古いモノを、新しくするモノを
2017/04/15 設定ミスを修正しました。
ペランドーとの旧交を……いや、新交を温めていたら、面倒なヤツと出会うハメになったな。
よく貴族が時代遅れとか言われることがある。
伝統とか家柄とか格式とかに拘ると。
しかしそれは一面的なことだ。実際は新しいもの好きだったり、伝統は形骸化させたり、家柄よりは実を取ったりと家によりけりだ。
流行の発信源が貴族だったりする場合もある。
ちょくちょく動きが鈍くて時代遅れになることもあるが、大部分は前を向いて進んでいる。
本当に時代遅れというのは、組合のような存在の事だ。
特に職人関係の組合は酷い。
厳しい徒弟時代を長く過ごし、親方になるのは歳を取ってから。このスパンの長さだけで、充分に古くなってしまうのに、重ねて古い技術で利権を維持しようとする。
ほら、ひどい。
これ以上、説明しようとすると悪口になる。だから良いことも言おう。
長い修行で積み重ねた実績と技術は本物だ。これは間違いない。
一言で言うなら頑固。
柔軟さは軟弱と考えているヤツラ。
頭で考えた事を信じるのではなく、己の腕を信じる。という面は、オレとしても見習いたいところだ。
さて、なぜオレが組合に対して警戒をしているかというと――。
「ポリヘドラ――様ですか? もしや、私の記憶が正しければ、あのポリヘドラ伯のザルガラ様でしょうか?」
「もしやしなくても、そのポリヘドラだ」
「新式魔法で幾人もの皮加工職人を路頭に迷わせた、あのザルガラ・ポリヘドラ?」
しかしまた、はっきり言うなぁ、このガキ。しょせん、10歳くらいだからか。それにしちゃ、しゃべりに鷹揚さと育ちの良さが感じられる。職人の子供の割に、随分と落ち着いている。組合長の娘となると、ちょっとした郷士か。
魔法というのは、突き詰めると万能となる。幼少期のオレは、無邪気に皮加工の新式魔法を編み出した。
生の皮を素材としての革にするには、強い薬剤を使う。これが人間や環境に有害だ。素手で触れれば皮膚は爛れ、油分と混じった際に生じる煙は、失明させる危険性がある。
出身の街で、皮加工職人関係者がひどく苦しんでいるのを知り、オレは考え無しに新式魔法を作り出した。
原理は簡単。分厚い筋肉と毛皮で守られた獣を弱体化させるために使う魔法を、皮加工に応用しただけだ。
効果は覿面だった。
薬剤で皮膚は爛れることなく、事故で二目と見られない顔になるような事もなくなった。煙で失明する人もいなくなったし、川と土壌も綺麗になった。
しかも革製品も安定した品質となった。これはオレが狙った副次効果ではないが、職人が独自に応用した結果だ。
この魔法は、瞬く間に王国に広がった。当初、皮加工組合は導入に反対していたのだが、組合を抜けてまで新式加工を行う職人まで出てきてしまった。
結果、新式魔法を使えない職人は職を失い、同時に皮加工職人組合も弱体化した。
中には薬品を使うやり方で、続ける職人もいるという。
ポリヘドラは一時的に潤ったが、この件でかなりの職人組合を敵に回している。
「ち、これだから小さい店を選んだのにな」
「え? ザルガラさん、なにげにひどくない?」
普通、貴族となれば御用商人や組合を通しての買付をする。それをしなかったのは、オレが組合から嫌われているからだ。
「まあまあ、そんなに警戒なさらずに」
ソフィは口元を隠しながら、くすくすと笑う。顔を隠すヤツは、あまり信用できない。
ガキの癖に生意気なヤツだ。
――オレもか。
警戒を解かずにいると、ソフィはオレを注視しながらペランドーの隣りへと移動する。
「ペランドー。あなたがポリヘドラ様と親しいなんて、知りませんでしたわ。ご紹介してくれてもよろしかったのに」
「ご、ごめん。親しくなったのは、今日からなんだ」
ん? ペランドーとの距離が近い。今にもソフィとペランドーが、手を組みそうな距離だ。そしてソフィはペランドーを意識しているが、ペランドーはそうでもない。
もしかして、もしかすると、これはもしかして、もしかか?
「お、おう。たまたまこの店にきたら、コイツの店でな。せっかくだから、ちょっと魔法の手ほどきをしてたのさ」
押しつけがましい手ほどきだけどな。
なにしろ、このまま放っておくと、ペランドーは回り道をしてしまう。今のうちに軌道修正しておけば、オレの隣りにいて困る事はないだろう。
実力もなく、オレの友人をしていた以前は、なにかと苦労をしていたらしい。
今回は、そんなことがないように――という、オレからのありがたい押しつけである。
というか、足手まといとか困るから、ってのも理由にあるが。
正直、下の中くらいのヤツが回りをウロウロされても危険である。気が気じゃない。いつ、面倒事で怪我するかわかったもんじゃない。
オレだって少しは友達を選ぶ。
「まあ、それは奇遇ですわね。私もこの場にくる予定があったのも、ご縁でしょうかね」
「エン?」
聞きなれない言葉だった。言わんとすることはなんとなくわかる。運命的な意味合いだろうか?
「縁とは……私も詳しく知らないのですが、人同士をつなぐ運命のことのようですわ」
「人間関係限定の運命か」
「そのようなものですわ」
かなり限定的だ。おそらく神など、大きな介在がない関係を差すのだろう。
おぼろげに理解したところで、脳裏に一人の顔が浮かんだ。
――聞きなれない言葉。
まさか!
「アザナ・ソーハか?」
「えっ? ご存知なのですか? あ、ああ。学園の学生でしたのね」
「アザナを知っているのか? 縁という言葉も、そいつから聞いたのか?」
「い、いえ。父と取り引きのある友人がアザナ様をご存知でして……。その際に父が友人よりうかがった、異国の考え方と聞き、およんで、ます……」
強く追求しすぎてしまった。
ソフィが怯えている。
「悪かったな。オマエを脅すつもりはなかったんだ」
大方、アザナが得意げに何かの知識を言ったのだろう。それを真に受けて感銘したか、勘違いしてあやかったソフィの父親が、ところかしこで『縁』という言葉を使っているのに違いない。
アザナのせいで興奮しすぎてしまった。
オレの剣幕に、ソフィが怯えてしまったのだろう。ペランドーは事態が理解できず、おろおろとしている。
「え、ええ。私も――、ザルガラ様と、その……ご関係を悪化させるような、つもりは、決して――」
ソフィから、一気に毒気が抜けた。キツイ目元に、少し涙が見えた。
強がっていたのか。
もしかしたら、無意識に怪物からペランドーを守ろうと、オレをけん制していたのかもしれない。
でもまあオレを値踏みするとは太ぇ奴だが、
よし、ソフィは脳内で友人候補にしてやろう。ペランドーに気があるみたいだしな。
友人の友人は友人であると、脳内会議で決した。
しかし、ペランドーのヤツ――友達はいなかったようだが、恋人候補はいたんだな。
なんで、アリアンマリに横恋慕したんだ、こいつ。
このまま、ソフィと仲良くすれば良かっただろうに。
ペランドーとはそこそこ付き合いがあったが、ソフィの話を聞いたことはなかったぞ?
隠してたのか?
いや、ソフィの気持ちに気が付かなかったのか。
「ところで、ソフィさんよ。あんたなんか、ペランドーに用事があったんじゃないのか?」
「あ、そうでしたわ。今度、誕生会で使うドレスが出来たというので、ペランドーといっしょに取りに行く約束で……」
「ほう――」
デートか?
「そ、そそその目はなんですか! ペ、ペランドーは荷物持ちです!」
ソフィは狼狽えている。
まったく、それってデートじゃねーか。オレはお邪魔のようだ。
「それじゃあ、オレはここらで退散するか。買い物もすんだしな」
「あ、ご、ごめんね。ザルガラさん。せっかく、いろいろ教えてくれたのに、追い立てるみたいで」
「ザルガラって呼べ」
「ザ、ザルガラ……くん」
「……まあ、いいか」
「あの、ザルガラくん、もし良かったら一緒にいかない?」
それは嬉しいが、隣りの娘の目がまたキツくなってきているので断る。
「いいよ。まだこっちも予定があるし」
オレがそういうと、ソフィが安堵の溜息をついた。すぐ隣にいるのに、なぜペランドーは気が付かない。
朴念仁のペランドーに腹を立てつつ憐れむという器用な感情を抱きつつ、オレは鍛冶屋兼武具店を後にした。
「ご予定……。ありませんでしたよね?」
「いうなよ……、分かってても」
ティエが余計な事を言いやがった。
給料減らすぞ。
まあ、二人の前で言わなかっただけマシだが。
しばし感慨深く遠くから店舗を眺めていると、ペランドーとソフィが仲睦まじく……、いや主従のような関係で出かけて行った。
二人を見届けてから、オレは帰路に付こうと踵を返した。――と、ローブの男とすれ違う。
「『ザ君p奈奈奈奈酔、qyxhtえd、zえpgてd』
耳障りな音が、オレの耳に届いた。
「雑音魔法だとっ!」
ありえない音にオレは驚愕した。慌てて振り返ったせいで、ティエが戸惑っている。
ありえないことを言葉にしていたローブの男は、ペランドーたちの後をつけるように、向こうの角を曲がっていった。
雑音魔法。それは大敵者――と、呼ばれる存在が行使する異質な魔法だ。
オレが一度目の人生を送っていた時、18歳の頃に存在が知られた魔法である。
というよりは、一度目の18歳の頃に、突如として、この王国に現れた大敵者が使った魔法だ。
それまで誰も雑音魔法を知らず、大敵者すらも影も形もなかった。
大敵者は王国だけでなく、周辺諸国を混乱と戦乱に巻き込んだ。
あの天才アザナだって、異質過ぎて対処に苦慮した魔法である。結果的にアザナの活躍で騒動は収まり、功績を重ねたが、天才ですら苦戦を強いられた。
その雑音魔法は、この時間には存在しないはずの魔法だ。
「へ、ふへへ……。こりゃどういうことだ、おい。――ティエ。これ持って先に帰ってろ」
オレはティエに、買ったばかりの手槍を投げ渡す。
急なことなのに、ティエはしっかりと落ち着いて手槍を受け取った。
手槍は二の腕ほどの長さで、鞘を抜いて後ろの柄尻に組み合わせると、短い槍となる携帯武器だ。馬上から投げる手槍とは別モノだが、これも投擲に向いている。
武器は人間や魔物を相手にする時は便利だ。しかし、ヤツラを――大敵者を相手にするときは邪魔になる。
「ザルガラ様! ど、どうなさいましたか? な、なにを成されるおつもりで?」
手槍を握りしめ、ティエがオレを問いただす。
「なーに、10年先を行くこのオレが、7年先の時代遅れをちょっとイジメにいくのさ」




