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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第5章 It if and only if you.

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慣習と支配者


 抱き着かれるだけで、今日から旦那さん認定?

 キスしたら子供ができるみたいな冗談だろ、それ。


「こんなもの、こどものじゃれ合いだろ?」

 肩をすくめ冗談みたいなものじゃないか、という意味でオティウムやインゲンスに言ってみせた。

 殺気立ち言葉にならないうめき声をあげるインゲンスに対し、涼しい顔のオティウムが答えてくれた。


「異種族であれば文化が違うのも当然。……そうは思いませんか?」

「だが……」

 否定しようと思ったが、古来種支配の残滓とはいえ、そういった異種族間の違いを認めて成り立っているのが今の王国だ。これを否定するのは、王国貴族としてどうであろう?

 ましてや古竜はその古来種文化の外だ。いろいろ違っていて当然である。


「夫にバレてしまっては、これはもう……責任をとっていただくしかありません」

 およそ冗談とは思えない真剣なまなざしをして、オティウムが衝撃発言をした。

 

 これを聞いた次の瞬間、バキバキと巨大なものが裂けるような音が島に鳴り響いた。

 

 インゲンスが怒りのあまり手近の物を壊したわけでも、ショックを受けてオレの脳裏で鳴り響いた幻聴でもない。

 あとで知ったのだが、操船を奪われたままだった遊覧船が【ぬけがらの遺産】にそびえる石灰の岸壁に衝突しそうになり、ネーブナイト夫妻の船が割って入って激突を防いだ音だった。

 なんでも古竜は【ぬけがらの遺産】を大切にしており、破壊するモノを許さないという。もしも、遊覧船が【ぬけがらの遺産】の一部を破壊していたら、古竜の怒りを買っただろう。

 あの鼻長侯爵は古竜を怒らせるため、遊覧船を島にぶつけるつもりの計画だったらしい。残念ながらネーブナイト夫妻の活躍によって防がれたわけだ。

 大活躍したネーブナイト夫妻の船も、自走できなくなっただけで無事だとあとで聞いた。


 オレの見ていないところで、こういった感動のシーンが繰り広げられていたようだが、今のオレは知らないし関係ないし、どうでもいいし、優先度がめちゃ低い。


 とにかく今は、隣りの古竜くんだ。


 隣りのお父さん古竜は怒りに震えて、オレに似た顔がなんだかよくわからない半端なトカゲ状態で興奮している。オレの顔が崩れてるようで、面倒事が起きる直前ということもあって、なんというか痛ましくて見ていられない。


「ちょっと待てよ。これってオレは悪くねぇだろ」

「……娘、夫、抹殺、なかったこと、いいアイデア、オレ、インゲンス」

「おい、言語中枢やられてるぞ……」

 落ち着けと手をかざした瞬間、インゲンスが元の姿へと戻る。この爆発的な質量増加で、オレと周囲の空気が弾き飛ばされた。

 

「くっ……。勘違いで殺し合いとか笑えねぇ……、あれ? っていつものことのような気がしないでもないが」

 風圧に弾き飛ばされていく石灰の雲を抜け、華麗に軟着陸をしてみせると、ふわふわついてきたディータが叫ぶ。


『ザル様、上!』

「上、ってオマエのケツしか見えねぇよ!」

 邪魔だ、ディータッ! 

 己の勘を信じて右に飛ぶと、見事そこへ向かって古竜のしっぽが振り下ろされた。

 なんてこったぁ、大当たりだ。

 3角形陣にして30枚分ほど吹き飛ばされたが、これは防御魔胞体陣で十分防げた。しかしディータの臀部に代わって、今度はインゲンスのしっぽにより視界が奪われている。

 オレは視界確保のため、改めて大きく横に跳ね飛んだ。

 ついにインゲンスもオレを見失っていたようで、次の行動が遅れている。この隙に、防御魔胞体陣に魔力を再充填して、防御に徹することにした。

 

「おっきいパパがおおきくなったー」

 小型竜のエト・インが、嬉しそうに羽を広げきゃっきゃと父親竜を見上げている。

 オティウムはいつの間にか娘の影に隠れていた。ちゃっかりしてる女だぁことぉ……。あいつらを巻き込んじゃまずいと、防御に徹したんだが、どうやらその必要はなさそうだ。


「はは……、まあもともとぶっ飛ばすつもりだったし、理由が変わっただけだ! かかってきな! マザコントカゲ野郎!」

 なぁんか締まらないが、雌雄を決してやる!


 通常の魔力弾は通じないだろう。乱打も意味がない。しかし相手の防御は強固。

 竜は鱗の一枚一枚が、形のとおり5角形陣相当の防御力を持っている。

 だが形が変化する4次元的な魔胞体陣とちがい、古竜の鱗は自由に動かして防御を厚くするなど器用なことができない。つまり一点突破の攻撃で、手のひら程度の大きさをした一枚の鱗……つまり5角形陣を貫ける魔法をぶちこめばいい。

 防御魔法陣に有効な魔力弾で撃ち抜いても、対人用のそれでは古竜の強靭な肉体に通用しないだろう。


「光から光まで光の速さで飛んでいけっ!! 『星を視ろ』」

 オレの投影する魔胞体陣から、かぎ爪を振りかざす巨大な古竜を通過して、細い千条の光が夜空の星とつながった。

 貫かれた古竜は、びくんと身体を震わし、かぎ爪は振り下ろされることなく空にとどまる。

 古竜を貫いたその千条の光も、次の瞬間には細くなり消えていく。

 

『ぬぐぅ……。性格の悪い魔法を使いおって!』

 激痛に耐えているのだろう。古竜は余裕を見せるため、立って耐えているがその無表情な目と口に苦痛がもれて見える。

 『星を視ろ』は単純に苦痛を与えるだけの魔法だ。対象を貫通する際に、強い刺激信号を近くの神経に送りこむ。今頃、インゲンスの視界はお星さまが散っていることだろう。 


 高等な神経と脳を持つものに、痛みというものは体の大小にかかわらず一定の効果があるもんだ。


「は、どうだい? 陸空最強の古竜さん……」

 敵の隙を前にして茶化すつもりだったのだが、急な魔力の流れの変化を感じて、オレは言葉を飲み込んだ。

 古竜インゲンスなんとかが何かをやったのか思ったが、魔力の出所は明らかに違う。

 子供竜のエト・インかと、そちらに目をやるがそうでもない。

 その後ろにいる、オティウムから魔力が飛んできたいた。


 古竜インゲンスを包む……いや、オレをも包むその魔力には、独特な術式による流れが感じられる。

 この魔法の影響だろうか?

 激痛にこわばっていたインゲンスが、急に身体から力を抜く。痛みから解放された様子だ。

 直後、回復したインゲンスは、オレへ向かってかぎ爪を振り下ろす。


「あなた、やめなさい!」

 オレの『星を視ろ』を喰らったときより、巨躯をびくりと震わせるインゲンス。

 うちのオヤジもそうだが、やっぱ嫁さんには弱いのか古竜?


「はあ……、うちの人も一発殴れば満足するかと思ったのですが、まさかうちの人も手を焼くような魔法使いの子供とは」

 オティウムは困ってはいるが、オレに対し悪かったという態度は見せていない。


「なるほど、ね。オレと旦那が殺しあいを始めても構わないような発言をしたと思ったら、そういうことか」

 感心しながら、オティウムの投影する胞体の魔法陣を読み解く。 

 オレの『子供部屋より野蛮な世界』に似ている魔胞体陣だ。

 だが、物体対象の術式ではなく、生命体対象の術式のようだ。より複雑で繊細な魔法陣である。


「夫が乱暴を働き、申し訳ありません」

 オティウムは謝ってくれたが、どこか上からの物言いだ。まあ、オレがぶん殴られても構わないと思ってるヤツだしな。


「謝るのはいいんだけどさぁ。防御魔胞体陣の上からとはいえアレにぶっ飛ばされたら、アンタの独式魔法のおかげで死なないとしても、結構痛いと思うんだけどな」

 一本でオレの身体より大きいかぎ爪。アレにやられるつもりはないが、当たったらかなり痛いだろう。経験したくない痛さに違いない。


「第一、アンタの旦那が一発殴ったくらいで、満足してくれるとは限らないぜ」

「そこは……根本的に解決しないといけません。あなた……慣習に従って、一応は納得してくださいな」

 涼しい顔していたさすがのオティウムでも、真摯な表情でインゲンスを説得し始めた。


「う、ううむ……」

 一方のインゲンスは、竜の鱗を歪めて困った顔を見せた。

 強大な力を振るうインゲンスも、古竜同士が保つ慣習には頭を悩ますようだ。


 とかく慣習というものは難しい。法律という物は、所詮は誰か他人が作って施行するものなので、守るべきものだが法という設立と存在そのものに個人は関係していない。

 ところが慣習ってのは違う。誰もがその慣習を身を持って体現し、責任の所在が個人にある。


 例えば挨拶は慣習だ。日ごろからオレも挨拶は大切だと思ってるし、実践している。

 そのオレが挨拶をないがしろにしたら?

 それは今まで挨拶を実践し、慣習化してきた自分を否定するようなもんだ。

 法を無視するのが犯罪や脱法という社会的悪で、支配者を挿げ替えるのが革命とするなら、慣習を無視するという事は、良きにしろ悪しきにしろ自分が変革した時か、自分を否定した時――。ということだ。


 これに自分が帰属するコミュニティの慣習まで加わると、話がどんどんややこしくなってくる。


 インゲンスはオレという存在より、古竜たちの慣習に悩んでいるのだ。


「だが、そうだ……無視するわけには……仲間に相談……だめだ、バレれば既定化してしまう……どうすれば」

 悩み抜くインゲンスは、必死に言い訳を探している。


「我はどうしたら? 娘を嫁に? コイツを婿に? し、しかし……エト・インは……。我の娘は我の母になってくれるかも知れない女性だ」

 ウン……ん?

 今、オレの言語野がブッ壊れたか?

 すごい負荷がオレの灰色の脳細胞にかかり、インゲンスの言ってることがわからなかった。

 もしかして異世界言語?


「なんとかなかったことに……。こんな人間など、潰してしまえばいいんだ。……そうだ、同じ顔をしてるから潰して、我と融合したということにしてエト・インを納得させよう……」

 首を捻るオレの頭上で、インゲンスは不満をたらたら言っている。

 ただデカいだけの古竜に潰されるつもりはないが、古竜たちとの家族の親愛とかいうのは潰してもいい。

 一つ提案してみる。


「別に婚姻の儀が行われたというわけでもないんだろ? たまたま間違って親愛の証とかしちゃっただけ……てのを訂正できなくても、無効できない堅苦しい厳密な決まりとも思えんしな」

「……むぅっ! たしかにそうだ!」

 インゲンスの目がカッと見開かれる。


「婿を迎え入れるにしても、月が48交代する間に父である我がなんじを見定め、否とすることができる! そういうふうになっている!」

「なんだよ、そんな都合のいい慣習あるのかよ。じゃあそれでいいじゃん」

 よかった。別に即結婚ってわけでもないらしい。


『……月が48交代って2巡り。2年?』

 ディータが長さを問題とする。うーん、言われてみれば確かに長いな。

 その長さに不満の声を上げたのは、オレでもディータでもなかった。


「あなた! 2年もどうやって彼のひととなりを調べるのですか? あなたも縄張りの維持が必要でしょう?」

「……そ、それはそうだが?」

 オティウムが縄張りの問題を提起し、インゲンスが悩む。

 たしかに住処を2年も留守にするなど、野生に近い古竜には死活問題だろう。


「というわけで、見定める役はこの私に任せてください。エト・インといっしょに、この少年のひととなりを調べてみます」

 夫に訴えるオティウムの様子を見て、オレとディータは顔を見合わせげんなりした。


「それってオレにべたべたまとわりつくってことか……どわっ!」

『小さいパパーっ! べたべた~っ!』

 背後から竜姿のエト・インに抱き着かれて押しつぶされた。敵意がなかったので、防御魔胞体陣が役に立たない。

 もっともこの防御魔胞体陣がなかったら、エト・インの抱き着きで腰くらい壊したかもしれん。


「ま、まてオティウム! そ、それでは我が1人に!」

 うろたえるインゲンス。当然だ。

 妻と娘が遠くに行ってしまうなど、耐えられないし心配で仕方ないだろう。 


「大丈夫ですよ、あなた。私だけでしたら、夜には一瞬で帰れ(・・)ますし」

 オティウムは当然のように言うと、うろたえていたインゲンスが「ふむ」と何か考え込む。


「む、まあ、いいだろう。だがたまには【ぬけがらの遺産】で会おうぞ、娘よ」

 急に納得した様子で、譲歩案を言い出すインゲンス。


「可愛い娘と離れ離れになるのも辛い……。が、娘が生まれて以来8年と数月巡り……我とオティウムによる夫婦の親子水入らずの時間もなかった……。それがまた……ふむ。これは捨てがたい」

「夫婦の親子水入らず?」

 夫婦の親子という、通常の社会では形成されない言葉のパズルに、オレとディータは眉をひそめる。

 またなんかオレの言語野がヤられたような気がしたが、さっきほどのダメージはない。


「これからはしばらく夜は妻と2人きり……。妻が母になり、夫である我が子に……」

『……よくわかりません。夫婦の親子水入らずってなんでしょう、ザル様?』

「話がヤバくなりそうだから聞かないでおこうぜ」

 インゲンス、ヤベぇな。会話だけでオレの脳に負荷がかかる。

 知性の断末魔が聞こえる。

 こいつヤベぇな、ほんと。

 マイペースで天下取れそうなディータですら、あまりのことにポカンとしている。


『……ねえザル様。受け入れるの?』

「断りたいけど、揉めたら大事だろう。ていうか、オマエも気が付いてると思うが……」

『……ああ、あの人?』

 オレの心を読めるディータは、みなまで言わず理解してくれた。


「そういうことだ。よっこいしょ、と」

 言っても聞かなそうなエト・インを押し返す。

 じゃれつきに満足したエト・インは、素直にオレから離れてパタパタとしっぽを振った。石灰が舞い上がってむせる。やめろ。

 そんな天真爛漫な娘に、納得いった様子のインゲンスが言い聞かせを始める。


「よいか、エト・イン。あいつとは仲良くしてはならんぞ」

「小さいパパとなかよくしちゃだめ?」

「そうだ。嫌いになっていいんだぞ」

「わかった。パパ、きらい!」

「ち、ちが! 我ではない! 我のことは好き! わかったか?」

「わかった。小さいパパ好き!」

「そっちは嫌いでよい!」


 別れの挨拶が寸劇コントになっているところが悲劇だな。


 しかしこれで古竜が何もせずに帰ると、またぞろオレの功績となってしまわないだろうか?

 最上位種に比肩する上位種相当の古竜を、倒したというデマが流れたら面倒だ。


「そうだ。話し合いで解決したことにしよう」

『……ザル様って時々雑ですね』

 呆れたようなディータの声は無視。

 それよりもだ。


「オティウムさん。あんた、一瞬で帰れるといったな」

「言いましたか?」

「言ったよ。オレは耳がいいんだよ」

『……ザル様の耳は、ちょくちょく聞こえないふりをする都合のいい耳です』

 うるさいなぁ、ディータ。


 とにかく今はオティウムだ。

 彼女は一瞬で、大陸の真ん中から大陸の東端まで帰れるといった。

 大陸各地にある【転移門ゲート】は、主に物資と奴隷の輸送に使われていた。

 古来種個人なら、あの煩わしい一方通行という制限のある【転移門ゲート】などいらなかったと聞く。


 そしてあのマザコンインゲンスは、哺乳類の温かみを求めてやまない。オティウムはそんなインゲンスに、温かみを与える存在。ということは古竜といった爬虫類的な存在ではない。事実、まだ竜に戻ったところ見ていない。

 たぶん竜ではないのだろう。


 それから先ほどの態度も気になる。

 インゲンスにぶっ飛ばされても良いと、どこかオレを無価値な存在とし見下した態度。これは種族差とか、年齢差とか、男女差とか、実力差という理由に起因するものではない。

 もっと絶対的な事実に基づいて、自分は上であり相手は下だ。と、考えているヤツの態度だ。


 強力な魔法と圧倒的な魔力、そして旦那である古竜をやり込める実力。

 優しく涼しい顔で父娘を見守りながらも、どこか上から見下ろすかのような、このオティウムという女はーー。


「オレの勘が正しければ……」


 古来種(カルテジアン)だ。 


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