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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第5章 It if and only if you.
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疑惑の種


 エウクレイデス王国の中心。古来種が作り出した街の中央にあるラブルパイル城は、穴あきチーズを積み重ねたかのような独特な形状をしている。

 ラブルパイル城は王城としての機能とは別に、敷地内に軍事施設と行政施設を合わせて抱え込んでいた。


 その一つに議会会館がある。王城から少し離れた場所に近代になってから建設されたレンガ造りで、古来種由来ではない施設だ。その議会会館内に中央官の執務室があった。


 大臣たちが各行政施設に散っているのに対し、その大臣たちを総括する中央官は立法機関である議会寄り位置に拠点を持っている。

 中央官が各所の行政執行を総括しながら、詔勅(王の意志や意見を取りまとめて法令の草案とする)を議会運営に反映するという強力で独自の立場によるものだ。

 その特殊な立ち位置ゆえに、領地を持たぬ上に爵位が比較的高くない貴族――もちろん優秀な――が任命される。

 

 そして絶大な権限を持つという事は、同時に当然ながら忙しいということだ。


 王国には今、多大で多彩な問題が降りかかっていた。


 大湖北部を襲った謎のゾンビ化現象。大湖中央に飛来した古竜。遊覧船で起こった南部辺境伯の衝突などなど。

 特に被害の大きかった北部のゾンビ化現象。それを覆い隠してしまうほどの古竜飛来。比べて話題性が低いが、政治的に繊細な辺境伯たちの関係。


 問題が山積で慌ただしい議会会館の廊下を、若い秘書官の1人が速足で進む。騒動以来、この3日間、彼は食事と仮眠以外で休んでいない。

 そんな忙しい彼が書類の束を抱え秘書室に入り、部屋の奥へ足を進め、もっと忙しいであろう中央官の執務室のドアをノックした。

 ――返事がない。

 

 席を外しているのか? と問いかける目を控える取り次ぎの秘書に向けたが、彼女は知らないと首を振った。


 激務で寝ているのか、それとも……。

 若い秘書官は悩む。緊急の連絡もある。何よりルジャンドル中央官は高齢である。

 なにかあったのかと、非礼を承知でドアを押し開けた。


「閣下!! どうされましたか!? って、うわぁっ!」

 ルジャンドルが特徴的な禿頭を抱え、デスクの上に突っ伏していた。


 これはいよいよ倒れたかと思った秘書官は、確認するべく中央官のもとへ駆け寄った。するとルジャンドルは急に立ち上がって怒鳴り、心配していた秘書官を驚かせた。


「せっかく、国内の問題をまとめたのに! またか! またなのか! 前の騒動でやっと軍系議員を落ち着かせたってのにっ! まだ諸侯の取りまとめも終わってないのに、技術格差のある共和国とやりあえるか! ゾンビ化? なんだそれ? わしゃそんなこと知らなかったぞ!? ゾンビって感染するのか? なんてことだ、古来種時代の資料が多すぎる……で、なんだ!?」

 叫ぶだけ叫ぶと落ち着いたのか、ルジャンドルは秘書官に何用かと視線を向けた。


「は、はい。内務官より報告が。古来種カルテジアン招請しょうせい会の一派で過激団体〈終焉開発機関〉が、辻演説で支持者を獲得しているようです。これは名簿と活動の記録。こちらは潜入者の資料と活動結果の一次資料となっております」

 老齢なルジャンドル中央官が、意外と元気なようで安心した秘書官は、新たな仕事を責務上しかたなく擦り付ける。


「そんなに……か。あの団体、どれだけ活気ついておるんじゃ……」


 新たに積みあがった書類の束を見て、ルジャンドルが顔をしかめた。

 一応、官僚や秘書官で資料をまとめて、あとは採択を下すだけの書類のなっているのだが、中央官は熟読せねばならぬ情報だ。

 ぺらぺらと資料をめくりながら、ルジャンドルは呟く。


「最近、な。わしの孫娘がおるじゃろ?」

「アリアンマリ嬢ですね」

 秘書官は知的で利発ながら、子供らしいふくれっ面ばかり見せる小さなアリアンマリの姿を思い起こす。


「そうじゃ。最近は、な。わがままも言わなくなってな、とても大人しい娘になってな」

「そうですか。よいことですね」

「そうなった途端、こういうなんとも噛み砕きようのない事態の連続じゃ。前はわがまま言って、帰ってきてと言っておったのに、今はそんなことがなくてのぉ~」

 愚痴が始まったな、と思ったが、ルジャンドルの手と資料を読む目は止まってないので、秘書官は静かに聞くことにした。


「こうわしに冷たいのは、ちょっと忌々しいあの天才児ともさらに仲良くなったから、かもしれん。どう思う?」

「わたしにはなんとも……」

 本当にわからないので、秘書官は答えようがない。


「迷惑をかけなくなったらなったで寂しいのぅ。わがままの一つも言いに来てくれれば、それはそれで清涼剤となったのに……」

 いかに中央官の孫娘である令嬢であろうと、平時ならともかく今の議会会館には入れない。

 しかし秘書官は指摘しなかった。そして一歩下がって指摘しなかったゆえに気が付く。

 

「あの、それでは一度帰られてみては? ルジャンドル閣下の邸宅であれば、万全の執務もできるはずですし、一日二日であれば、この状態でも問題もありませんよ」

 ルジャンドル子爵は領地を持たぬ、法に帰属して法の元で禄を食む貴族である。その住まいは子爵にしては規模も小さく相対的に質素だ。しかしながら各行政施設に近く連絡の不都合が少なく、また通常業務が可能であるほど国が魔具や執務室を準備してくれている。


 秘書官の提案に、ルジャンドルは重々しく首を横に振って言う。


「その天才アザナが、このところ毎日来ていての。夜討ち朝駆けじゃぞ」

「ああ……」

 それは気まずいというか、おかわいそうに……。と秘書官は余計なことを言ってしまったと後悔した。

 肩を落としつつ、ルジャンドル中央官の愚痴を聞きながら、ふと書記官は思い出す。

 そういえば、その天才児たちに関する追加報告書も控えてたなぁ~と。

 ディータ姫が高次元より飛来したという噂……。どこまで報告書に上がってくるのか。その報告がルジャンドルの血圧をどれだけ上げるか。


 そんないくつもの問題を思い浮かべていると、秘書官はふと最後に内務官たちが騒いでいたアレを思い出した。


(招請会……〈終焉開発機関〉にアリアンマリ嬢に似た少女が接触した、っていう情報があったけど、その天才児と遊んでるなら何かの間違いだろうな)

 私の手で握りつぶしておいてよかったな、と秘書官は自嘲して肩から力を抜いた。



   *   *   *



 ディータは王女であったが、聖痕スティグマだらけだった肉体はすでになく、他者に依存して辛うじて痕跡を残しているだけの存在だ。

 だからといって、人としての心を失ったわけでも、ましてや女としての意識が減ったこともない。


 彼女が依存する対象。ザルガラ・ポリヘドラはディータにとって、憧れの人物だった。

 高次元物質との肉体置換にも耐え、一時は制御もしてみせた。ディータにできなかったことだ。

 

 ザルガラは今も、高次元物質を自分の物として制御している。ディータのように進行するようなことは元からないが、肉体の制御を失っていない。

 ディータは高次元物質に置換された場所より先、末端部位を一切動かすことができなかった。ザルガラはそれを容易にやってみせる。

 彼は大きな問題を前にしても、ちょっと考えれば、すぐにいくつかの原因を推測し、出来得る解決策を見いだせる。


 本物の天才という存在は、ザルガラのような人物を指すのだろう。


 ディータはザルガラに依存しながら、その才能に嫉妬しつつ憧れ、かつ身近で感じることに喜びを見出していた。


 そんな彼女を驚かせたことがある。


 学園の長期休み中、ザルガラは実家に帰省した。

 当然、依存するディータもついていくわけだが、そこでザルガラの家族と出会った。その存在ゆえに、一方的な出会いだが……。


 ザルガラの父親は、人づてに聞く通りの人物だった。ちょっと背が低く、頭の上が少し寂しくて、なんとなく腰が低い。

 息子のザルガラ相手に、距離感がつかめず作り笑いがわかりやすい人物だった。


 王宮での生活が長く、世間に疎いディータだが、よく似た人物……父であるエウクレイデス王がいたのでよくわかる。不遇のディータと距離がつかめなかったエウクレイデス王にそっくりなのだ。


 ザルガラの兄は、これも人づてに聞く通りの人物だった。おっとりしていて、何事にも柔軟に対応し、体格も人柄も大きい。

 弟のザルガラ相手に、気をつかいながらも過干渉しないという、父親より父親らしい人物だった。


 これも王宮によく似た人物がいたので、人物眼の育っていないディータでもわかりやすかった。


 ザルガラの母親は――。


 あれはおよそ母親と言えたような存在ではない。だからと言って女でもない。なにより人間ではない。

 経験の少ないディータでも、容易に見抜けるほど彼女は異質だった。


 ザルガラは怪物などと評されていたが、本当に人非ざるという者があるならば、それはザルガラの母を指すに違いない。

 ディータは思い起こすだけでゾッとした。


 どんなときもあの母親の形をして、庭を眺めてテラスに座り、母親の位に居座る怪物は、なんでも一言で済ます。


「……別に」


 恐ろしい言葉だ。


 ザルガラの挨拶や報告も、夫のご機嫌取りも、黙って聞いて最後はその言葉で済ましてしまう。

 あの尊大で自己中心的なザルガラが、会話どころか母の前にいることを諦めてしまうほどだった。


 ディータは誰にも見えないということを利用し、あの母親の形をした何かを観察した。とてもザルガラの母……いや、人とは思えなかったからだ。


 なにがいいのか、あの母親の形をした何かは、不機嫌そうに庭を眺めて一日を食いつぶす。

 なにも見て聞いても不満。それを隠さない。

 不満だけため込んで、不満だけで心が出来上がってしまったような人間だった。


 あれ(・・)を見て、ディータはザルガラがひねくれる原因を理解できた。

 仮にあれ(・・)が母ならば、不幸な子は愛情を求めて自分を主張してやまないことだろう。


 実際、ザルガラはそういう性格をしている。悪目立ちも厭わない。むしろ悪目立ちを好むくらいだ。

 それらはすべて、母親の興味を引くためではなかったのか?


 そう思うと、ディータはザルガラに同情を禁じ得ない。

 

 だから、ザルガラは古竜インゲンスにどこかで共感したのだと思った。

 ふざけた理由で妻候補になったエト・インという竜の子を受け入れたのも、あのオティウムという女性に母性を見出したのだからだと思った。

 ディータの目から見ても、オティウムという女性は魅力的な女性だ。


 ふとディータは自分の貧弱な胸を見た。


『……ないものは仕方がない』

 だから、ちょっと嫉妬もしたが、ザルガラが彼女に母性を見出すならそれもいいだろうと思った。

 

 ディータはザルガラの思考をある程度読めるが、心理に触れることはできない。

 ザルガラはオティウムを古来種ではないかと疑い、その技術を盗もうとしている。そういう思考は読めた。

 もしかしたら、心理では母性を求めてるのかもしれない。それは分からないが、そこは譲った。


「ふふ、このザルガラって子……。なんて目をして私を狙っているのかしら? と、思ったものよ。ふふふ」

 ある昼下がり。ポリヘドラ家のエンディ屋敷の庭で、オティウムはディータに微笑んで言った。


『……』

「あらあら、可愛いわね。嫉妬しちゃった?」

『……別に』

 奇しくもディータは、あの母親の形をした人ならざる物と同じ言葉を口にした。


「まあ、あなたもわかってるようだし、平気よね。私も最初は、私の技術を狙って、エト・インをそばにおくのね。と思ったわ」

 オティウムとエト・インは、エンディ屋敷に客人として逗留している。夜になるとふとオティウムはいなくなるが、どこで何をしているか想像できるが妄想はしない。


「それなのに……」

 怪しいオティウムは美しい顔を暗くして、呆れたように庭の一角を指した。


「なにあれ?」

 オティウムが指し示す先では――。


「待ちやがれ、エト・イン! こんガキぃっ! よくもオレのイチゴをっ!」

「やせいのせかいは早いものかちー。いちごをのけものにしてたからもらったのー」

ものにしてたんじゃねーよ! 最後に食おうと除けておいたんだよ、このけものがっ!」

 おやつのケーキに乗ったイチゴを、横から取られたザルガラが、エト・インを追いかけいた。

 エト・インは幼く人化しているとはいえ竜である。その身体能力は、魔法で強化しているザルガラを上回っていた。

 【子供部屋より野蛮な世界】という魔法の中でお子様2人が、くだらない理由で仲良く追いかけっこを繰り広げている。


 ディータとオティウムは呆れて互いの矛を収めた。

 思惑を探りながら、2人でけん制しあっていた数日がむなしく感じる。

 ザルガラとエト・インの様子は、2人を停戦させるにふさわしいほど、幼稚で子供染みていた。


「ふぅふぅ……ふふふ、ここは新魔法を見せてやる」

 息切れを誤魔化すため笑い始めるザルガラ。

 そうやって、ところかまわずすぐ奥の手を見せるから、アザナさんに思わぬ不覚を取るんですよ。と、ディータは思ったが口にしなかった。


「オマエのママの魔法を解析中に発見した、先読みの魔法だ! オマエが次にどんな……動きをするか、はは! 手に取るようにわかるぞ! そぉらそっちだ、逃がさねぇぞ! ……って、このちょこまかと! …………に、人間にできないような動きを、やめ……、なんでそんな身体を捻って動け……、ちょ、待て……。この……ぜぇ、はあ……、見えてるんだよ! 見えてるが……ちくしょはぁふう……」


 魔法の影響下で壊れないという特性を利用し、庭の木やテーブルを巧みに利用して器用に逃げるエト・インに対し、【王者の行進】で馬鹿正直にまっすぐ向かうザルガラ。

 どうみても反射だけで避けられている。


 肉体強化もしているザルガラだが、元気な古竜の子供相手では足りないようだ。


「うぉーっ! なめんな! こっちはこの間まで怪物って呼ばれてたんだぞっ! 竜のガキ……ごときに、はぁはぁ……うぶ……、おえ……」

 ついにザルガラは力尽きた。

 怪物ザルガラは庭の真ん中で四つん這いとなり、吐き気を催す息切れを味わっていた。

 これを頃合いと見たのだろう。

 ポリヘドラ家の騎士でありながら、使用人の仕事を喜んでする変わり者のティエが、元気に遊んでいる2人に声をかけた。

 彼女は特殊な才能を持っており、エト・インが古竜であることを見抜いている。蛍遊魔の上位種とはいえ、ザルガラとタルピーになれていたティエは驚かなかった。そんなティエもオティウムを見て腰を抜かしていたが……。


「ザルガラ様、エト・イン様。今日のお夕食はいかがなさいますか?」

「「ハンバーグ!!」」

 ザルガラとエト・インが、それは見事なハーモニーで答えた。


「ザルガラ様……」

「ち、ちがうぞティエ! これはだな! 先読みの魔法の効果中であって、ついつい反応してしまっただけでなっ!」

 なんとも情けない言い訳をするザルガラ・ポリヘドラ。

 ディータはそんな依存相手に寄り添い、問いかける。


『……ザル様、バカなの?』

「最近そう思うっ!!」


 否定はなかった。


やっと5章の終了です。また長くなってしまって反省!

思いついた短編を書きたいあまり、最後は駆け足となりました。

つぎこそ長編はシンプルでまとまった話で攻めていきます。


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