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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第5章 It if and only if you.
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親愛の証


 【ぬけがらの遺産】と呼ばれるこの島は、すり鉢状の岩島に一本のかぎ爪が出ているような形をしている。

 すり鉢状の島の内部は、石灰質の岩石が一面に広がっている不毛の大地だ。


 その中心で暴れていた恐ろしい古竜はもういない。

 いやいるのだが、恐ろしい古竜としては存在していない。

 

 古竜はオレの魔法を喰らったあと、どういうつもりなのか人化した。

 人化するってのも驚きだが、もっと驚くべきことはその姿だ。


 オレはこの姿を知っている。

 ちょっと前まで、オレが大人だったころに鏡の中で毎日みた顔だ。

 違うところと言えば、ソイツの髪色と目が金色なところくらいである。


『……これはそっくり。エトちゃんにパパって言われるのわかる』

「ああ。そうだな」

 エト・インがオレをパパと呼んでいたのは、このマザコンのことだったのか。納得したと、オレは何度もうなずく。


『……リザードマンに、ザル様が親方って言われるのも――』

「おーい、ちょっと静かに―」

 ディータが失礼なことを言いかけたので黙らせる。そっちはちょっと納得いかないな、オレ。


 さて、妙な啖呵たんかを切ったオレに似たソイツ――古竜だったインゲンス……インゲンスなんとかは、今はふにゃっとした顔をして石灰質の地面に転がり、金髪とその身体をカルシウムまみれにしていた。


「ああ……ママの粉ミルクがいっぱいだぁ」

「思いっきり消石灰の粉だよ、それ。いやまあそりゃ水酸化カルシウムだから、カルシウムはいっぱいだろうけどさ……」

 まさかこの白い粉の大地を粉ミルクと称するか?

 いや待て、粉ミルクって生体から出てきたっけ?

 そうじゃない。それはどうでもいい。


「おいしいよな、生石灰きせっかい。ママのおっぱい暖かいよぉ」

「生石灰は水分と反応して、暖かいってモンじゃねぇ温度になると思うんだが……いやつっこむところはそこじゃねぇな。消石灰も生石灰も母乳じゃねぇし、つか粉ミルクでもねぇし、あと竜は卵生だろ? 乳は飲まんだろ? ええい、どこからつっこめばいい!」

「飲めないから、飲むんだ! なぜ人はそれがわからん!」

「わかったらヤベーよ!」

 キリリと反論してくるオレそっくりの古竜の人化体。

 もうオレそっくりって表現したくねぇ――。


「おい、オマエのパパさん、ヤバい幻覚見てんじゃねぇのか?」

 乳竜……じゃなかったな、父竜と一緒にきゃははと転がるエト・インに同意を求める。


「小さいパパは、大きいパパみたいに転がらないの?」

 ぴたりと止まったエト・インが、不思議そうなまなこでオレを見上げてきいてくる。尋ねているのはオレなんだが、子供というのはえてして会話が成り立たない。

 仕方ないので、大人なオレは折れて答える。


「この服はまだおろしたてなんでな、ってパパじゃねぇよオレ」

 水軍に呼ばれたので、今回は新品の服を用意した。正直、舞い散る消石灰の粉も浴びたくない。


「だめだ、この親子……。親子? あれ? 親子だったのか?」

 ディータが親子と言ったので、つい受けいれてしまったが、親子なのか?

 なんだよ~、助けにくる必要なかったじゃん。


「おい、エト・イン。このマザコン野郎はオマエのパパなのか?」

「うん、パパだよ。……あれ? パパ2人いる?」

 オレとインゲンスを交互に見遣り、エト・インは難しそうな顔で悩み始める。

 この子の頭大丈夫か?

 

「似てるだけで別人だから、オレ」

 こんなヤツが、オレに似ているとか不本意である。姿を選べるなら違う顔になってもらいたい。

 殴ってでも、その顔を変える。いや、殴って顔を変えてやる。


「ところで、エト・イン。オマエってもしかして……竜なの?」

「うん、そうだよ」

「じゃあ、竜になってみせてくれないか?」

「うん、いいよ」

 エト・インは快諾し、パッと立ち上がるとパッと金色に輝く。

 いきなり行動に反応できず、オレは眩しさに目がくらみ、大きくなるエト・インの身体に弾き飛ばされてしまった。


「ああ、この! おろしたてだってのに」

 不本意にも消石灰の上を転がる羽目になり、オレは慌てて立ち上がって裾を払う。


「まったく。トカゲの親分がママのおっぱいとか、ありえねぇぜ。オマエら哺乳類じゃないだろ」

 いら立たしく言い放つと、インゲンスがカッと目を見開いた。 

 そしてオレに問い詰めてくる。


「いいか、人間! オマエたち哺乳類は、母親の胎内で温かみを知っている! だが我ら竜はその温かみを知らん! 卵から孵った時から冷たい外気に晒され、母の顔すら知らんのだ! 仮に母に会えたとしても、その身は冷たく熱を奪う限りだ。それが……それが寂しく悲しいことだと悟った時の絶望……それを……それがわかるか、人間!? その温かみをくれる存在を求め、ついに得られたときの安堵感! ああ、恒温動物最高っ!!」

「あ、はい」

 圧倒されてつい同意してしまった。

 さすが古竜……すごい圧力だ。今まであって来た変態とは、変態力の方向性が違う。なんていうか、種族の超え方もなんか一味違う。

 そんな違いがわかるオレ、ヤバい。

  

 圧倒されっぱなしというわけにもいかず、オレは負けるもんかと無謀にもインゲンスに問いかける。


「ところでこれは単純な好奇心なんだが、父親はどうなんだ?」

 自分で聞いておいてなんだが、なんだこのやっつけ質問。


「それはどうでもいい」

 インゲンスから冷たい即答が飛んできた。


「冷たいな、さすが竜そっけない」

 いつの世も男親って悲しいなぁ。

 しんみりしていると、インゲンスがオレを……いやオレに抱き着くディータをびしっと指さした。


「おまえだって、そうやってママのぬくもりを得てるじゃないか! 同志だな!」

「あん? ああ、この首に巻き付いてるディータのことか? コイツはどっちかってぇとオレのぬくもりを奪ってるんだがな」

『……別にザル様暖かくない』

「おい、オレを変温動物のように言うな!」

 ただでさえ、リザードマン似とか古竜の人化似とか、さんざんなショックを受けてるってのに。


 ディータとオレの様子を見ていたインゲンスの目が変わる。

 いぶかしがるその目に、爬虫類らしい冷たさが宿った。

 さっきまでの母親の幻影に甘える姿は吹き飛んでいた。


「ところで、おまえは……なにものだ?」

「あなたの息子です、お父さん」

「はっはっはっ――」

 ガキンッ! 

 と、インゲンスが笑いながら右腕……右前足だけを巨大化させて、竜のかぎ爪をオレに向かって振り下した。


 残念、いくら古竜とはいえ、防御魔胞体陣をぶち抜くことはできない。

 3角形陣にして、40枚くらいが吹き飛んだが――。

 やっぱすげーな、古竜の一撃。


「面白い冗談をいうではないか、この哺乳類」

「さんざん今まで、面白いこといってた爬虫類が何を言う」

 かぎ爪と防御魔胞体陣競り合いが始まった。オレとインゲンスは牙をむき、にらみ合う。


「我を失いエト・インとしばらく別れていたら、まさかこんな哺乳類が娘にちょっかいを出すとは?」

 縦の瞳孔の目を金色に輝かせ、インゲンスが妙なことを言ってきた。

 ん? なんか勘違いしてないか、この古竜。

 あ、オレが「息子です」って冗談いったのを、「娘さんください、お父さん」発言と思ったのか?


「え、そっち!? オレは顔が似てるから、親子アピールして茶化しただけなんだけど?」

 慌てて言い訳するが、インゲンスはさらに腹を立てる。


「哺乳類め! キサマのような不細工が、この偉大なる我に似ているだと!? 笑わせるな!」

「なんだと、爬虫類っ! オレを不細工っていうことは、オマエも不細工ってことだぞ!」

「似てるといったのはおまえではないか! やはり不細工なのだな? 哺乳類が!」

「って、それだとオマエが不細工って認めたから、オレが不細工ってこと……だ、ぞ……ん?」

 まて、なんか論理がどっかで破綻してるぞ?


「……なにをいってるんだ、哺乳類」

「爬虫類こそ……」

「わーい、パパたち不細工、不細工ー!」

 無邪気なエト・インの一撃がオレたちを討つ。

 しばしオレとインゲンスは見つめ合い、頷き合う。


「……話題変えよっか?」

「……うん、そうすべきであろう」

 意見が一致した。


「で、哺乳類! 娘とはどういう関係だ!」

「その勘違い続いてんの!?」

 まいったな、どう訂正すべきか?

 冗談なんていうんじゃなかったよ。


 オレって真面目だから、冗談が下手だな!


 そんなことを考えていたら、エト・インが爆弾発言を噛ましてくれた。


「小さいパパはね、つるつるだっこしてくれたの」

「つるつるだっこだひょとひょとぉっ!」

 インゲンスの口元が裂け、竜のソレとなって言葉が乱れた。


「ひゅるひゅるひゃっこひゃ、ひゃしょぐにょーしひょしゅんあいひょひゃひゃひゃ!」

「なに言ってるかわかんねーよ、偉大なる古竜さま」

 目の前にいる古竜の人化が中途半端に解けて、オレに似た何かがよくわからない形になって、よくわからないことを言っている。


「うちの人は、つるつるだっこという行為は、家族同士の親愛を表すしるしって言っているのですよ」

 どこからともなく、金髪の女性が現れてそんなことをいった。エト・インの母親、オティウムだ。


「オティウム! どういうことだ、これは!」

 口が竜の姿となったが、完全に戻ったおかげかちゃんとした発音で妻に問う。


「あーあ、うちの人には黙っておこうと思ったのですが、エト・インがバラしてしまっては仕方ありませんね」

 オティウムは抱き着いてきたエト・インを抱え上げ、オレに向かって申し訳なさそうに、だが微笑みながら言った。


「家族の親愛の証。それを家族でない者に示すということは、家族に迎え入れるという意味なのです」

「ふーん」

 オレは軽く受け流すが、オティウムは重く追撃する。


「エト・インがあなたにそれを示したということは、夫として迎え入れたというのも同然なのですよ」



つるつるだっことは「鱗のない状態で抱き着く」ということです。

竜のとって鱗は大切な防御器官ですから、それがない状態で抱き着くということはこれ以上ない信頼の証なのです。

どこがつるつる?とか思った人はポリスメンに相談してください。


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