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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第5章 It if and only if you.
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コウガイ

 ほぼ全ての公開評価が終わり、夕方近くなった頃。

 再びオレは第一演習場に足を踏み入れた。

 

 すでに来賓者たちは観客席に移動していた。演習場内に設置されていた観覧席は片づけられ、見慣れた平らで円形競技場に戻っている。


 演習場に出る生徒はオレとアザナだけだ。ペランドーたちも合同でゴーレムを作った生徒だが、今回の公開評価は対決形式になってしまったため観客席に待機してもらう。安全のために、だ。

 

 なおタルピーは今回も控え通路で待っていてもらっている。今頃は自由気ままに踊っていることだろう。

 ディータはオレから離れられないので、ずっと脇で浮いている。

 いろんな意味で完全にいない子である。

 この姫様は興味ないと、すぐ虚空を眺めて物思いにふけるからな。今もぼーっとしている。


 オレの登場に続き、姿を現すゴーレムの黒い巨体。

 グレープジョーカー。


 黒鋼の素体を包む濃紺の鎧。安定感と威圧感のある巨体は、来賓者の期待通りだろう。

 学生が作った物としちゃ――な。

 だからなのか、来賓者の反応は鈍い。

 オレたちの製作したゴーレムの仕様書は、課題として概要をまとめて書き、来賓者たちの手元に届いている。

 すでに読んでだいたい把握し、なおかつ納得しているから、実物を見ても反応が鈍いのだろう。

 

 反して――。

 演習場にアザナと異質な白銀のゴーレムが現れると、にわかに来賓者たちが色めき立つ。


 アザナに従え姿を現したゴーレムは、まるで剣を擬人化したかのような姿をしていた。

 どっしりとした安定感のあるオレのグレープジョーカーに対し、アザナのゴーレムは細身でやけに安定性が悪そうに見える。

 ちょっと突けば転びそうだ。


 なにしろ足が細い。

 腕が細いのはまだわかる。

 すらりとした足は下にいくほど細くなり、先端は突き刺さりそうなほど尖った形状をしていた。

 剣を地面に突き立てるような足先は、異様どころかもはや意味がわからない。

 接地面積が点という状態だ。

 いくら細身とはいえ、あれでどうやって重量を支えるんだ……? 

 軽量化の仕掛けは推測できるが、そうする意味は考えてもわからない。 


 不思議なのはその両手に持つ盾。華奢な身体を守るために、盾を持っているのか?

 軽量化というコンセプトと、盾を使った戦法が要なのかもしれない。


 来賓者たちは、常識を覆すアザナのゴーレムに高い関心を示す。


「なんだ、あの痩身のゴーレムは? あれでよく立っていられるな」

「仕様書によると……【コウガイ】という名のあのゴーレム。ええっと、浮く? 浮く……? 浮くらしいですぞ」

「信じられんな」


 仕様書で読んでも、彼らはあまり理解できていないのだろう。漏れ聞こえる来賓者たちの話を聞いて、オレも多少は驚いた。

 たぶん提出された課題を読んでも、教師たちは理解できなかった部分が多かったのだろう。だから、暫定でオレのゴーレムがトップ評価を得たのかもしれない。


 ところで、あの貧弱な足は飛ぶことを想定してるからか?

 ……ほかにもなにかありそうなんだが、まあいい。


 オレも含め、この場にいる誰もがアザナの作ったゴーレムに目を奪われる。


「やあ、なんだか実況者とか解説が欲しいですね」

「オマエはホントになにを言い出すかわからんな」

 注目される中、アザナはどこ吹く風でそんなわけわからん事を言い出した。

 まったく大したモンだよ、オマエは。


 対決が始まるまえに、ある程度アザナのゴーレムを見極めておきたかったが、あまりに異質すぎて推測が追い付かない。

 さすがアザナだ。

 わけわからんヤツだよ、ホント。


 だが、いくらアザナが理解不能であっても、あのゴーレムが「誰でも操作できるゴーレム」形式ではないというくらいは判断できた。

 従来のゴーレムと同様に、口頭で出す命令と、製作者の意志や意識を反映して、自律的に行動する形式で作られることは間違いない。

 イシャンに警告されて、その辺は自重したみたいだな。

 

「では、始めたまえ」

 対決形式になることを想定してなかったため、適当な開始合図がベクター教頭から下された。


「先手必勝だっ!」

 オレの意志を汲み取り、グレープジョーカーが拳を握り締めて歩を進める。

 その動きは見た目通り緩慢だ。

 そりゃ重量級ゴーレムに鎧でガチガチだからな。初動も遅く、最速でも人間の歩く速度だ。


 しかしそれでもオレのゴーレムのコンセプトは、高機動性・・・・だ!


 余裕か作戦か、待ち受けるアザナのゴーレム。


「いけっ! グレープジョーカー!」

 迫り切る前に、グレープジョーカーの背部から見えない大量の魔力塊が噴き出す。

 鎧の各所には防御に影響がない程度に、いくつか隙間が用意されている。さらに稼働する部位もあり、噴き出す魔力の方向も自在に変えられる代物だ。

 

 オレが飛行に使う【天空の八つ玉(ソリッドボール)】の応用版である。


 ぐんっ!! と、巨体に見合わぬ加速したグレープジョーカー。

 アザナのゴーレム【コウガイ】は、反応速度はなかなかに良いようだ。アザナが口頭で命令しなくても、グレープジョーカーを警戒して自発的に盾をかざす。

 そこへ向けて、グレープジョーカーの拳が繰り出される。このストレートパンチにすら、【天空の八つ玉(ソリッドボール)】を組み込んである。


 ゴーレムのパンチなど、ちょっと戦闘訓練をつんでれば止まって見えるような遅い動きだ。

 振り下ろしなど重力加速を使った攻撃の方が速いくらいである。

 その問題を解決させるため、オレはグレープジョーカーの肘に加速用の噴出口を仕組んだ。


 爆発的な速度で、グレープジョーカーの右ストレートがコウガイの盾に叩きこまれる。

 耳を塞ぎたくなるような甲高い音が演習場に鳴り響き、細身のコウガイが馬に撥ねられた人間のように弾き飛ばされた。

 知らない者が見れば、この一撃でコウガイが木っ端微塵になったと思ったことだろう。

 だが、そこはアザナのゴーレム。


「は……。まるで紐でも殴ったかのようだな」

 グレープジョーカーから伝わる感触は、手ごたえ無し……といった感覚だった。

 派手な音こそしたが、あのコウガイは軽い上に『浮いて』いたようだ。

 

 グレープジョーカーの巨体から繰り出した衝撃も加速も何もかも、ほとんどが盾と空中に消えてしまった形である。


 コウガイは白銀の軌跡を残して、演習場の端までふっとんでいったが、拳を受け止めた盾以外に目立った損傷はない。

 

「なるほど。あの黒いゴーレム……巨体に瞬発力を与えたと仕様書に書いてあったが、我々の予想以上の速度だったな」

「一瞬、見失うほどだったよ。いやはや、ゴーレムに高機動と書かれてあって、なんの冗談かと思ったが本当に速かったな」

「見失うと言えば、あのコウガイ。あれもずいぶんと吹き飛ばされて見失ったよ。黒いゴーレムの一撃が凄いのか……。そもなくばコウガイが軽く……いや、受け流したというか――」


 来賓者たちが、おのおの自分の考えを口にしている。

 グレープジョーカーの機動力には、みな舌を巻いているようだ。


 まあ高機動といっても、走るのが速くなったりするわけじゃない。

 咄嗟の回避が速くなり、攻撃の際には動きを補助する程度だ。

 しかし、それでも強力なゴーレムということに変わりないと自負している。


 急加速して数歩の間合いを一瞬で狭め、爆発的な速度で攻撃を繰り出す腕。そして手練れの剣士を越える攻撃速度と、機動で緊急回避する鎧と重量物のゴーレム

 グレープジョーカーの巨体全部が、速度によって武器となるのだ。

 作ったオレたちですら恐ろしいと感じている。


 しかし諸動作の準備体勢に入るまでは、従来のゴーレム同様に遅いのでまだまだ課題が残る。だが、ひとたび体勢が整えば、そこからの攻撃と回避は常軌を逸する。


 攻撃を終えたグレープジョーカーが体勢を整え、再びコウガイへと接近を開始する。

 対してコウガイは、一撃を受けて動きが鈍くなったようだ。

 さすがに壁を背にするのは危険とアザナは思ったようで、コウガイの立ちを移動させるだけにした。その動きはゴーレムにしては速い。少し浮いてる上に、ピンセットのような足でサッと軽快に移動を終えた。

 しかし、そこまでだ。

 グレープジョーカーは一足の間合いに入り、背部の加速噴出孔から大量の魔力塊を吐き出す。

 

 ぐんと加速するグレープジョーカー。

 だがアザナのコウガイも然る者。

 コンパスのような動きで身を翻し、加速するグレープジョーカーのパンチをひらりとかわした。

 間髪入れず、コウガイの盾がグレープジョーカーの側頭部に向けて突きだされる。


「甘いッ!」

 オレはほくそ笑み叫んだ。

 呼応するグレープジョーカーの右肩口から、大量の魔力塊が噴き出された。それはコウガイの攻撃を逸らしながら、グレープジョーカーの巨体を反作用で大きく左方向へと吹き飛ばす。


「なるほど、身体の各所にスラスター装備ってことですか! 鎧の形状をそのままノズルに応用するなんてさすがです!」

 対戦相手のアザナが、オレのゴーレムを褒める。

 

「ははッ! こっちは攻防一体の上に、重くて硬いぜ!」

 軽量なアザナのゴーレムでは、グレープジョーカーに攻撃が当たっても大したダメージは見込めないだろう。


 下手を打たなければ、オレたちの作ったグレープジョーカーが勝つ!


 そう確信するオレだが、肝心のグレープジョーカーはまだ体勢を戻していない。

 無理な高機動回避をしたグレープジョーカーは、その体勢は大きく崩れている。

 緊急回避の反動を打ち消すため片膝を付き、片腕で地面を掴む体勢から、ゆっくりと身を起こしている最中だった。


 これが複数の敵を相手していたら致命的だったろうが、相手が単騎ならばまだ取り返しが付く。

 充分な距離があるため、反応速度の速いアザナのゴーレムであろうと、この間合いからはどうにもならない。


 ――はずだった。


「よーし、じゃあボクのコウガイも見せますよ!」

 アザナの命令コマンドがゴーレムに飛ぶ。

 

「プラジェクティルモード!!」

 アザナが叫ぶと、コウガイがふわりと中空に浮いた。

 そして剣先のような足を前にして、そこへ両脇の盾が添えられた。大盾に細身な身体が包まれる形だ。


 その姿は鞘に収まった巨大な剣。


 ゴーレムの姿はもうどこにもなく、鋭い剣となって浮いていた。

 そして2枚の盾に浮かぶ魔法陣……。


「あ、やば……」

 オレはあの魔法陣に見覚えがあった。

 慌ててグレープジョーカーに緊急回避の命令を飛ばした。

 しかし体勢を崩している最中は、安全性のために緊急回避の魔力塊噴出ができないよう仕掛けをしていたため反応がない。

 くっ……。集団戦を想定して、味方を高機動で巻き込まないように……と、考えて安全装置を入れたのが裏目に出たか!

 

発射ディスチャージ!」

 これ以上ない満面の笑みで、アザナが命令を下す。

 2枚の魔法陣が発動し、剣の形となったコウガイが2枚の盾から超高速で射出された。


 あまりの速度で見えなくなるコウガイ本体。

 上下真っ二つになるグレープジョーカー。

 貫通したコウガイが銀の光を放って人型に戻り着地。

 その足の切っ先で演習場に長い2本の傷跡を残す。


 演習場の壁前で、シャッと半回転し停止するコウガイ。

 オレの……オレたちのグレープジョーカーの上半身が、ズシンと重い音を立てて床に落ちた。


「うーん。ここで先輩のゴーレムが、バチバチ……ドカーンッ! って爆発してくれればカッコいいのに」

「悪魔かよ、オマエ!! 完膚無きまでにオレたちを下しておきながら、そんなどうでもいい演出が欲しいのかッ!?」


 いくらなんでも泣くぞ、オレッ!!


 

アザナの提出した課題概要書「コンセプト:移動し自立行動する砲弾」

教師陣「………は?」


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