美の製作者
なんだかんだで、不本意ながらお救い孤児院をやる羽目になっちまったが、そう悪いことばかりじゃない。
まずエンディ屋敷街のご近所貴族さんの目が変わった。
ちょっと前までは、腫物扱い。
英雄の卵だとか噂が流れてからは、好奇心の目ばかりだった。
ところがこの孤児院のお陰で、オレへ対する目が柔らかくなった。
まあちょっと上から目線で、「オマエもなかなか立派じゃないか」てな評価だが、それはそれで悪くない。
一部、「悪の組織の構成員を育てる気だ」とか噂してたヤツがいたが、たぶんアイツだけだ……と、思う。しっかりお話しておいたから、ヤツも理解してくれただろう。
それに孤児院の子供たちだが――。
アイツらは同世代だし、こっちが運営者とはいえ友達みたいになれるだろう。
そう、つまり友達候補だ。
突き詰めれば友達だ。
いや、運営者権限で友達になれとか強要はしないよ、うん。
それからアマセイ。アイツは後でシメるッ!!
そんな評価のお陰で、実家から「長期休業のあいだに一度帰って来い」のお声がかかっちまったが……。まったく……前の時は一度も帰って来いなんて言わなかった癖に――いや待て? ああ、コレも良いことなのか?
……王都の魔法学園に通わされてから、ろくな交流もなかったしな。
オレを取り巻く環境そのものだけでなく、オレへの対応が大きく変わって来た。
悪くない。そう、悪くない。
こうしてなし崩しに孤児院を運営するにあたって、オレはこれから鉄音通りのヨハン・カルフリガウへ挨拶をしに行くことにした。
いくらオレが伯爵の次男とはいえ、まだまだ子供だ。後ろ盾として実力者か権力者の協力がいる。
それを引き受けてくれたのが、鉄音通り一帯を預かるヨハン・カルフリガウだ。
ペランドーの幼馴染、あのソフィのオヤジである。
ご先祖様は、王都エンディアが遺跡だったころ、冒険者としてこの区画一帯を解放して郷士となった人物で鍛冶屋組合の長だ。
ティエを供にしてオレは、4頭立ての馬車に乗ってカルフリガウへの屋敷へ向かっている。
馬車ってのはどうも窮屈で好かない。マーレイは経済的な理由から2頭立ての馬車を用意するつもりだったらしいが、ベデラツィが気を効かせてくれて、4頭立てを買ってオレに送ってくれた。
御者と整備費持ちで。
アイツ、オレの御用商人にでもなるつもりか?
いやまあ結構、今回の孤児院関係ではいろいろ世話になったし、一応候補に入れてもいいか。
ディータとタルピーは馬車の中にはいない。
追い出したわけじゃないぞ。非実体を活かして、屋根の上がいいと言い出したからだ。
タルピーは屋根の上で踊っているだろう。まったく、ディータは無理だからいいが【精霊の目】持ちに見られたらどうすんだよ。
しかし屋根の上か……。狭い中よりいいな……はっ! 何を考えてるんだオレ!?
ところで――。
「なんでオマエも来るんだよ」
馬車の合い向かう下座に、アザナとフモセも乗っていた。
「も、申し訳ありません!」
オレが文句を言うと、フモセが慌てて頭を下げた。
「フモセ。オマエはアザナの付き人で、自動的についてくるオマケだからいいんだよ」
「それはそれで厳しいお言葉!」
フモセが泣きだしそうな顔で言った。
「オレはアザナに聞いてるんだ」
「ボクも元の葡萄孤児院を手助けしていた身ですから、一度はご挨拶しておかないと。面識とか伝手がありませんので、ザルガラ先輩に便乗させて頂きました」
オレは乗せるつもりはなかったのだが、そういう理由でベデラツィやペランドーに話を通したらしい。仕方なく乗せていくことになったのだが……。
「で、本音は?」
「希代の彫金士というヨハン・カルフリガウに会ってみたい!」
「やっぱりか」
胞体石に魔胞体陣を刻み込むことは、投影魔法陣ができる者ならだれでもできる。しかし、金属の表面に刻むとなると、職人の技術がいるモンだ。
紙ならペンや定規、コンパスで書けるし、布なら染色や刺繍という手がある。優秀な刺繍士などは、貴族のお抱えになる場合だってあるくらいだ。
石なら石工士、皮製品なら皮細工士となる。
南方には皮に刺繍する仕事まであるそうだ。こっち風に言えば皮刺繍士といったところだな。
彫金士ならば、金属鎧から指輪など多岐に渡るに強化のため直接魔法陣を描けるということである。
しかもこれらにはデザインのセンスも重要だ。
うまく形に収めるだけでなく、美しく機能的に仕上げなくてはならない。
ヨハン・カルフリガウという彫金士は、あらゆる材質の金属に、それはそれは美しい魔法陣を彫金することで大陸全土に名を馳せている。
その高名さから、なにかと忙しい人物だが、今日やっとこうして挨拶できることとなった。
ちなみに鍛冶屋の息子のペランドーも、ちょっとした平面陣を金属に刻める。これは魔法使いとして大きなアドバンテージだ。
自分で魔法の武器防具を生産できるわけだからな。
それからオレだって布に刺繍くらいできる。
いやぁ……でも、ちくちく裁縫してるところは、あんまり見られたくないが――。
いかに郷士の家とはいえ、ウチのエンディ屋敷みたいに、馬車の乗り入れが出来る造りではないので、オレたちは門前で降りた。
馬車は御者に任せ、門番に話をして門内へと通される。
そこは小さいながらも、自然溢れる庭だった。
あちこちに銅像があり、さながら自然の中を遊ぶ人たちのように配されている。
カルフリガウの家は、俺が仮住まいとしているエンディ屋敷より立派だ。敷地に対していささか屋敷は小さ目だが、なにより庭が見事だった。
王都の一郷士としては広い庭に、コンパクトながら美しい庭園は彼の栄達もイヤミなく表現している。
彫金士という金属を扱う仕事のわりに、庭造りへの造詣もあるようだな。
なかなか多才な人物みたいだ。
緊張しながら玄関へと向かう。
その途中に、逞しく立派な馬と、それに乗る痩身の紳士像があった。
特に馬の躍動感が目を引く。駆ける馬の瞬間を、切り取って銅像にしたかのような姿で、嫌でも目を引く。
「これ、すごいですね。ザルガラ先輩」
「ああ。さすが金属彫刻の大家だな」
オレもアザナも足を止めて、騎乗する紳士の像を見上げた。
高度な魔法と言うものはかなり融通が利くもので、服や武器などを作り出せてしまう。汗水たらして造る職人の仕事を奪いかねないほどだ。
魔法使いたちも自重し、魔法で生産し販売するようなことはないが、自分の使うものは作ってしまう者もいる。職人の仕事が結果的に減る。
しかし、質の高いものや、デザインに優れたものはやはり職人頼みである。
腕のいい職人であれば、魔法使いの生産力を上回る性能と美を造りあげるもんだ。その技術力が彼らの生活の糧であり、誇りでもある。
例えば高度な古式魔法を使えば、金属を加工して強力な剣などが作れるが、それでも飾りや彫刻などはできない。
こうして改めて鍛冶屋たちの技術を見ると、オレたち魔法使いが作り出す道具はおもちゃみたい――。
「うぁああああっ!! こんなんじゃ駄目だぁぁぁっ!!」
長い髪の痩身男性が屋敷の2階から飛来し、馬に乗る紳士像に飛びついた。
なんだ、コイツ!?
誰だ、コイツ!?
ヤバい、コイツ!?
驚き身構えるオレとティエ、そして硬直するフモセに対し、アザナは興奮した顔で痩身男の動きに見とれていた。
「あれは、その場飛びのシューティングスタープレスっ!! しかも着地前に重い銅像に対して低空樽投げ! 決まったぁっ!! うああっと、さらに! 投げが決まると同時に、あれはぁ、ボリス・ズー〇フばりのロシアンクローズラインだぁっ! まだ続くっ!? 首固めからカニバサミに移行だなんて! たしか……あれは……まさかタイガースピン! あの人の……あの技を……この目で見れるなんてっ!!」
アザナが痩身男の紳士像破壊シーンを実況し始めたが、何を言ってるのかさっぱりわからん。
ついでにいうと、痩身男の動きも良く分からなかった。
しかし、痩身男は恐ろしいことに、その良く分からない動きを持ってして銅像を素手で粉みじんに破壊してしまった。
かくして、いきなり現れた痩身男は、息も絶え絶えしつつ銅像の残骸の中で立ち上がる。
「ふう……。次世代の英雄と希代の天才が訪れと聞いて、慌てて設置した像だったが、どうしても我慢できなくてね。見苦しい姿をお見せした」
「何を我慢できなかったですか?」
「おい、アザナ。話かけるな」
変なヤツかもしれんだろ?
会話成立したら友達になったと、相手が勘違いしてくるかもしれんぞ、アザナ。
「銅像の……形……いや、すべてが満足できなくなってしまった。私としたことが、来客者の前で申し訳ない。ザルガラ殿にアザナ殿かな? 私がヨハン・カルフリガウだ」
え?
この変な針金男がヨハン・カルフリガウだと?
「初めまして、ヨハン・カルフリガウさん! ボクはアザナ・ソーハです。ヨハンさん、凄いプロレ……じゃなかった銅像群ですね」
アザナはこの変な針金男を、ヨハン・カルフリガウとして受け入れているようだ。
「あ、ザルガラ・ポリヘドラです――。銅像素晴らしいっすね」
しまった、なんか変な挨拶しちまった。
しかし、ヨハンこと針金男は気にする様子はない。彼は乗り手の像を失った馬像をに手を触れ、残念そうに呟く。
「いやはや、拙い物を晒してしまっているよ。この我が愛馬【チェリーブロッサム】の出来は満足なのだがな」
「え? なんですかその戒名みたいな馬の名前?」
アザナがツッコミ口調でヨハンに問いかける。
カイミョウってなんだ? と、オレは疑問に思ったが、ヨハンはカイミョウという謎の言葉を聞き流す。
「乗り手は私の姿なのだが、どうしても気に入らなくて、ね……。いやはや自分を表現するというのは、かくも難しいものなのか」
「自分の像を、気に入らないからってああやって破壊するのも難しいもんだと思うぞ」
オレのツッコミを聞いているのかいないのか、ヨハンはふらりと男性立像へと近づいていく。
その上ではタルピーが踊っていたが、近寄って来たヨハンに気が付かない。
「こっちの像も少し気になるんだが……」
そう言ってヨハンは立像に抱き付いた。
そこからまた妙な動きと、アザナの解説が始まった。
「これは……立ち脇固めから、浴びせて三角締め! 捻って首を膝で押し倒してからの逆腕ひしぎ十字固め!!」
ゴキャーン! ピカンッ!
という妙な擬音と共に、男性立像が座り姿が変わっていく。
こうして先ほどまで立像だった像が、関節技を受けて横座りの女性像となってしまっていた。
どうなってんだ、コレ?
「おいおい、コレ明らかに銅像の性別変わってるだろ」
「え? 銅像に性別とかないですよ、ザルガラ先輩」
オレが呟くと、アザナが首を傾げて食いついてきた。
「あのな、そういう話じゃなくて、形が変わったという意味でだな、男性像が女性像に……」
「そりゃあれだけ関節技をかければ、銅像の形も変わるでしょう」
「いえ、そうじゃなくてだな! ええい、どこから説明してつっこめばいいんだ!」
アザナのヤツ、分かってとぼけてるのか?
銅像を見れると巻き込まれたタルピーが、あの嵐のような関節技の中で器用に移動し、今では女性像の手の平の上で踊っていた。
ほんと、タルピーって大物だよな。
「いやー……挨拶に来たのにすごいものを見ちまった……」
オレはツッコミを諦めて、感心してみせることにした。実際、すごい光景だし。
まさか素手でどういう魔法を使ってか、銅像を造り上げるとか驚きだよ。たぶん、秘伝の古式魔法だろう。
どういう趣旨で、古来種はこの魔法を造ったんだろうか?
「銅像の製作も凄いですが、これだけの技があれば、対人戦でも強いんでしょうね? ヨハンさん」
アザナが輝く目で言った。
その褒め言葉を浴びて、ヨハンは困ったように首を振った。
「いやいや、この針金のような身体だ。人を投げ飛ばすなんて無理だよ」
「いやいや、あの重い銅像を投げるは曲げるはしてただろう?」
金属限定の魔法なのか、アレ?
「ところでザルガラ殿にアザナ殿。君たちの銅像をぜひ造ってみたいのだが、どうだろう?」
「オレの銅像が、あの関節技で出来上がるのは見たくないな」
なんか急に製作依頼の話題を振ってきたが、この人の製作方法はちょっとあり得ない。
「ダメかね? 頼む以上は製作費はこちら持ちで、悪い話ではないと思うのだが?」
「銅像とはいえ、オレの姿が関節技でバキバキにされるのは心臓に悪い」
正直な感想を述べて、オレは断った。隣りでアザナが残念そうにしているのはなぜだろうか?
『……ザルガラ様の銅像? ちょっと見てみたい』
なにが良かったのか、ディータがオレの銅像と聞いて呟いた。やだよ、オレの像が針金男に技を決められまくるとか。
――そんな誰にも聞こえないディータの感想の声。
これに反応する者がいた。
ヨハンだ。
彼の鋭い目がディータのいる辺りの空中に向けられる。
「なんだっ!? 美しい者の美しい声の匂いがする!」
「それは声なのか姿なのか匂いなのか、なんなのか……なんだよもう」
ヨハン、わけわかんないよ。
オレのツッコミが弱まる。自然と頭を抱えてしまった。
「わかるのだ! 感じるのだ! 君の隣りに美が存在するということをっ!」
誰にも、【精霊の目】でも見えないはずなのに、ヨハンはディータの前で膝をつき、称えるように両手を伸ばす。
事情のわからないフモセは、気味の悪い物を見るという目でヨハンを見下している。その目は男が見たら凹むぞ、止めて置け。
知らないものが見れば奇妙な光景だが、オレたちにとっては驚愕の事態だ。
アザナも真剣な顔つきで、ヨハンとオレの反応を見守っている。
オレはそんな中で、隣りに立つディータと目を合わせた。
そして同じ事を考える。
このヨハン・カルフリガウならば、ディータの入れ物を作れるのではないのか? ――と。
「頼む! この感じる美を形にさせてくれ! その姿に抱き付いて、ああしてこうして、ぐっと投げて美しい姿を造り出してみたいんだっ!!」
ちょっとなんか、いろいろ心配な人だが……。
やっぱ、止めて置こうか?
ディータに無言で問うと、彼女は静かに頷いた。
『……タダなら取りあえず造らせてみる』
――ホントに、コイツは姫様なのか?
ザルガラの一人称ですが、まだ本編ではありません。
追記
アザナは格闘技を見るのが好きですが、経験者というわけないです。
技の流れ解説は昔書いたのSSのネタを再利用。
フモセ絵をキャラ設定に追加。下のリンクか活動報告を遡ってごらんになってください。