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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第5章 It if and only if you.
137/373

裏切りのアザナ

「どういうことだ!」

 魔具に囲まれた狭い船室で、ティコ・ブラエは右手で空を払って叫んだ。

 埃が舞い上がり、ブラエを照らす照明の光帯内で小さな点がキラキラ光る。

 それを綺麗だと思ったリマクーインだったが、それどころではないと魔具機材をひっくり返す。


「も、もうしわけありません! で、ですがこれは受信機側の問題でこっちの機材を逆立ちさせてもどうにもなりません。受信機の旋回式指向性アンテナを直してくれないと!」

 ひっくり返した機材を頭上に掲げつつ言い訳。ひっくり返したことに意味はない。ただのパフォーマンスである。

 だがブラエはそんなことを聞きたいわけではない。


「それは分かっている! 私はコールハース……いや、ザルガラ・ポリヘドラのことを言っている!」

「は、はあ……」

 通信途絶は問題ではないようだ。

 リマクーインは言い訳の意味がないので言い訳を止めて機材を元に戻す。


「どういうことだ? 私もリマクーインも、あのモノイドですら極幼少期に精神を代入された……例外はないはず……」

「資料では……ザルガラ・ポリヘドラは幼少期に蛍遊魔(ディスクワイティング)を駆逐してますね。年齢的にこれほどの能力は、コールハース由来の力としか考えられませんね」

「それに駆逐した理由も、だ。コールハースの意識があったからこそ、不確定要素である近隣の蛍遊魔を処分したのではないのか?」

 帰参を目論む古来種の先兵として送り込まれたブラエたちは、まずは足元を固めることから着手する。

 ブラエは若いころから政治闘争に明け暮れ、リマクーインは魔具研究製作主任を目指し、モノイドは王宮内で確固たる職務を得た。


 ザルガラ・ポリヘドラもそう(・・)していると思っていた。


 蛍遊魔(ディスクワイティング)は古来種の恩寵を受けぬ害虫である、と代入者サブスティテューショナーであるブラエは考えている。その価値観からすれば、ザルガラによる駆逐は当然ととらえていた。

 逆にその考えにとらわれすぎて、単に力を使って褒めてもらいたいという子供染みた理由で駆逐したなど思いもつかない。

 

「連絡を取らないのは露見を恐れてと思っていたが……どこか悠長に構えているのは……なぜだ?」

「あのー、もしかして」

 嫌な推測がブラエの脳裏をよぎったとき、リマクーインが畏れながらと声を上げる。


「ザルガラ・ポリヘドラに精神を逆に喰われてしまったのでは?」

「そんなわけがあるか! 我々は古来種様と等しい存在だぞ!」

 割って入って来た推論を、ありえないと切って捨てる。


「いや、まあ能力はともかく精神はふつう……」

 反論しようとしたリマクーインだったが、確証がないため強く主張できない。


「ではいったいなんだと言うのだ! この事態をっ!」

 知らないよ、と言いたかったが、さしものリマクーインもブラエ候の癇癪を見て何も言えなかった。余計な口を挟まなければ良かったと後悔する。

 その緊迫の間に入る魔具の作動音。

 すぐにリマクーインは魔具に飛びついた。


「あ、pingが帰ってきました!」

「よし、すぐ繋げ!」

 ブラエは襟を正して髪を整える。

 魔具から照射された光がブラエを包み、その正面には背中を向けてごそごそと受信魔具をいじる2人の子供が映し出された。


「……きみたち」

『へぇ、匂いガラス……いやアクリルっていうのか。これが量産できりゃーいいんだな?』

『ええ。これも製造できればゴーレムの核として候補の1つになりますよ!』

「あー、おほん。待たせたな」

『あー、ちょっと待ってろ。後で話を聞くから』

 ザルガラの虚像は頭上の何かを払うような仕草をして見せ、ブラエの呼びかけに耳を傾けようとしない。

 依然として背中を見せる2人の子供――。


「……」

 無言でブラエは脇の剣に手を伸ばす。


「あれはまぼろし! あれは幻像! 触れない相手に手は出せません!」

 リマクーインは侯爵の暴挙に驚き、ブラエの手に飛びついた。


   *   *   *


「そこはいじる必要ないぞ。アザナ」

 オレは頭にしだれかかるディータを払いながら、魔具の部品を入れ替えようとするアザナに注意した。


「ノイズを増幅していいんですか?」

 アザナは心底驚いたという顔でオレを見上げてくる。


「ノイズ? いやぁ、コレはそういう風に出来てるぞ。それに雑音って言ってもそれは個性だしな」

「個性?」

「オマエの言うノイズって要するに、使ってるヤツの癖だろ?」

 使うヤツの癖を増幅するからこそ、使用者の魔法を増幅できるわけだし。

 それを切り捨てたら、癖のないへなちょこな魔法になっちまう。


「そうか! アッチの常識に縛られてました! 貫通コンデンサなんていらないんだ! 電子回路みたいに魔具はノイズを出さないから、簡単に除去できるから超楽勝ーとか思ったけど、切っちゃいけない物だったんだ!」

「そういうこった」

 アッチ? どこの常識だろう。


『……いいかね? 君たち』

「ん~?」

 どこかで聞いたことある声がオレの背後から聞こえてきた。


 しまった……。ブラエ候にケツ向けてたよ、オレ。

 いくら仲の悪い国のお偉いさんとはいえ……いや、だからこそマズい。


「あ、ブラエさん、チースッ!」

 とりあえず挑発……いや、挨拶しておくか。

 敵に背を向けるとかありえないからな。

 オレなりに余裕を見せておかないといけない。


「……君は心底、人の神経を逆なでるのに長けているらしいな」

 ブラエの温厚そうな顔がひどく歪む。

 そんな爆発直前という相手に向かって、アザナが手を上げて声をかける。 


「ありがとうございます。こんないいものをいただけて!」

 もう自分の物だと魔具を抱え、満面の笑みで礼をいうアザナ。


 意図的に当てつけをするオレと違って、アザナは本気でいっているようだった。

 これにはオレもドン引き。

 あの共和国貴族様は脳みそ沸騰という顔……を一瞬にして異次元に放り投げ、小さいため息と共に柔らかな笑顔にすり替えた。

 アレが貴族の顔芸か。ちょっと凄いと思った。見習いたいモノだ。

 

「ふ……ふふ、こちらもなかなか贅沢させてもらったよ」

 ちょっとブラエ候の声、震えてる。


「ああ、時間を贅沢なことに無駄にしたな」

 適当に相槌をしたつもりだが、ブラエ候の顔色が昏くなる。

 まるで言う事を先に言われたような表情だ。

 ああ、そうか。意外な解釈で軽口を叩くつもりが、オレが読み取って先に言ってしまったからか。


「さて改めて確認しよう。君はコールハースではないのだね?」

「卿にとっては残念ながら」 

「では君はまったく――なんの事情も知らないのだね?」

「オレにとっては不本意ながら」

 依然として魔具に夢中なアザナはさておき、オレは意外と冷静なブラエとの対話に戻った。


「と、いいますか。オレは飛来した古竜について話があるときいてきたのですが、その辺の事情はどーなんでしょうかね、ブラエ候」

「そうだな。改めて説明せねばなるまい。君がコールハースでないならば」

 はらりと落ちる前髪を整えながら、ブラエ候は語り始めた。


「ふた月廻り前、西部の国境にて共和国は竜下人の東進を撃退した。そのさい捕虜の1人が問われもしないのに、とくとくと語ってくれたよ。進攻の理由を」

 もしかして……ちょいと嫌な予感がよぎる。


「捕虜は得意げにいったそうだよ。古竜がついに東へ飛ぶ……とな」

「マジかよ」

「それじゃあ!」

 事情を聞いてオレとアザナは同時に驚きの声をあげた。


「アザナ。オマエ、話聞いてたのかよ」

「あ、聞いてちゃいけなかった?」

 魔具を大事そうに抱えたままのアザナが首を傾げる。

 なにが「それじゃあ!」なんだよ。


『聞いていてくれると嬉しい……』

 ブラエ候もお話を聞いてほしいようだ。聞いてあげよう、アザナくん。

 

「そうか。あの古竜は……古来種の制御を受けていない全く自由なアイツが、こうして飛んできたってことは……」

 さきほど見た光景を思い出し、さすがのオレも危惧する。

 ふらっと観光にでも来たと思っていたが、まさか生息範囲を広げるつもりとは――。


『そうだ。ついに我々は決断せねばならぬ時にきた。ザルガラ君……。君がコールハースならば協力を求めたかったのだ。なにしろ、なんのつもりか君がモノイドの行動を邪魔してくれたからね』

 共和国側だったモノイドの名を出す。彼女が協力者だと隠す必要はないのだろう。


「あ~、なんとなくわかったぞ」

 古竜飛来から起こりそうな事態。それがいくつか頭に浮かぶ。


「王国側の招請会……。古竜が怖いから、古来種を呼び戻そうって意見がたぶん大きくなる。オレがコールハースならそれを扇動させようってところか。モノイドがいれば彼女にやらせようと思ってたが、それができないから子供でもオレに頼ろうと?」

 まあそのコールハースってヤツじゃなかったわけだが、オレは。

 どこの誰を乗っ取ってるんだろう。コールハース……。これはこれで分からないので怖いな。


『……ほう。いささか野卑かと思ったが、なかなか裏を探れるようじゃないか』

 礼儀知らずで貴族や政治はからっけつのバカといいたいのか。悪いがブラエさん。そういう皮肉はあんまりオレに効果ないんだよ。


『さて改めてどうかな?』

「なにが?」

『古竜が共和国の頭を跳び越えて、君たちの国を脅かそうとしている。ここは裏口の1つも開いて、私に協力してみるというのはどうかね?』

「古竜が怖いよー、古来種様助けてぇとかいう王国の人たち扇動して、招請会の活動を手助けしろと?」

『平たく言えばそうだな。古竜の災難に対処するため……協力してくれないかね?』

「嫌です」

 平たく断る。


『……君はまだ若い。だからわからないのかもしれないが、古竜が王国に及ぼす影響は計り知れないだろう。どうするのかね? 王国の貴族として、なにかするべきだとは思わないのかね?』

「王国の貴族として事を為すべきと思うなれば、それこそ共和国の思惑に沿うなどありえない。とはお考えになりませんか?」

『……』

 急に口調を変えたオレを見てブラエ候は言葉に詰まる。


「幸い、いまの自分にはさまざまな伝手を持っております。それこそ宮廷内にも。モノイドの件がありましたからね。子供の力と侮られても仕方ありませんが……ご安心を。王国貴族は招請会に頼らねばならぬほど無能ではありません」

 なめた態度を改め、真摯なまなざしと意地と見栄の言葉をブラエ候へぶつける。


「いえ、むしろ古竜へ対しての王国が行う対応。それを混乱する共和国の方々に、とくとご照覧していただきましょう」

 強固な王国の意見を代弁するかのようなオレを見て、ブラエ候は表情を冷たくさせた。


 やりにくいだろうな。

 オレみたいに、コロコロ態度を変える相手は。

 さっきまでは悪たれだったのに、今は王国貴族の子息らしい態度を見せている。

 悪童相手への言葉を使うか、それとも貴族相手としての言葉を選ぶか。それをブラエ候は考えあぐねている。


 もっとも未来を知っているからこそ、オレはブラエ候に対峙できる。

 もしも知らなかったならば、もろ手を上げて協力とまでもいかないが、少しは頼ろうとブラエ候と繋がる裏窓くらい開けておいただろう。


 だが古竜飛来には間違いなく、このブラエ候が絡んでいる。

 前の人生の時、こんな事件は起きなかった。オレがモノイドの行動を潰したから、どこをどうにかして誰かが起こしたと考えていい。

 少なくても発端はオレだ。

 歴史をいくつも変えているオレが原因だ。


 ごく自然の流れで起きた事件でないならば、オレの行動と結果から逆算できる。


 ブラエが古竜をどうこうできるわけがないが、確実になんらかに関与して誘導しているだろう。


 だから拒絶する。


 ブラエ候。

 オマエは敵だッ!!


「あ、じゃあボクが協力します」

「は?」

『え?』

 魔具を抱えたアザナが、しゅたっと手を上げてナニかを言った。

 なにを言ったのかわからない。


『う、うむ。まあ君にも協力の打診をしたかったのだが――』

 ブラエ候はアザナが何を言ってるのか分かってるのか?

 え?

 アザナ、さっき何を言ったの?


「そのかわりといってはなんですが、共和国の技術とか融通していただけませんか? やっぱり魔具の質も駆動の機械仕掛けも、王国とは一線を画してますよね~。いっそ、共和国に寝返ろうかなぁ」

「おおおおいおい、な、なにを言ってるんだ、オマエ?」

 アザナの笑顔が歪んで見える。

 足元が揺らぐ……。船が荒波で揺れてるのか?

 ウソ、だろ?

 何を言ってる、オマエ……アザナ、せっかくこうして……。


 手を伸ばすがアザナは逃げる。

 なんで――。


 なんでそんな冷たい目で見る?


「それにザルガラ先輩。ボクが敵になれば、心置きなくケンカができますよ」

「ち、ちが……」

 待ってくれ! 

 本気でケンカなんてしてるわけじゃない……あれは、あれはそう、じゃれ合いだって……オマエなに本気にしてんだよ……。


「そういえば、カタラン伯のところじゃ小競り合いが多いんですよね。ボクも加えてもらおうかなぁ」

「ア、ザナ……」

 それはもうケンカじゃない。

 戦争……それを言ったら戦争だろうが!

 戦争になったら、殺し合うことだってありうるんだぞ!

 

 嫌だ……そうなったらオレは――。


『……そこまで求める気はないのだが、アザナくん。そうなれば話は早い。王国内の招請会への協力を』

「あ、ごめんなさいウソです」

『……なに?』

 は?


 さきほどまでの冷たいアザナはもういない。

 オレに一歩近づいて、下から見上げて微笑んでくれる。

 いつものアザナだ。

 猫が構ってくれと、足に頭突きをしてくる直前みたいな読めない表情。構うと逃げるんだけどな、そういう猫。

 いやオレ構ってないよ、野良猫。オレそういうキャラじゃないから。


「ちょっとイジメ……じゃない、冗談を言っただけなのにザルガラ先輩泣きそうだから、寝返るのは無しです」

「泣いてねーよ!」

「さっきのはウソです。これ以上やると、先輩が泣いちゃうから冗談はやめますね。すみません、ブラエ候」

「な、泣かねーよっ!!」

「泣かないでください。ボクはザルガラ先輩を好きですから。先輩もボクのこと好きですもんね」

「すす、好きじゃ……」

「ないんですか?」

 ……ないといったら、オマエは共和国に行ってしまうのか?

 いや冗談だと言ったからもう平気だと思うが、それでも今のオレは怖くて「嫌いだ」と言えない。

 どういうつもりなのかと、オレは顔を拭ってアザナの様子を伺うと――。



 アザナの笑顔が邪悪だった。


「てめーっ! ふざけんなよ!!」

「きゃーっ!!」

 右手を高次元に飛ばしてアザナの襟をトッ捕まえ、後ろへ引っ張り回す。


「怒らないで、怒らないで! だって先輩、面白い顔するんだもん! ちょっと罪悪感湧くくらいに泣きそうなんだもん!」

「泣かねぇよ! 怒ってるけど泣かねぇよっ! ふざけんなよ! オマエが泣いてあやまれっ! 船内引き回しの刑だッ!」

 良かった。

 いつものアザナだ。

 きゃーきゃーいいながら嬉しそうに、オレに襟を引っ張り回され――、って反撃するなっ!


『ふ、ふふふふ……。やってくれるじゃないか……君たち……』

 あ、ブラエ怒った。


『いいだろう。後悔……いや、退場してもらうか! 悪童どもが!』



前回、ディータ姫の描写忘れてた…今回も一行だけど。

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