真面目でマトモで本気なやり方
遊覧船のデッキへと出るドアは、船体のデカさと豪奢さに比べて飾り気も無く小さめにできている。戦時は後方とはいえ軍用にされるので、強度と敵兵の乗り込み対策を考えれば当然といえば当然だ。
そのドアを開けて、デッキへと出るオレのかっこいい姿。
かっこいいそのオレの姿が、魔力弾の集中攻撃を受けて吹き飛ばされて、引き裂かれて、千切れて夜闇の中へ消えていった。
「むう……」
そんな光景を数歩下がった船内から見て、オレはどうしたものかと腕をこまねく。
対応策を考えるオレの隣りで、ディータが首を傾げた。
『……かっこいいオレの姿?』
「オレの個人的な心的印象と、ひそかな表現を読まないでくれ、ディータ」
こいつ、最近オレの思考を読んでないか?
オレと魔力や高次元物質を共有している弊害か?
とっとと、ディータ専用ゴーレムを作って切り離そう。そうしよう、それがいい。
「しかし驚いたな。光学的な虚像にも反応するのか、あの共和国のゴーレムたち」
用を終えた幻影を投影する魔胞体陣を消去し、頑丈な船の壁に背を預けた。
甲板は共和国のゴーレムに占拠されている。無策で出て行ってごり押ししてもいいが、なるべくなら楽したいし無傷のゴーレムを解体したい。
手はあるにはあるが、消耗戦だな。
『……普通のゴーレムとどう違うの?』
「魔法的な視覚と光学的な人間の目と同等の視覚機能を持っている。騙されるから低性能ってわけじゃない。騙されるほど高性能ってことだ。そして術者が近くにいないってことは、命令されて攻撃してるってわけでもない。視覚情報を元に自己判断できる戦闘兵器として革命的なゴ」
『……要約』
「ーレムで……。要するに人間みたいだ、ってことだよ」
『……理解』
なんかオマエの方が魔具機械っぽいぞ、ディータ。
いまいち人間っぽくない反応するディータはこっちに置いて――。
しかし、こりゃぁいよいよフモセの言ったことが現実味を帯びてきた。
マジで中に怨霊でも入ってるのかもしれない。
「ふふふ、ふへへへ……」
抑えられない興奮と笑み。
『……気持ち悪い』
抑えられないディータへの憤り。
ちょっと反省しつつそれらを無理やり抑え込んで、オレは消耗戦を選んでクールにデッキへと一歩を踏み出した。
途端に殺到する魔力弾の波状攻撃。狙っているのか、攻撃をずらしているのかわからないが、この攻撃はデッキを占拠するゴーレムの両手から放たれていた。
これらの攻撃を防御魔胞体陣と、魔法で構築した鉄の壁ですべて防ぐ。共和国の新型ゴーレムが、魔力弾しか撃ってこないことは確認済みだ。構造物破壊は、その鋼鉄の腕に頼っているのが正しいしな。
鉄の壁で一連の波状魔力弾を防ぎきると、ゴーレムからの攻撃が止んだ。
次弾まで時間がかかるのもあるんだろうが、どうやらこの鉄の壁を殴って破壊する手段に変えたようだ。鉄の壁の覗き窓から様子を見ると、デッキの板を踏み鳴らして2体のゴーレムが迫ってくる。5体その場に残って手をかざし、魔力弾を撃つ構えを解いていない。
とても連携がよくできて気持ち悪い。
ゴーレム使いが近くにいないってのに、これだけそれらしい戦術ができるとか寒気がするぜ。
『ティィィコォォオオッ! ブラエェッ!』
デッキを子供の走る速度ほどで疾走してきたゴーレムが、怨嗟のこもった声とともにオレの創った鉄の壁を激しくノックする。
2体の下手くそな騒乱を聞きながら、オレは次の魔胞体陣を夜空に向かって描く。
「ガキがぶっ倒れて眠るまで暴れるように、せいぜい頑張れってくれ! 『同族殺しの吊り多灯燭台!!』
オレの魔法に呼応し、胞体陣が分解されて遊覧船のデッキを包むように広がった。
分裂した魔胞体陣が、各所で蝋燭のように光を灯す。ゴーレムたちも魔法の光に照らされ、その姿をはっきりと見せてくれた。
この光は周囲の余剰魔力を感知して、そこから大本の魔力を引っこ抜いて輝くという魔法である。
オレも含め、『同族殺しの吊り多灯燭台』の光に照らされる存在は常に魔力をぶっこ抜かれ続けて枯れ果てる。
この光を浴びて、あっという間に衝突防止の船灯魔具が魔力を失い消えていく。
敵味方に魔具どころか、術者も含めて魔力を殺される。まさに同族殺しの魔法だ。
オレみたいな魔力が潤沢な術者だからこそ、使用できる消耗戦用魔法である。
ちなみにこれをアザナに対して使うと、確実にオレだけが魔力切れを起こすという、ただの自爆技に堕ちる。
悲しい。
「あ、ディータは!?」
ディータがどうなっているかと心配になって見上げると、魔力を吸い取られてタルピーの作った炎のドレスを失った彼女がふわふわと浮いていた。
およそ人肌とは思えない質感だが、全裸である。
『……大丈夫ですよ』
「いや、視覚的には大丈夫じゃないが――」
人間離れして造形の乏しいディータだが、これも一種の真っ裸だ。裸で大丈夫だなんて、イシャンが知ったら仲間が増えたと喜ぶだろうな。
まあ肌をさらしても見えるのはオレだけだし、ディータが気にしないというのならいいだろう。
中身大人のオレにとって、のっぺりとした子供の……しかもぼんやりとした造形となっているディータの裸みてもうれしくないし問題ない。
そういえばあの裸マントのアトラクタ男爵は、いまだに裸マントなんだろうか?
ディータ姫がいないんだから、いまごろは服を着て……ないだろうなぁ。なんか法という服を着てるから法服貴族だとか、わけわからんこと言ってるし。
「じゃなくて、オマエはこの同族殺しの吊り多灯燭台の光で魔力を奪われてなんともないか?」
『……大丈夫ですよ』
「ならいいんだが――」
『私の姿を維持してる高次元物質と魔力はザル様からもらってるものだし』
「むしろオレが大丈夫か!?」
二重に吸い取られてるのか、オレ!?
いや、この魔法を使ったのはオレだけどさ!
共和国のゴーレム内部にある魔石に蓄えられた魔力とオレの魔力。どっちが先に尽きるかと一瞬心配になったが、いくら二重に吸い取られてるとはいえ、さすがにゴーレム内部に収められた魔石程度には負けないだろう。
なにしろあっちは動くだけで魔力を使っているはずだ。
事実、早くも共和国のゴーレムがノックする頻度と勢いが減っている。
高性能すぎて燃費が悪いのか、胞体石にスペースを取られて内包している魔石が少ないのか。どちらも原因かもしれない。
どんなに出来はよくも、大抵は弱点があるもんだ。あのアザナが作るゴーレムだって、欠点があるくらいだからな。
「あっちはあっちで頑張ってるな」
少し時間に余裕ができたので、護衛はどうなったのかと海上を眺めてみると、水軍の軍艦はやや後方に逸れた形で正体不明の船と並走していた。
形からして共和国の船らしいが、旗はよく見えない。
『助けないの?』
「さすがに目の前のゴーレムも、水上の共和国の船も相手ってのは難しいな」
タルピーを護衛として下に置いてきちゃったし、純粋に手が足りない。オレたちの作ったゴーレム【グレープジョーカー】はアグリゴラ要塞に置き去りだ。
まあさすがに【グレープジョーカー】は実戦向きじゃない。試作品すぎて、胞体石の耐久性が怪しいからな。
見たところ水軍もなかなか奮戦してるし、敵はこの遊覧船に護衛の船を近づけさせないのが目的らしいから被害らしいところは見えない。まあ、大丈夫だろう。
「さてそろそろか」
そうこうしているうちに鉄の壁を叩く音も止んだ。
オレを守る壁に飛び乗り、ゴーレムたちの様子を見る。
案の定、どのゴーレムも待機状態だ。片膝をついて指先一つ動かす様子はない。
魔石への魔力供与がどういう仕掛けになっているかわからない今、同族殺しの吊り多灯燭台を解除するのはまずいだろう。
「ディータ。しばらく周囲を警戒しておいてくれ」
『……任された』
ディータはオレの周囲をふわふわと漂って、ゴーレムや夜の海を注視してくれる。
「おうおう、みんなオレに解体されたいって素直な態度だ、関心関心。『幼児の十指は積み木の敵』」
今度こそ、解体魔法は新型ゴーレムに通用した。
魔石の魔力をすべて奪われ、防御魔立体陣を投影できないゴーレムはオレの魔法を受けて関節部に次々と衝撃の刃を受け、大まかにバラバラへとなっていく。
早速、オレは手近のゴーレムに取りつき、はずれかかった外装を取り払う。
「ふひゃひゃっ! 解体だあっ!」
『ティ……ティコォ……』
怨嗟の声みたいだったゴーレムの声がか細くなって、まるで助けを求めているかのようだった。
ぴくぴく動く指が哀れである。
「さっきまで恨みつらみを込めてたのに、まあ情けない声になっちまったなぁ!!」
『……』
無言のディータの視線がつらい。
だが仕方ない。性分だ。解体が好きってわけじゃない。
共和国のゴーレムと内蔵する魔具への探求が好きなんだ。
『……行動じゃなくて、発言にドン引き』
そっちか。
いや、口が悪いのも性分なんだ、そのごめん。
「……ん。特に……大きい魔胞体石はないぞ」
確かにこの共和国のゴーレム――なるほど、随所に革新的な機構が見て取れる。魔石の質も高いし、胞体石は共和国らしい高級な宝石の数々だ。ご丁寧に用途と設置場所に合わせ、宝石の種別を変えてある。贅沢な匠の一品だ。
だがどれも常識的な質量の宝石。つまり金さえあれば、どこでも買えるありふれた胞体石に過ぎない。
いや、視覚を司る胞体石は革新的だ。目をいくつもつけるのではなく、常に内部で高速横回転して、周囲に視線を送る仕掛けになっている。
360度の視界を持つゴーレムというのは今までにない。
でも、これは関係ないんだよぁ……。
「どういうことだ? 魔石の質と大きさからして魔力量は確かに多めだが、胞体石は常識的な範囲だぞ」
とても怨霊とか人の精神が入るような質量の胞体石は見当たらない。
『……別に怨霊とか入ってないとか?』
「それは……いや早計するのはまずい。もう少し調べてみよう」
どちらも可能性として考慮しつつ、ゴーレムの解体を続けていると、見たことある魔法陣を胞体石の中に見つけた。
「これは……。アザナの作った発声魔具と似てるぞ?」
ふたを開けてみたら、なんてことないただの「デカい声を出す仕掛け」だ。
なんだよぉ……。怨霊の正体みたり、音量装置。ってことかよ。
せめてデカい水晶の一つでも収まってたら、ディータの仮肉体用ゴーレムに使えたんだが。
『……残念』
「あんまり残念そうに聞こえないな」
興味なさそうなディータなので、本当に落ち込んでいるのか怪しい。仮の身体とはいえ、オマエの体が作れたかもしれないんだぞ?
『しばらくは、このままでいい』
ディータはオレの肩に手をのせ、その甲に顎を乗せた。
「変なヤツだな」
幽体ですらない、不完全不便不都合極まりないその姿でいいとか理解しがたい――。
『っ! なにか飛んでくる』
「後ろの船からか?」
ディータがバッと振り返り、オレも立ち上がって身構える。
シャーッと金属が擦れる音が通過していき、見上げると飛んでいく鎧甲冑の腕のようなものがあった。
その腕は遊覧船のマストをがっちり掴み、後方の船までつながる鎖の道をつくる。
鎖の道の始点に目を凝らすと、火花を散らしながら鎖を巻き取り飛んでくる鎧姿の女が見えた。
「……『幼児の十指は積み木の敵』」
問答無用で、本日三回目の魔法を鎖に向かって放ってみた。
シャシャシャンと軽快な金属音を奏でて、バラバラになっていく鎖の道。
落下していく鎧の女。はい、これで終わり――、と思った瞬間、湖面から一体のゴーレムが飛び出して、鎧女の足場となった。
共和国のゴーレムは蹴飛ばされ、再び湖に沈んでいく。
「ゴーレムを踏み台にした!?」
なんかうまく対応されてしまったが、まあ水面下を近づくゴーレムを察知できただけ御の字か。
ゴーレムを踏み台にして再び飛んだ鎧女は、空中で飛行魔法を発動してゆるりと遊覧船後部に着地した。じゃあ最初から飛んで来いよと思うが、鎧で飛ぶのも大変だろうし、あの飛行魔法はなにか制限があるのかもしれない。
遊覧船の甲板に降り立った鎧女は、マストを掴む腕を引き戻して不敵な笑みを浮かべて左腕に嵌めた。どうも見たところ、あの両手はゴーレムの技術を応用した義手のようだ。
そして顔の半分を覆う眼帯と、そこから覗くひどい傷。
こいつがヨーヨーの言っていた…………えっと、なんて言っていた?
名前は……なんだっけ?
『マイカ・ネーブナイト夫人です。ザル様』
そう、それ。
……ていうかディータ。オマエ、本当にオレの思考を読んでない?
あ、しまった。名前を思い出そうとして不意打ち忘れた。
『忘れん坊ザル様。じゃーん』
うるさい、黙れディータ。
ネーブナイト夫人は体に巻き付けたモーニングスターを引き出して、女性らしく身体をくねらせ、ひねらせ、斜めに構える。
そのなまめかしい立ち振る舞いは、バラが見えない支柱に絡みついているかのような姿だった。
口紅を塗った厚ぼったいバラの花びらが、笑みを含んで開き言葉を放つ。
「やぁってくれるわねぇ、坊や」
「オレは坊やじゃな……あ、坊やか」
最近、どうも2度目の人生ってことを忘れがちだ。11歳だっけな、オレ。
「って、誰が坊やだ、この鎧女!」
忘れていた不意打ちをここで叩き込む。
防御胞体陣を跳び越え、空間を自由に移動する右手をネーブナイト夫人の顔面にたきつけ、意識を狩り取る電気衝撃を一発――決めるはずだった。
「つぅっ!」
激痛を覚えてオレは慌てて右手を引き戻した。
その手を見ると、痛々しいほどオレの指が曲がって折れていた。
『ザル様! 大丈夫!』
珍しく慌てたディータがオレの右手に触れる。触るな、痛い。
「この鎧女……。あの一瞬で、頭突きしやがった」
触れるか触れないかの座標に現れたオレの手に向かって、躊躇なく顎を引いて額を打ち付けてきた。一拍の間もない反撃だったせいで、電撃の魔法は不発に終わっている。
共感能力を持つあのユニコーンですら、反応できなかったインチキみたいな不意打ちに対し見事な反撃だ。
さすがに相手も無傷とはいかず、眼帯から覗く額が赤くなっている。
とはいえ、右手中指の骨折と額の打ち身じゃ、言い訳できないくらいこっちの負けだ。
初手を失敗したオレに対し、嗤うネーブナイト夫人。
その背後に湖から這い上がったゴーレムが立つ。ガバッと甲冑の可動部を開き、魚が甲板にこぼれて暴れる。
「こいつ……」
痛む手を抑えながら、オレは対峙する相手の目を見て力量を悟る。
爛々と見開く眼を見ればよくわかる。
ヤツはアザナより弱い。オレより弱い。もしかしたらカタランより弱い。
だが、オレより諦めが悪くて、アザナよりわけがわからなくて、カタランより戦いに執念をもっている。
四肢を引きちぎって崖から突き落としても、歯の一本でも残ってれば這い上がってきて噛みついてくるだろう。
そういう目をしている。
そういう意志で生きている、そういう女だ。
なるほど、あのカタラン伯が遅れを取るはずだ。
やだねぇ、執念深い女ってのは。
『ザル様……』
「安心しろ」
心配そうなディータの声に、自信たっぷりに笑って答える。
投影した治療用の魔胞体陣に右手を突っ込み、折れた指がめきめきと音を立てて修復される。
これを隙と見て間合いを詰めてくる濡れたゴーレムに向け、平面陣を投影して叩きつける。
重い板を落としたような音が響き渡るが、その耳ざわりな音を無視して強引に突撃を押し返す。
ゴーレムを守る立方体陣と平面陣がせめぎ合い、接触面で魔力が爆ぜて『同族殺しの吊り多灯燭台』に吸い取られていく。
あの新型ゴーレム。どうも今までのゴーレムとは魔力量が桁違いに多いようだ。同族殺しの吊り多灯燭台の影響下で、平然としてやがる。
押し返されたゴーレムの向こうで、ネーブナイト夫人はモーニングスターを構えた。ずいぶんと、やる気満々のご婦人とゴーレムだ。
「大丈夫、大丈夫。真面目にオレがマトモな本気を出せばいいだけの事だ」
手抜きとか手加減はもちろん、不意打ちとか、問答無用の行動阻止とか、そういう身も蓋もない攻撃も無し。
「真正面からの魔法戦ってのを、しっかりたっぷりやって見せ、効かせてみせて味わわせるぜっ!!」