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モルティー教頭は魔法トカゲの夢を見るか?


「早速だが、モルティー君。先日、君の提案してくれた獣人受け入れのテストケースを導入してみた」


 今日も頭が寂しいベクター・アフィン教頭が、教頭室のテーブルで気難しく手を組み顎を載せて言った。

 逆光でメガネが協調され、さらに頭部も強調されている。


「おお、早速ですか、アフィン教頭!」

 ソファで縮こまるように座っていた筋肉団子……、もとい5教頭の1人であるモルティー・ホールが輝く笑顔で腰を浮かせた。

 モルティーの厳つい顔と厚い巨体が、不相応に崩れて喜ぶ反応を見ても特に動じず、ベクター・アフィンは話を続ける。

 

「ええ、早速……です。もともと東方諸国連合の各国から留学生の打診がありまして。まあ、そういうこともあり、テストケースもかねて1人だけ獣人の受け入れを決定しました」

「さすがですね!」

 ベクターは教育だけではなく、事務的な差配から政治的な判断力まで優れている。経済感覚だけは低いが、それを補って余りある教育指導者だ。

 学園にとって初めての試みであるモルティーの提案を、わずか1月廻りの間に実現させてしまうのだから恐れ入る。モルティーは素直に、やはりこの人には勝てないな、と感じ入った。


「さて……そろそろ、その生徒がくるころかと思いますよ」

「え? も、もうですか?」

 あまりに早いと、モルティーはうれしく思いながら動揺した。


「ととと突然ですね? 自分はままま、まだ心の準備が……」

「……? なぜ君が心の準備を?」

 取り乱すモルティーの性的嗜好を察することができず、ベクターは手を組んだまま眉をひそめた。


 そこへドアのノック音が4つ響く。教頭室の厚い扉に負けぬほどしっかりと力強く、それでありながら礼儀正しいノックだ。

 モルティーはそのノック音で悟った。

 こんな力強い音を出せる者は、人間ではない、と。

 人間の筋肉では、自然にこんな音は出せない。ノックの主。それは太く野性的な、生まれた時から獣の筋肉を持つ者だ。


「入りたまえ」

「失礼します!」

 野太い男性の声と共に、ドアが開けられた。

 男性かとモルティーは残念に思いながらも、入室してくる獣人の毛並みを想像し、自然と笑顔になった。


 その笑顔が固まった――っ!


 入室してきた男性は、モルティーにも負けない筋肉の塊……。

 毛皮などなく、ビキニパンツ一丁の「人間」だった。

 頭部は虎の形をしているが……あきらかに造り物、かぶり物だ。


「にゃーん」

 虎をかぶった男が、猫をかぶったような声をあげた。サイドリラックスポーズで。


 サイドリラックスポーズとは!

 両手を軽く広げた状態で下げ、顔を正面に向けたまま、腰を真横に捻って上半身は自然と斜めとなり脇を見せ、前側になった足の膝を上げるポーズである!

 なおリラックスはしていない。リラックスなのにリラックスではないなど、筋肉マッチョとは面倒くさいものである。


「はっはっはっ、いやぁ虎人こじんなのに、なかなか愛嬌がある生徒じゃないか?」

「いやいやいや、ベクター教頭!! 彼は人間でしょう? 被り物をしているだけでしょう?」

 珍しくベクターが笑い、モルティーが抗議の声を上げる中、虎の被り物をしたマッチョがフロントリラックスポーズに移行して礼をした。


「よろしくお願いします。トラ・マスクといいます」

「ほら、マスクっていいましたよ、彼!!」

「名前でしょう? 落ち着いてください、モルティー君」

「いやいや、ベクター教頭! しっかりしてください! ほら、彼! 毛皮じゃないですよ! 体毛すらないじゃないですか! ほら! 自分と同じですよ!」

 モルティーは上着とシャツを脱ぎ捨て、トラ・マスクと同じポーズをしてみせた。


「脱ぐな、脱ぐな」

 筋肉はすぐ脱ぐから困るな、とベクター教頭は思いながら言った。

 

「答えるんだ! トラ・マスク君!! そのつるつるで油を塗った身体はなんだ!?」

 胸を張り、大きく上げた両手で力こぶを作り見せるダブルバイセプスで問うモルティー。


「剃ってます」

 負けませんよ、とばかりに上半身と腕でひし形を作り、ラットスプレッド・フロントで答えるトラ・マスク。


「うそをいうな!」

 サイドチェストで疑うモルティー。


「なんだ。仲がいいじゃないか」

 筋肉で語り合う2人を見て、ベクター教頭は安心した。


   *   *   *


 それから数日――結果からいうと、トラ・マスクは学園の人気者となった。


 愛嬌のある虎のマスク、それに鍛えられた肉体美。

 ウィットに富んで知性的、くわえて鍛えられた肉体美。

 礼儀正しく謙虚な姿勢、さらに鍛えられた肉体美。

 授業と生活への真面目な態度、そして忘れてならないのが鍛えられた肉体美。


「獣人かぁ。いいですね! 萌えますね! いえ、燃えますね! ウルトラ・タイガー・ブリーカーです!」

 学園の天才児が、トラ・マスクとの交友の中で着想を得て、新しい独式魔法を次々と生み出す。


「いやぁ、獣人が学園にくるなんて、何考えてんだと思ったけどよ。いい刺激になったぜ」

 問題児ぶりを発揮して揉めたザルガラ・ポリヘドラも、トラ・マスクを高く評価して憚らない。


「彼と一緒にいると落ち着きますわ」

「私も獣人になりたいですね」

「彼のおかげで成績があがったよ! これなら次のテストでザルガラくんにも勝てそうだ!」

「野生と知性を併せ持った、彼のようになりたい」

「……時代はもう脱ぐだけではダメだ。毛皮を得てから改め脱ぎ去らねば……時代に置いていかれる!」

 数々の影響を生徒たちに与え、誰もがトラ・マスクから目を離せない。


 学園内はあっという間に、トラ・マスクの話題に包まれ、誰もが彼にあこがれた。そのは影響は教師たちにもおよび、だんだんと外へ――王都へと広がり始めた。


 そんなある日の夕刻、ついにモルティーはトラ・マスクと2人きりで対峙した。


「きさま……。何を考えている?」

「……」

 夕日を浴びるトラ・マスクは答えない。いや、体脂肪率を視覚的に暴露するアブドミナル&サイポーズを持って答えた。


「やはり、そうか! キサマ! そうやって獣人のふりをして、獣人の良さを広めているのだな!?」

「……」

 モルティーのアクロバティックな推理と急降下な糾弾に、モストマスキュラーポーズで肯定するトラ・マスク。 


「なんてヤツだ……。そうか……。精神操作系で、獣人と誤認させているのだな……。ふふ、このモルティーには……通じないようだがな」

 獣人への愛ゆえに、モルティーへの獣人認識誤認魔法は通じないのであった。


「……さすがです、モルティー教頭。感服いたしました」

 素直にトラ・マスクは観念しながらも、喜んでいるかのようだった。


「あなたは最初から……いえ、出会う前から同志でした。ですから、僕の計画をお教えします」

「計画だと?」

「ええ、それは――人類猫化です」

「人類を……猫に?」

「そうです! 人類をすべてに猫にするのです! モルティー教頭先生! あなたもぜひ僕に協力してください!」

「断るっ!」

 同志の拒絶を受け、トラ・マスクのモストマスキュラーが揺らいだ。


「なぜですか? あなたは獣人に寄り添うものとして愛し! 僕は虎人として猫科の獣人たちを愛する! そこになにも違いはありません!」

「ちがうのだ!」

 モルティーはシャツを脱ぎ捨て、トラ・マスクの主張を否定した。


「誰もが獣人に……猫人となる……。たしかにそれは素晴らしい世界だろう。その中で、世界でたった一人、自分1人が唯一の人間となることも素晴らしいだろう。自分が獣人になる……。それはそれで素晴らしいことだろう……」

 次々と主張するモルティー。筋肉も次々と主張する。 


「だが、違うのだ! 世界にあらゆる人種差と性差と越えられない偏見がある。時には乗り越え、時にはそれが問題となり、時にはそれが美化され、時にはそれが侮蔑される……。それらをすべて含めて、あらゆる事象を内包して、世界に波及する。画一的ではない。だからこそ彼らを、彼女たちを愛しているのだ!」


 バックダブルバイセプス――上腕二頭筋、三角筋、腓腹筋、、僧帽筋、大殿筋、ハムストリングス、後背筋を総動員した説得筋肉が、トラ・マスクの反論を封じた。

 

 トラ・マスクは動揺を抑え、モルティーの主張を飲み込んだ。


「先生の熱い心はわかりました」

「おお、わかったくれたか!?」

 野望多き留学生とはいえ、生徒の理解を得てモルティーは教師冥利に尽きると感激した。

 しかし、トラ・マスクは戦闘体制を持って、そんなモルティーの感傷を破壊する。


「ですが、こちらも引けません! 語りあいましょう! 拳で!」

「な、なぜかね!?」

 忌み嫌う暴力を提案され、モルティーは嘆く。


「その身体を見ればわかります。理論を筋肉で克服してきたのでしょう?」

「ち、知性の放棄か?」

 筋肉を隠すことなく、知性のない筋肉だけで押し通す暴力。それはモルティーが最も嫌う所業だ。


「野生を秘め、知性を得た獣であり獣ではない獣人が……短絡的な暴力など……、やはり……キサマは同志では……」

 絶望の中、モルティーはトラ・マスクの放つ技を真正面から受け止めた……。


   *   *   *


「はっ! ……ゆ、夢か!?」

 さわやかな日の光が、窓から差し込む中、モルティーは冷や汗で筋肉と肝を冷やすような夢から覚めた。


「夢だったのか……、そうか、あれは……夢だったのか」

 思えばありえない話だ。

 いくらあのトラ・マスクが優れていようと、ベクター教頭からアザナやザルガラを騙すほどの精神操作魔法を使うなどと――。


「良かった……」

 夢であったこと噛みしめつつ、モルティーは朝の身支度を整え、学園へと向かった。


 いささか寝疲れ気味に学園につくと、モルティーはすぐにベクター教頭に呼び出された。


「――早速だが、モルティー君。先日、君の提案してくれた受け入れのテストケースを導入してみた」

 今日も頭が寂しいベクター・アフィン教頭が、教頭室のテーブルで気難しく手を組み顎を載せて言った。

 逆光でメガネが協調され、さらに頭部も強調されている。


「おおっ! ……お?」

 デジャヴ。

 もしや夢が現実に?

 だが、なにか違う。

 まずここにいる人物が1人多い……。モルティーの前のソファには、5教頭の1人がいた。長髪の教師で、モルティーよりわずかに年上だが若手の教頭だ。


 夢と違うということは、あの野生詐欺が留学してくる可能性が低くなるということではないか?

 モルティーはそう自分を納得させて腰をソファに降ろし、改めてベクター教頭の話に耳を傾けた。


「で、ベクター教頭。どのような生徒なのですか?」

「リザードマンと……ドラゴンだ」

「よっしゃ来た!」

 喜ぶ長髪の教頭。反してモルティーはソファから崩れ落ちる。


「……鱗。ていうかドラゴンって人種じゃないし……」

 まさかの事態に落ち込むモルティー。

 ベクター教頭の説明によると、遺跡の財宝を守っていたドラゴンが、「コア」の解放と共に古来種の命令からも解放されたという。

 通常、そういったドラゴンは古来種の影響を受けつつ、遺跡に残って活動を続けるなり、どこぞの山で余生を過ごすものだ。しかし、そのドラゴンは新生竜ということもあり、人間、ひいては人間社会に興味を示したという。

 人の姿にも化けられらるということもあり、教育と研究を兼ねて受け入れを王国に申し出たという経緯だ。


 身元の引受人はあのザルガラだというが、それは問題ではない。ベクター教頭は問題視しているが、モルティーにはどうでもいいことだ。


 後日、リザードマンとドラゴンが手続きに来訪するという。夢と違って、すぐには来ないようだ。


「失礼します……。はぁ……」

 モルティーは大きくため息をつき、意気消沈しながら退室した。

 そんな彼に、元気を出しなさいと長髪の教頭が肩を叩く。


「モルティーさん。私は鱗が好き。あなたは毛皮が好き。そこに違いはないと思いませんか?」

「違うのだ……」

 毛皮と鱗。

 さすがにそれは、違いすぎるのだ。


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