君が白なら隣りの色は?
「それって、ほーたいせき?」
「ああ。胞体石の材料は琥珀っていう樹木が化石化したモンだが、そんなことは上位種なんだからオマエも知って……って、オマエ、ダレだよっ!?」
オレは床に座って、のんびり魔具用の胞体石の中に魔胞体陣を投影して焼き付けていた。
そんな時、頭上から質問されてので、いつもの通りタルピーが頭に乗っているのか思って答えたら、誰か分からない小さい子供がオレに寄りかかっていた。
あー、そう言えばここ孤児院か。確かにさっきから頭が重かったな。
実体のない精霊に重さは無いので、タルピーのわけがない。暑苦しい子供特有の体温が、タルピーの熱気に似ていたので間違った。
胞体石に集中してて、ぜんぜん気が付かたなかったぜ……。
頭にかぶさって寄りかかってる孤児を振り払い、オレは胞体石に魔法陣を焼き付ける作業に戻った。
「ねえ、それってアザナのおにーちゃんが作ってるのに入れるの」
「……いや、オレのゴーレムに、だ」
「そんなにいっぱいいるの?」
「……単一物質の一体型ゴーレムは一個で済むが、複雑な行動が出来て多才な能力を持つゴーレムには、パーツを分割してそこに1つづつ魔胞体陣と胞体石を……って、オマエはアッチいってろ。邪魔なんだよっ!」
孤児を追い払い、オレは作業に戻った。
長期休業に入ってから、鉄音孤児院でこうして作業にふけっている。
外はしとしとと雨が降っていて、なかなか屋内作業向きの陰鬱な天気だ。
ワイルデューとペランドーはゴーレムのパーツ造りと、そこへ新式の胞体陣を刻む作業に付きっきりである。
ゴーレムはその場で整形する単一物質一体型の【モノゴーレム】と、事前にパーツを成型し、人型に組み上げる【メイドゴーレム】に別れる。
モノゴーレムはサクッと造れてお手軽便利だが、複雑な行動が出来ず、素材によって性能と特色が固定化されてしまう。
石で作れば硬くて丈夫だが、重すぎて動きが遅いとか、木で作れば軽くて柔軟でまあまあ丈夫な代わりに、火に弱かったりと、すべてが材料そのものに左右される。
メイドゴーレムはパーツを複雑多彩にすることで、それらの特色をまんべんなく取り入れる事が出来る。
簡単なところで、基部を頑丈でしなやかな木材と鉄の複合素材とし、鎧にあたる外装部分を鋼鉄に、安定を良くするため足裏を重い鉛にするなどだ。
さらに、パーツごとに魔胞体陣や立体陣などを刻み込める。
一体型のモノゴーレムでは1つしか刻めないが、メイドゴーレムならパーツ1つ1つに魔胞体陣を刻んで、胞体石を組み込める。
胸当てに防御魔法を付与し、肩当てに目くらましの発光魔法、上腕基部に倍力魔法、手の平の外装に発火魔法などと出来るわけだ。
もっともパーツが細かくなるごとに、魔胞体陣も小さくなるし、そこに組み込める胞体石も小さくなってしまうので、加工難度が跳ね上がる。
さらに魔力もバカ食いになるので、調子にノッて付与しすぎると胞体石に流し込む魔力も天井知らずとなる。
あー、そういえば以前、アザナが「メイドゴーレムと聞いて、侍女ゴーレムかなぁっと思ったらハンドメイドのメイドだったんですね」とか変な事いってたなぁ。
そういえば、アザナは孤児たちに魔法や図形の書き方を教えていたな。
オレは凝った肩を回して立ち上がり、息抜きにアザナの特別授業を覗きにいった。
オレは奥まった部屋から出て、すっかり多目的室と化した広い部屋へと向かった。
「おーやってるやってる」
アザナの良く通る声が、多目的室のドアの向こうから聞こえてきた。
静かにドアを開けると、孤児たちが思い思いにそこらの床に座り、アザナの講義を聞いていた。
フモセがいるのは当然として――なんだよ、テューキーどころかワイルデューもいるじゃねーか。なにやって……ああ、アザナの講義は聞き逃せないよな、うん。
ペランドーは……いない。妙なところで要領が悪いアイツのことだ。ゴーレムのパーツ作りしてるんだろうな、きっと。
「……立方体陣も平面陣も魔力を注ぐだけでは魔法は発動しません。盾にはなりますけどね。で、このように規則正しく空間充填することで、魔法が発動します」
アザナは単純な平面陣を投影し、ゆっくりとその中に3角形を充填していく。普通なら一瞬でできることを、丁寧にゆっくりとやってみせていた。
あー、平面充填とか空間充填を教えてるのか。オレは感覚でやってたけど、アザナは噛み砕いて教えているようだ。
空間充填とは図形の中を図形で隙間無く埋める方法だ。
平面充填の場合、一種類だけ……1つの図形で平面を充填するには、正3角形と正方形と正6角形しかない。
隙間ができると魔力漏れが起きるが、変形図形を使うと魔法が正しく発動しないので、1つの図形で充填するのが基本である。
数種類の図形や変形図形を使うことで、新しい魔法も編み出せるがそれは応用であり、独式魔法となってしまうので普通の魔法使いには必要ない。
「魔胞体陣と魔力と魔法陣。この3つがそろって、初めて魔法が発動します。立方体陣など魔胞体陣大前提で、最初に用意しなくてはいけませんが、後者2つの順番は変えてもいいんです。魔力を注ぐのを先にしても、魔法陣を空間充填するのを先にしてもかまいません」
軽く応用まで教えてるな、アザナのヤツ。
魔力を先に注げば、魔法陣を充填させるまで魔胞体陣は盾になる。
魔法陣を先に充填しておけば、魔力を注ぐだけですぐに発動する。
一瞬で、魔力注入と魔法陣を描くことが出来るオレやアザナにはあまり関係ないけどな。
アザナの特別授業は、なかなか子供受けがよいようだ。
難しいなりに面白く、簡単なところは誰でもすぐできるように工夫して教えている。
これはこれで、オレにも参考になる。
人に教えるのはいまいち苦手だからな、オレ。
こうして授業を終わると、なぜかいたテューキーが興奮して立ち上がる。
「すごい、ここ数日でみんな正確に図形かけるようになってる! この調子なら、来年にはみんな、学園に入れるほどになるかもしれないですよ!」
「学園にはまだまだ受け入れの余裕がありますもんね」
テューキーの楽観的意見に、アザナが同意した。
まあ確かに学園には枠というか、余裕がある。
実質、『いざというとき』の『金ヅル枠』だがな。急きょ、貴族の子を拾い上げて金を頂く枠なんで、そこを狙うと揉めるぜ、アザナ。
孤児を拾い上げる救済措置もあるが枠は少ないし、ブトアやカルフリガウみたいな後援者を付けて入学させるにしても、孤児が多すぎてちょっと金がかかる。
あんまり褒められたアイデアじゃないな、テューキー。
「すごいわよ! みんなで魔法学園に入学しましょう! 12歳までなら中途入学も可能だし!」
テューキーがとてもいい考えだとばかりに、ますますマズいアイデアを言い出した。中途入学とかどんだけ無理すんだよ。
その提案を聞いて、孤児たちの顔がパッと明るくなった。
孤児たちは確かに喜んでる。
でも全員じゃない。
勝手に大多数が盛り上がってる中、何人かは戸惑った顔していた。隣りにいる者と顔を見合わせて、微妙な表情を見せているヤツもいた。
雰囲気に呑まれて、発言できないってツラだ。
「……感心できねぇな、オイ。仲良しお友達学園じゃねぇんだぞ、魔法学園は」
オレの口から、数人を差し置いて、喜び一色な孤児たちに冷や水を浴びせる言葉が漏れてしまった。
いやぁな空気になるのが分かる――。いぶかしがる子供の視線がオレに集中する。
だが、黙る気は毛頭ない。
「お隣り同士、仲がいい、お友達、同じ孤児院だからって、なんでも同じ仕事、なんでも同じ目標、同じ未来。だから全員で仲良く魔法学園に入りましょう……だぁ? 連れションかよ、気持ち悪ぃ」
「で、でも! 学園に入れれば人生、勝ったも同然だよ!」
テューキーが嫌な空気を裂いて突っ込んできた。
こういうところは凄いな、コイツ。さすが生徒会副会長だ。
「そりゃ魔法使いになりたいとか、なるべきだったとかいうヤツの話ならな。おい、そこのオマエ。なんでオマエはそのゴーレム部品の失敗作を頭にかぶってるんだ?」
オレより1つ年上の孤児を指差して尋ねた。魔法学園にみんなで入りましょうとか、テューキーが言い出した時に、暗い顔していた少年だ。
指を差されたその男子は、困惑しながらも頭のゴーレムパーツを押さえ答える。
「え? こ、これはその、兜……だけど?」
「騎士様の兜かい?」
「う、うん。騎士の兜……のつもり」
「ふうん、騎士になりたいのか?」
兜の少年は小さく頷く。
それを聞いて、オレはつい微笑んでしまった。
「ふっ……。そりゃいい。オマエは体格いいもんな。となりゃぁ騎士学校は無理としても、士官学校とか目指すべきじゃねぇか? 魔法学園は戦技とか戦術をあんまり教えてくれねぇぞ。卒業して軍属に入れば魔法で支援する側か、兵站の管理とか後方任務になる」
魔法学園卒の軍属では、華々しい前線で活躍はおそらくないだろう。騎士というより、ハンマー・チェンバーのような巡察官や、書類仕事の多い巡回兵などが行き先だ。
イシャンのような軍系貴族が魔法学園にいるのは、おそらく彼自身が選んだことなんだろう。兄たちを手助けするために、自分の性格と才能を鑑みて、後方につくと結論を出した……はずだ。推測だが、まあ大きく間違ってはいないだろう。
「確約は出来ねぇが、ちょっとは軍属相手にコネがある。後はぁ……体力作りや剣技を教えてくれる人を手配する。それなら魔法や図形などの勉強はある程度で済む。目指してみるか? 士官学校?」
オレの意見と提案に納得したのか、兜の少年は光のこもった眼で頷く。
よし、じゃあ次だ。
そうだな、あとなんかテンション低かったヤツにフミーがいた。
フミーがフモセの膝上で、人形を弄りながらオレの話を聞いていた。
彼女を救うことになったこの人形だが、今はまあまあキレイに手直しされている。聞いた話じゃ、この子が自分で下手ながらに直したらしい。
人形の洋服も彼女の手縫いだそうだ。何着もあるらしい。
「フミーは人形屋になりたいのか?」
「……」
フミーは無言で首を振った。
「あー……フミーは服屋さんになりたいのよね?」
「……」
フモセが代わりに答え、フミーは無言でこくりと頷く。
アポロニアギャスケット共和国に狙われるほど手先が器用で頭はいいが、本人の好きな事はキレイなお洋服ってことか。
「こういうわけだよ、オマエら。もともと違う色に染まるべきだった。違う色に染まりかけてたのに、隣りの色が綺麗だからとか、同じ色がいいとか、仲良しごっこで同じ色に染めようとしたら、よほどうまくやらない限り汚ねぇ色に仕上がりかねねぇ。下手すりゃ隣りの色と混じったり、境界があやふやになって一緒にご破算ってことだってある」
オレは芸術的なことは分からないし、染色の技術もあるわけじゃない。
しかし、ゴーレムの事は分かる。
ゴーレムだって同じ事だ。モノゴーレムより手間のかかるメイドゴーレムの方がよく動く。そのメイドゴーレムだって、同じ機能を隣り合わせにしたって、必ずしも倍の効果がでるってわけじゃない。
「絶対、同じ道を選んじゃいけねぇって言いたいわけじゃねぇが、魔法の才能がずば抜けてようと、ソイツにはやりたい仕事や目標があるかもしれねぇ。コイツらの未来を、選べるはずの未来をオレたちがご丁寧に用意するとか、あまりに勝手すぎるんだろ?」
孤児はある意味では自由だ。家業を継ぐとかそういう縛りがない。
もちろん逆をいえば、未来が狭いわけだが、狭くも少なくも選べるという孤児たちの未来を、さらに狭めて小さくする必要はまったくない。
たとえその道がオレたちの主観で栄光の道だと思っていても、だ。
「……へぇ」
「なるほどのぉ」
当初反論していたテューキーも、黙って聞いていたワイルデューも深く頷いてくれた。
だが、それはそれで気に入らない。
「……なんだよ、オマエら。そのツラは。あっさり納得しないでちっとは反論しろよ」
「でもなぁ」
「まあ、むしろ目が覚めたって感じ? いいよね、洋服屋さん! フミーは刺繍を始めたんだよね?」
「……」
こくりと頷くフミー。
そんな中、孤児たちも口々に将来なりたいものを言い出し始めた。
だいたいは魔法の関係する仕事だが、中には花屋さんとか動物の調教師とかいう子もいる。
あー、なんか薬が効きすぎたか?
これじゃあ一方的に偉そうなことを言っただけじゃねぇか。もっと「魔法学園にいったほうがいい!」って意見とかねーのかよ。
そりゃ好き勝手言ったのはオレだが、もっとこう……逆らって来いよ! オレもさらに逆らうからさっ!
『……ザルガラ様、面倒くさい』
うるさい、ディータ。
そんな中、アザナの反応は微妙に違った。
子供たちの将来について考えてる顔じゃないな、アレ。
アザナの硬い表情は、まるで難しい宿題にぶち当たった時のような、険しさがあった。
小さな立方体陣を出して、ちまちまと魔法陣の光を変えている。
「なるほど……。そうか……人それぞれは総当たりだけど……。これはいわば【四色問題】ですか」
「あん? なんだそりゃ?」
またぞろアザナが意味不明な事を言い出した。
「これを魔法陣に応用……あ、いえ、なんでもありません。でも驚きました。ザルガラ先輩はそこまで子供たちの事を考えていたんですね!」
「別に。気にいらなかっただけだよ」
なーんか、誤魔化されたように思えた。
――ん? もしかして?
さっきアザナは、色で塗り分けされた立方体陣を投影していた。
投影魔法陣というモノは、どんな色で描いても構わない。
やりやすいとか見やすいとか、個人の裁量で光の色が投影されて魔法陣となる。まあ、中には赤が好き! って単なる好みで投影してるヤツもいるが。
さまざま色を織り交ぜて投影するのは、できないことはないが無駄な労力になるだけで意味はない――。
だが――、アザナはいまそれをやって見せている。
そうか、色がもしも魔法に影響を与えるなら試してみる価値はあるな。
ふふふ、悪いなぁ、アザナ。
オマエだけを先に行かせるわけにはいかないぜ。
追いすがってやるからなぁっ!
ザルガラ「アザナには勝てなかったよ……」
ザルガラは単純に色分けという手段で、魔法陣の構成を多くし効果を大きくするアプローチですが、アザナは四色だけで塗り分けて最小構成で効果を高くするという効率重視です。
なので、負けます。
魔法の設定に無駄ありすぎでいまさら公開です。
序盤にいれると避けられるかなーっと思ってましたので。
26話奇才の落第生にステファンの挿絵追加しました。