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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第1章 天才と怪物

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大敵者

「とてもよく似合ってるよ」

 ソフィが新しい服や見慣れない服を着ていたら、何があってでも必ず絶対とりあえず何をさておいてもそう言え。

 と、父さんから言われていたことを、ぼくは実践してみた。


「そ、そうかしら? ま、まあアンタの目なんかじゃ信用ならないけど! でもアンタがそういうならいいわ!」

 ソフィはあまり喜んでくれてないらしい。父さんの言い付けも、あまり役にたたない。

 なぜか鼻息を荒くさせてるソフィが、店員に「これでいいわ」と言っている。店員が気圧されている。ソフィは急いでるのかなぁ。

 ソフィの新しい服は黒を基調としたドレスだ。木綿なので重さが感じられるが、凝った作りでその重さを上手く調和させている。

 ふんわり感が無い分、ソフィのようなしっかり者を引き立たせると思う。


 ――きらり。

 と、黒いドレスを一際、鮮やかにさせる見慣れない宝石が、ソフィの胸元で光った。

 ざっくりと肩と首元の肌を出した黒のドレス。心臓と首の中間で、赤黒いが鮮やかな光を放つ不思議な石があった。周囲を飾り布で覆われ、さながら黒い花のつぼみから、赤い竜の幼子が生まれるかのような印象がある。

 ちょっと怖い雰囲気と神秘性。それが、ソフィのイメージとよく似合う。


 でも、できればかーるくふんわり柔らかなイメージで、ソフィの尖った印象とか強い振る舞いを隠してほしいなぁとも思う。今更ドレスの作り直しはできないだろうから、次は柔らかい優しい感じがいいなぁと、提案しようとしたが――。


「着て帰るわ! 着てきた服は後で届けてちょうだ……、いえ! 後でまたペランドーと取りにくるわ!」

 そのままソフィは新しい服を着たまま帰ると言い出した。

 それ、誕生会の服だよね? 着て帰っていいの?

 あとまた買い物へ連れ出される予定なの、ぼく?


 あっけにとられて、ぼくは要望を言い出せなかった。


 新しいドレスを着たまま、ソフィはぼくの手を引いて店外にでた。


 目立つ。

 ソフィだけでも目立つのに、彼女はお誕生会用の気合の入ったドレスを着ている。注目の的になってしまう。

 いくら高級な服を扱うテーラーがある通りとはいえ、一般市民を相手する店が並ぶ商店街だ。

 美少女の上に飾られたソフィは、人の目を引いて止まない。


「ちょっと服を慣らすために、このままデ……おおお、お散歩しましょう!」

「そんな! せっかくのドレスを汚したらどうするの!」

「ペランドーが汚れ落としの魔法を使えるでしょ! あ、ああんたはそのためにいるんだから!」

「さいですか……」


 ぼくはいつも下僕扱いだ。

 小さいころから、魔法の才能をソフィに利用されている。きっと、ぼくをこうして連れ歩くのは、便利な道具扱いとしてだろう。

 ぼくが学園に行くと決まったら、ソフィは喜んでくれた。それを見て、ぼくは嬉しかったけど――。

 今思えば、ぼくがもっと便利な道具になることを喜んでくれたのかもしれない。


 ソフィがいつもぼくを確保するから、男の子の友達と遊ぶこともできなかった。男の子たちもぼくを遠ざけてた。

 きっと女の子にいいように扱われるぼくなんて、友達にしたくないんだろう。


 ぼくは飾り立てたソフィに連れまわされ、街をあちらこちら巡ることになった。

 普段いかない店や、行き慣れた店、初めて入る店。あちらこちらだ。

 なんで女の子は、買いもしないのに、店に入るんだろう。

 恥ずかしいよ。

 ソフィはドレスで買い食いまでしようとしたが、いくらなんでもなんで慌てて止めた。 


 普段より彼女が着飾ってるせいで、より一層、ぼくの下僕感が増している。

 ほら、あの通りすがりのおねーさんたち。ぼくを見て笑ってる……。

 うう、学園の子もいた。知らない人だからいいけど、ぼくが学園の生徒だって気が付いているみたいだ。

 

 そうこうしているうちに、日が暮れ始めた。

 街の広場で、一緒のベンチで座って休んでいると、みたことある馬車がぼくたちの前で止まった。


「お迎えにまいりました」

 馬車から見た事のある男性が下りてきた。

 カルフリガウ家の使用人だ。

 ソフィの家は、庶民だけど代々組合長を務める家柄だ。鍛冶屋だけでなく、その付近一帯を取りまとめる顔役でもある。ぼくとは住む世界が一段階違うのだ。


 そのカルフリガウ家から馬車が迎えに来てしまった。町中なのに、ぼくたちのいる場所へ迎えがくるなんて……。きっとソフィがはしゃぎすぎて、場所もバレだんだ。


「あら、もうそんな時間。し、仕方ないわね! ペランドー! 乗っていきなさい」

「え、ぼぼくは――」

 きっとこの迎えは、遅くなったソフィを連れ帰るためのものだ。ぼくが一緒にいったら、共犯扱いされてしまうかもしれない。

 断って、ここは走り去ろう!

 と、決めたのに足が動かない!

 ぼくの足が、石畳に貼り付いていた。


「あら、固まってないで早く乗りなさい。まったく、あなたは私をエスコートもできないの? グズね!」

 先に馬車に乗りこんだソフィが、ぼくに手を差し出した。

 足が貼り付いていたぼくは、頼るようにその手を取る。

 すると、足が動いた。

 ソフィに引かれ、ぼくは自然と馬車に乗りこむこととなった。

 すぐに馬車は出発し、ぼくは逃げ出す事に失敗してしまった……。きっと遅くまで遊んだことを、カルフリガウさんから怒られるだろう。


 街の景色が流れていく。馬車の窓からみる街並みは、普段と変わって見えた。


 ……隣りの席で、ソフィはぼくの手を離さない。そっぽを向いて、窓から街をみている。

 きっと名残惜しいんだろう。もっと、遊んでいたいのだろう。

 そんな気持ちで街を眺めていて、ぼくの手を握っているのを忘れているのかもしれない。


 それが、ぼくたちに幸運を招いた。


 突然、馬のいななきとともに、馬車が大きく揺れた。

 まるで大岩にでもぶつかったような衝撃だ。サスペンションの柔らかい馬車は酷く弾んだ。ぼくはバランスを崩し、転がってしまう。

 小さい馬車だからすぐにドアにぶつかり、そのまま突き破ってしまう。こうしてぼくは、ソフィの手を握ったまま車外に放り出された。

 と、同時に空から何かが降ってきて、馬車の屋根が踏みつぶされた。車体は真っ二つに折れて、車軸と車輪が前後に跳ね飛ぶ。

 御者席に乗っていた使用人も、石畳の上に投げ出され、背中を打ってせき込んでいる。


 あのまま乗っていたら……。想像して冷や汗がでた。

 ソフィは――無事だ。ぼくのうえに落ちたから、怪我がなかったのだろう。

 ぼくも――うん、お尻が痛いけど無傷だ。幸運だ!


「な、なにがあったの……よぅ」

 ほんとう、一体、何があったんだろう。ぼくは怯えるソフィの手を握りしめた。

 何が落ちてきたのかと馬車を見ていたら、ローブ姿の誰かがそこにいた。彼が落ちてきたのだろうか?

 怪我をしてる様子はない。


 ローブの男性がゆらりと立ち上がる。

 鎧を着ている?

 シルエットが人間の形をしていない。だが、鎧のような部品が、ローブの端々から出ている。

 手が多い? 背中やお尻からむこうに突き出る鎧はなんのため?


「おい、何事だ」

 近くに巡回兵がいたらしい。異変に気が付いて駆けつけてくれた。

 二人の巡回兵は、馬車を壊したであろうローブの男性に詰め寄る。

 ローブの男は、巡回兵を気にする様子もなく、馬車を破壊して脱出しようとしていた。


「その鎧はなんだ! 武器を持っているならすぐに捨てろ!」

 異様な光景を見て、非常事態だと気が付いたのだろう。巡回兵は、すでに事故とはみなしていなかった。

 優秀な人たちだ。

 馬車の残骸から抜け出したローブの男に、巡回兵が取り付く。


「おい、動くな……」

「『4おg@;!』

 耳障りで掠れるような音を発し、ローブの男は巡回兵を振り払った。

 かなりの力で振り払ったのに、巡回兵も然る者でバランスを崩しただけですぐに立て直す。


「きさま! 抵抗するか!」

 巡回兵の剣が引き抜かれた。

 と、思った瞬間に、巡回兵はその剣で、自分の足を切り裂いていた。


「あ、が……な、なんで?」

 うめき声をあげて膝を付く巡回兵の後ろで、もうひとりの巡回兵が剣を抜いた。

 次の瞬間、その顔が青ざめる。

 自らが抜いた剣で、巡回兵は左手を切り落としていた。

 

 信じられない光景だ。どんなに不器用な人だって、武器の素人だって、あんなひどい結果にはならないと思う。

 あのローブの男が、何かした?

 あっという間に、精鋭であるはずの巡回兵が無力になってしまった。


「そ、ソフィ! にげよう!」

 石畳の上にへたり込み、茫然と馬車を見ていたソフィを引き起こした。


 怖かった。

 何が起こったか分からなかったが、ローブの男の無機質な行動が怖かった。

 巡回兵は肉体強化魔法を使いこなせる王都警備兵だ。騎士ほどにないにしろ、その能力は高い。

 それがまるで素人みたいな武器の扱いで怪我をしている。

 絶対に普通じゃない。

 

 ぼくは危険を感じて、ソフィの手を引っ張る。

 ローブの男は、ぼくたちに首を向けた。

 通りに人がいるのに、ぼくたちだけを狙っている。そういう仕草だ。

 ぐずるソフィの手を引き、ぼくは通りを走り出す。背後からローブの男が迫る気配がした。


「そ、そんな! うそだろ!」

 ローブの男は飛んでいた。いや、男といえない。そいつは人間ほどの大きさがある虫だった。

 虫がローブを着て、透明な薄い羽を羽ばたかせて追ってきている。


「いやっ! なにあれ! ペランドー! なにあれ! なんなのよ、あれ!」

「わ、わからない! でもぼくたちを狙ってるみたいだ!」

 髪を振り乱し、ぼくと虫人間を交互に見るソフィの顔が恐怖で引き攣っている。ぼくの顔もきっと、そうなっている。

 怖いから必死に走る。飛んでくる虫人間から、逃げられるかわからないが、走るしかない。

 そんなぼくたちをあざ笑うかのように、羽音が近づいてくる。やがて虫みたいな何かは、ぼくたちを飛び越えてしまう。

 回り込まれた!

 慌てて立ち止まり、転びそうになったソフィを支える。

 正面の店の看板に着地しようとしたので、ぼくは咄嗟に腕を突きだし、魔法弾を撃ち込もうとした……けど、なにかに阻まれて発動しなかった。

 え、なんで?

 慌てて呪文を間違った?

 

 と、思った瞬間、虫人間の着地した看板と頭上のひさしが崩れ落ちた。虫人間はひさしの残骸に巻き込まれ、看板と一緒に落下する。


 ツいてる!


 ぼくは土埃の向こうに消えた虫人から逃れるため、ソフィの手を引いて駆け出した。このへんにくれば、道を良く知っている。

 数歩駆けると、ソフィが急に立ち止まって、ぼくの手を引いた。


「ほ、宝石が……」

 ソフィがそんな事をいった。

 しっかり固定されていたはずの赤黒い石が、ドレスから外れて無くなっていた。宝石の留め金は、胸元の布を留めていたのだろう。ソフィの小さな胸が露わになっている!

 おなかまで捲れて、上半身は裸みたいなものだ!

 

 慌てて目を背けた!

 たしかに胸とか胸とかドレスとかおっぱいとか宝石とか胸とかピンクとかおへそとかいろいろと大変なことだが、今はそれどころではない。


「そ、そんなことより逃げよう!」

「で、でも! せっかくお父様が用意してくれた――」

 急にソフィが屈んだ。

 見るとソフィが、服を手繰り寄せながら地面を探っていた。


「ぼくは石ころがなくなるより、ソフィが怪我するのが嫌だ!」

 彼女が怪我したら、ぼくがいろいろな人から怒られるに違いない。男はいつも不利だ。

 女の子が泣いたら、ぼくが悪い。怪我をしたら近くにいたぼくが悪い。いつもそうだった。ソフィの隣りでそんな経験ばかりをしてたので、ぼくは保身の心でいっぱいだった。

 

 強く手を引っ張り、足元を探している彼女を引き立たせる。

 乱暴すぎたのか、ソフィがハッとした顔をした。強く言いすぎたかな――。でもソフィはこくりと頷き、ぼくの引く手についてきてくれた。


 振り返ると、虫人が土埃の向こうで羽を羽ばたかせていた。埃が振り払われ、虫人の身体が浮き上がる。

 せっかく、逃げられると思ったのに――。


「『鳥が飛べない日に、空を飛べるわけがない』」

 どこからか変わったフレーズの呪文が聞こえてきた。

 すると虫人は羽を羽ばたかせているのに、一向に舞い上がれないでいた。

 誰か優秀な魔法使いが、ぼくたちを助けてくれたんだろう。

 ぼくはその誰かに感謝しつつ、ソフィを連れて一目散に逃げ出した。

 

   *   *   *


「ぃょうっ! やーっぱり、大敵者か」

 オレは転がってきた赤黒い石を足で踏んで押さえ、必死に羽を動かす昆虫野郎をあざ笑った。

 看板とひさしはオレが壊した。赤黒いこの石のようなコレも、魔法でソフィの胸元から引きちぎった。


『dt5d……、l7hq@zd7い、dt5d』

 大敵者が薄い羽を羽ばたかせるのを止めて、オレに雑音魔法を仕掛けてきた。 


「あー、無駄無駄。今俺、オマエに対して攻撃準備してないから」

 そう警告すると、大敵者はすぐさま六つ足で這いつくばる。これが、彼ら本来のスタイルだ。二本足で立つのは、あまり効率が良くないのだろう。虫だし。

 雑音魔法が無効だと聞いたら、すぐさま肉弾戦に切り替えるのは流石だ。

 だが――。


「オマエを攻撃するのは、数分前のオレだ」

 足掻こうとした大敵者の身体が、ずぶりと沈んだ。

 ちょっと前に魔法で作っておいた、古典的な落とし穴だ。

 しかも、穴には魔法で毒性を高めた薬剤が入っている。これは大敵者の外骨格に反応し、窒息性のガスを発生させる。

 落下した大敵者は、まんべんなく薬剤につかり、奇声を発して足掻いている。

 空を飛べればすぐ脱出できるだろうが、オレが飛行停止魔法をかけているので、それは叶わない手段だ。


 これはオレが攻撃していることにならない。

 オレがやったことは、飛べなくさせるだけだ。オレも飛べなくなっているが、別に困りはしない。

 大敵者相手に武器を出せば、武器が裏切って持ち主を傷つける。鎧で身を固めて接近しても、鎧が裏切って着用者の行動を阻害する。攻撃魔法を放とうとすれば、魔法が裏切って暴走し、術者を攻撃してしまう。

 攻撃魔法以外でも、大敵者と術者が同様の効果を同時に喰らう。いまの飛行禁止状態みたいに、だ。


 大敵者を倒すには、肉体を強化して素手で殴りかかるしかないのだが、ちょっと頭を使えば罠で殺すこともできる。

 対峙してから穴を作ろうとすれば、大敵者の雑音魔法によって、暴発してしまうが、前もって落とし穴として作っておけば、なんの問題もない。もちろん、中に入れて置いた薬剤も同様だ。浴びせかけようとすれば、逆にオレが浴びることになるだろう。

 勝手に、大敵者が嵌る分には何の問題もない。

 7年後の未来で、猛威を振るう大敵者の雑音魔法。通称「裏切りの魔法」だが、対処を知っていれば結構なんとかなるもんである。


 昆虫の姿をした大敵者は、穴の底で奇声を発しながら苦しんでいた。外骨格が焼かれ、発生するガスに溺れている。

 

「おっと、オマエが欲しがってたコレは、オレががっちり保管しておいてやるよ」

 大敵者が狙う赤黒い石。これはヤツラの卵だ。

 きっと、どこかで誰かが見つけて売り払ったのだろう。それがどう流れたのか、ソフィのドレスを飾る宝石扱いとなった。

 このまま処置せず持っていては危険だが、しっかりと封印しておけば、大敵者の幼虫が生まれることはないし、発見されることもない。かと言って破壊すれば、大敵者の存在を示す証拠が無くなってしまう。

 厳重に保管するのが妥当だ。


「誰かに相談するべきだな」

 大敵者の卵を懐にしまうと同時に、大敵者が掠れた断末魔の声を上げて薬剤の中に沈んで行った。すぐに分解されて消えるだろう。

 ――後始末は巡回兵たちに任せるか。

 大敵者の死と消滅を確認してから、オレは魔法で暗がりを広げてその中に隠れ、悠々と歩いて帰った。


   *   *   *

 

「ああっ!」

 エンディ屋敷の食堂で、ささやかなご馳走を味わっている時に、オレは気が付いた。

 気が付いてしまった。

 

「オレには、相談する相手がいねぇ……」



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― 新着の感想 ―
詩のような飛行禁止呪文、厄介な効果を持つ雑音魔法がとても独創的でよかったです。 バトルも能力のゴリ押しでなく、頭を使った対策でおもしろかったです。
[一言] ラスト切ねぇ...w
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