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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第5章 It if and only if you.
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エカントを周る者たち

新章です。

数回ほどは毎日更新となります。

 

 冷たい雨がしとしとと降るエカント。

 山岳地帯に国を構えるアポロニアギャスケット共和国は、この時期になるとどこもひどく天候不順となる。

 首都エカントもやや高地にあることもあり、雨の時期が大陸中央より長い。

 その街を走る一台の馬車が、道に貯まる水たまりを通過して高いしぶきをあげた。古来種が作り上げた都市も、長い間に不具合が出てきている。人間とドワーフが上手く補修しているが、万全ではなかった。


「あいかわらず排水の悪い街ねぇ~」

 馬車の中には魔具仕掛けの義手で頬杖をつく、あきれ顔のマイカ・ネーブナイト夫人がいた。


 辺境伯夫人である彼女が、遠方である首都エカントを訪れることは珍しい。

 つねに国境を守り、隙をついては大陸中央へ槍を突きこむ責務が彼女にはある。しかしながら、雨の時期となると、軍の運用が難しくなるのでその限りではない。

 並の魔法使いでは、投影魔法陣を降る雨によって阻害されてしまう。こうなると、騎士が自らを守る魔法陣だけでなく、兵たちを守るため投影も難しくなる。

 雨の多い時期に軍がぶつかると、双方の被害が大きくなるため、大陸では軍事行動は控えられてしまう。

 いくら好戦的なマイカでも、自領民である兵たちを必要以上に損耗させるようなことはしない。


 その彼女も平時ということもあり、今日は鎧姿ではなく、年相応の愛らしいドレス姿であった。イバラの義手も花をあしらったドレスと相まって、型破りだが不思議な釣り合いの良さを見せている。

 顔を覆う眼帯も、花の刺繍で飾られていた。

 彼女は花が似合い、花を愛する貴婦人である。小物にもアクセサリーにも、馬車や馬具の意匠にすら花の形が見て取れた。


 やがてマイカの乗る馬車は、エカントの技師街へと到着した。

 煙突がいくつもある大きな研究所前に馬車が止まり、ネーブナイト家の使用人が先に降りて夫人の降車位置にうずくまる。

 しとしと煩わしく降る雨を投影立方体陣で弾きつつ、使用人の背を踏み台としてマイカが馬車を降りた。


「よーこそー、おいでくださいましたー! ネーブナイト夫人様ー」

 研究所の玄関で、笑顔のドワーフがマイカを出迎える。ぴょんぴょんと撥ねてからお辞儀をする不作法ぶりだ。


「あら? リマクーイン。魔具いじりからぁ、いっつも離れないあなたが出迎えるなんてぇ、きっと雨が降るわねぇ」

「もう降ってますよー」

「ふふ、それもそうねぇ」

 ちぐはぐで歪な2人だが、意外な事にもどういうわけか不思議と馬が合っていた。


「散らかってますがー、奥にどうぞー」

「はぁ、本当ぉ……相変わらずガラクタが溢れてるわねぇ、ここ」

 リマクーインに案内され、研究所内に足を踏み入れたマイカは、周囲を見渡して呆れるように言った。


「やあ、早かったね。ネーブナイト夫人」

 散らかる研究所の片隅で、茶を飲み寛ぐティコ・ブラエ侯爵がいた。12貴族の筆頭でありながら、研究所のガラクタを背景にして溶け込んでいる。


「これはこれはブラエ様。ガラクタに押されて縮こまり座る姿もぉ、まあ素敵な貴族様ぁって感じでしてよ」

 少し大げさに、華やいだ動作でドレスの裾をつまみあげつつ、言葉では無礼な挨拶するマイカ。


「ふっ。そういう君は魔具で継ぎ接ぎになっても、そうも優雅に動けるものなのだな」

 それを一笑して済ますブラエ。


「お2人とも仲がいいですね~」

 分かってるのか、分かってないのか適当発言するリマクーイン。


「さて、ネーブナイト夫人がいらしたことだし、さっそく頼むぞ、リマクーイン」

「はい、わかりましたー」

 ドワーフ眼鏡娘は、ぴょんぴょんと跳ねながら、滑車に繋がる鎖を引っ張る。

 倍力装置が回転し、地下からスマートな体形をしたゴーレムが床ごと競り上がって来た。

 

「あら? 新型のゴーレム?」

「そうですよー。ブラエ様に頼まれて作っている物の、試作品なんですー」

 3人が見上げるゴーレムは、洗練された鎧姿のゴーレムだった。

 アポロニアギャスケット共和国では、ありふれた形状のゴーレムだが、ところどころに刻まれた古式の魔胞体陣は今までにないモノである。


「これを20体あまり、ネーブナイト夫人――君に……君の辺境軍に預けたい」

「まあ素敵ねぇ。これを使ってぇ暴れろぉ……というのね?」

「そういうことだ。ああ、もちろん対価としてこちらの要望に応えてもらったりするがね」

「ふふ、でも助かるわぁ。前回の進軍でぇ、うちはぁ怪我人がぁ多かったから困ってたのよぉ」

 ネーブナイト領だけでなく、アポロニアギャスケット共和国は慢性的な人材不足である。 


 エンクレイデル王国が人を育てるのに反し、アポロニアギャスケット共和国は技術を育てる。

 共和国の技術力は、王国の100年先を進んでいる。と、評価しても過言ではなかった。

 もっともその格差も数年後、とある天才によって逆転されるのだが……それは今のところ関係ない。

 現状では、共和国は技術を頼みにし、人材とその層の厚さを誇る王国に拮抗しているのが事実だ。


「でも、ゴーレムを20体も貰っても、私でもぉいいところ操れて数体よぉ……。だぁけぇど……きっとただのゴーレムじゃないんでしょぉ? あなたのことだからぁ、リマクーイン?」

「もちろんですよー! ちょっとジッとしていてくださいねー」

 褒められたと喜ぶリマクーインが、マイカの義手を無造作に掴む。この義手はリマクーイン謹製であり、彼女がいなければマイカの腕は出来そこないと化す。

 

 製造者を信頼するマイカの腕にブレスレット状……いや手錠といったほうがよい部品を取り付けられた。


「このブレスレット、あのゴーレムと連動してるんですよー」

「つまりどういうことかしらぁ?」

 そう呟きながら義手の具合――というか、新しく取り付けられた手錠ブレスレットの機能を解析し始める。そして即座に解析を終えたマイカは、もしかしてという顔で手錠魔具の機能にアクセスする。


 すると、新型ゴーレムの腕に不自然な魔力の塊が浮かび上がった。

 これを見てマイカは手錠に流れる魔力とゴーレムの魔力が、同量ではないが同質であると気が付く。


「あらぁ? じゃあ、これをこうすると……」

 手錠をあちこちに振る仕草をしてから、魔力の流れを制御する。その動きに連動し、新型ゴーレムが腕を振り上げて一際大きな魔力弾がその無骨な手のひらから撃ち出された。

 

 研究室にうず高く積まれた書類を反動で吹き飛ばしつつ、突き進む魔力弾がガラクタの1つに命中して爆ぜた。

 対物破壊に不向きな魔力弾なので、ガラクタを少し凹ませて弾くだけだったが、その威力は並の魔法使いを遥かに超えていた。


「あはははっ! なぁに、これ? 凄ぉい! つまりぃ今まで殴る蹴る押しつぶすだけだったゴーレムがぁ、魔力弾の一斉射撃ができるってことぉ? 笑えるぅっ! あはははははっ!」

 手錠の感触を再確認しながら、マイカはコロコロと笑う。彼女の人なりを知らなければ、なにがツボに入ったのかというほどの大笑いだ。

 その様子を見てブラエもほくそ笑む。


「あら? しかもこのゴーレム……私の魔力で操作できるのかしら? ゴーレムの制御方法が違うわね」

「君の訓練次第では10体やそこらは制御できるようになるだろう。そういう仕掛けのブレスレットだ」

 あれこれと動作確認をするマイカに、茶を飲むブラエが微笑みつつ助言した。


「そうみたい……ね。もしもゴーレムから魔法を放てるならぁ……。すごい戦力になるわねぇ」

「あー、でもー。残念な事にー、まだ魔力弾しかー、対応してません……」

『ティィィィコ! ブゥゥゥゥラァァァァエエエエーッ!』

 魔力弾の放出に興奮したかの如く、製作者の説明を遮って雄たけびを上げる新型ゴーレム。


「あら、凄い。なにかしらぁ? この怨念のようなゴーレムの声。素敵だわぁ」

 うっとりした顔で、怨嗟の声をあげたゴーレムを見上げるマイカ。


「君もそういうのか……」

 茶を飲みほしたカップを持ったまま、額を押さえるティコ・ブラエ。


「それにゴーレム内にある魔石の容量上ー、撃てて数発なんですよー」

「充分、充分よぉっ!」

 マイカは手錠を天に翳しつつ、くるくると回る。その笑みは歪みつつも輝いていた。

 つられてリマクーインも手を上に翳してくるくると回る。その笑顔は天真爛漫そのものだ。


「つまり、この素敵なゴーレムぅ。4大貴族にぃ連なる怨念をぉ練り上げてできてるのかしらぁ。凄いわねぇ、ひどいわねぇ、ブラエ侯爵様ぁってぇ」

「いや、そういうわけじゃないんだが……」

 身に覚えのない悪行を否定したが、高揚するマイカは聞いていなかった。


「実行者がこんなので……上手くいくのだろうか?」

 話を聞かないで舞い上がる2人の女性を横目に、ブラエはこめかみを押さえる。

 2人はあれこれとゴーレムの操作を確認しながら、アレができるコレは無理と盛り上がっていた。エカントを実質支配する12貴族、その筆頭であるブラエでも割って入ることのできない空気がそこにあった。


「まあ……あのザルガラを、この目で確認さえできればあとは――」

 こめかみを抑える姿で邪悪な笑みを隠し、同心円を描く赤い瞳が怪しく光った。


短いですが新章のプロローグとなります。

本来、短編用だったのですが普通に導入じゃないか? と思って長編に組み込みました。


ご指摘、感想等お待ちしております。

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