敵をかいたい!
『いいだろう。後悔……いや、退場してもらうか! 悪童どもが!』
細い目を見開き【精霊の目】を怪しく輝かせ、こめかみを微細動させているブラエ候が、オレたちに向かって死刑宣告のように言い放った。
オレたちに退場してもらうだと?
まさかあの古竜を操って、オレたちをどうこうするつもり――ってのは考えられないな。共和国側は、アレをどうこうできるわけがない。
できていたら、招請会を更盛させようなど面倒な手を打つわけがない。
『すぐにその船も我が共和国の手に落ちるだろう』
ブラエ候の自信たっぷりな声。
古竜が関係ないのに、共和国の手に落ちるってのはどういうことだ?
状況を整理して、オレならどうするかを考えてみる。
「……あー、あの古竜を囮にしたわけか。制御できなくても利用する根性は見上げるな」
同時進攻……。歩調を古竜と合わせたわけじゃないが、利用したのか。
親切にも手の内を明かしてくれた。いいヤツだな、ブラエ候。
しかしそれを聞いてアザナが慌てた。
「そんな!? せ、戦争が始まりますよ! それに民間の船に奇襲するなんておかしいですよ!」
いや、おかしくはないと思うんだけどなぁ。乗客は人質にもなるし、この船は戦時にけっこう頑張るお船だし、あと怪我して痩せたとはいえ辺境伯のカタランもいる。
最初の一撃としては悪くない。きっと古竜のほうに集まってる水軍相手にも、狡い手で一撃を加えるつもりだろうし、このブラエ候。
何を思ってか、アザナが珍しくうろたえていた。いくら能力、性格ともに規格外のコイツでも、やはり国同士の争いというのに忌避感があるのだろう。
『だろうな。だが争いとなれば君たちも、燻っているその才を発揮できるだろう。存分にふるってくれたまえ!』
幻影のブラエ候が笑う。
その姿を見て、オレも鼻で笑う。
「いるんだよなぁ、こういうバカが」
目を伏せ、オレは語る。
「そりゃ弱いヤツが強くなったら、その力で暴れてみたいと思うだろう。わかる、わかる。すげぇわかるよ。オレもそういう時があったから良ぉくわかる……」
「あの……ザルガラ先輩」
アザナが口を挟んできたが、悪いが止まらない。キメさせてもらう。
「悪いが、そんなのは5歳の時に通過しててね」
見た目は確かに子供だが、ブラエ候が言うような精神は、もっと小さいころに終わっている。
「敵にも味方にも怖がられ畏れられるってのは、経験してみるとこれが意外に嫌なもんだ。それが嬉しい、堪らない。ぼっちを孤高と勘違いして、オレは特別なんだと孤独を気取る、ってマゾなら天国なんだろうけど――」
「ザルガラ先輩……あの」
心配そうなアザナの声を払う。安心しろ、アザナ。
今のオレにはオマエとかペランドーとかいるから、孤独を気取る必要もない。バカをやらせてもらって、感謝しているくらいだ。
『ザル様……』
ああ、ディータ。オマエもいたな。
オマエが姫様らしからぬせいで、オレも助かってるよ、ありがとう。
ここにはいないが、タルピー。オマエにも礼を言いたい。
だが礼を言う前に、はっきりとさせておかないとな。ブラエ候!!
「戦争なんぞで無双して、喜ぶほど幼稚じゃないんだよ! 力を使えっていうなら、戦争を止める方に全力かけさせてもらうぜッ!」
ビシッっとブラエ候を指差し眼光を飛ば――。
飛ばしたが……、そこにはなんにもない。
ぼんやりと光るブラエ候が、そこにふわふわ浮いているはずなのに、いつの間にかここは薄暗い部屋へと戻っていた。
「あ……あの、ザルガラ先輩」
気まずそぉうに、アザナが俺に声をかけてきた。
まさか、また魔具をいじってたのか?
それでブラエ候との通信が切れたのか?
「おい、アザナ……。 オマエ、また通信切りやがったのか!」
なんの恨みがあるんだよ、オレに。
「してませんよ! ボクだってこんな時に魔具いじりなんてしません!」
さっきやってたから説得力ないけどな!
でも、たしかに見れば魔具はフタをされたままで、いじられていた様子はない。
って、ことはブラエのヤツから通信を切ったのか。
「チクショウ! 独り言かよっ! どこから通信切れてたんだ、アザナ!?」
「ええっとたしか、『いるんだよなぁ』ってところからです」
「プライマリー!?」
最初からかよ!
通りでアザナが何度も心配そうに声をかけてくるはずだ……。
独りで気取って語ってバカを見せちまったぁぁぁっ!!
うわぁあああああぁぁっ!!
恥ずかしいってレベルじゃねぇぞっ!!
「……先輩、そんな頭を抱えないで。『戦争で無双して喜ぶほど幼稚じゃないんでね』 キリッ!」
「やめろぉぅっ!!」
アザナが慰める振りをして、追い打ちかけてきやがった!
オマエって、ほんとひどいヤツだよな!
『……戦争を止める方に全力をかけさせてもらう』
「ディータ! オマエもかっ!?」
頭上のディータがさらに追い打ちをかけてきた。
『……いいえ、深く感激しました』
「やめて、それはそれでショック」
慰めではなく、本当に感激してくれたとしても誤爆だから、それっ!
不発弾拾って感激しないで、ディータさん!
『……だから、あの共和国貴族の思い通りにさせないでください、ザル様』
お願いしますというディータの声が、天から降るようにオレに投げかけられた。
まあ、誤爆だが本気の意見だ。
そうさせてもらう。
「そうだな。せっかく情報お漏らししてくれたんだからな」
あの共和国貴族は優位性を味わうため、わざわざ奇襲を教えてくれた。
いくらタルピーを残しているとはいえ、ここでまごまごしている手はない。
用のなくなった部屋から飛び出すと同時に、下のフロアから振動が伝わってきた。
「もう始まってるのか?」
まずはみんなと合流するため、先ほどの広間に戻ろうとオレたちは駆け出した。
途中、階段を封鎖している兵士たちがいた。護衛として詰めていた水兵だろう。
「アザナ。アイツらの援護してやってくれ。オレはみんなのところにいく」
「え? あ、そうですね。タルピーさんいるし」
納得できないという顔を一瞬見せたが、緊迫する兵士たちの状況とオレたちの人員を考慮してうなずいてくれた。
兵士に援護の魔法をかけ、階段の封鎖に強力な封印魔法を付与しようとするアザナを置いて、オレは広間へと向かう。
広間が近づくにつれて、わあわあという喧騒が廊下を響かせ届く。
「もう始まってるのか?」
タルピーを置いてきて良かったと心底思いつつ、オレは廊下を走る。
たしか上下のフロアを繋ぐ階段は、アザナを置いてきた左舷の階段と反対側の階段だ。他の階段は一般区画を切り離されているので、対応は先送りにせざる得ない。
下のフロアから騒動が始まったから、敵は階段を昇ってくるだろうとあたりを付けて駆けつける。
「みなさん! おちついてください! 私たちはエンディアンネス魔法学園の者です! 英雄カタラン伯のもと、あなたたちを守りますので、指示に従ってください!」
カトラス!
マトロ女史は飾りのカトラス(幅広の片刃剣)を手にして頭上に翳し、怪我で役立たずになっているカタラン伯の名を使って避難誘導していた。
学究肌と思っていたが、教師だけあって人心掌握もなかなかである。
カトラスを構える振る舞いも、相当な手練れを思わせ説得力があった。実戦経験はないだろうが、護身として身に着けている技術なのだろう。
形が整いすぎているが、それが一般客に安心感を与える。
カタラン伯はヨーヨーとペランドーに両脇を支えられつつ、役立たずながら端然とした居住まいで廊下の隅に立って逃げる客を見守っている。
立っているだけだが、立派に役目を務めている。英雄の名が与える安心感ってヤツだ。
「お、来たか! ザルガラ! はよ、なんとかせんかい!」
オール!
飾りとして壁に架けられていたオールを手に、ドワーフのワイルデューはゴーレムの猛攻を階段で抑えていた。
見たことも無い重装備のゴーレムが、狭い階段の手すりをガリガリと破壊し、はち切らせながら昇ってくる。これをワイルデューが1人で抑えていた。
もちろん、マトロとペランドーにフモセの防御用立方陣があるお陰だが、孤軍奮闘してこのフロアを守っていた。
「ワイルデュー先輩! 階段は一先ず落とす! 下がってくれ!」
「わかった!」
見たところ階下に人の気配はない。まずは乗客の安全を確保するべきだろう。階段など、はしごっぽいものでいいなら後でいくらでも魔法で作れる。
最後の一撃とばかりにゴーレムにオールを叩きつけ、ワイルデューが転がるように後ろへ下がった。そこを逃さずオレは切断魔法を放つ。
「『幼児の十指は、積み木の敵』」
正16魔胞体陣で階段とゴーレムを包み、魔力を注いで魔法を発動させる。
カッ、と魔胞体陣内で光が四方八方に照射された。
魔胞体陣がその内部にある構造物の接合部や接着部を魔力照射で探査し、そこに向けて同時に振動刃を叩き付ける。
爆発や大質量で破壊するより、この魔法は圧倒的に周りへの被害も少ないし、少ない力で構造物を破壊できる。
カンッと高い音の後、轟音を立てて崩れ落ちる階段。
その中で、ゴーレムは無傷だった。
「ん? なんだぁ、あのゴーレム?」
オレのこの魔法、『幼児の十指』は対物破壊ではかなりの威力だ。
素材本来の強度と、それを強化する魔法に頼るゴーレムの「硬さ」では到底耐えられないはずだ。何しろつなぎ目や関節を狙う、構造物の弱点を狙う魔法。
それなに、まるで手ごたえがなかった。
まるで胞体陣などで守られた魔法使いに魔法を防がれたような――。
「もういや! なんなのよっ!」
オレの疑問に、甲高い女の子の声が応える。
振り返ると、乗客たちを守るようにテューキーが立っていた。
看板!
テューキーは自分の身長ほどはあろうかという鋳物の分厚く重いレストランの看板を持ち、護身の構えで通路に立ちはだかっていた。
おそらく軽量化させていたのだろうが、それは妙な光景だった。
「……なんで看板なんだよ」
「ほ、ほかに手頃なモノがなかったのよ!」
小柄なエルフが鋳物の看板を持っている姿は、ちょっと異様で滑稽だった。
「いや、まあ緊急時だからな……」
「それに、あのゴーレムったら! なまいきに魔力弾を撃ってくるのよ!」
「あん? まさか……」
ゴーレムが魔力弾?
魔法を使うゴーレムだと?
まさかアザナの発明品でもあるまいし――。
ガツンッ!
「っ!」
あざ笑うオレに向かって、充分な威力を持った魔力弾が叩きつけられた。
もちろんその魔力弾は、つねに張っているオレの防御魔胞体陣に弾かれ、正三角形陣一枚分を砕いて消えた。
「おいおい、本当に撃ってきやがったよ、このゴーレム野郎」
階段から落ちたゴーレムが、崩れるなかで苦し紛れに撃ってきた。埃の向こうに落ちていく突きだされたゴーレムの無機質な腕。
そこから確かに、魔力弾が放たれた。
「ポリヘドラ様! そのゴーレムたち! 魔力弾を撃つだけでなく、立方陣に守られてます!」
怪我人の治療をしていたフモセが、オレに警告を発する。
オレはソレを一笑し、
「あん? 冗談――」
と、否定しようと思ったが、『幼児の十指』が防がれた時の手ごたえ。
あれは魔胞体陣や立方体陣に防がれたときのような感触だった。
「まさか、どこかに魔法使いがいるのか?」
魔力の出所を探るが、そんな様子はない。
いるであろうゴーレム使いの気配もない。
あのモジャモジャ頭が、そこらに潜んでいるのかと思ったが、魔力探査をしても影も形もない。
ない、ない、ありません……だ。
まさか信じられないがこのゴーレムたち……、遠隔操作か自立行動してるのか?
アザナの発明品と同等――いや、それ以上だ!
「て、ことは……コイツラ、やべぇぞ」
未だ広間からの避難は続いている。守るべき乗客を背にしながら、オレは戦慄した。
ある程度実力のある魔法使い同士の戦いでは、いくら撃ちあっても双方共に死人が出にくい。意識してトドメを刺さなければ、魔法使いはほぼ死ぬことはない。
なぜか?
それには投影魔法陣と魔力弾の関係性だ。
投影される魔胞体陣や立方体陣、平面陣。これらは物理に対して、ほぼ無敵の盾となる。そりゃ極端な巨石の落石とかじゃ無理だろうが、ただの剣や矢、投石や体当たりなどを完全に防ぐ。
あのイシャンも馬車とぶつかっておきながら、服がちょっと破けただけですんだ。
投影魔法陣による無敵の盾。それを破る魔法が魔力弾だ。
投影魔法陣を破壊するのは魔力弾。例外はあるが、基本である。
だが、困った事にこの魔力弾。生命体に対しては衝突時のショックと、体内魔力の共振動で非殺傷ダメージを与えられるのだが、対物ではほとんど破壊力を持っていない。
オレが古来種の魔力プールが無尽蔵に魔力を貰っていたときなら、城壁だって破壊できる魔力弾を放てたが、アレは例外中の例外だ。
今のオレやアザナが放つ魔力弾では、木製の壁を破壊するのが精いっぱいだろう。
さて、ここで問題が生じる。
ゴーレムは生命体じゃない。物体だ。
で、ヤツラが術者なしに投影魔法陣を貼れるとする。
魔力弾は投影魔法陣を撃ち抜ける。だが魔力弾はゴーレムに有効打を与えられない。
ソレってゴーレムを動かす魔力があるかぎり無敵じゃね?
しかも魔力弾を撃ってくるという、魔法使いキラーだ。もちろん殴り合いも強いだろう。外装は鉄の塊だし。
「アザナ以外で、こんな新兵器をつくるヤツがいるとは……」
思わず引き攣った笑いが出る。
『ザルガラさま~』
広間から轟々と燃え盛るセクシーアダルトタルピーが飛び出してきた。
本気になって、上位種としての姿をさらしてしまったらしいが、みんなを守るためじゃあしょうがない。
周囲の乗客たちは畏れ慄いている。上位種を見たことも無いし、見抜くほどの魔法の才もないのでしかたない。
「おう、タルピー。ご苦労だったな」
姿を見せているということは、広間で何かがあったのだろう。
あの謎の高性能ゴーレムと交戦したか?
『もう……部屋にワナとかいっぱいあって、たいへんだったよー。みんなを助けるため、踊りつかれちゃった』
「罠か……」
よく聞けば、乗客を捕縛するための機械式の仕掛けが各所にあったという。
タルピーは乗客を解放するため、仕方なく上位種の姿を晒して救助に当たったという。
なぜ踊り疲れたのかはわからないが、タルピーも頑張ってくれたようだ。
「大活躍だな。だが、残念。あの謎のゴーレム対策はわからず、か」
「ザルガラせんぱーい!」
腕をこまねいていると、反対側に置いてきたアザナが兵士たちと共に駆けつけてきた。
「おう、アザナ。あっちはどうした?」
「強化して封印した隔壁をゴーレムに破壊されちゃいまして……。面倒なので階段を落としてきました」
オレと同じ対策をしたようだ。
気が合うな、オレたち。
そして面倒だったということは――。
「アザナ。オマエ、あのゴーレムの性能……。見たか?」
「ええ、びっくりしました。術者もいないの自立してるような動きと、魔力弾と防御魔法陣、それに……」
『ティィィィコ! ブゥゥゥゥラァァァァエエエエーッ!』
心胆寒からしめるような怨嗟の叫び。
そんな声が上と下から響き渡って来た。
「上もか?」
なるほど、下から乗客を突き上げて、上のゴーレムが待ち構えてるってわけか。
挟まれたか。
いやそれより、この怨嗟の声、まさかあのゴーレムが?
「怖い……」
テューキーが看板を抱えて震える。
鋳物の看板を抱いたら、体温を奪われるぞ。
テューキーの恐怖が伝播したのか、乗客たちが騒然とし始めた。マトロ女史でも抑えきれなくなっている。
「推測なんですが、あのゴーレムって4貴族一門の怨霊でも入ってるんじゃないんですか?」
フモセの何気ない一言。
これがオレたちに火をつけた。
「おい、アザナ! オマエは下なっ!」
「わかりました! ザルガラ先輩は上ですね?」
「な、なにをする気なの?」
乗務員たちとともに、乗客たちを押さえようとしていたマトロ女史がオレたちに訊ねた。
これに応えるため、オレとアザナは同調して嗤う。
「決まってますよ、先生!」
「ああ、決まってるぜ!」
怨霊を収めたゴーレムだと?
つまり、もしかしたらだが、あのゴーレムの中に、ディータなどの高次元体を収めてしまうような、共和国謹製の巨大な胞体石があるかもしれない!
あるとすれば、やることは1つだ!
「解ッ、体ッ、にするんだよ!」