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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第5章 It if and only if you.
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ディータ姫の冒険

 アグリコラへ出発して、一日目が終わる。

 日が沈んていく様子を眺めながら、オレたちを乗せる水軍の補給船は運河沿いの街へと寄港した。


「短い船旅だったぜ」

「明日もまた乗りますけどね」

 川面に映る夕日を眩しいと眺めながら、桟橋の隅でぽつりと呟いたら、隣りのアザナが適格に訂正してくれた。


「……また明日も乗るのぉ~」

「文句を言うな……。船に乗ったまま夜を明かすより……マシじゃろぉが……」

 船にめっぽう弱いテューキーとワイルデューが、仲良くフラフラと降りてきた。桟橋に降りるなり、2人は互いを背にして座り込む。

 ドワーフが船苦手とは聞いてたが、それはあくまで船の操船が苦手という話だ。ワイルデューはそれ以前の問題で、ただ乗るのも難しいほど弱いようだ。

 テューキーはアレだな。

 弱点多いタイプのような気がする、たぶん。

 暗いところとか狭いところも苦手とか、枕が変わると眠れないとか言い出しそうだ。


 補給船にも客室に相当する立派な船室があるが、急ぐ旅でもないので運河沿いの街に宿が用意されていた。

 ああ、船員たちは船に残るよ。任務中の軍人だからね。


 今日泊まる宿屋は川沿い川っぷち。

 入り口まで川沿いだ。桟橋から直接、宿屋の中に入る事ができる。

 もちろん陸側にも玄関がある。そちら側にも小さな町があり、王都近郊の農村がその先に見えた。

 町の名前は知らないが、ここは王都を支える数ある立派な町の1つだ。


 宿はさすが水軍が手配しただけあって、まあまあの高い質の宿で全室個室。あー、例外的にオレは同室みたいなもんだな。おまけが2人いる。


「すごいね、ここ。窓からみる風景が、宿屋っぽくないよ!」

 ペランドーは一泊だけじゃ物足りないといった様子だ。窓からの風景は、停船した揺れない船内といった風情を感じさせる。


「フシュ―、明日は早いのでみなさま、お早目にお休みください」

 リザードマンの下士官と兵卒たちが、荷物をわざわざ部屋まで運んでくれた。

 さすが元帥からのお呼び出しとなると、扱いが違うな。


 今日は彼らの忠告通り、早目に寝た方がいいだろう。

 たぶん早く出発する理由は、風や天候などの理由だ。

 この運河は早朝に、西へ向かうにはちょうど良い風が吹く。魔具を使った機械式推進船でも、風の影響は計り知れない。

 魔石の消費も減るし、時間の余裕はできるし、快速は七難を避けると船乗りもいうし良いことづくしだ。


 実際、もう眠いし……。食事をしたら、身体洗ってすぐに寝よう。


 ――と、早く寝たその日の夜。

 

『ザルさまー。お話があるってー、ひめさまが』


 深夜、タルピーに揺り起こされた、こんちくちょう……。

 

「オマエらと違ってオレはな、一日の三分の一くらい寝ないといけないんだ……」

 ディータの姫様は肉体が無いし、タルピーのような精霊に至っては睡眠の概念すらない。

 しかしオレは違う。いくら高次元を構成する物質と重なった存在になっているからといっても、肉体のほとんどは人間の範疇だ。

 勘弁してほしい。


「ま、オマエらがわざわざオレを起こしてくるくらいだ。重要な話だろう」

 文句を言おうと思ったが、タルピーはともかく姫様の様子が普段と違う。


 ディータ姫はいつも以上に大人しく、それでいてキリリとした目で膝を揃えベッドの隅に座っている。

 その雰囲気から、くだらない話ではないと感じさせた。


 しかしなんだ。

 薄着のディータが、ベッドの上に座って身を寄せると少し落ち着かなくなる。これがアザナならそんなことも無いんだろうが……って、なんでオレはアイツを引き合いに出すんだ!


『同じ人型にもかかわらず、ゴーレムへ私が入れない理由がわかりました』

 動揺してるオレをよそに、ディータがシタッと手を上げて発言する。

 姫様、学園の授業を眺めてるうちに、手を上げて発言するのがお気に召したようだ。


「それをどこで知った?」

 理由も気になるが知った場所も気になる。


『フェアツヴァイフルングさんから』

「ああ、フェアツ……なんとかね。アザナに憑いてる妖精族の最上位種か。いつ聞いたんだ?」

『さっき』

「あん?」

 さっきって、オレが寝ている間か?

 アザナの部屋はだいぶ遠いはずだ。

 姫様はオレから20歩以上は離れられない。いくら姫様が頑張って頑張って耐えながら離れても、すぐに消えそうになるから戻るハメになる。

 そしてアザナの部屋は20歩どころじゃ効かない。間にペランドーとワイルデューとローイの部屋があるからな。

 ……つか、なんでオレとアザナの部屋を遠ざけてんだ?

 いや、それはいい。

 この距離をどうやって姫様が移動したか、だ。


『それについては、アタイが説明します』

 姫様を真似て、タルピーもシタッと手を上げた。

 そして全身を使い、何かを持つ仕草をしながら――


『こう……ザルガラさまの右手を引っこ抜いて持っていきました!』

「なんてことすんだよッ! うわあっ! そういえば右手が無い!」

 タルピーの後ろでオレの右手がパッと浮かび上がった。

 おい、そこらに置いたままにしてたのかよ。

 間違って踏んだらどうすんだ!


『ごめん、返すの忘れてた』

「鍵か筆記用具を返し忘れたみたいな扱いで返しやがって……」

 タルピーは申し訳なさそうに右手を取り、オレの前に差し出してきた。

 傷は……ないな。


『これを持っていくと、ひめさまも一緒にお出かけできるんだよねー』

『……ねー』

「ねー……って、オマエら。オレの手を持ち歩いてうろうろしてたのか」

 そうか。これもオレの身体だしな。

 タルピーもディータも限定的だがオレに触れることができる。

 でも、この移動方法は許可できない。

 オレの手がどっか行くと落ち着かないし、見られた時にびっくりされて魔法でもぶち込まれかねない。


「なんでオレの手を持って行こうとするかなぁ……」

『できるかなと思ってやってみたらできた、そして軽かった』

「重さの問題じゃねぇし」

 タルピーは悪びれも無く言うが、その気持ちが理解できない。

 いや……しょせんは肉体のない精霊だから、か。


「あっと、そうじゃない。ディータはフェ……なんとかから、どんな話を聞いてきたんだ?」

 右手を飛ばすなり、タルピーに運んでもらえば移動できると分かっただけでも大したものなのに、それ以上の話題があることを思い出して姫様に向き直る。


『とてもよきことを聞いてきました』

 噛み締めるように何度も頷き、ディータは目を閉じてうっとりと口を開く。


『攻めはやはりアザナさまという物語を……』

『ひめさま、その話ちがうよ』

 なんの話だ?

 よくわからんが、違う話のようだ。

 

『間違えました。私のような高次元物質の精神体の入れ物は、人の形をしていればいいものではないそうです』

「ほう。じゃあゴーレムに何か付け加えるのか?」

『いえ付け加えるのではなく、ひとえに胞体石の大きさ、つまり許容応力の問題だそうです』

 そういえば、ディータは胞体石を何度も触れたり叩いていた。

 胞体石をなんの反応も示さないのは、単に許容応力の問題だったのか。


「じゃあ胞体石の数を増やせばいいのか?」

 コストは上がるだろうが、できないわけじゃない。

 アイデアを提示してみたが、ディータは首を左右に振る。


『同じことを私も聞きました。でも、貴方は身体をバラバラにして箱にしまっておける? と言われました』

「一体型……大きくて許容応力の多い胞体石がいるってわけか」

 それはコストが上がるどころの問題じゃない。

 安価な琥珀をつかった胞体石では無理だし、高価な宝石で許容応力の大きい物……つまり大粒の宝石がいるってことだ。


『ザルガラさまなら、頑張ればバラバラで箱に入れるよね』

 タルピーが妙な話題を拾って投げかけてきた。


「できねぇよ。オレをなんだと思ってるんだ? 右手だけだよ」

『頑張ってもダメ?』

「無理だな。オレは人間だぞ」

 まあ右手だけでも、自由に取れるのは人間としてどうよ、とは思うが。


『みんなで相談してるとき、ザルガラさまならできるかも。って言ったら、こんど試してみようっていってたのになぁ』

「おい、なんてこと言ってくれてんだよ、上位種連中にっ!?」

 寝てる間にバラバラにされねぇだろうな、オレ!?


『……上位種のみなさま方も本気で言われていたわけではないですよ』

「タルピーは本気だったみたいだがな」

 摘みあげると、タルピーは「きゃー」と悲鳴だか歓声だか分からない声を上げる。


『そういえば最初は、左手を引っこ抜こうとしてましたね』

「タルピー。オマエ、右と左もわからんのかよ」

 オレも気が付いて起きろよ。 


『テヘ』

 タルピーはどこぞのあざとい誰かのマネをして誤魔化してみせた。

 そんなところは似なくていいぞ、タルピー。


「で、ひと塊の胞体石がいるってわけか。魔石はどうなんだ」

『それは数で対応できるそうです。とにかく大きな胞体石がいります』

 魔石はコストが上がるくらいですむか。数を用意するだけなら、自力で魔石も作れるしな。

 ゴーレム内のスペースと強度は要相談となるが。


「それでディータが入れるくらいの胞体石って、具体的にはどれくらいの大きさだ?」

『人間と同じ重さの胞体石』

「ねぇよ、そんなの」

 即否定。

 そんなのあったら人類のお宝だ。

 どこの宝物庫にいったって、握りこぶしの宝石が精いっぱいだろう。


「……あー、つまり姫様がゴーレムに入って操作するってのは不可能ってことか?」

 そのわりに姫様は落ち込んでないような。

 アザナの遠隔操作じゃ、結局のところオレから離れられないわけだし、気ままに散歩もできやしない。


『そこで、アザナさまはおっしゃいました』

 あ、アザナも会話に参加してたんだ。

 結構、夜更かしなんだな、アイツ。


 ディータは人差し指を立てて、オレの眼前に翳す。たった一つだけ手があると伝えたいようだ。


『ないなら作ればいいと――』


当初は短編で、ザルガラの右手を引っこ抜いて町を冒険し、アザナ関係以外から情報を得るお話でしたが変更して長編に組み込みました。

アイデアがあれば、右手を持ったタルピーとディータ姫の大冒険を書いてみたいです。

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