アンブロイド
「よう、アザナ。やっと2人っきりになれたな」
目的地のアグリコラへとたどり着く前日の船上で、ようやくオレはアザナと2人っきりになれた。
「胞体石の話を聞いた日から今日まで……。まったく待ちわびたぜ」
夕日に向かって進む舳先にいるアザナが眩し……。
『うおっきゃーーーっ! お聞きになった? お聞きになった、ディータさん?』
『聞きましたわ、確かに訊きましたわ、フェアツヴァイフルングさん』
『この時だけは、わたくしも絶望を忘れられますわ』
『……2人は希望の星ですからね』
オレとアザナの頭上でなんか騒がしいッ!!
絶望の女王ってもっとテンション低いと思ったんだが、まるで別人……人? 人か? 訂正、まるで別妖精だな。
あと絶望を忘れるな、絶望の女王。
「姫様、うるさい」
「フェアツヴァー、うるさい」
注意するとディータ姫とフェアツヴァイフルングの2人は、寄り添う形でオレたちから離れた。
船の縁で座り込み、こっちを瞬きせず観察してくる……。
……なんで?
あれは反省のポーズか?
「まあ、アッチのかしまし女子はどうでもいいや。数日前に姫様から聞いたんだが、アイツが入れる胞体石のアイデアってのがあるんだって?」
「お姫様をアイツ呼ばわりする先輩に驚かされます」
「それはいまさらじゃねぇか? それにアザナだって絶望の女王の名を略して呼んでるのが驚きだよ。あれでもフェアツヴァイフルングは伝説の妖精。腐っても最上位種だぜ?」
「なるほど、腐っても……うまいこといいますね」
なんのこっちゃ?
「あ、それで、人工的に胞体石を造る話ですね、先輩」
「そう、それ。俄かには信じられんが……。まさかガラスで代用するっていうんじゃないだろうな?」
胞体石の元になる石は、透明度のある物体であればだいたい使える。
質は高低や強度などそれぞれだが、透明であるならば極端なことを言えば氷でも使える。
もちろん、氷など使ったら溶けてなくなるので、極寒の地でもないとまず使い物にならない。
それから何かと便利なガラスだが、これは駄目だ。
なにより脆い。
仮にガラスの胞体石をゴーレムに組み込んだとする。
そして出かけ先で転んで割れてディータが飛び出したら、高次元物質を補充できない姫様はそれこそ消え去ってしまうだろう。
出来る限り強度は欲しいところだ。
「と、いうわけでガラスはダメだ」
「先輩の心配はわかります。でもボクが考えているのは、こういうのです」
アザナはそういって懐のポケットから1つの琥珀を取り出した。
手のひらサイズの大きな琥珀。結構な大きさだ。
だが大きさより目を引くもがある。
琥珀の中には、黒い虫の死骸が収まっていた。虫入り琥珀というものだ。
琥珀が化石化する前、松ヤニだったころに虫を取りこんでできると言われている。
当然、虫というデカい不純物が入っているので、胞体石には向かない。
珍しいからと、ちょっとしたコレクターアイテムになってるし、大湖ではお土産として売られている。
「それ、ボクが作ったんですよ。わざと虫を入れて」
「……なんだと!」
「もちろん琥珀としては偽物ですがね。透明度が高くてある程度耐久力があるというには応えてると思いますよ」
「なんだってこんなものをつくろうと?」
手渡された虫入り琥珀には、ほんのりと温もりがあった。琥珀独特の温もりと、アザナの温もり……って何を考えてるオレ!
頭を振って、変な考えを追っ払う。
「なにしてるんですか、先輩?」
「いや、なんでもない。ちょっとクラっとしてな」
「そうですか。えっと、それはお小遣いが足りなくて胞体石の代わりになるかなぁっと、実験がてら作ったんです。虫入りはちょっと思い付きで作っただけですけどね」
なるほどね。必要に迫られてってことか。
オマエの財布は、フモセに握られてるもんな。
「まさかと思うが、これを売ろうとか考えてたわけじゃないよな?」
「や、やだなぁ……そんなことするわけないじゃないですかぁ……」
あからさまに目を逸らすアザナ。あやしい……。
だが、それを追及しても仕方ない。
まずはこの虫入り琥珀調べることにした。
手触りや見た目は琥珀だ。擦るとちゃんと静電気も発生する。透明度はやや低いような気もするが……。
「耐熱性はどうなんだ?」
「琥珀より弱いですが、断熱できればたき火くらいには耐えられますよ」
「それなら安心だ……ちょっと投影してみていいか?」
「どうぞ」
許可を取ってから、試しに素体を投影してみた。
虫入り琥珀の片隅に、小さな丸い点を投影……するがどうもしっくりこない。
「こりゃ……ダメか……な? たぶん琥珀より緩い感じする……体積が少ないのか? それに投影が難しい。透明度も低いからデカくすると内部の投影がほとんど不可能だろう」
どんな天才だろうと、魔法陣を見えない場所に投影することはできない。
透明度が低ければ、中心部付近から反対側に投影ができなくなるだろう。
「その辺は加工の仕方次第で改善できます。本当の琥珀だって、熱を加えて透明度を増やしてるわけだし」
「え? そうなの?」
「そうですよ」
虫入り琥珀を返し、アザナの話を聞いて不勉強だったと頭を掻いた。
一度目の人生でなんどかアグリコラへ行って、琥珀を買い付けてたが透明度を増やす加工をしてるなど知らなかった。
てっきり、透明度の高い琥珀を選び出してるのかと思ってたよ。
「この他にもクリスタルガラスといって、水晶に似た水晶より重くて硬いガラスを造る手も……」
「えっ? オマエ、そんなことできるのかっ!?」
聞いたことも無い技術の話に我が耳を疑う。
アザナならなんでもできそうな気がするので、そんな物もつくれそうだ。
「いえボクは知識として知ってるだけなので、技術はないです。でもドワーフの秘術として、古来種から伝えられているそうですよ。ああ、あと古来種の残した秘法の釜とフラックスの秘薬というのもあるらしく、それで人工ルビーとか作れるそうですよ」
「マジかよ……」
アザナでも作れないモノを作れるのか、ドワーフ。
ドワーフすげぇな。
いや古来種がすげぇのか?
ええ、どっちもいい。
とにかくすげーや。
「あ、でもその秘薬だと、あんまり大きいのできないかな?」
「期待させておきながら落としやがって……」
文句を言いたいところだが、有益な情報があり過ぎなので見逃してやる。
「とにかく、そういったいくつか方法があるってわけだな」
「あとは古竜が持ってるという伝説の世界樹の琥珀とか、巨大水晶を手に入れるくらいしかないですね」
「それはちょっと無理な話だ。竜に財宝わけてもらう手はないしな」
古竜相手に戦っても負けるつもりはないが、あっちだって古竜なりに社会を作ってる。
全部で何体いるか知らないが、全部を敵に回したらオレもヤバいし大陸もヤバい。
「ああ、でも人工でデカい琥珀ができるってなら、ゴーレムの実験や試作くらいはできるな」
別にいきなり完成品じゃなくていいんだ。
アザナの造る人工琥珀である程度代用し、実験を重ねるのも手だ。
後からドワーフたちにコネを造って、クリスタルガラスとかいうものを作ってもらうのもいいだろう。
まずは稼働実験の目途が立っただけでも儲けもん。
そう考えることにしよう。
「再生琥珀とか圧縮琥珀という方法もあるんですが」
「あれって一度溶かすと黒くなるんじゃないのか?」
琥珀は熱すると柔らかくなって、薬品を加えて熱し続けると溶ける。
しかし黒くなってしまって、透明度が激減してしまう。胞体石には向かず、宝石の台座などに利用されている代物だ。
「黒く変色させない方法があるんです。それには薬品とちょっとした技術に、琥珀の削りクズとかいりますけど」
「なるほど、いまから行くアグリコラは琥珀の一大産地。加工屋が店先で盛大に燃やしてるアレを使うってわけか」
アグリコラという水の都では、あちこちの琥珀加工屋の前で琥珀の屑を燃料にした篝火が焚かれている。
元は松ヤニということもあり、その芳香は街の持つ観光要素といっていいくらいだ。
小さすぎて役に立たない琥珀や、削った琥珀の屑を再生できるとなると、これだけで琥珀業界に激震が走るんじゃないか?
……うかつに広めるわけにはいかない技術だ。
すぐ技術を広めて伝えるあのアザナが、今まで隠していたことから取り扱い注意の部類なんだろう。
姫様のこともあって、教えてくれたわけだろうが……。
オレも結構アザナに信用されてるってことか?
「――よし。アグリコラで時間できしだい、そういうのを買い占めるか」
「よろしくおねがいします」
「さらっと、オレを財布扱いしやがったな……。まあそっちの技術料ってことにしてやるか」
子供の小遣い程度しか持ってないもんな、オマエ。
そんな風に呆れていたら、ととっと間合いを詰めたアザナが、ぶらりと垂らしたオレの手を掴んできた。だが、その握り方は違うだろ?
今やるべきことはそんな女みたいに、力と気合の足りない握り方じゃないぜ。
非力なアザナの手をぐいっと引き上げ、顔の前に拳を持ってくる。そして力比べのようにがっちりと手を組み直した。
驚くアザナの顔が近づく……。
その顔が夕日に照らされて、赤みがかかっていいて……。
まつげ長いな、アザナ……。
あ、あれ?
想定してたのと、これなんかちょっと違うような……。
なんで腕、ふにゃふにゃなんだよ、アザナ。
男ならもっと二の腕に力入れろよっ!!
「ザ、ザルガラ先輩……」
困惑するアザナの声で、オレは辛うじて正気を取り戻した。
「あ、あー……。よし! よろこべ、姫様! うまくすりゃすぐにゴーレムが作れるかもしれないぞっ!」
オレには1つのアイデアが浮かんでいる。
これが成功すれば、すぐにでもディータの仮肉体ができると踏んでいる。
そのアイデアを披露してやろうと、姫様を呼んでみたら――。
『……ふー、ふー。はい、ごちそうさまです』
やたら鼻息が荒い姫様がいた。呼吸すんの、姫様?
あとなんでごちそうさま?
『力を入れると顔が近づく空中アームレスリング。軽い子が引き寄せられる瞬間が、また堪らない……』
フェアツヴァイフルングは、黒い身体をくねくねとうねらせてまるでウナギを立たせたような感じになってる。
そりゃ知的好奇心も多分にあるが、なにより姫様、あんたのためにやってることなんだよ。わかってる?
なにしてんの、オマエら?
転移転生モノよくある(?)技術チートです。
この世界では再生琥珀が発達しなかった設定です。
いずれアクリルなどの合成樹脂の技術が出てきたら、それで胞体石の代用できる設定ですが、この作中では出てこないです。
訂正:すいません。アクリルそのものは出てきます。我慢できなくて出してしまいました。
あれ?
腕相撲?
相撲って言葉は紙相撲の時に避けたのに出しちゃったよ……。
相撲あるのか?この世界。
アームレスリングに訂正しました。
でもアームレスリングだとレスリングあることになっちゃうし異世界難しい。




