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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
間章 ハウハブユービーン? 
109/373

花の幹 (挿絵アリ)

「て、敵本隊がこっちに来るぞ! せ、先頭は……」

「イバラ夫人だっ!」

 カタラン辺境伯領の兵たちは、自分たちの土地へと攻め入って来た相手を見て震えあがった。

 敵200に味方180と、ほぼ同数の兵力なのだが、先駆けする敵の統率者を見てカタラン軍の兵たちは浮足立つ。


 敵の統率者は、花を模った兜と鎧を纏う異形の伯爵夫人。イバラ夫人こと、マイカ・ネーブナイト夫人であった。

 ネーブナイト夫人は、馬上でイバラを模った星球杖モーニングスターを振り回す。その武器は異常な事に、長い柄にも、星球頭を繋ぐ鎖にもトゲがあった。

 常人であれば、持つだけで傷だらけとなる代物である。


 しかし、彼女の両手は尋常ではない。右肩からは鉄の棒が伸び、それが二の腕となっている。左腕は肘先からトゲの生えたイバラの如き籠手。両手共に細い鉄の棒で出来た指。とても生身の腕が中に納まっているように見えない甲冑である。


 カタラン辺境伯領は今、領境を接する共和国貴族の軍勢の侵入に晒されていた。

 敵はマイカ・ネーブナイト伯爵夫人率いる軍勢である。彼女の夫であるオーラ・ネーブナイト伯は、カタランの宿敵といってもよい因縁のある相手だ。もっとも『今はいない』が――。


 カタランの収める地は、アポロニアギャスケット共和国の南東部と接しているため、常に外敵にさらされている。10年前の王国騒乱時には、エウクレイデス王国混乱の隙を狙って、共和国南東部を治める2人の辺境伯が雪崩れ打ってきた。

 これを撃退し、英雄と名を馳せたカイタル・カタランだったが、未だ外敵の侵入は続いており休まるところをしらない。


「固まれっ! 敵指揮官の先駆けで、騎兵の陣形は長く崩れているっ! あの突撃に圧力はない! まずは固まって受けるのだ! 小隊ごとに隊列を整えよ!」

 前線指揮をするカタラン伯の筆頭家臣であるオーバラインが、浮足立つ兵たちに檄を飛ばした。よく訓練されているカタランの兵は、すぐさまオーバラインの指示に従った。


 急ごしらえの柵と盾を駆使し、カタラン領兵たちは敵突撃に備える。

 オーバラインと後方の騎士たちは、立方陣よる自前の防御を裂き、平面陣で新式の防御魔法を発動させ兵たちに割り振った。 

 オーバラインたちを守る立方陣が分解され、正3角形陣となって散らばり、盾を構える兵たちの前に翳された。


 果たしてそれは一定の効果を発した。

  

 ばらけた敵の突撃はほとんど効果を発さず、カタラン軍の領兵たちはこれを押し返した。

 騎兵の攻撃を歩兵が耐えられるはずがないのだが、細いながら丸太柵が折れつつも耐え、オーバラインと騎士たちの平面陣と防御魔法が兵士を良く守ったからだ。


 しかし、例外がいた。


 異形のネーブナイト夫人の馬は……いや彼女のモーニングスターは8人もの兵を薙ぎ払い、後方にいた騎士の1人を馬上から突き落とし、指揮を取るオーバラインの元まで突出してきた。

 崩れた一角を突かれて数人の大盾を持つ歩兵が討たれ、敵騎兵が陣内に侵入を始める。


「むぅ……」

 3人の騎士に守られながらも、オーバラインは背中にながれる冷や汗を抑えられない。

 

「ああっ! あんたたちじゃぁ、だぁめなのよっ! あんたたちじゃぁっ、あの方のところにぃ、イケないわぁっ!!」

 ネーブナイト夫人は、嬌声にも似た声を張り上げてモーニングスターを振るう。

 盾を翳す護衛の騎士をモーニングスターの横殴りで馬上から落とし、イバラの鎖を左手で引いて星球頭を小さく引き戻し、懐に突きこまれた槍を薙ぎ払う。

 槍を折られた2人の騎士は、すぐさま剣を抜こうとするが間に合わない。

 尋常ならざる膂力で振り回されるモーニングスターが、速度を増して騎士の肩に命中し、隣りの騎士も巻き込んで吹き飛んだ。


「オーバラインさぁんっ! あの男……カイタル・カタランはぁ、どこかしらぁっ!?」

 ごぉんごぉんと空を切る音には聞こえない音を立て、星球頭がネーブナイト夫人の周辺を回転する。

 トゲの生えた鎖が、空を切る音に異音を混ぜる。


 その音はオーバラインを恐怖させるに充分だった。


 これまでか、とオーバラインが覚悟した時!


「待たんかぁぁぁっっ!!!! 全軍突撃っ!!!!」

 地面でも割りそうな吶喊とっかんが、オーバラインの後方から轟いた。

 オーバラインの主、カイタル・カタラン伯の雄姿が遥か後方にあった。

 さらにカタラン伯が率いる騎兵は40。これで僅かだが、カタラン軍が数で上回る。


 援軍が間に合った――、とオーバラインはホッと全身で溜め息をついた。


「きたきたきたぁっ!!」

 増えた敵を――いや、カタラン伯を見つけて、ネーブナイト夫人の左目が光る。

 オーバラインなど見えないとばかりに、少ない手勢を連れてネーブナイト夫人の異形がカタラン伯へ向かって駆け出した。

 見逃された形のオーバラインは、気を引き締め直して周辺にいる敵に対処する。


 ネーブナイト夫人は後方の味方など知らないとばかりに、カタラン伯へと向かう。


 左目が怪しく光るネーブナイト夫人。

 一方、カタラン伯は兜の下で渋面だ。


「……どうする?」

 槍を握り直し、カイタル・カタランは自問する。


「どうする? カイタル・カタランよ……」

 自問を繰り返す。

 カタラン伯がそんな自問を繰り返すうちに、ネーブナイト夫人が迫ってきた。


「今日はぁ、どこをぉ、あの人のところにぃ、連れて行ってくれるのかしらぁぁぁぁっ!!」

 ネーブナイト夫人の嬌声も迫ってくる。

 カタランは無言で鋭く槍を突きだし、ネーブナイト夫人のモーニングスターは激しく回転する。


 2人が交差した瞬間、ネーブナイト夫人の首……いや、兜が上空に吹き飛んだ。

 対するカタランも無事ではない。

 盾が大きく凹み、支えていた腕が痺れて手綱を緩めてしまう。これにより馬の反応が鈍る。

 

 一方、兜を弾かれたネーブナイト夫人は、周囲に群がるカタラン軍騎兵をモーニングスターで薙ぎ払う。


「いつものことながら、恐ろしいご夫人だ……」

 カタランは部下が馬上から落とされる様を振り返り見て、ネーブナイト夫人の膂力と異形の両手と、魔法の強化に舌を巻く。

 手綱が上手く操れず、カタランはゆっくりと馬の首を巡らせて旋回する。


 その間に、ネーブナイト夫人は兜を吹き飛ばされた自分の姿に気が付いた。

 

 彼女には右目がない。5年前の国境進攻のおり、カタラン伯の槍で耳と周辺の肉ごと削がれ、今は大きな眼帯で顔の大部分が覆われている。


 異形の左手で鼻を抑える。2年前の一騎打ちのおり、左手はカタラン伯の剣で肘から先を切り落とされた。今はゴーレムの技術を応用した義手である。左手の甲はおろし金のようになっており、前腕部は大きなトゲとイバラで覆われている。


 トゲの無い右手で鼻を拭う。3年前の遭遇戦のおり、カタラン伯の剣で肩から切り落とされた。右腕の籠手だけは、イバラの衣装があるものの女性的である。


「あああああっ! 私のぉ……私の鼻がぁぁぁっ!!」

 拭った右手に付いた血を見て、ネーブナイト夫人が絶叫した。 


挿絵(By みてみん)


「まだある! なんでよぉ……まだ潰れてないじゃなぁい! これじゃぁ、あの人のかぐわしい匂いを嗅げないじゃないのぉっ!」

 澱んだ目でネーブナイト夫人は、奇妙な事を叫んだ。

 

「ああぁ、見えるのよぉっ! お前が潰した右目にあの人の姿がっ!! 聞こえるのよっ! お前が切り落とした右耳がっ! もっと私の身体を抱きしめたいってぇ、あの人の囁く言葉がっ!! ああぁん……両手だけじゃ、私もあの人も満足できないのよぉっ!!」

 狂気に満ちた嬌声に、カタランも騎士たちもたじろぐ。騎士たちは純粋な恐怖だが、カタランは違う。

 カタランを萎縮させるそれ(・・)は、罪悪感である。


 10年前、まだ幼かったネーブナイト夫人の夫、オーラ・ネーブナイト伯を討ち取って、カイタル・カタランは英雄となった。

 その頃、王国は内乱の渦中にあった。


 王統の血が弱い傍系カトプトリカ家のエンクレイデルが王位に付き、不満を持った貴族連合が蜂起した。

 これを機としたアポロニアギャスケット共和国は、エウクレイデス王国へと進攻を開始。


 王国中央が混乱しているため、援軍は期待できない。むしろ中央の騒乱が、前線に悪影響を与えるほどであった。

 北部の辺境伯は相次いで降伏か討ち死にし、大湖の王国水軍は外海に押しやられ、北海の貴族連盟水軍はほぼ壊滅。

 南部が突破されれば、四方から雪崩を打って共和国軍が王都に攻め込むところだった。

 そこを救ったのがカイタル・カタランである。

 進攻してきた共和国軍をカイタル軍のみで迎え撃ち、ネーブナイト伯を始めとする数々の将を討ち取って、敵の大戦略を乱した。


 そののち、カタランは敵領内に逆進攻してかく乱を行った。

 

 領土拡張の侵略ではないため、カタラン軍は縦横無尽に動きまわり、神出鬼没の奇襲で共和国軍に大きな混乱を与えた。

 この隙に、王国軍は叛徒である貴族連合軍を鎮圧。

 王都は救われ、共和国は各地で撃退された。


 その陰で――。

 カタランに夫を討たれ、残された幼いマイカ・ネーブナイト嬢……いやマイカ・ネーブナイト夫人。


 彼女の夫オーラは婿であり、マイカこそがネーブナイトの血を引く正統の当主である。しかし、そんな事情を感じさせないほど、兄妹のように仲の良かった2人――。

 そんなマイカ・ネーブナイト夫人がオーラを失い、幼くして未亡人となれば、カタランに憎悪を向けるのは至極当然である。

 

 成長したネーブナイト夫人は、その憎悪を携えてカイタル領に単独軍で進攻。

 この時、彼女は右目を失った。いや、カタランが彼女の右目を奪った。


 戦とはいえ、幼い少女の右目を奪った罪悪感に立ち尽くすカタラン。

 

 激痛で泥の上でのた打ち回る幼いネーブナイト夫人だったが、その声は喜びの声だった。

 彼女は泣き笑いながら、虚空に向かって喜びの声をあげる。


「オーラ様! オーラ様っ、いらしてくださったのですね!? ああ、お会いしとうございましたっ! とてもとても長く、お待ちしておりましたのっ! オーラ様ぁっ!」

 失った右目で、亡き夫が見える。

 ネーブナイト夫人は当時12という年齢に相応しい子供の笑顔で、虚空を抱きしめようと戦場を彷徨い始めた。


 狂った――と、カタランは思った。いや、狂わせてしまったのだが……カタランが。


 虚空にいる夫を追いかける少女と、それを憐れみ、戦いの手を降ろして見守る両軍の兵。

 こうしてカタランとネーブナイト夫人の初戦は、奇妙な形で終わる事となった。

 

 後日、聞いた話によると、ネーブナイト夫人は夫を殺したカタランによって肉体が失われるたび、その部位が夫オーラの元へ送られると思い込むようになったという。


 以来、彼女は自らの肉体を夫の元へ送るため、そして恨み晴らすためにとカタラン領へと進攻を繰り返し始めた。

 彼女の兵たちも、幼い当主の狂気に当てられたのか、無謀な戦いでも血気盛んに付き従う。

 

 度重なる狂気の進撃を前にして、罪悪感に老いも重なってカイタルの剣先も鈍るばかりだ。


「もっとぉ……もっと私の身体をあの人のところに送ってぇっ!!」

 鼻血にまみれた顔を恍惚とさせ、ネーブナイト夫人はモーニングスターを構える。

 その彼女に対峙するカタランは、ただ無言で待つと英雄らしからぬ態度だ。


 いっそ、討たれてしまえばどれだけ楽なことか――。


 最近では、そんな考えすらカタランの頭に浮かぶ。


 カイタル・カタランは、英雄の名と罪悪感に押しつぶされそうになっていた。


「あのザルガラに……若者たちに英雄を譲れればどんなに気が楽になるか――」


前回はちょっと滑稽な敵でしたが、今回のマイカ・ネーブナイトはガチの敵です。

多少、カタランが罪悪感で及び腰でも、互角以上に戦えます。


挿絵描いてるうちにどんどん属性加わって別人となり、話も変わるほどです。

自分、変態もいいけどこういうキャラ描きたいんですよね……。話暗くなるからいけないけど。


彼女の短編はあと一回ほどありますが、たぶん数回後です。お楽しみに。


あ、サブタイは話題の人気作にあやかってます。

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