エカントの呼び声 (挿絵アリ)
敵役側の短編です。
最後にちょっとアザナとザルガラ出ますが、三人称で通します。
9/18 挿絵追加
アポロニアギャスケット共和国。
元々はエウクレイデス王国と1つであり、大陸の大部分を支配する帝国を名乗っていたが、今は分裂し王を頂かず、貴族共和制を引く大陸西部の大国である。
人治のエウクレイデス王国に対して、アポロニアギャスケットは慣習的な政治体系を持つ。
そのため、古来種がこの世界から去った当時の「形」を色濃く残している。
かつての支配体形、古来種とそれ以外――支配者と被支配者という二分化を真似て無理な国家体制を強いている。
中位種に過ぎない人間を絶対的支配者とし、それ以外を被支配者とする古来種時代の写し絵のような国であった。
エウクレイデス王国のように、中位種されていない人間や亜人を騎士や士族として取りたてたり、功績があれば郷士などの地位を与えるような慣習はない。
国としては鉱物資源に富み、大陸一の各種技術力を持つ強国である。
しかしながら、西には古来種の支配すら跳ね除けた古代竜の住む未開の霊峰。南方、北方の海運はエウクレイデス王国に抑えられ、東は大陸に横たわる大湖によって中央への進出が限られていた。
そして国内の険しい山々。
こうしたさまざまな理由によって、自然と大陸の強国でありながら閉ざされた環境にあった。
その首都エカントは大陸のやや西より、暗い山が連なりが途切れた土地にあった。
もとは古来種が作った採掘拠点であり、今でも稼働する当時の採掘魔具や運搬魔具が残る。その恩恵を受けて大きく発展した都市である。
周囲の山に押されるような街並みには、独特な暗さがある。まるで住む人々の心を反映しているかのような圧迫感だ。
寒暖差が大きく霧が発生しやすい環境も、また薄暗さを演出しており、街を歩く人々は昼は軽装で、夜はコートを羽織るという生活を強いられている。
古来種時代に埋設された魔石の軌道があり、重要な交通機関として馬車と共に走り回っていた。
家屋はタウンハウスと呼ばれる3階建てから5階建ての縦割りの長屋が軒を連ね、整った街並みは無機質さを強調していた。
だがそれでも街に活気はあった。街の人々がいかに渋面であろうと、暖かい営みはしっかりと見える。
そんなエカントの街に夜の帳が降り、霧が路地のあちこちを満たし始めた頃。
エカントの貴族が住まう区画を、4頭立ての立派な馬車が走る。
やがてとりわけ大きな屋敷の門を潜り、緑豊かで広い庭の長く穏やかな道を抜けて馬車は玄関へとたどり着く。
玄関前と内に居並ぶ大勢の使用人たちは一斉に礼をし、主人の下車を出迎えた。
護衛によって馬車の戸が開けられ、中から1人の男性が姿を現した。
後ろに撫でつけた銀髪と、高い鼻に瞳が見えないほど細い目が特徴の温和な壮年の貴族だ。
彼が馬車から降り立つと、張り詰めた空気が屋敷全体を覆った。
貴族の名はティコ・ブラエ侯爵。
アポロニアギャスケット議会を……ひいては共和国を実質動かしている12貴族の1人である。
「お帰りなさいませ。ご主人様」
玄関ホールで、老齢の貴族が出迎える。この老貴族は陪臣の男爵だが、その姿は貴族でありながら、態度はまるで使用人のようである。
豪奢な屋敷。そして使用人と臣下の態度が、ブラエ侯爵の力を如実に語っていた。
ブラエ候は老男爵を伴い、廊下を歩み進む。不思議なことに使用人は通路に姿すら見せない。主人が屋敷に入る時間は、使用人の動線が重ならないよう屋敷が作られ、仕事の時間調整もなされている。
「ブラエ様」
「なんだ?」
自室で寛ぐ前に、執務室へと立ち寄ったブラエに老男爵が畏れながらと声をかけた。
机に置かれた手紙を開こうとしていたブラエは憮然としながらも、老男爵の顔色に気が付き耳を傾ける。
「モノイドが沈黙いたしました。いかがいたしましょうか?」
ブラエは短い報告を聞いて、すべてを理解した。
逐次、別ルートから情報を得ていたため、エンクレイデル王国に潜入していた同胞の苦境を知っていたからだ。
「……そうか。ヤツは失敗したか。最悪――計画が5年は遅れることになるだろうな」
人(中位種)の貴族に過ぎないブラエは、上位種である吸血鬼モノイドをヤツと称した。
ブラエは諦めたように執務室の椅子に座り、手紙を開いて目を通す。
領地経営の中間報告――の偽装をした招請会からの連絡内容であった。
旧支配者である古来種を、この世界へ呼び戻そうとする招請会。そこからの多大な資金供与の要望書である。
老男爵の報告と比べたら些末なモノだった。
手紙を机の上へ無造作に投げ、椅子に深く座りこむ。
共和国貴族ティコ・ブラエ侯は、招請会の会員だが、本部とは関係があまり良くない。
もはや独自の活動をしているといっても過言ではなかった。
――そろそろ本部を整理するか。
古来種の代入先とすべき孤児の確保は、モノイドの失敗によって大幅に遅れるだろう。
頭が痛い。
「この分では予備の計画を持ちださなくてはいないかもしれない。まったく彼がモノイドの妨害をしているとは聞いていたが――。まさか計画まで潰してくるとはな」
困ったものだとブラエは深いため息をついた。
「しかし不思議でならないのですが、ブラエ様」
ブラエが一息ついて気持ちを静めたところで、老男爵が質問をする。
「彼は我々の仲間ではなかったのですか?」
「……私も分からぬ」
老男爵の疑問に、ブラエは首を振って答えた。
「なにか事情があるのか……。それとも本当に裏切ったのか」
はらりと零れた前髪を払い後ろに撫でつけ、ブラエは細い目をカッと見開いた。
赤い。赤く同心円の瞳――。
赤く光る【精霊の目】があった。
「一度、この目で確かめて見るべきかもしれんな」
* * *
翌日、ティコ・ブラエはゴーレム工房の視察に向かった。
ブラエ候は12貴族の中でも、特に魔具やゴーレムの開発へ力を入れていた。
金食い虫であまり大きな見返りのない部門だが、ブラエはこれらに惜しみない投資をしている。
エカント郊外で騒音を掻き鳴らし、蒸気を吐き出す工房へと足を踏み入れる。
大型魔具や加工魔具が散らばる大きな工房の一角に、居並ぶ真新しいゴーレムがあった。ブラエは迷わずそちらへと足を向ける。
ブラエ候に気が付いたのか、作業をしていたグルグル眼鏡の丸っこい小さな女の子がスパナを放りだして立ち上がった。
「これはこれはブラエ様! 今日もたいへんっ! 赤いですねっ! 素晴らしいですねっ!」
丸っこい女の子は、微妙な褒め言葉でブラエを迎える。
彼女の名はリマクーイン。小さいので子供に見えるが、立派な大人である。リマクーインはドワーフの成人女性だ。
ドワーフの女性は比較的幼い容姿のまま成人し、老成していくに連れてそのまま小さなおばさん、おばあさんとなっていく。
「リマ。新型のゴーレムの製作は進んでいるか?」
微妙な褒められ方をされたブラエ候は、気にすることなく進歩状況を訊ねた。
「はい! それはもちろん! 現在、8割は完成しています」
「うむ、そうか。意外と順調のようだ。安心したぞ。もしかしたらこちらを古来種の方々の代入先にしなければならないからな」
「……そういう事態になったのですか?」
心配そうに両手を握り小さくなるリマクーイン。
それを見下ろし、ブラエは小さく笑って見せた。
「ああ、そうだ。計画が遅れている。だからこそ、貴様には期待しているぞ」
「おまかせください!」
リマクーインは両手を振り上げてから、大げさな礼を取って見せた。
頭を下げるリマクーインを目を逸らし、打って変わってブラエ候は不満そうに告げる。
「それから……あのゴーレム使いに貸与した貴殿自慢のゴーレムは、どうやら全て破壊されたようだ」
「そうですか」
リマクーインの反応は薄い。
「しょせんは偽装と運搬に特化したゴーレムですからね。本格戦闘では後れを取ります」
リマクーインのゴーレムは、用途に合わせて最適化される。特化型製作に自信持っているリマクーインだが、その特化された偽装をアザナとザルガラ両名に、あっさりと見抜かれていたことを知らない。
「それでですね、ブラエ様。古来種様の代入先ということで、発声機能を新型ゴーレムにつけてみました」
「ほう! そうか。それは考えが及ばなかったな」
ブラエ候はリマクーインの報告を聞いて、なるほどと顔をほころばせた。
ゴーレムに古来種を宿らせて、仮に肉体としたとしても、会話能力が無くては困る事が多いだろう。
リマクーインの発想と技術力には、いつも驚かされる。と、ブラエは殊更喜んで見せた。
「では、早速ですが、お聞かせしましょう!」
リマクーインはそう言って、近くのゴーレム一体を起動させた。
ゴーレムの目に魔力が宿り、背筋を伸ばしてソレは叫ぶ。
『ティィィィコォォォ・ブブブブゥゥゥゥラァァァエェェェエェェッ!!!!』
怨霊が生者を地獄の底に引きずりこむような絶叫!
それがブラエの名で新型ゴーレムから発声された。
「どうですか、どうですか? ブラエ様ぁ。ブラーエ様のお名前を言えるんですよ、この子」
子犬のようにはしゃぐリマクーイン。
「お……う、うむ……」
だが、怨念こもる声で自分の名を呼ばれたブラエは、引き攣った表情で微妙な反応を示すだけだった。
――怖えぇ……。
平然としているようだがブラエ候は内心、ビビりまくりである。
「ところでこ、こいつ……。いきなり私の事を襲ってきたりせんよな?」
新型ゴーレムの恨みつらみのこもったような声は、心胆を寒からしめるものがあった。
『ティィィィコォォォ・ブブブブゥゥゥゥラァァァエェェェエェェッ!!!!』
ふたたびゴーレムが叫んで、ブラエ候は身を竦めた。
この日、共和国首都エカントで何度も叫ばれたティコ・ブラエ候の名。
12貴族に恨みを持つ、前政権の貴族たちの霊が怨念こもる呼び声を地獄から放ったという噂がエカントで広まった――。
* * *
『ザァァァァァルゥゥゥッガァァァァァァッラァァァァァゥワァオオオオンオンオンンッ!!!!』
雨にけぶるエウクレイデス王国の王都エンクレイデル。
エンディアンネス魔法学園学園の時計塔で、怨念のこもったような低く不気味な声が響き渡った。
時計塔の鐘が大音量に反応し、ザルガラを呼ぶ声にワァンワァンと不安を覚えさせるハーモニーを添えた。
「…………おい、アザナ。なんだこれ?」
長期休みにもかかわらず、時計塔に呼び出されていたザルガラは、床の上で叫び声を上げたゴーレムを指差してアザナに問いかけた。
問われたアザナは、笑顔で答える。
「しゃべるゴーレムを作ってみました」
「しゃべるっていうか……。親兄弟を殺された子が、恨みつらみを抱えて30年熟成させたような怨嗟の慟哭だったぞ」
「確かにそんな感じですが」
「自覚あるのかよ……」
「それでも心外です、先輩。せっかくザルガラ先輩の事をちゃんと識別、認識して、名前を呼んだのに」
「何気にスゲェ技術革新だが、個人識別できるほど技術があるならば、もうちょっと音声の方を何とかしろ」
――それからしばらくして……。
学園では、夜な夜な恨みのこもった声で、ザルガラの名を叫ぶ幽霊が現れるという噂が広まった――。
ロリドワ設定なのはご容赦を。結構、これはこれで差別化になるので重宝します。
なんか前章に組み込んでもいいような短編ですが、後半パートのせいで分離しました。
追記:三話前の【謎の残る決戦 (挿絵アリ)】へさらに挿絵追加しました。どうぞ見てください。