不敵な笑みで答えてやると、オティウムはすっくと立ちあがった。

 そして――。


「では、ご褒美あげないといけませんわね」

 さあ、とばかりにオレへ向けて両手を広げるオティウム。反動で二つのたわわな胸が揺れる。


「……なにそれ? 飛び込めっての?」

 この時、オレはとても怪訝な顔をしているに違いない。

 ディータですら、『……ええ。なんで』と姫様らしからぬ声を上げている。 


 オレが飛びこまないでいると、エト・インとタルピーが代わりに「わーい」と飛び込んでいった。

 ……なぜ、タルピーも?

 幼児ゆえに暑苦しいエト・インと、イフリータゆえに熱苦しいタルピーの2人を、優しく笑顔で豊かな胸に抱き込むのは立派なことだ。

 母親として当然だとは……思うが……。


 ふとオレは、あのを思い出す。

 

 オティウムの行動は、あの母という女が逆立ちしてもやらない行動だ。

 ――だからオレは反応できなかったのか?


 もしかして、年上の女性が両手を広げるって行為は……そういうものなのか?

 男でも女でも、子供はそういう行為を示した女性の胸に、飛び込んでいいものなのか?

 

 オレの思考が、脳の薄暗い部分に迷い込んだその時――。


「私の夫なら私の息子になって飛び込んでくるのに」

「また出たよ、言語野破壊言語ドラゴンランゲージ

 重く薄暗い思考が、大宇宙の深淵に軽々と吹っ飛んでしまった。


 夫が妻の息子になるって、そんな言葉は平凡な一生ならまず一度も聞くことなどないだろう。

 こいつらといると、脳の右側あたりが破壊されそうな言語を聞かされる羽目になる……。

 オレの脳に負荷がかかって、今日あたり知恵熱が出そうだ。

 知恵?

 待てよ、知恵なのか、これ?


 理解するばかりが脳の仕事ではない。相手によっては人の叡智もたまには負けて、ゆっくり休んでいいかもしれない。 



次回、王とあの人たちが再登場して意気投合。

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