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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第5章 It if and only if you.
134/373

老いた英雄と古い竜

 アグリゴラ要塞の廊下で偶然、カタラン親子と――。あー……偶然かどうかは、はなはだ疑問だしオレもいろいろ誰彼に問いただしたいが、とにかく英雄とその娘の2人と出会った。


 カタラン伯はアン時の闘病時みたいに萎んじまってるし、あのヨーヨーですら大人しいご令嬢という借りてきた猫のような猫を被っていた。

 あの剛直な英雄と呼ばれるカタラン卿が「ここであったのも何かのお導き……」と、らしくない貴族的な態度でオレたちを食事に誘ってきた。


 まったく……らしくない。これが10年前、勇猛果敢に共和国を蹂躙した英雄さんかよ。

 英雄さんの慣れない儀礼的挨拶ってヤツを見る羽目になるとは……、複雑だよ。


 頭上のディータ姫すら眉をひそめている。あまりに英雄らしくない態度に落胆しているようすだった。たしか彼女が闘病している頃に、元気で英雄然とした頃のカタラン伯と会っていたな。

 以前の姿を知ってるだけに、落胆はオレより大きいだろう。


 道端で演技を始めた自称役者より酷い演技を見せられて、オレはカタラン伯の誘いを断ろうかと思った。ヨーヨーがどうとか関係無しに。


 とはいえ確かにカタラン卿から、ランズマでの一見で正式な礼をまだ受けていない。そりゃ実家にお礼の使者くらい来たし、ヨーヨーから直接お礼は言われ…………あれ? いや、言われたっけ?

 どうでもいいから覚えてない。 

 とにかく、あの地でまた辺境小競り合いがあったようで、カタラン伯本人からオレに礼は頂いていない。


 オレはオレで水軍との用事も終わってるわけで、断る理由も特にない。

 貴族なら口先で断るのも手なんだが、そういう貴族のわざを英雄さん相手に出すのは気が引ける。

 そんなわけで、ぎこちない英雄の誘いを受けることにする。


「それは良かった。遊覧船に予約してありましてな。親子だけより賑やかなほうがよい。ソーハ卿の御子息も、そちらのみなさまもご一緒にいかがですかな?」

 カタラン伯はアザナたちも食事に誘った。まあ当然だろうな。この誘いには演技が見えない。本心で誘いたいのだろう。


「そう……だな。せっかくだからみんなでいこうぜ」

 いっそのことみんなも巻き込もうという気持ちで、カタラン伯の誘いを受ける事にすると、これになぜかペランドーが大喜びした。


「伯爵さまと、ど、同席できるなんて光栄です!」

 ああ、見た目が萎んでてもペランドーのような男の子には英雄に見えるのか。

 どうせならもっと精悍な姿を見たほうがよかっただろうに。

 なんかその後ろにいるローイが「また……」と胃をおさえている。なんでついてきちゃったんだろうという後悔がにじみ出ている。慣れない環境の連続で、若いみそらながら胃薬が必要な身体になっちまいそうだな。


 テューキーとワイルデューは、うまいタダ飯にありつけると口には出してないが喜んでいる。そういう顔をした。

 フモセはアザナの様子をうかがっているのだが――、不思議なことに……そのアザナがもっとも不満そうだ。

 オレから視線を背けて、どこかツンツンとしている。

 ――なんでだ?


 しかしもっと不思議なヤツがいる。

 ヨーヨーだ。どういうわけか笑顔のまま全く動かない。


 あの……コレなんか、すげぇ不気味なんだけど……。


   *   *   *


『らりらりら~』

 

 なんかご機嫌なタルピーが、豪華な燭台の上で華麗な舞いを披露している。日中、オレの懐で大人しくしていた反動で、解放されてからはこんな調子だ。

 華美なレストランの装飾のあちこちで、自由な踊りを舞っている。

 残念なことに見えるのはオレだけだ。

 ……が、別にアイツもおひねりや称賛が欲しいから踊ってるわけでもないのでいいのだろう。

 最近、なんだかタルピーの踊りを見てると心が落ち着く……。なんというか暖炉の火を見るような、そんな気分になれる。


「あの、ザルガラ先輩?」

 おっと、寝そうになった。危うくマヌケ面して天井見上げて寝るところで、隣りに座るアザナに突かれた。


 オレたちはカタラン伯に誘われ、遊覧客船で大湖へ繰り出した。

 なんとも豪華な客船だ。このまま……ってのは無理だが、ちょっと改装すれば外洋の巡洋もできる立派な船である。


 いま船内のロビーで、オレたち招待組はのんびりとしている最中だ。

 水臭い湖上の風を受けながら、船は大湖の沖へ向かう。

 船は夕方に出港し、大湖中央付近の島をぐるりと巡って夜はお食事という観光定番のコースである。


 この遊覧船は、いざ戦時となれば改装されて補給艦や給糧艦とし活躍する水軍紐付きだ。護衛の防水艇が2隻も護衛に付いている。

 遊覧客船と比べると、小舟のようだが立派な軍船だ。


「観測儀橋より連絡! 当船はまもなくデッキより【ぬけがらの遺産(エンプディ・シェル)】視認可能水域に到達いたします」

 旧帝国水兵スタイルの船員が、名所近くになったことを乗客に告げて回る。顔の整った役者でもできそうな人間の船員……いや水兵のつもりだろう。それが上官へ旧帝国水軍の儀礼に則った報告する。

 旧水軍なら今以上にリザードマンたちが水兵をやってただろうに、なにを真似したんだろうねぇ。


「わあ、あれなに?」

 ペランドーが告げて回る役者然とした船員について訊ねてきた。


「ああ、アレね。場内アナウンスだと興ざめだから、帝国水兵スタイルの船員が報告形式で乗客に告げてくれるサービスだよ。なぁんとも非効率なサービスだね」

「へえ、面白いね」

「オマエもそう思う側か……」

 ペランドーのようにこの演出がいいという人もいる。


 下士官から報告を受けているようで士官気分だとか、まるで船長になったみたいだとか好評だとさ、このサービス。


 やだねぇ、やだやだ、雰囲気重視って。

 実用重視はお堅い半面、いい意味でも悪い意味でも面白くないが、雰囲気重視って場合によっちゃあ、スベって見えるもんだ。


 オレ的にスベり演技認定の船員に告げられ、他の乗客たちがデッキへと上がっていく。その後ろ姿はみな、金には困っていないような連中ばかりだ。

 この船には彼らはお似合いな姿だ。むしろオレたちの方が浮いている。


「おお、これは楽しみですな。みなさん、ちょっとデッキに出て見ましょう」

 カタラン伯がらしくない硬い笑顔で、らしくない表現でオレたちを甲板に誘う。

 彼もまた他の客に格で負けてないのだが、どうにも浮いて見える。ある意味、ワイルデューやローイたちよりも……だ。

 緊張した態度が見え見えだし、中身は大人とはいえオレの様子を伺おうと必死だ。まあオレも冷たい対応しているから、オレも悪いんだが……とにかく英雄のくせに情けない。

 

 これでも子供のころは、憧れたりもしたんだが……。

 一皮向いて貴族社会に放り込めば、地金を晒して錆だらけの不器用な武人か。それがいいという人もいるだろうが――、オレとディータは幻滅だ。

 ああ、違うな。


「勝手に期待して幻滅か。なにさまだよ、オレ」

「……? なにか申したかな? ザルガラ殿」

 立ち上がったカタラン伯が、オレの独り言に反応した。


「いや、なんでもない」

「そうか……。ではデッキに」

 とぼけて見せるとカタラン伯は、デッキに上がる組を連れていく。


「ぬけがらの遺産って、あの真祖古竜の卵の殻っていわれる島?」

 ペランドーが輝く目でカタラン伯の後を追う。


「なんでも珍しい鉱石が取れるとか?」

「それは昔の話で取り尽くされたらしいよ、知らないのワイル」

「うるさい、知っておるわ!」

 ワクワクそわそわしたエルフとドワーフがソファから立ち上がった。2人ともこの遊覧船ではあまり酔わないらしい。たぶん、船がデカくて安定しているからだろう。

 その2人の後を、ローイがついて行く……あれは、外の空気にあたろうという顔だ。


 残ったのはオレとヨーヨーと、アザナにフモセ。


 カタラン伯はオレたちが残ると見て少し逡巡したようだが、ヨーヨーが同席しているのを確認してそれもありかという顔をして、みんなを引き連れてデッキへと出て行ってしまった。

 そういう顔をオレに気が付かせちゃいけないよ、英雄さん。

 本当に演技ができないな、カタラン伯。あの分じゃ腹芸もできそうにない。


「……先輩は見に行かないんですか?」

 残ったアザナが首を傾げた。はらりと垂れる前髪が気になる。どうもコイツのアンシンメトリーな髪型が気になる。ホントなんで気になるんだ、オレ?

 ばっさり切って左右対象にすれば気にならなくなるだろうか?

 そんな事を考えながら、オレは深くソファに座り直す。


「いや、別に興味ないし」

 一度目の人生で、何度か見たこともあるし、上陸したこともあるので今更だ。


「そういうアザナは? 好奇心の塊のオマエが、ソファを温めるに忙しいなんて珍しいな」

「あそこは何度か隠れて行ったことがあるので」

「さらっと違法上陸した発言かよ」

 【ぬけがらの遺産(エンプディ・シェル)】は【原始のプライマリスタンド】とも呼ばれ、古来種降臨の地とも呼ばれてる。現在では学術的に保全が必要とされ、上陸には王やら所轄の役所等々の許可が必要だ。

 そこに隠れて上陸したか、アザナ。

 毎度のことなので、なんか慣れてしまった。アザナって結構、法なんてぶっ飛ばせ! ボクが法だ! って考えだよなぁ。

 フモセはアザナの付き人なので、この場から動かない。ほんと、コイツはアザナのおまけだな。


「……ヨーヨー、オマエは?」

 テーブルを挟んで正面に座るヨーヨーに話を振ってみる。

 コイツはコイツで船内ロビーのソファに座ってから微動だにしない。これはこれで気になる。

 さすがのオレも心配だ。


「イエ、ケッコウデス」

「いいからオヤジについてデッキにいけよ」

「イエ、ケッコウデス」

「オマエって、結構そういうドレスが似合うんだな」

「ケッコウデスカ」

「……お茶、飲んでないな。冷めてるぞ」

「ケッコウデスワ」

「頭の血行悪そうだな」

 なにがけっこうなんだよ。けっこうです、っていう演技の仮面をつけているのバレバレだぞ、ケッコウ仮面って命名してやる。


 着飾ったヨーヨーが硬い反応しか示さない。悪いモノを食ったとかいう領域の話じゃない。


「……大丈夫か、ヨーヨー」

「ダイジョウブ、デスワネ」

「ダメそうだなぁ、こりゃあ……」

 オレは天井を仰いで呆れた。

 頭上のディータがオレの顔を覗いている。その上のシャンデリアではご機嫌なタルピーがくるくるくるくるっと、炎を演出して踊り回っている。


「埒があかねぇ」

 すっくと立ち上がり、無反応のヨーヨーの背後に近づく。


「どうするんですか?」

 アザナが眉をひそめて訊ねる。


「こうすんだよ」

「っ! あばばばっばばっ!」

 後ろからヨーヨーの頭を掴んで、髪をわっしゃわっしゃに掻き乱す。

 汚い拾った子犬をガシガシと洗う要領だ。……あ、いや。子犬なんて拾ったことないよ、オレ。マジで。 


「な、なにをなさってるんですか!? ポリヘドラ様!」 

「頭がおかしいんだから、頭をどうにかすりゃなおんだろ!」

「そんな最高に頭悪い発想で頭撫でるなんて……むぅ」

「オマエにこれが撫でてるように見えんのかよ」

 驚くフモセに答えてやると、アザナが口をまげて不満そうにしてみせた。


「あばばっばばばっ! や、めてください! 止め……」

「お、まともな反応になったな」

 抵抗を始めたヨーヨーを放してやる。どうやら普通に受け答えができるようになったようだ。

 

「で、なんでオマエ。こんなドレス着て下手なお嬢様の演技してんだ?」

 ふう、疲れた。

 わしゃわしゃになった頭を突き放しオレは自分の席に戻った。ヨーヨーは乱れた髪を整えながら答える。


「じ、実は……」

「実は?」

「この数月周りの間、ずっとこうしてお淑やかに振る舞っているせいで……」

 なんだ?

 自分を抑圧しすぎて限界か?


「ふええぇ、脳みそが沸騰しちゃうよぉ~……」

「お淑やかにしてて、なんで沸騰するんだ?」

「あ、今のは頭をシェイクされた感想です」

「話が前後して繋がってねぇよ、またシェイクしてやろうか?」

「やめて! 不良が拾ってきた子犬を無理やり洗うようなことは!」

「ひ、拾ったことなんてねーよっ!」

 な、なんでそれを知ってるんだよ、ヨーヨー!


「仲良さそうですね、先輩」

「これが仲良しなら、ずいぶんと友情ってのは空中アクロバットなもんなんだな」

 横のアザナがジト目でオレを見る……。え? なんでコレが仲良さそうなの?


「ムリに仲良さそうに思わなくてもいいんじゃない?」

「無理に思ってませんよ。本当にそう見えます」

 なんだよ、コイツ。なに怒ってるの?


「さてヨーヨーが正気に戻ったところで……」

「あ、このドレスってここを引っ張るとするって脱げそうです」

 正気に戻ったヨーヨーの独り言に面を食らう。

 これが、正気……?


「ぜんぜん正気じゃないですよ、先輩」

「ああ、うん。でも訂正しようがないんだが?」

 アザナがオレに耳打ちしてくるが、しょうきにもどった以外の表現が見つからない。

 正気の状態がヤバいってなんなんだ?


「いつも通りに戻ったということで」

「じゃあそれで。さてヨーヨーがいつも通りになったところで」

 アザナの訂正を受け入れて言い直し襟を正し問い直す。


「どういうことなんだ、ヨーヨー? オマエとかカタラン卿はなんのつもりなんだ?」

 カタラン伯の態度やオレに対する無理矢理な急接近や、諸々について尋ねてみた。

 ヨーヨーにしては珍しく、難しい顔をして肩を落とす。


「やっぱり、変でしたか?」

「逆に聞くが、オマエ自身はアレを変じゃないと思うのか?」

「むしろ私は『普通のご令嬢らしくなった』と各方面から好評でしたけど?」

「ヨーヨーは普段より、あのケッコウ仮面令嬢姿がまだマシってことかよ……」

 なぜかケッコウ仮面令嬢というところで、アザナが吹きだした。なにかツボに入ったのか?


「正直に話せ、ヨーヨー。これってお見合いのつもりなんだろ? オマエさんの英雄パパさん」

「はい、そうです」

 観念しているのか、それとも根が正直なのか。ヨーヨーはオレの疑問に答えてくれた。


「要塞であったのは偶然じゃないだろ?」

「はい。ウィロウ元帥閣下のアイデアです」

「へえ。本人のか」

 意外だったな。誰かの入れ知恵だと思ったんだけど。


「本当はこの度の防衛へ援軍を送ってくれたお礼に参ったのですが、途中からなぜか私とザルガラ様を引き合わせようと計画されまして。私としては願ってもな……」

「やっぱそういうことか」

 ヨーヨーの言葉を遮り、オレは合点がいったと膝を叩いた。なんか隣りからの視線が痛い。そっち向けない。


「長期休み時、実家へ帰った際にいろいろな縁談があってな……」

「へぇ……」

 ちょっとアザナくん。なんで声が冷たいの?

 なんか今、ゾッとしたんだけど?


「オヤジが調子にのりまくってたんだけど、ヨーヨーんところからも話があったみたいだな」

「そうですか。ご存知のとおり、今現在我が辺境領は弱体化はなはだしく……」

「あー、そういや王軍……派遣騎士団が駐留してるんだっけ? 面目丸つぶれだな、オマエんところ」

「はっきりいわれますねー」

 ヨーヨーが参ったと首を竦めた。


「ザルガラ先輩。なんで王軍が辺境にいると面目がなくなるんですか?」

「そりゃそうだろ」

「でも、自国ですよ? 国境が危険なら王軍が派遣されたとしても」

「辺境伯軍の代わりに王国直属の軍団が守ってるんだぞ。ただ敵に負けるより問題だ。英雄どころか辺境伯の面目丸つぶれってこと」

「そうなんですか?」

 どうにもアザナはわかってないようだ。

 辺境伯は隣国の防波堤として軍備を整え最前線で常に緊張状態である代わりに、その軍権を多く持ち、なおかつ税を優遇され、各種のえきはいくつも免除され、防衛に都合よいよう広い領地を融通され、防衛に関してだったら王への具申だってできる。

 

 辺境伯ってのはそれだけ優遇されている。優遇される理由は、肉と血で盾となっているからだ。


 だが、現状のカタラン伯は盾の役目を履行しているとは言い難い。

 派遣騎士団がいるってことはそれだけで王国に負担をかけてる。攻めるならまだしも、守りとして駐留してたら辺境伯軍は何をしてるんだって事になる。せいぜい敵追っ払いでギリギリ許容範囲ってとこだ。

 本来、今の時点で領地を内部の寒村などに変えられるなりされてもおかしくないんだが、昔の功績から先送りにされてるのだろう。

 猶予期間がどれだけあるか? そもそも猶予などではなく、ただ後回しにされてる案件なのかまではわからない。とにかくカタラン伯の未来は王国中央の胸1つ、って段階に入ってるはずだ。

 

 うぬぼれのようだが――、オレの力を当てにしやがったか。

 オレがカタラン家に入れば、王国も一時的に様子を見てくれるかもしれない。

 でもなぁ、これって水軍側はオレとヨーヨーを破談させたがってると思うな。きっとカタラン領を弱体化させて南部での活動領域を増やしたいんだろう。

 それが分からないか、あの英雄さん。


 老いたな、英雄。

 あ~あ、やだやだ。老いてもああなりたくない。

 いやなもんだ。でも仕方ないんだろうな。


 これだから貴族とか軍人とか隊長とかボスとか親方とか親とか、とにかくそういった責任ある立場ってのは嫌なんだよ。

 思い通りに生きられない。

 ガキ大将くらいがオレにはちょうどいいぜ。


 まあ一度目の人生は、それくらいにもなれなかったんだが。


「まあ父も戦える状態ではないので……」

「あれだけひょろひょろの枯れ木になってりゃな。逆戻り……いや怪我してるぶんもっと悪いか」

 ヨーヨーが深刻になるのも仕方ない。辺境伯としてだけでなく、娘としても心配だろう。


 しかし……変だな。

 前の人生でカタラン伯はヨーヨーと共にランズマで死亡している。その際も、いまと同じように王国軍が辺境に入って防衛にあたった。

 しかし空白期間中でもお隣のネーブナイト伯が攻めてきたって話は聞いてない。

 

 闘病生活中は大人しくして、カタラン伯が元気な時に攻めてくるとかネーブナイト伯って頭おかしいのか?

 なんとなくお隣の辺境伯に興味が湧いた。


「なあ、ネーブナイト伯ってどんなヤツなんだ?」

「はい? ああ……いえ、ネーブナイト伯は父が10年前に討ってますので、今は寡婦となったマイカ・ネーブナイト伯爵夫人が陣頭指揮を取っています」

「おいおい、すげー女傑だな。どんなヤツだよ」

 病み上がりとはいえ、あのカタラン伯に怪我を負わせるとか化け物かよ。

 興味が湧く。

 アザナも当然、興味……あれ?


「つーん」

 なんだか分からない擬音を言ってそっぽ向いてやがる。なんでだよ。


「あー、その討たれた旦那さんと未亡人ってのはどんな人なんだい?」

 とりあえずアザナは置いておこう。


「ん……。まあなんといったらよいか。ネーブナイト伯は若いけど幼児愛好者って話です」

「ああ、そういうオマエ的に気になる情報はいらない」

「えっと、あと体中に聖痕スティグマのある方と聞いてます」

「ああ、アレね」 

 ヴァリエやディータと同じ先祖返りの中位種チューンド、か。

 ――て、ことは一部の魔法は無投影で行使可能だったか、ディータみたいな肉体の高次元物質置換能力を持っていたことになるだろう。


「元は共和国の水軍士官だったそうですが、ネーブナイト家に婿入りしたそうでして……私の知ってるのはそれくらいです」

「へえ……。で、一番気になるんだがネーブナイト夫人ってのヤツは?」

「それは……」

 ヨーヨーが女傑の説明をしようとしたその時――。


「なんだかデッキが騒がしくないですか?」

 ツンツンしてたアザナが真顔になってオレの袖を引っ張る。


「え? あー、そういえば……」

 ただならぬ喧噪が聞こえてきた。なにかあったのかとオレとアザナが腰を浮かせた瞬間、耳をつんざく轟音が船体を船首から船尾へと突き抜ける。

 突き抜けた轟音は、オレたちの頭と腹も叩いて抜けた。


「きゃぁっ!」

「はう!」

「あやややっ!」

 アザナとヨーヨーは耳を押さえ、慌てたタルピーがオレの頭上へと落ちてきた。

 よろめくアザナを支え、床に転びそうになったヨーヨーを蹴ってソファへ軟着地させる。


「これ逆!? これ雑!?」

 ヨーヨーがなんか文句いったが知らん。


「おいおい、なにがあったんだよ!」

 頭上のタルピーを押さえて、アザナと一緒に何があったかとデッキへ続くドアを開け放った。


 そこには甲板に縮こまる乗客たちの姿があった。

 ペランドーたちも膝を付き、カタラン伯も手すりにつかまって辛うじて立っている有様だ。

 そして彼らが視線を向ける先――。

 一本かぎ爪状の崖があるすり鉢状の島。【ぬけがらの遺産(エンプディ・シェル)】の上空を旋回する巨大な影。

 甲板にいた誰もがおののいていた。

 無理もない。


 アレを見たら誰だって腰を抜かすだろうぜ。あの変態ヨーヨーだってロビーから覗き見るだけでへたり込んでる。

 だが――。


「……先輩、笑ってます?」

「そういうオマエだって」

 見なくても分かる。隣りのアザナの声は期待で笑って震えている。

 オレも笑顔を押さえられない。


 初めて見たぜ、古竜ってヤツを!


最近ちょっと適度な文字数で区切って更新が難しい。

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