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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第5章 It if and only if you.
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その頃、真面目な人たち


 共和国の重鎮ブラエ侯爵が、王国貴族の子供たちにおちょくられ――。

 ザルガラ・ポリヘドラが、アザナ・ソーハにおちょくられていた頃――。


 アグリコラに向かって避難中である遊覧船の薄暗い船倉で、木箱を開けるモジャモジャ頭の男がいた。

 ここは本来ならば人が立ち入るのも稀な船倉である。

 豊富な物資を乗せることを想定し、最大積載量の多い船であるため、戦時でない今はバラストとして重要ではない重い物資を積みこまれている。

 ゆえに遊覧船として運行しているときは、誰も訪れない場所だ。


 男は大型釘抜きを使い、自身より大きな木箱を開けながら、なにやらぶつぶつと呟いている。


「……街の様子を報告しろ~。ザルガラを監視しろ~。改め~アザナを監視しろ~。やっぱりザルガラを~。いやいややっぱりアザナを……いやいっそ両方を~……」


 開けられた木箱のフタを放り投げ、モジャモジャ頭は男は天井に向かって怒鳴った。


「って、朝令暮改なんてもんじゃねぇぞぅ~っ!!」

 ガンッと木箱のフタが床に落ち、男の怒号の最期をかき消す。


「ジュール兄さん。うるさい」

 近くで同じように木箱の釘を抜いていた長身の女性が、冷ややかな口調でモジャモジャ頭を諌めた。


「静かに準備するために、こうして手作業なのに、騒いでどうするのですか」

「ナイン……。お前はこんなんでいいのかよ~。俺たちゃ仮にも共和国4貴族の一門なんだぜ~」

 モジャモジャ頭は不満で口を尖らせ、その身の高貴さを自弁する。


「政争に負けた4貴族末席に連なる一門の支流が、隣りの大陸とちょっと交易で成功し、そこから金を借りて首が回らなくなり、その借金を棒引きにしてもらうため、地方で協力することになっただけの傍系ですらない騎士の家督すら貰えぬ次男と末娘……が、正しい現状」


「本当のことをいうなよ~、ナイン」

 尖らせた口のまま、ジュールは妹の辛辣な指摘に文句をいう。


 ジュールたちは4貴族一門どころか、それらの一族とは無関係な赤の他人と言って良い。

 確かに4貴族が人を集める時に、ジュールたちの家にも声がかかる。だがそれは人を水増しして見せるためのもので、ガヤの1つという扱いだ。

 しかも、その栄光……栄光? 賑やかしであったことですら過去の話である。


 今の共和国4貴族は数を減らし、残った一門も辛うじて存続している状態だ。

 その中でジュールとナインの家は、小さいがゆえに見過ごされている。


「あ~やだねぇ、やだねぇ。下手に密偵仕事が上手かったからこんな生活か~」

「下手なのに上手。面白いですね」

「つまらないな」

 笑っていない妹に向かって、笑っている兄が笑いながら言った。


「……真面目にやるかぁ」

 ジュールのため息と共に、彼の背後で大きな影が立ち上がり、木箱の枠を叩き壊す。


「ひょー、すぅっげーぇ!」

 振り返り鋼鉄の巨体を見上げ、ジュールが感嘆の声を上げた。


「静かに……って言ってるのに」

 そう呟くナインの背後でも、木箱を破壊し立ち上がる黒い影、影、影――。

 いらだたしく舌打ちして、ナインは唇を噛む。


「静かに……って、言ってる……のに……」


   *   *   *


「警備艇は何をしてたんだ!」


 黒い頭飾りを冠するリザードマンの士官が、テーブルの上で赤く塗りつぶされていく街の地図を叩きながら叫んだ。


 大湖北の位置する港町は、存亡の危機にあった。


 北限の警備部隊はその特質上、防衛用の地上部隊も多く持っている。

 だが相手が悪かった。

 不意打ちとはいえ敵が通常の上陸部隊ならば、被害が出ようとも撃退することができただろう。


 人間の指揮官は地上部隊と迎撃に出て、兵ともども戻ってきていない。

 いや、兵たちは戻って来ようとはしている。

  

 ゾンビと化し、敵として。


 ゾンビと対峙すれば傷を負わされずとも、近くにいるだけで呪いによりゾンビと化してしまう。


 現代にこんな呪いを振り撒くゾンビは、存在していないと言って良い。

 呪いを擦り付けるゾンビを作れるなど、古来種カルテジアンの他にいないのが常識だ。


 可能性としては、呪いの擦り付け上限数まで達していなかったゾンビが、どこからか湧いてでてきた以外にありえない。

 しかし報告では、ゾンビたちは日没後に漂着した船から出てきたという。

 

 1万年もの間、何者とも接触せず呪いも擦り付けることもなく、いくら広いとはいえずっと湖上を漂っていたとは考えられない。


 それらを推察する暇はないと、リザードマンの士官を頭を振って余計な思考を追いやった。


「もう一隻の防沿艦は!?」

 二隻しかない防沿艦のうち、待機中の一隻はゾンビ化した水兵と交戦中となっている。船を出すことも、地上部隊に合流することも難しい。

 交代で出て言ったもう一隻が戻ってこれるかを、連絡員の下士官に尋ねた。


「古竜の脅威……いえ影響を受けて哨戒範囲を広くしたようで……すぐには戻ってこれないかと」

「どこも手一杯……、混乱しているな!」

 いまごろ虎の子の防沿艦は、大湖の中央南北線付近まで行ってしまっているだろう。


 南からの援軍が遅れている理由も、古竜の襲来が原因だ。多くの艦船が中央の【ぬけがらの遺産】へと向かい、他の艦船も哨戒範囲を広げてしまって即時対応ができないでいた。

 

「こんな時に! 偶然では……ありえないぞ!」

 沿岸部が手隙になったタイミングで、これほどの異例異常怪異な事件がたまたま起きるなど考えられない。

 なにかの意志が働いているとしか考えられない、とリザードマンの士官は黒の頭飾りを掻きむしった。


 続々と上がる報告を受け、街の地図に被害状況、兵の防衛ラインに民間人の避難状況が書きこまれていく。

 すでに市街の放棄は決定されているが、いまだ民間人の避難は進んでいない。

 ゾンビに近づかぬよう、遠距離での攻撃を採用しているが、市街地では有効とは言い難い。


「民間人の……避難はまだ十全ではないな……」

「およそ4割かと。3割は残存地上部隊によって確保され誘導中です。うち、2個中隊は……ここに迎撃のため残っております」

 リザードマン――というどこか冷徹な思考を持つ種族ゆえ、民間人を見捨てる手段が士官の脳裏に上がる。

 だが、見捨てるということはゾンビ化して敵の手勢となる恐れがあると、冷徹ゆえの思考の帰結に至る。


 その最中にも新たな報告が届けられ、赤く塗られる個所が南北市街地に増えた。

 これを見ていた士官たちの視線が一か所に集中する。


「……西の被害が少ないな」

 ぞくぞくと街の北から南下してくるゾンビと、南部で増え続けるゾンビたち。

 西の沿岸からもゾンビの上陸が報告されたにも関わらず、未だその進攻は居住地区から進んできていなかった。


 いずれは孤立してしまうだろう西地区。そこは未だ健在であった。


「ここは? 報告が滞っているのか?」

「確認します……。どうやら……一か所、沿岸部の地区で抵抗を続けている宿があるようです」

 宿の名を聞いて、士官はなるほど首肯する。

 下士官の指差す場所には、赤く塗りつぶされていくなかで、競り出した半島のような空白地点があった。

 その頂点。

 そこは新港のために埋め立てられ、海から隔たれてしまったかつての要塞跡地があった。


「ああ、あの古い要塞を改装してできた宿か。それだけ……で持ちこたえられるわけはないな」

 いずれは北からの進攻で潰されるだろう。だからこそ、早く手を打たなければならない。


「相当の使い手でも逗留してたか……。なにか手段を持っているか。なんとしてもここと連絡を取れ! なにかの対抗措置を持っている可能性がある!」

 後のない地上警備隊と水軍。避難は進んでいるが、救出は間に合っていない。

 残されたリザードマン水兵による決死隊が結成された。


   *   *   *


「い~い具合に王国の艦船はぁ、あっちとそっちに気を取られてるようじゃなぁい」

 共和国軍艦の甲板で、鎧姿のネーブナイト夫人が空を見上げて言った。


 硬いゴーレムの外装に寄りかかりながら、暗闇の向こうで騒いているであろう王国水軍を想像し、その映像に睥睨へいげいする古竜を描き込んでほくそ笑む。


『イ、イイィゴ……ゴ、ゴォチゴゴゴ』

 寄り添うゴーレムが震える声を発した。何を言っているかは誰もわからない。


「あなたの目なら見えるかしらぁ。ああ、さすがに遠すぎて無理かしらねぇ」

『トオオオ……トイ……オイ、トオ……トォ……トイ』

 相変わらず呪詛のような個人名を発するだけの新型ゴーレムと違い、この個体だけは拙いながらも多くの言葉を発する。

 聞き取り難い耳障りな声とも言えぬ音だが、それでもネーブナイト夫人と会話を成立させようと努力しているかのようだった。


 他と姿形こそ同じだが、どこか毛色の違うゴーレムを夫人はそばに置いている。

 いずれ会話が可能になりそうという理由と、近くにいると彼女は何故か安心できた。

 まわりの家臣たちも、このゴーレムが近くにいれば夫人の精神が落ち着くと、これを容認――歓迎していた。


 ネーブナイト夫人の意図を察するだけでなく、自己判断して自発的に動くこの新型ゴーレムは、旧型のメイドゴーレムと一線を画している。逐一命令を下さなくても、使用者であるネーブナイト夫人の意図をくみ取って行動するため、こと戦闘においては訓練された兵士と比べて遜色ない戦闘行為を取る。


 そんな恐ろしい兵器を40体。

 今のネーブナイト夫人は40体ものゴーレムを、扱えるまでに至っていた。

 しかも距離、視認不可、妨害ありとしても、万全で最大限の能力を引き出して扱えるまでにいたっていた。

 さらには新型ゴーレムに立体陣を投影させ、限定的に防御陣として纏うことまで成功させた。


 如何にある程度、それらを想定して造られた新型ゴーレムといえど、それは行えるなど異常なことであった。

 一騎当千ともいえる新型ゴーレムを40体も、距離に関わらず手足のように扱えるネーブナイト夫人は異常であった。


 異常だ。


 ネーブナイト夫人は異常だ。


 しなだれかかるゴーレムの外装を撫でながら、異常なネーブナイト夫人は笑う。


「ふふふぅ……。もうカイタル・カタランも終わりねぇ……。もう……」


 ロクな家臣もいない状態のカタラン伯を、ゴーレムを持って強襲すれば一たまりもないだろう。

 その情景を思い浮かべながら、ネーブナイト夫人は夜空の赤と青の月を見上げた。


「……もう、終わっちゃうのかしらぁ」

『イ、イチ……チィイ……ゴオゴゴォ』

 残念そうなネーブナイト夫人を、慰めるような小さな声がゴーレムから発せられた。



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