そして彼もうまくいかないリザルト
長期休みの始まり数日。
なにかと面倒な……アポロニアギャスケットの吸血鬼とかがなんか暗躍とか色々とそういう事態も収まり、オレは家令のマーレイを伴って、久しぶりに鉄音通りの孤児預かり所へと向かうことにした。
ペランドーとの課題もあるし、これからはなるべく顔を合わせた方がいい。ワイルデューたちもローイを気にして孤児預かり所に出入りしているらしい。連絡や共同作業はその時にやれば、なにかと面倒が省けて課題も捗るだろう。
普段、屋敷にいるべき家令を連れて来ているのは、孤児たちの一時受け入れでいろいろと面倒な手続きもいるからだ。書類やら調整は、マーレイに任せているからな。もしも何かあったら、マーレイに投げるつもりでいる。
朝まで降っていた雨も止み、晴れ間の道中を歩いていると、買い物中のマルチと偶然出会った。
「あ、こんにちは! ザルガラ様!」
「よう、マルチか。元気か?」
今回は、一目でマルチと気が付いた。
なんていうか、こう……アザナは輝いて見える。たぶん、なにか力みたいなモノが見えるのか、アイツはいつも光っている。
別にマルチに魅力がないってわけじゃない。アザナは……そう、特別なんだ。
――変な意味じゃないぞ。
「ええ、もうすっかり元気になりました。ザルガラ様のお陰です! それに父にも仕事を用意して頂いて、とても助かりました! ありがとうございます!」
「あ~、なぁに、一時的なもんだ。新商売が軌道に乗るまで……だ」
買い物袋を持つマルチに礼を言われ、素っ気なくオレは応じた。
「でも、これでまた料理で仕事ができると父も大喜びです」
「……そうだな」
ベルンハルトとマルチには、孤児たちを一時預かっている倉庫で炊事を任せている。アマセイが怪我から回復しきれておらず、孤児たちが増えたし、その家事の負担を減らすためだ。
さらにプレート親子は、鉄音通りで仕事する鍛冶屋への弁当宅配なども行っている。商売にも厨房を貸すという意味で、オレが手助けしている形だ。
なかなかプレート親子の弁当は好評らしい。ベルンハルトが厨房に入りっきりになるので、あの格好を晒さずにすむからな。
宅配するのはマルチか孤児院の子だ。誰もあのミニスカオヤジを見なくて済む。これがなかなか当たったようである。
路面の水たまりを避けながら、オレたちは鉄音通りの元倉庫へとたどり着く。
門扉は手付かずだが、倉庫の改装はちゃくちゃくと進んでいるようだ。雨が止み、作業員たちもぼちぼち仕事を始めている。
よくみれば、その中には白柄組の面々がいた。大工仕事を手伝っているようで、士族子弟でありながら、働く姿がなかなか様になっている。
「では、ザルガラ様。私はご飯の準備ありますからこれで」
改装作業員たちの昼食も賄っているようで、マルチは忙しそうに倉庫内に作られた仮厨房へと去った。
今、マルチのヤツがアザナと同じように、食事をゴハンって言ったが、もしかして意外と使われる言葉なのか?
オレはそんな疑問を抱きつつ彼女を見送ってから、ゆっくりと倉庫の改築具合を確認する。
「おーおー。思ったより進んでるねぇ」
『おー、立派だねー』
タルピーがちょろちょろと駆け出し、作業員の合間を縫って倉庫の中へと駆け込んでいく。
オレとディータはそんなタルピーに呆れつつ、倉庫の改修加減を確かめる。
「随分と……、これはしっかりとした補修ですな」
睨むような観察の目をしたマーレイが、倉庫の改築具合を見て感心の声を漏らした。
「ああ、確かにこれは……って、やりすぎじゃねーか?」
隙間風を防ぐため、少ない窓を嵌め直すのは分かる。
崩れかかっていた壁を補修するのも分かる。だが、ご丁寧に補強までされているのはやりすぎじゃないか?
それになんとなく作業してる人数も多いような……。
「これはこれは、ポリヘドラ様。進行具合の確認に参られましたか? この分ですと、青の月になる前に終わりそうですよ」
「ああ、そうか。頼んだぜ」
道具を背負った大工の棟梁が通りがかり、オレに頭を下げてから作業場へと向かう。
大工の棟梁に続き、細面の職人らしき男もやってきてオレに挨拶してきた。
「初めまして。あっしは建具屋のソルツィと申します」
「お、おう」
建具屋?
返事してから思ったが、なんか建具が入り用なほどちゃんと直すつもりは――。倉庫のモンを直せば済むと思ってたんだが――。ドアとか新しく作らないといけないのか?
などと考えていると、またオレの前を横切る男が頭を下げていく。
「ちわーす、左官屋のもんですぅ。よろしくおねがいしますわ」
「お、おう」
「こんちゃー、石屋ぁーッス」
「あ、あぁ……」
「おはつー、植木屋のー……」
「え? ちょっと――」
おいおい、なんか業者の出入り激しすぎないか?
植木ってなんだ?
石?
石壁貼るの? まさか庭石とかじゃないよね?
オレは激しく不安になった。
「お、おい。誰か……」
「やあっ! ポリヘドラ様。ようやく来られましたな!」
問い正すため業者の1人を呼び止めようとすると、後ろから誰かが声をかけてきた。
呼びかける態勢のまま振り返ると、そこには立派な服を着たブトアの姿があった。
「この度は、ポリヘドラ様も大活躍でしたな。わたしもそろそろ王都を去り、故郷で活動しようとおもってたのですが、アマセイさんから話を聞きまして……。これで最期に王都でいい仕事ができそうです」
「……は? ブトア……なんでいるんだ?」
「おや? ベデラツィ殿から伺っておりませんか?」
「なんのことだ? さっぱりなんだけどよ」
今のオレは、そうとう妙な表情をしてるだろう。睨んでいるつもりだが、呆けているに違いない。
ブトアはそんなオレの顔を見て、少し戸惑っていた。
「あ、おはようございます!」
ブトアのおっさんと見つめ合っていたら、私服のグッドスタインが書類と板を抱えてやってきた。
グッドスタインに経理の一部や管理を任せているとベデラツィから聞いていたが、いろいろと駆けずりまわって大変なようだ。目の下の隈が、如実にそれを語っている。
だが、なんでそんなに忙しいんだ?
仕事が――多い?
訝しがるオレに、グッドスタインが一枚の書類を板に固定してから差し出してきた。思わずソレをオレは受け取る。
「ちょうどいいところにいらっしゃいました。こちらの書類にサイン願えますか?」
「え、あ、おう」
言われるがままサインしようとしたオレだったが、途中まで書いたところでたまたま書類内容が目に入った。
危なかった。貴族として安易にサインするのは危うい。
辛うじて最後の一文字、締めの横ラインを書く前で手が止まる。
「なあ、これ……移管受託書か……?」
「はい。これで正式に孤児院として認められます」
「……ん?」
何を言ってんだ、グッドスタイン?
事態が飲みこめないので、書類をちゃんと読もうとしていたら、なぜかオレの右手が勝手に動いてサインを書き終えてしまった。
『あ、動いた』
ディータがオレの右手を勝手に動かしたらしい。
できちゃった、と驚いている顔をしてオレの右上に浮いていやがった。
「な、なにやってんだよ、オマエ!」
『……動かせるかな? って思った』
「ふざけんなよっ!」
オレの右手は今、高次元体と重なっている状態だ。どうやらその右手に手を添えて、ディータが動かしたらしい。
「ど、どうされたんですか?」
「ああ、悪い。なんでもない……」
何もない虚空に向かって叫びだしたオレを見て、グッドスタインが怯えるように下がっていく。
その手にはいつの間にか、サインを終えた書類があった。
「で、では自分は手続きに行ってまいります」
「ちょ、ちょっと待」
「いやあ、これでポリヘドラ様のお救い孤児院も、これでやっと本格的に始まりますな。ところで名前はどうされますか? ザルガラ孤児院ですか? ポリヘドラ孤児院でしょうか?」
「ごめん、もしかしてなに? オレが孤児院に手を出すことになってんの?」
「……違うのですか?」
「いや……」
一時預かるつもりだったのだが、どこでそうなったんだ?
別に孤児院を経営するつもりはないんだが――。さっきの書類は移管手続きだよな?
一時的な孤児の所在証明とか、そういうモンを証明する書類じゃなかった。
「運営費などはご心配なく。私の方からはもちろん、ベデラツィ殿だけでなく、あちこちから金銭のみならずあらゆる協力の申し出がありましたので。あの白柄組などは、将来の兵站訓練を兼ねてといって人を集めましたし、鉄音通りの郷士カリフルガウ様もいろいろと融通してくれ――」
運営費?
オレはそんなこと知らないぞ。
あー、もしかして……。
「運営費というか、オレがベデラツィに渡した金はせいぜい当座の資金くらいなんだが――」
「おーい! ブトアさーん!」
「どうされましたか!? あ、すみません。また今度――」
「あ、ちょっと――」
ブトアを問いただそうとしていたら、そのブトアが作業員に呼ばれて去ってしまった。
去っていくブトアを見送りながら、黙って3歩後ろに控えるマーレイに訊ねる。
「なあ、もしかして孤児院再建の話になって、それをオレが主導してることになってんのか、コレ?」
「どうもそのようですな」
マーレイが他人事のように同意した。
「いや、別にいいけどさ。なんでこんなことになってるわけ?」
結果的にはアザナの息がかかった孤児たちを、オレの懐に入れたわけだ。アザナが魔具やら発明品を孤児院に持ち込むたびに、オレがそれを盗み見る機会が増えたといってもいい。
しかしながら、どこか恣意的なものを感じる。
――誰だ?
誰の意志だ?
「うまくいかないものですね」
俺の性格を少なからず理解しているはずのマーレイが、慰めにもならない感想を言った。
「マーレイ! オマエ、家令だろ? ガキのくせに過分な仕事してるオレを止めろよ」
「はっ。……は?」
オレの無茶振りに一度は同意したマーレイだったが、何事かという顔を上げて首を傾げる。
「ですがザルガラ坊ちゃん。過分な投資などであればお止め致しますが、適度な慈善活動となるとむしろ推奨するべきことでして」
「これは過度な慈善活動じゃないか? うちの財政じゃいざって時キツイだろ?」
「止めるならベデラツィ商会への投資時点でお止めいたします。小口なので特に何も言いませんでしたが……」
「そうだったな……」
額を押さえ、落ち込むオレにマーレイが追い打ちをかける。
「それにこういう事は誰が号令をかけたかが重要なのです。道端で、どこのダレも知れぬ者が、アレをやるぞ。コレを成すぞ。といっても誰もついてきません。人を引っ張る、引き寄せる。資金を集める、出させる力のある者の声が人を動かすのです」
「オレが人を動かしたってことか?」
「ザルガラ坊ちゃんの、名と権威と実績が、ですな」
なるほどな。
オレが半端な事をしようとしたら、「あのザルガラのことだから最後までやる」と周囲が思い込んで徹底したわけか。
権威が人を呼んで、金を招き込んで、後から法やらが追認する。
転がったら勝手に巻き込んで膨らんだ、ってところか。
「……うまくいかない、か。まったくその通りだな」
勝手にオレを怪物と呼び、勝手に怪物の幻想を被せて、オレ自身もそれを真に受け、萎縮しながらも怪物と振る舞う。
ソレと同じだ。
まあ……怪物と呼ばれて、周囲の人間がソレに応じて動くより、幾分マシな状況とも思える。
悪くはない。
だが、納得できない。
「正直、名ばかり売れて格がついてきませんが、そろそろお出かけには騎乗か馬車を――」
納得できず歯ぎしりを立てるオレに、マーレイが嫌な小言を口にしてきた。
「そんなこと言ったら、名家のイシャンなんて1人で服脱いでそこらをふらっふら歩いてるぞ!」
「他所は他所、うちはうちです。早速、家紋入りの馬車を仕立てましょう」
「やめろ。そういうの嫌なんだよ、オレ……」
馬車は窮屈だし自由に歩けない。馬上は、なんか理由を並べられないが嫌いだ。特に街中では。
ほんの少しだが、面倒な事になってきたな。
今までは名ばかりで落ちぶれた家の怪物くんで済んでた。
あっちから目を逸らしてくれる立場だったのに、このままでは、やたらと注目されることだろう。
オレは頭を抱えながら考える。
考えろ!
見つけろッ!
こんな事態に、そうそうなるわけがない!
誰だッ!
無意識がソレを見つけた。
オレの視線がソレを追いかける。
倉庫の隅で、子供たちをあやしているアマセイの姿。
視線が絡む。
熱いが情熱的な視線ではない。
熱くて相手を燻すような視線をオレが放ち、アマセイはそんな視線を暖かく迎え入れやがるっ!
・オ・
・マ・
・エ・
・かっ!!
何一つ失わず、すべてを手に入れたアマセイ。
確かにこの騒動で、長年経営してきた孤児院を失ったが、それ以降は得るばかりのアマセイ。
間違いない。
ヤツがアレコレと都合よく言葉を弄して、人心を操ったに違いない。
ベデラツィも、ボトスも、グッドスタインも、業者連中も、巡回局も王都騎士団も、何もかも――。
ウソは言わず、誰もが都合よく錯誤するような事――。
「やってくれるじゃねぇか……」
ここまで見事に弄ばれたのは初めてだ。
アマセイを真正面に見据え、聞こえる聞こえない関係なく見栄を切る!
「いいぜ……。テメエが何でも思い通りにできるってなら、まずはその勘違いを……」
『ザルガラさまーっ! 助けて―っ! なんか、なんか変なの引っかかったーっ! 変な動きしてないで助けて―っ!』
アザナの発明品を頭や尻にひっ付けたタルピーが、倉庫から飛び出して来てオレの決め台詞を遮りやがった……。
あんにゃろう――――でかした!
そのまま発明品を頂いてこい!
しかしまあ、なんだ。
「うまくいかねぇな……」
そう言って天を仰ぐと、ディータがいた。
オレを見下ろすディータ
『……私は良いと思う』
ああ、それもそうか。
悪くないんじゃない。
オレが怪物なんかじゃないなら、もうなんでも――『良い』。
ひとまずここで3章終了です。
9/15追記:第4章だった…
反省点として、章単位でもあまり謎を引っ張るのは良くないと思いました。
次からは短いセンテンスで解決させるのもいいかな?
しばらく世界観を補うフレーバーな短編やら、ザルガラ周囲の名有り名無しの短編、新変態やら旧変態の家族やら一杯ネタが貯まったので、その辺を書いていきます。
ザルガラの当面の敵となるアポロニアギャスケット方面の短編も2つ、3つあります。
お楽しみに!