表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第5章 It if and only if you.
125/373

キャプテン・ザルガラ!


 王国水軍はもっとも歴史が古く、それでいて革新的な軍隊である。


 と言えば聞こえも良いが、その歴史の蓋ってヤツを開ければなんてことはない。


 歴史が古い理由は、単に王国の前身である帝国水軍から、そっくりそのまま組織が引き継がれたからに過ぎない。


 革新的――という部分だって怪しいもんだ。


 陸側の兵力は王が権益にために領地を持たぬ貴族や士族のために役職と兵と予算を与えた軍隊と、召集されて手弁当を持って駆けつける貴族の私兵から成り立っているから、相対的に常備軍である水軍の制度が革新的に見えるだけだ。


 北海で勢力を持つ海軍も、貴族連合の力関係で組織内部がコロコロ変わるため、お世辞にも歴史があるとか新しい要素があるとはいえない寒い組織だ。10年前の騒乱以降、パッとしないしなぁ、あそこって。


 そんなとにかく長い歴史のある水軍の輸送船に乗り、オレたちは湖畔の都市アグリコラへと向かっていた。


 テューキーが慌てて孤児院に駆け込んできた日から、早くも赤と青の月が一巡りしている。元帥からお呼びがかかったとはいえ、あちらも忙しい身だし学園も手続きあるなど、いろいろと時間がかかってしまった。


 水軍のお偉いさんである元帥が名指しで呼んだ生徒は、オレとアザナだが、ワイルデューやペランドーたちも無関係ではないので一緒に来ている。

 おまけに孤児院のローイもいる。彼はなかなか優秀なので、胞体石のチェックなどを任せられるからだ。どこぞのエルフよりグレープジョーカーの製作に関与している。

 そのほとんど何もしてないテューキーと、アザナの見張り役であるア・フモセも同行していた。


 もちろん離れようのないタルピーとディータもいる。

 タルピーはマストの上で「エルモーッ!」とか謎の発言をしながら踊ったり、舳先で「エンダーッ!」とかこれまた謎の叫び声を上げて踊ったりしている。

 火の精霊の癖に、水路の上でなんか元気だ。


 ディータ姫は船が初体験なせいか、肉体もないのに船の揺れにおっかなびっくりといった様子である。


 それから――。


「速い、速いですね! この船!」

 甲板のへりで流れていく河岸の光景を指差し、いい歳したマトロ女史が子供みたいな感想を言っている。

 水軍本拠地であるアグリゴラへの訪問は、学園の授業の一環ということになっているので、マトロ先生が引率についてきたわけだ。

 ま、責任者ってヤツだな。


「この輸送船は普通の船舶より速いですが、軍艦と比べたらまだまだです。古来種の作った魔具推進器を使った快速艇などはもっと高速ですよ。フシュー」

 青いトサカの飾りを付けたリザードマンの甲板下士官が、そんな説明をマトロ女史にしていた。

 ちなみに最後の「フシュー」というのは、威嚇ではない。彼らリザードマン特有の呼吸音だ。

 リザードマンとはトカゲを人型にした亜人族である。古来種が作った獣人など違い、人間やエルフとドワーフなどと同じように、太古の昔からこの大陸に住んでいた人種だ。


「ぼく、リザードマンを初めて見たよ」

 オレの後ろで碇を巻き上げる装置に背中を預けるペランドーが、リザードマンの下士官を見て言った。


「そうか? 港湾に行けば、たまーにいるんだけどな」

「違うよ。リザードマンの軍人を、だよ」

「ああ、そういう意味か」

 港湾にいるリザードマンは荷卸しする単なる船乗りで、大湖から運河を昇ってくる民間人である。

 あー、そりゃ元軍人はいるかもしれないが、現役はいない。


 マトロ先生に説明しているようなトサカ飾りを付けたリザードマンは、みんな例外なく水軍の兵隊だ。


「ぼく、リザードマンのことよくしらないんだよね」

「ま、大湖とか水軍とかに縁がないと会わない相手だしな」

 ペランドーが王都周辺から離れたのも、【黒と霧の城】へ出かけたのが初めてらしい。それじゃあリザードマンを知らないのも当然だ。

 

 リザードマンは帝国水軍が――いや、帝国どころか古来種がこの地に顕現する前から、大湖の湖岸で生活していた亜人族だ。

 前身である帝国水軍が結成されると、彼らは大湖を知り尽くしていることと水地に適した身体能力からすぐさま徴用された。

 


「なにより、リザードマンは淡水魚なら生魚でも食べられるから、長い船上生活に向いてるんだよ」

「あー、それでアレがあるんだ」

 ペランドーは納得した様子で、甲板に放置されている魚取り網やら釣り竿やらを指差した。

 輸送船ってこともあって武装も最低限な船だし、あの装備を知らん人がみたら漁船かと思うだろうな。


「で、そんな大湖の住人であるリザードマンを、兵として水軍は組み込んだ。ここからが水軍が革新的な軍隊になっていく理由となるんだよ」

「リザードマンを水兵にしたから革新的になるの?」

「そうだ」

 ペランドーが食いついてきたので、オレはしっかり説明してやることにした。


 リザードマンってヤツは顔の区別がつかない。当然だ。人間と違いすぎる。

 これが狼人やら虎人なら、多少の毛皮の模様の違いなどあり、慣れた人間ならば個体差を見分けられる。

 同じ哺乳類だし、なんとなく表情もわかるしな。


 困った大昔の帝国水軍指揮官たちは、リザードマンにトサカの飾りを付けることにした。

 リザードマンはもともと頭に羽毛など生えていない。あのトサカは水軍が身に着けさせたモノである。よって、民間人のリザードマンにトサカ飾りは無い。

 トサカが無いというより、身に着けていないというべきだな。リザードマンのトサカは軍人である証だ。


 水兵のトサカはまず色分けされた。甲板員や兵卒は白や青、操舵士は赤、航海士は黒などだ。

 

 ここにトサカの模様を加え、指揮官である人間の貴族はリザードマンたちを見分けた。


 そして王国水軍となった300年前、組織に革新的なシステムが加えられる。

 

 階級制度だ。

 

 兵卒は白。上等兵は青のラインが縦に1つ加わる。

 下士官は下から白地に青のライン2つ、3つと増え、兵曹は青一色となる。


 尉官になると赤がベースとなり、階級が上がるごとに黒のライン。

 佐官となると黒がベース地で、1つ階級が上がるごとに金だ。

 将軍クラスになると派手派手で、各々が好き勝手なトサカを付けるらしい――が、将軍となったリザードマンは数人しかいないので、あいにくオレはどういうデザインなのか知らない。

 

 見分けのつきにくいリザードマンを階級で細分化することで、少しでも個人を識別しやすくした。


「そんなに階級を細かくわける意味って、見分ける以外に理由はあるの?」

「まあ最初は個人を分かりやすくしてただけなんだが、細かくわけたことで思わぬメリットもあったんだよ」

 水軍はリザードマンを見分けるため、階級分けと部隊編成を凝りに凝った。

 輸送部隊のトサカは頭頂部だったり、航海士のトサカはやや後頭部から首にかけてなどという位置だ。


「そんなことしながら組織化したら、水軍は陸の軍隊より組織がキッチリした縦社会になったんだよ。例えば、王国が戦争になってオレとかアザナが戦争に呼ばれたとする。するとポリヘドラ軍はオレを指揮官として、ティエをはじめとする騎士が5人、その従士が12人。そして領民を兵として500人を組み込んで総勢518人だ」

 アザナのところは騎士が3人、従士は何人いるかしらないが5、6人だろう。もしかしたら3人くらいかもしれない。兵は……集まって150くらいかな?


 そんな風に貴族によって、兵力がまちまちで指揮系統がバラバラだ。


「て、そんなまちまちな軍勢があつまって、王様の前でそれぞれ、ザルガラ・ポリヘドラ、王命に従い陛下の御前に参じました! とか、アザナ・ソーハ参陣とかなるわけだ。みんな兵力違うし、こんなんじゃその家で騎士たちがどういう上下関係かもよくわからんねーぞ、王様は」

「はぁ、そっか。時期で兵力も違うだろうし、騎士だって増えたり減ったりするもんね。余計に王様とかわかんないよね」

「その通り。軍団の指揮権を与えられた将軍だって同じこと。副官や参謀の仕事って、まず集まった貴族軍の兵力集計から始まるんだぜ」

 不効率極まりない。

 戦争が始まってからそんなことした上に、指揮系統が縦横となっているんじゃ軍団がマトモに動けるとは思えない。

 まあそれを動かすのが軍人なんだがな。


「オレがアザナに命令したって言う事聞かないだろうし、逆もそうだ。貴族の格がどうとか、戦歴ではこっちの方が上だとか揉めるだろう。名誉欲だけじゃなく個性も強いからね、貴族とか士族って。水軍はその点、階級分けされてるんですんなり上意下達ってわけ」

「昔の帝国水軍はよく考えたんだねぇ」

「いやそこまで考えてたのかどうか知らねぇけどな」

 どうもこの組織化は偶然の産物で、帝国水軍から王国水軍を受け継いだ中興の祖と言われる――なんていう王国の将軍だったかなぁ、ソイツが上手くまとめ上げた結果らしい。

 

 名前、なんて言ったかなぁ。マトロ先生に説明してるリザードマンにでも聞くか。

 マトロ先生の隣りにいるリザードマンのトサカは、全て青なので曹長だろう。

 

「ええっと、曹長。王国水軍の初代水軍大将の名前なんて言ったかな?」

 呼びかけて訊ねてみると、リザードマンの曹長はそれはそれは立派な敬礼をして答えてくれた。


「偉大なる水軍の栄将、ジョナサン・ネイピア閣下です! 大佐キャプテン!」

 ……その敬礼は上官に対する敬礼?

 故ネイピア閣下への敬礼なの?


「……キャプテンって?」

「す、すみません! お客人が、その……大佐に似ているものでして……、つい」

「……それはオレの顔がリザードマンの大佐にそっくりってことか?」

 軽く凹む。

 この曹長は悪意あってやったわけじゃないんだろうし、オレも自覚あるけどそりゃねぇんじゃねーのか……。


「大丈夫です、ザルガラ先輩。誰も先輩がトカゲに似てるなんて思ってませんよ」

「よし、分かった。取りあえずケンカしてから話し合おう」

 どこからともなく現れたアザナが、ここぞとばかりにケンカを売って来た。

 勝てないと分かっていても、振り上げなくてはならない拳がある。


 ペランドー。てめぇも笑ってるんじゃねぇよ!

 ディータもだっ!


 ちくしょう、笑ってないのは、舳先で踊ってるタルピーだけか。

 オマエだけだよ、さすが上位種は人が(?)できてる。


『え? なに? ごめん、聞いてなかった』


 ……そんなことだろうと思ったよ、タルピー。


 輸送船はオレたちとゴーレムを載せ、運河を西へと向かう――。




今回の話はミスから急きょできたお話です。


前回、軽い気持ちで元帥とかいう言葉使っちゃって、あとから「元帥いるんじゃ士官とかいる組織なのか、水軍?」という自分で自分の作品にツッコミ入れてました。

唐時代の右元帥とかいう役職にしようかと思ったけどぜんぜん知らないんで、急きょこんな設定となりました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ