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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第5章 It if and only if you.
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リサイクルリサイタル

 このオレが、まさか……。

 なんてザマだっ!


 オレは頭を抱えたい衝動を抑えながらも、硬い甲板デッキに膝をつく。

 膝をつく先には、大穴の開く甲板。覗き込むともうネーブナイト夫人はいない。

 あの鎧女めっ!!


「まさか、このオレを無視していくなんてっ!」

 ネーブナイト夫人とかいう鎧女は、貫通と衝撃の魔法の一撃を乗せたモーニングスターで甲板を破壊して内部へと入り込んでしまった。

 大きな穴がぽっかりと、遊覧船の甲板に開いている。

 新型ゴーレムも一緒に落ちていったんだが、下敷きにでもなってろよ、と呪ってみたがそんなことはありえない。

 

 かっこつけて待ち構えたオレは、夜風の冷たい甲板に取り残された形である。


「おのれぇ……目の前の相手を無視するなんて、親からどういう教育受けてんだ? 嫁にいけねぇぞ、あの女!」

『……未亡人にその罵倒はない』

「え? あー、うん。そうだな」

『それに彼女は婿取りした』

「切って刻んで細けぇツッコミしてくるなぁ、姫さんは。とにかく、あの鎧女許さねえ。人をコケにするとか、よほど育ちが悪いと見える」

『……さっきさんざん共和国の貴族をコケにしてた』

 突発性難聴発動。

 ディータがオレをつつきながら何か言ってるが聞こえない。


 ……そういえばあの鎧女。オレに名乗ってなかったぞ!

 名前を知ってたから、ついつい流してしまったが、名乗りも無しかよ!

 最初から無視するつもりだったのか!


「カタラン伯が目的か! 粘着女が! ……そうだな、オレが無視されたわけじゃない」

 あいつは最優先の用事があったんだ。オレのことをウザいと思って、この場を後にしたわけじゃない。


『……でもですね、冷静に考えれば――』

 おいおいおい、余計なことを言うなよ!

 言い訳ができたんだから、細かいところを考察するな。


 ディータはちらりと、オレの放った『同族殺しのシャンデリア』を見上げていった。


『あの魔法が発動してるここは嫌だと思う』

 ディータ、ナイスアシスト。

 そう、それ。それもあるな。

 そうだ、それもあってあいつは逃げたんだ。


 魔力を吸い取る魔法の存在を知り、ここで戦えば消耗して不利と悟ったに違いない!


 あはは、やるなー、ネーブナイト夫人も。いったん、引いて場所を変えたかー。

 よーし、その誘いに乗ってやるぜ。

 オレは腕をまくって、大穴に飛び込もうと身構える。


『待って、ザル様、ちょっとちょっと』

「せっかく言い訳できたのに、なんだよ。エウクレイデス王国ミス・マイペース決定戦ノミネートのディータさん」

『王国唯我独尊決定戦最終選考者のザル様、あれあれ、あれ見て』

 口の減らないディータが、珍しく慌て気味に呼びかけ湖上を指さす。

 そこには、すでに見えなくなっていたはずの小島『ぬけがらの遺産』の影があった。

 オレの乗る遊覧船は、夜の湖面をぬけがらの遺産へ舳先へさきを向けて進んでいる。 


「おい、まさか船がくるりと廻って戻ってきてるだと? この船は方向音痴が舵でも取ってるのか?」

『……古竜がなんか暴れてる』

 ディータは古竜に興味津々なのか、真剣に興奮したようすで観察している。

 ふむ、なぜか理由はわからんが確かに暴れている。

 周辺に展開している水軍の船……なんか水軍の軍艦少ねぇな? 近くの部隊が少なかったのか? そんな寡兵相手に暴れているのではない。

 ただ、小島の中心。ぬけがらの遺産の中で七転八倒していた。

 まるで苦しがっているようだった。


「古竜のもだえ苦しみも変だが、なんでこの船が戻ってきてるんだ?」

『……操船奪われた?』

「そう考えるのが普通だな。別動部隊がいたかぁ……。そりゃゴーレムだけに占拠をまかせるわけないよな……。だが、なぜ船を戻す必要がある?」

『古竜に用? ……がある?』

「船を追い立てるためなのに、用がある?」

 小首をかしげ、ディータが思いつきを口にした。だれでも思いつく思いつきな重くない意見だが、一考に値する。

 護衛を一隻減らして、艦隊を小島に集結。離れたところで遊覧船を引き返させる。どういう意味がある?


「……そうか! あの古竜にこの船が沈められたら、水軍の軍艦が実情はともかく勇ましく戦って散るって喧伝より、はるかに古竜への恐怖と敵愾心を煽れる」

 遊覧船が攻撃を受ければ、見守っている軍艦は逃げず果敢に戦うだろう。被害も甚大だ。


『……その結果、招請会の支持が増える?』

「その線もあるな。いや確実に増えるな。支持どころか入会も増えるな」

 あそこでのた打ち回る古竜一体ならまだしも、西方の霊峰に控える古竜の一族相手は王国だけでは対抗しがたい。

 こうなると、いよいよもって時間と勝負だ。

 古竜をぶっ倒してもいいが、それをしているとカタラン伯や乗客が危ない。


「おっと、悠長に考えてる暇はないな」

 まずあの鎧女をぶっ倒して、古竜も何とかする。できないことはないだろう。足のそれほど速くない遊覧船だ。時間的猶予はあるだろう。


「うまくいけば、アザナとオレで鎧女は挟み撃ちできるしな!」

 オレは『不利を悟って場所を変えた』ネーブナイト夫人を追いかけ、甲板に開いた穴へと飛び込んだ。


   *   *   *


「わしとしたことが情けない……」

 痩せこけたカイタル・カタラン伯は、娘に身体を支えられながら遊覧船の通路を避難していた。


 念のため救難艇へと誘導する水兵たちの背と、不安そうな乗客たちの縋る目を交互に見やり、カタランは身の不甲斐なさを嘆いた。

 娘ヨーファイネはカタランの独り言に気が付いたようだが、あえて聞かぬふりをしてみせた。その気遣いがまたカタランを落胆させる。


 水兵たちはすでにカタランは頼れぬと悟っているらしく、いないものとして行動をとっていた。一方、乗客たちはカタランがいることで、安堵している様子だった。

 いや、乗客たちも今はあまりカタランを見ていない。

 

『たりらーんたりたりらー』

 先導する上位種イフリータのタルピーの踊る背を見て、乗客たちはより一層安堵している。

 最初こそ上位種の顕現に驚いていた乗客だったが、ザルガラを『ザルガラさま』と呼ぶ主従の姿を見てからは、全幅の信頼を寄せているようだった。

 

 ちぐはぐな周囲の反応に、カタランは自分を見失っていた。


「あやつが……ザルガラが今のワシを見たらなんと言うことか……」

 あの憎らしい物言いが欲しい。

 背中を小さな熱い手で、ぴしゃりと叩いてくれるような励ましを。

 そう思ってしまうほど、カタランは追いつめられていた。


「……お前とポリヘドラ家の縁談が、ほんの少しでも進んでいれば、な」

 憂いもなくなり、面倒をあの憎たらしい子供に丸投げできる。と、自嘲を浮かべるカタラン伯。

 ヨーファイネは父親の弱さを見せる笑みを見て動揺した。


「え? そ、そんな! さすがにこんな状況で押し倒せとか、お父様の命令でも無……あ、命令なら無理じゃないかも?」

「なにをいっとるんだ、おまえは」

 飛躍する思考を持つ娘のありさまに頭を抱えるカタラン。

 精神的に追い詰められていたそんなカタランを、物理的に追い詰める存在が背後から迫る。


 不意に後方から炸裂音が響き渡り、足の止まった乗客たちが恐怖にあおられ一斉に振り返った。


「後ろだ! 気を付けろ! 襲撃者だ! 早く、ま、前へ! 急げっ!」

 殿を務める水兵の誰かが叫んだ。

 一拍遅れて乗客たちが悲鳴をあげ、雪崩を打って前へと駆け出した。


 取り残される形のカタランと、立ちふさがるため残った魔法学園の面々。単なる子供であるローイすら残ってカタランの身体を支えていた。


 先導していた上位種イフリータも、乗客たちの頭上を跳び越えてやってくる。


「みぃつけたぁ……」

 乗客の波が消え去り、開けた通路の先に黒鋼のゴーレムを従えてネーブナイト夫人が立っていた。

 重苦しい空気を纏った女と、物理的に重い存在が乗客たちを追い立て、冷徹なはずのリザードマンの水兵たちに恐怖を与える。


「……おまえか」

 うんざりとした気持ちと、やはりという思いを込めてカタランは答えた。

 ネーブナイト夫人の目には狂気があふれ、反して口元は優しい微笑みがあった。彼女は本当にうれしいのだろう。カタランという仇を見つけられて。


「邪魔な毛虫が集ってるわねぇ……。煙で燻して追い払おうかしらぁ?」

 しゃらんとモーニングスターの鎖が鳴る。反応してゴーレムが一歩前に出た。

 気圧される水兵たち。


 カタランは「わしを置いていけ」といいたかったが、すでに戦闘不能になって倒れている水兵と踏み堪える水兵たちを見て、辛うじて弱音の言葉を飲み込んだ。

 勝手な降伏宣言は、彼らの能力を信用しないという宣言でもある。水兵たちへの侮辱だ。


 それに上位種イフリータ『タルピー』がいる。

 カタランはザルガラが残していった存在に安堵した。同時にこんな上位種を行使するザルガラに畏怖の念を抱く。

 そしてネーブナイト夫人の阻止に、尽力したのは水兵だけではない。

 

 殿しんがりを務めていた兵士と、援護していた学園教師のマトロ。それに後方を警戒していたペランドーがいなければ、乗客たちにも被害者が出ていただろう。


「ここを通すな!」

 水兵たちもイフリータがいることで、いくらか気持ちが楽なのだろう。ペランドーとマトロの防御魔立方体陣を利用しつつ、ネーブナイト夫人に対峙する。


『あたいに任せなさい!』

 期待を一身に受けるタルピーが、逃げ惑う乗客たちの頭上を跳び越えてきた。


「邪魔よっ!」

『邪魔なのは、あんたたちっ!』

 叫ぶネーブナイト夫人に向かって、天井の付近を飛んでタルピーが襲い掛かる。

 

『イゴォォオッ!!』

 纏う炎を爆ぜ、阻むゴーレムに拳を叩きつける。真正面から受け止めたゴーレムは、殴って来たタルピーの腕をつかむ。


『かかったなっ! このバカが…………あ』

 またタルピーはその腕を掴み返して――止まった。


『やっば……』

 ゴーレムと組み合った状態で、失敗したという表情を見せるタルピー。


「かかったわねぇ……。そうよねぇ、そりゃそうよねぇ……。そのゴーレムを破壊できるような熱を発したら、どうなるのかしら?」

『ぐぬぬ……』

 遊覧船の内装は燃えやすい綺麗な白木の板だ。

 タルピーが存在するだけでじりじりと熱せられている。

 少しでも火炎を高めれば、それだけで発火してしまいそうだ。

 狙ったものだけを熱しても、ゴーレムを破壊するほどでは強力すぎる。壊れたゴーレムからの輻射熱で、やはり発火するだろう。

 ゴーレムを抑え込みながらも、タルピーには攻撃の手段のない。狭い空間で全力でその力を発すれば、船もタダでは済まない。

 混乱している今、火事へのダメージコントロールなどたかが知れている。

 万が一、夜の湖上で沈没となれば、被害は甚大となるだろう。

 なにより、タルピー自身にとって水没は、『死』である。


「先兵たちの目で、上位種の姿を見つけたときは驚いたけど……。対策しやすい頭の子で良かったわぁ」

『なんだと、この……この……この、この未亡人!』

「……それ、罵倒なの?」

 くやしさ一杯な語彙貧弱のタルピーをゴーレムに任せ、迫るネーブナイト夫人は水兵たちを防御魔立方体陣ごと跳ね飛ばす。そして崩れた水兵の間を、モーニングスターを振り回して駆け抜ける。

 

「あわわわ……」

 水兵たちの後ろにいたペランドーは、大慌てで近くのトイレへと逃げ込んだ。

 逃げ込んだ部屋のドアを一瞥したが、すぐに興味はないとネーブナイト夫人は突き進む。


 だが、それは間違いだった。

 トイレに逃げたと思われたペランドーが、ちょいと顔を出してまだ立ちはだかる水兵に防御平面陣を追加しながら、けん制の魔力弾をネーブナイト夫人の背に向けてはなった。


 むなしく弾かれるペランドーの魔力弾。だが、襲撃者の足は止まった。


「邪魔をぉ……するなっ!」

 せっかく見逃してやったのに、という歪んだ顔でネーブナイト夫人の鉄球がペランドーに向かって放たれる。

 

 吹き飛ぶドアと壁。しかしペランドーには当たっていない。

 彼はドアを閉めた直後に、カメのように小さくなって床に伏せていた。綺麗な遊覧船のトイレとはいえ、なかなか思いっきりのいい行動だ。

 不格好ながら攻撃をやりすごしたペランドーは、背の防御平面陣に載ったドアの破片ごとカメのように通路の奥に逃げ出す。


 襲撃者の後方へ、さかのぼるように奥へと逃げるペランドー。対処が難しい。ネーブナイト夫人はトイレに逃げたペランドーを侮って無視した時点で不利となったのだ。


 逃げるペランドーに一撃を喰らわせようとネーブナイト夫人だが、この隙を逃さず水兵たちが一斉に攻撃を開始した。

 カトラス片手に、次々と切りかかる水兵たち。

 無視するわけにもいかず、夫人はその攻撃を受け流す。


 そこへ、またペランドーが絶妙なタイミングで魔力弾を放つ。ネーブナイト夫人は反撃に移れず、態勢を整えるだけにとどまった。


「おのれぇっ!」

 歯ぎしりしつつ鋭い視線を飛ばし、後方の子供を睨む。

 逃げたペランドーは通路の角で、顔だけ覗かせ様子をうかがっていた。いつでも魔力弾を撃てるというそぶりだ。

 完璧なハラスメント攻撃である。


 積極的に挟み撃ちをされるより、ネーブナイト夫人はやりにくそうだった。


 ペランドーはザルガラと共闘した経験から、強者の援護に長けていた。

 つまり強者の邪魔をせず、自分の安全を最優先で確保しながら敵の嫌がる行動をする。という物だ。


 できる援護だけやって視線を集め、すぐさま退避。兵士と連携を相談したわけでもないのに、確実に援護をする。なかなかできるものではない。


 カタラン伯は、ぽっちゃりとしたペランドーをザルガラのオマケ程度に考えていた。

 それは間違いだと気が付く。

 彼は兵士にかなわないまでも、戦いというものを理解していた。


 だがそれでも相手が悪い。カタラン伯はそれを知っている。


「待ってくれ、ネーブナイト夫人! この身が目的ならば――」

 死人が出る前に、自分が前に出ようとネーブナイト夫人に呼びかけた。

 仇敵の声に、ネーブナイト夫人が耳を傾けた――その瞬間、背後から魔力弾が飛んできた。


 カタランの必死の懇願を、引き裂く嫌がらせのペランドーの魔力弾。


「こんなときに!」

 少年の割り込みにカタランは腹を立てたが、すぐに驚愕へと変わる。


 通路奥から飛んできた魔力弾は、一撃でネーブナイト夫人の防御魔胞体陣を何枚も突き破る。即座に反応した夫人は背後に盾を翳すが、追撃として奇妙な迂回軌道で飛んできた黒い魔力弾が、その大きな盾を回避してネーブナイト夫人の防御魔胞体陣をさらに吹き飛ばす。


「きゃぁあっ!!」

「ダレだ!」

 乗客たちの悲鳴がネーブナイト夫人の誰何すいかをかき消す。

 騒ぐ乗客たちが静まると、廊下の奥からふてぶてしい子供の声が聞こえてきた。


「よくやったぜ、ペランドー。バカみたいに突出してくる相手には挟撃と挟み撃ちと不意打ちと無視できない程度の嫌がらせが有効だ。だが、オレのやり方は違うぜぇ……」

 声の主は不敵な笑みで、ネーブナイト夫人に歩み寄る。

 そしてことさら楽しげに、複雑多重な魔胞体陣を投影して叫んだ。


「真正面からの魔法戦ってのを、しっかりたっぷりやって見せ、効かせてみせて味わわせるぜっ!!」



とくに何もなかったのですが、いろいろあって更新が遅れました(矛盾)

今回の更新は二回に分けて良かったかも…

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