誰がもっとも正しいのか?
「ま、まってくれ」
オレの勝利が決まりかけたその時、乗客たちの前にいたカタラン伯が待てと頼み込んできた。
何を待つんだ?
まさか助けてやれと?
それと、アレか。もっと苦しめてやれ、トドメを刺すなと言うのか?
もはや尊敬していない過去の英雄だが、それでも彼は辺境伯。オレも貴族の子息という立場からだが、一応の敬意は払っているので振り上げた手を下げた。
「なーんですか、カタラン卿?」
アンタを仇敵とする面倒な敵を下そうとしてるんだ。感謝はされても、待てと頼まれる理由はないんだが?
「その子は、かわいそうな子なんだ……。いや、そうさせたのはわしなのだが……」
何を言った、カタラン伯?
我が耳を疑うとはこのことか!
開いた口がふさがらないというのはこのことかっ!
いやはや貴重な体験をしてしまった。
「……笑いを取る冗談か、それとも惰弱になられましたかな英雄カタラン伯」
「意地の悪いことを言わないでくれ……。いや悪いのは私だとわかっている。君に丸投げしたいと思いながらも、こうして口を挟む愚かさを許してくれ。しかし……ヨーファイネから事情を聞いているのだろう?」
「意地が悪いのは生まれつきでね。ヨーヨーから聞いた上で、倒すのが冴えたやり方とオレは愚考しますが?」
カタラン伯は娘ほどの年齢しかない子供の婚約者の命を奪ったことに、良心の呵責でもあるのだろうか?
貴族なら……年がら年中寝ても覚めても常在戦場の辺境伯なら、なおのことそういうのは思っても外に出すべきではないだろうに。
オレの中で、カタラン伯への評価が下がった。その時――。
『なに言ってんのよ! あんた、辺境の守りを任されてんでしょ!?』
タルピーがアツアツの魔胞体陣の中から、熱い意見をカタランに叩きつける。
『あんた! なにと誰のために戦ってんの? いい子になりたいからじゃないでしょ! そんなんじゃ古来種さまたちから、土地を維持と管理なんてできないわよ、この中位種がっ!』
タルピーが上位種として、上からの意見をカタランに叩きつけた。
これにはカタランも言葉を失う。
直接、怒られていない乗客たちも震えあがっていた。水兵たちの持つ武器の先にも同様が見て取れた。
そりゃそうだろう。
王族のように魅力調整はされてないが、その王族より上なる存在である上位種イフリータの説教を聞いて、平然としていられるほうがおかしい。
しかしだな、オレが言おうと思ったことの大部分を代弁するなよ。
「お、おい。タルピー。オマエ、なんてこと言ってるんだよ」
「いや……タルピー殿の言う通りだ。彼女を責めないでくれ。わしも間違っていた」
オレがタルピーの暴言を諫めたと思ったのか、カタランが手をかざして願い出る。
違うんだよ。オレは台詞取られたから、それを責めたんだよ。
「あー、まあいいや。それにトドメを刺すつもりじゃなかったんだ。オレ」
「そ、そうなのか?」
「ああ。武装解除を兼ねて、武器鎧一式を破壊しようと思っただけで――」
「未亡人を全裸に!? 凄い! ナニをする気なの!?」
「凄くねーよ。うるさい、黙ってろヨーヨー」
ネーブナイト夫人の武装は、さすがお隣の辺境伯夫人というだけあって、相当な業物の上に素晴らしい魔法がかけられている。
弱って魔力供与が滞っているうちに、その武装を破壊しようと思っただけだ。
断じて、ヨーヨーが考えているような、裸にひんむいてという行動ではない。
「そうだったのか……。すまぬ。わしの勘違いだ」
「娘をそんなふうに育てたのも謝って」
「本当に、ほんとぉうに、すまない。すまない!!」
「ひどい! お父様!」
「ていうか、こんなことしてたら低酸素症で、逆にトドメになっちゃうよ」
件の夫人が下手な助命嘆願の間に、酸欠で死んでないかと心配になっった。
そうして見てみると、膝をついていたネーブナイト夫人が悪あがきに4面体の立方陣を投影し、酸素を形成する魔法を発動させていた。
「そんな酸素を作る魔法を使っても、この中の物質はオレの支配下だから材料は無い……」
そこまで言って、オレは気が付く。
ネーブナイト夫人はいつの間に手首を掻き切り、大量の血を立方体陣の中に流し込んでいた。
「……コイツ」
オレが【子供部屋より野蛮な世界】で空間内の物質を支配下に置こうとも、どうにもできない存在がいくつかある。
それはネーブナイト夫人の持ち物と……彼女自身の肉体!
自分の血から酸素を作り出しているのかっ!!
オレの魔法が野蛮な世界なら、この女は狂気の世界を心の中に持っている。
いやはや、歯が残ってれば噛みつてくるという第一印象だったが、本当にその通りだった。
ちょっと侮ってたな。
本気を出したつもりだったが、やはりどこかで手を抜いていた。
もっともまだまだオレは有利だ。この魔法の影響下にいるかぎり、彼女の優位は訪れない。
ネーブナイト夫人の4面体陣を破壊しようと右手を飛ばす。
――が、夫人持ち前の反射神経でオレの右手は彼女の左手によって振り払われ、代わりにモーニングスターの鉄球がオレめがけて飛んできた。
これはオレの防御魔胞体陣に弾かれるが――思わず目を閉じてしまった……かっこ悪ぃ。
「ちっ……第2ラウンドかい? じゃあ、立ちな。次の手を見せてやる」
焦って目をつぶってしまったことをごまかしつつ、圧倒的優位を見せるため尊大に言い放つと、ネーブナイト夫人の苦痛に染まっていた顔に不敵な笑みが浮かぶ。
と、同時にわずかな振動が、オレの身体に届いた。
甲板に続く階段の方が騒がしい。
奥の方にいる乗客たちが騒ぎ出し、かばっているフモセがそちらに注意をひかれていた。
――まさか?
通路奥から近づいてくる魔法的存在を感知。
新手か?
いや、のんびりしてる間に、上に残してきたゴーレムが魔力を取り戻したのか?
甲板で解体したゴーレムは一体だけで、他の数体は放置してきた。とはいえ、そのゴーレムたちはどこから魔力を充填したんだ?
ネーブナイト夫人はここにいるから――。援軍が来たか、協力者がどこかに潜んでいたか?
どっちにせよ、とんだ失策だ。
「下がれ、下がれ! こっちは塞がれたぞ!」
「水兵さん! 隔壁の閉め方……ああ、もうそこまでっ!!」
乗客たちの背後を守っていたマトロ女史とワイルデューが、ゴーレムたちの攻撃に押され、こちらの通路へ転がり出てくる。
控えていたテューキーが追加で防御魔立方体陣をワイルデューに貼るが、次々放たれるゴーレムの魔力弾を前にし、あっという間に魔力を削られていく。
普通のゴーレムならば、マトロ女史とテューキーの攻撃魔法でなんとかなっただろうが、防御魔立方体陣を投影している新型ゴーレム相手では分が悪い。
「ザ、ザルガラくん!」
後ろのペランドーが震える声で叫んだ。
そこへ向かって、魔力弾が飛んできた。ペランドーの投影平面陣が一発で弾け飛ぶ。
あの甲板の穴からもゴーレムが来たか!?
「ペランドー! オマエはこっちの通路に隠れろ!」
「わ、わかった!」
オレは急きょ、ペランドーに投影防御魔立方体陣をかけ、別通路へと下がらせた。
「タルピー! こっちはオレがやるから、オマエは乗客たちを頼む」
『あいさ!』
イフリータの熱は乗客たちにも危険だが、狭い通路なのでゴーレムの進攻と攻撃を妨害はできるはずだ。
増援としてタルピーだけを胞体内から解放する。わずかに熱波がもれ出したが、【子供部屋より野蛮な世界】の影響下なので、周囲に火が付くことはない。ただし、溢れもれた熱で可燃物が着火しないように、この魔法をしばらく解除することができなくなった。
魔胞体陣なら移動させられたんだけどな。
いろいろと後処理が面倒になってしまった。
『ふせろ、ふせろー!!』
乗客たちがひれ伏す上を飛ぶタルピー。
オレは背後から迫るゴーレムを、破壊した通路の構造物で塞いで強化し進攻を止める。
振り返り見れば、戦い慣れないマトロ先生が転んでいた。彼女を守るためワイルデューの後退の足が止まっていた。
「誰かマトロ先生を引っ張れ!」
そちらの2人にも防御魔胞体陣を飛ばすが、そろそろさすがのオレ限界だ。何個目だよ、同時投影してる魔胞体陣!
「わ、わかりました!」
ローイが飛び出してマトロ女史の手を引く。見上げた行動力だが、オマエじゃ力が足りない。孤児院で一番の魔法の才能を持つとはいえ、体は普通の子供だろ、オマエ!
まったく、誰か他の乗客は動かないのかよ。
続けてオレは奮戦するワイルデューへ迫るゴーレムの足止めに、正4面体陣で鈍重化の魔法を放つ。
これで使っている投影陣は自分の防御用も含めて6つ目か!
余裕がなくなって、不測の事態に対応できるか心配になってきた。
ぼちぼちポケットの中にある新式魔法用の手帳が出番になりそうだ。
タルピー、間に合うか!?
視界の隅で、呼吸を整えているネーブナイト夫人のムカつく笑みが見えた。
くそ! 冷静に体力を回復させてやがるな、コイツ!
まったく、カタランのヤツが余計な行動をしなければっ!!
タルピーの増援は間に合ったが、ゴーレムの数が多い。
2体を足止めしたが、脇を抜けて1体のゴーレムが通路を突き進む。
あんちくしょう!!
役立たずの癖に口を挟んできた辺境を心の中で罵ったその瞬間に、倒れるマトロ女史とローイに近づく先頭のゴーレムたちが薙ぎ払われた。
「な、なんだと?」
通路の壁へ、「落っこちる」ように叩きつけられるゴーレムたち。投影されている魔立方体陣が効果を発揮せず、なぜか壁にゴーレム本体がぶつかってめり込んでいる。
何が起きたのかわからないと、ワイルデューとマトロ女史とローイが立ち止まっていた。
ゴーレムが、なにか大きな力に引っ張られた?
そういう不自然な吹っ飛び方だった。
この魔法は――こういう不思議な魔法は――。
「なにやってるんですか! ザルガラ先輩!」
かわいらしい小動物が、鈴をつけて飛び跳ねるような声。
乗客たちとネーブナイト夫人の間にある脇の通路から、アザナが姿を現した。
大荷物を背負って。
「なにそれ?」
絨毯でもひっぺがしたのだろうか?
それを袋のように縛って、なにかの部品を包んで背負って、下町の泥棒スタイルになっているアザナ。
軽量化してるんだろうが、なんかすっごいバランス悪いよソレ。
「これはゴーレムの部品です! 下のゴーレムは、全部ボクのものですよ! ボクが貰ったんですからね! ボクの……はぁはぁ、ボクのもの!!」
「あ、うん。そうだね」
あの中身はゴーレムのバラバラ部品か……。
アザナ……なんでそんなに必死なの?
あ、財布の中身が子供の小遣い程度しかないからか。
でも良かった。アザナが来れば、ゴーレムたちは安心して任せられ――。
「というわけで、ここのゴーレムも撃退したら、みんなボクの物ですよ」
「ちょ、お、オマエ! ふざけんなよ! そんなのオレだって欲しいわ!」
「ダメです! ザルガラ先輩のは、ザルガラ先輩が倒した分だけです!」
「上の1体だけじゃねーかっ!」
「先輩がダメだからダメです! ボクのものです! ふぅ……ふぅっ!」
手をグーにして鼻息荒いアザナが、ちょいかわ超怖い。
ほんと、なんで息が荒くなるくらいそんなに必死なのアザナ?
「アザナ! オマエ、ズルいぞ――」
『……ザル様、待って。彼、目がヤバい』
オレは負けじに反論しようとしたが、アザナの目に何かを見出したディータに引き留められた。
わずかにディータの像が震えている。
「お、おうそうだな」
遅ればせばがら、オレもアザナのヤバさに気が付いた。
紅潮するその姿をちょっと可愛いと思って見ていたが、改めて冷静になるとヨーヨーが興奮するときの姿に見えてきた。
「ボクのものーっ!!」
身悶えながら絶叫し、ゴーレムたちにダイヴしていくアザナ。
なんでダイヴ?
そしてなにゆえそんなガニ股なの?
心なしか、襲われる共和国のゴーレムたちが怯んだように見えた。
下のゴーレムたちを解体した際に慣れたのか、次々とバラバラにされて装甲を向かれていくゴーレム。
なんかアザナが、か弱い女の子たちの服を引っぺがす変態の姿に見えてきたが気のせいだろう。
たぶん。
「うふふ……。やぁってくれるじゃない……」
アザナの凶行を隠すように、ゆらりとオレの前に立ち上がるネーブナイト夫人さん。
「ああ、バカをやってたら回復しちまってるじゃねぇか」
己のバカさを嘆くオレ。
「回復しただけじゃないわよぉ……」
嗤うネーブナイト夫人の背後で、ガリガリと歯車が滑って削れるような音が鳴り響く。
ヤツが何をしたかはわからないが、ネーブナイト夫人の魔法によってオレの【子供部屋より野蛮な世界】に穴が穿たれた。オレが防御などで胞体陣を投影しすぎて、【子供部屋より野蛮な世界】が弱体化したせいもあるだろう。
そして左半身に立っていた夫人は、体の影に隠していたモーニングスターを外にいるカタラン伯へ受けて撃ちだす。
「しま……」
防御陣をカタラン伯の前に投影するが、もうオレには余裕がない!
1、2枚の投影平面陣で防げるか?
せめてモーニングスターの軌道をそらすべく、新式魔法手帳から魔法を放つ。が、効果は薄い。
ダメかと思ったその時、痩せて衰えたカタラン伯を突き飛ばすヨーヨー。
オレの魔平面陣とヨーヨーの魔胞体陣を砕く鉄球が、カタラン伯を庇った娘の身体をボロ切れのように吹き飛ばした。
アザナが唐草風呂敷担いでる挿絵描きたかった……。
手が痛いの。
まさかのサブタイ誤字