謎の残る決戦 (挿絵アリ)
イシャンが放った魔法の槍が、ストーンゴーレムの胸に突き刺さり、半瞬の間を置いて爆裂した。
ストーンゴーレムが爆炎に包まれ、重い岩の破片が周囲に飛び散る。
煙が晴れたそこに残っているのは、上半身を吹き飛ばされ、活動を停止したストーンゴーレムの足だけだった。
「ふう……。半裸では手ごわかった……。しかし、これは一体、何事なんだね?」
1人、離れた場所にいたイシャンが、5体のゴーレムを無力化させたところで、戦いはほぼ終わった。
残るは1体のストーンゴーレム。それはベルンハルトに攻撃を加えていた。
武器を持っていなかったベルンハルトは、戦う術のない侍女たちの盾となっていた。防御用の新式魔法を使っているとはいえ、素手で石の塊であるゴーレムの攻撃を捌き切ったのは称賛に値する。
こうしてベルンハルトが凌いでいる間に、手の空いた騎士が駆けつけ、最後の1体も破壊された。
一方的な戦いは終わりを告げた。
アポロニアギャスケット共和国ご自慢のストーンゴーレムが撃ち倒される中、小男はただ立ち尽くしていたわけではない。
むしろ何もしていなかったのは、オレとアザナだ。小男をけん制、警戒しつつ、味方の様子と援護の準備をしていたのだが、結果的には何もしていない。
小男はオレたちに形勢が押されると悟ると、正5魔胞体陣を展開して防御に努めつつ、切り株の中に向かって叫んでいた。
「こちらは危険です! モノイド様! ザルガラの奴がいます!」
「ああん? モノイド? まさかまだ生きてやがるのか?」
聞き覚えのある名前だった。
あの吸血鬼女め……。塵芥以下に変えてやったってのに、まだ無事なのか。さすが不死の上位種、なかなか丈夫だな。
「知り合いですか?」
アザナはモノイドを知らないので、誰かとオレに尋ねてきた。
「ああ……。【黒と霧の城】でオレたちと揉めた吸血鬼だ」
答えながら、念のためオレは防御に正16魔胞体陣を張る。アザナも習って同じように防御用の魔胞体陣を投影した。
「きゅ、吸血鬼!? 実在したのですか?」
アザナの元に駆けつけたユスティティアが驚くのも当然だ。上位種なんてまずいない。まして吸血鬼となるとレアもレア。
「ティティは下がってて……」
吸血鬼と聞いて、アザナも警戒をしている。
まだ伏兵がいるかもしれないので、護衛の騎士たちユスティティアたちを守るように引き下がっていく。
「さてと……」
事情は知らんが、あのモノイドが後ろにいるってなら事情が変わる。
「おい、オマエ。ちょっとモノイドと話がしたいんだが、こっちに呼んでくれないか?」
「ふ、ふざけるなよ! そんな不忠義をするかっ!」
オレが声をかけると、小男は飛び跳ねるように反応した。
「ふ、ふひ……、もう駄目だ……。モノイド様、ここでお、お別れです!」
追い詰めすぎてしまったのか、目がヤバい。
なにやら変に覚悟を決めてしまったらしい、この小男。
小男の周囲に投影される魔胞体陣に、大きな魔力を注ぎ込まれるのを察知して、オレは先手を打って数発の魔力弾を放った。隣にいたアザナも同時に……。
「あっ!」
「え?」
謀らずも、まったく同時に放った10を超える魔力弾が、小男に向かって飛んでいく。
オレとアザナがどんなに魔法の天才であろうと、一度放った魔力弾をどうするにかする手段はない。
「【散華!】」
手がないと思ったその時、アザナが両手を広げて魔力の流れを変えた。
――散った!
アザナの放った魔力弾が、まるで花を咲かせるように渦を巻いて小さな魔力弾となった。
「ば、ばかぁなぁーっ!」
「なんだとぅっ!」
小男は無数の魔力弾に驚き、逃げ惑いながら叫んだ。
オレはアザナの使った魔力弾の散開する姿に驚き叫んだ。
よせばいいのに、小男はオレの魔力弾を浴びながら逃げ惑った。オレの魔力弾だけで、ソイツの魔胞体陣をぶち抜き、一撃が小男の脇腹に命中した。
「うげっ! ……ご、ごおっ! ごごごごごっ!」
痛みの衝撃と逃げ惑う動きが合わさり、小男は地面の上をのたうち回った。
そしてどういうわけか、せっかくアザナが散らした魔力弾の花びらが、いくつも小男の身体に降り注ぐ。まるで望んでそうなったかのようだった。
「……あ」
アザナが「まずい……」という表情で、オレを顔を伺ってきた。
「あー、下手に暴れたコイツが悪いんだよ」
「そ、そうですよねぇ」
安堵するアザナ。
オレが気休めを言ったら、本当に気を休めやがった。
相変わらずいい根性してやがる。
「やべー、死んでねぇかなぁ……」
いくら非殺傷系と言われてる魔力弾でも、十数発……それもオレとアザナが作り出した魔力弾を受けて、無事でいられるとは思わない。
実際、2度目のオレが初めてアザナの魔力弾を数発くらった時、基礎魔力が高いオレですら夜まで気を失ったほどだ。
何者か知らないが、小男が無事か心配になって近寄ると――。
「ザルガラ先輩、危ない!」
アザナが叫んだ。
オレは咄嗟に、身を竦めて防御魔法陣に意識を集中させた。
途端に、3つの魔力弾がオレに叩きつけられる!
ちくしょうっ! 一撃が重い!
オレの防御魔法陣新式20枚分が吹き飛んだ。正20面体陣だったら、一発で消えていただろう。
怯むオレを庇うように、アザナが飛び出してくる。
「オレの前に出るんじゃねぇっ!」
「なに言ってるんですか、丸裸みたいなもんじゃないですか、今のザルガラ先輩!」
「全裸だって!?」
「アンタは黙っててくれ、イシャン先輩!」
割り込む2人を怒鳴りつつ、オレは新たに防御用の魔胞体陣を周囲に投影した。
そしてオレに不意打ちをしたであろうヤツを睨みつける。
ソイツはまだ手だけしか見えない。
切り株の抜け道から手だけだして、オレを狙い撃ちしたようだ。
その手の主がゆっくりと昇ってきて、心底憎らしいという低い響きで声を上げた。
「やってくれたわね……」
小男が出てきた切り株の抜け道から、ゆらりと少女が立ち上がる。
太もも露わな少女、それは……。
「……マルチ?」
その姿は、アザナが髪を伸ばしたような姿をした少女。マルチ・プルートだった。
思わずオレはマヌケな声で尋ねてしまった。
遠巻きに見ていた取り巻き組やペランドーたちは、アザナに似たマルチの姿を見て素直に驚いている。
「あら? さすがのザルガラもその様子からして、今の私が『この姿』だとは知らなかったのかしら?」
マルチとは思えない物言い。そしてあり得ないほど、不敵に満ちた笑み。
こいつは、違う。マルチなんかじゃない。
邪悪な何か……いや、オレ個人がなんとも気に入らない何かが、マルチの中にいる!
「まさか、新しいそっくりさん……て、わけじゃなさそうだなぁ、おい」
「酷いわね……。この私にあんなひどいことをして」
そうか、やっぱりあの吸血鬼――塵芥に変えてやったはずのモノイドか。
どうやったか知らないが、マルチの身体を乗っ取ったって事だろう。まあ古来種が人間の身体を間借りしてたっていうから、そういうこともあるだろう。
ゴーストやレイスなどの霊体系アンデットが、人間の身体を一時奪うって話もある。たぶん、こっちだろうな。元が吸血鬼だけに。
「高貴な不死者が聞いて呆れるなぁ、おい。消えたくないばかりに、必死に生者へしがみ付くってか?」
苛立ちを擦り付けるオレの挑発を受け、モノイド=マルチは綺麗な眉を潜めるが、その肩に現れた怒りを、見事に溜め息1つで収めた。
「……こうなっては仕方ないわ。あの時の屈辱……この場で返させてもらうわ」
「そのツラ……戦えば勝てるって自信があふれてやがるな」
言ってから気付くが、そういえばそうか。
モノイドの身体がマルチなのだ。人質として完璧この上ない。
え? もしかして、ヤバいんじゃね、コレ?。ちょっと勝ち筋が無い――。と、オレが迷ったその時。
「うぉおおおおおーっ、マァルゥチィーッ!! 探したんだぞぉーっ!」
ミニスカベルンハルトが筋肉ではちきれるふとももを高速交差稼働させ、裾を翻しながらがこちらに向かって駆けて来た。
「ひゃぁっ!」
「ひ、ひぃっ!」
アザナとモノイド=マルチが悲鳴を上げて身を竦める。
あまりな視覚的暴力で駆けってくるベルンハルトを、眺める事しかできなかった。ぶっちゃけ、視線を逸らしたかったが、逸らしたら逸らしたらでコッチに迫って来たときに対処できない。
なら、何か先に対処すりゃいいじゃねーか、って言うかもしれないが、人間ってのはビビると固まるんだよ。
アザナも吸血鬼モノイドもそうだったのだろう。
まるで脂ぎった黒い虫の特攻を前にした若奥さんのように棒立ちなモノイド=マルチへ向かって、飛びつくゴキ……じゃなかったベルンハルト。
他人の身体とはいえ普段ならば避けられただろうに、モノイド=マルチは怪しいミニスカベルンハルトにがっしりと抱きかかえられてしまった。
「うぉーーっ! もう放さんぞっ! すまなかった! お父さんが悪かったから、帰ってきてくれぇっ!!」
「うぎゃぁーーーっ! は、放せっ! はな……」
青ざめた顔で本気の拒絶を見せるモノイド=マルチが、かくんと項垂れる。まるで『落ちた』かのようだった。
遅れて、ふわりと黒い影がマルチの身体から浮かび上がる。水の中に広がる黒インクのようなソレは、すぐに女の姿へと変わっていった。
「はっ! でかした、ベルンハルトのおっさん!」
あまりの拒絶感からなのか、ベルンハルトの抱擁から逃れるためモノイドはマルチの身体から飛び出してしまったようだ。
『おのれ……こんなモノを連れて来ているとは……』
憎しみの目を向けるモノイドと睨みあいながら、オレは考えあぐねる。
「あ、でもどうすりゃいいんだ?」
もしかしてこいつ、高次元体になってるのか?
魔法攻撃って効くのか?
そういえば試したことない。まさかタルピーやディータを的にするわけにもいかないしな。
俺の右手は高次元体に干渉できるわけだから、これで「真っ直ぐ行って右ストレートでぶっとばす」とか?
いや、それじゃあ威力が足りない。魔法で肉体強化して、右手の威力があがるかもわからない。
などと迷っていたら、アザナが一歩前に出た。
「任せてください!」
「お、おう、任せた」
自信あふれるアザナの横顔に、力なく返事するほかない。
アザナは笑顔で頷く。するとその周囲に大きな影が現れる。それは胡坐をかく百鬼将軍フツトフツノタクミの巨体だ。
そうか、アザナは自分に取り付く上位種を、モノイドにぶつける気だ。同じ高次元体同士、干渉しあえるならそれで戦える。
……タルピーにでも戦わせれば良かったか? と思い至ってタルピーを探すと、倒れている小男の背の上で悠長に勝利の舞を踊っていた。
なんでコイツはこの状況で踊れるんだろうか?
「お願いします! 先生!」
『どぅれ……』
アザナの妙な掛け声を受け、百鬼将軍が気怠そうにのっそりと立ち上がる。
『そこになおれっ! はぐれ吸血鬼めっ!』
『くっ……、愚かな鬼の長ごときが調子に乗るなっ!』
刀を抜く鬼の長に啖呵を切ったモノイドの顔が硬直する。
その視線は、アザナの周囲に現れた新たな高次元体に向けられていた。
『私はレギンレイヴ62-0207。ワルキューレをしている』
『余はフェアツヴァイフルング。闇の果てに絶望で舞う妖精を統べておる』
『わらわはアーベルスネークレンマ。地に住まう蛇の女王』
『呼ばれてないけどジャジャジャジャンバルジャーン! 俺様は瓦礫の……』
上位種、上位種、また上位種。つぎつぎ現れる上位種たち。
『うそ……』
可哀想に、モノイドは続く言葉もないといった様子だ。
タルピーも初対面では、魔力のお漏らしをしたほどの面々である。正気をまだ保っているだけマシだ。
だが、その精神力もついに手折られる。
『ほう、まだ古来種の中でも悪辣な者の意を汲む者が残っておったか』
一際、威厳溢れる黄金の鎧を着た最上位種が、その姿を現した。
『そ、そんな……最……上位種、カルナ……ひっ』
高次元体モノイドは小さな悲鳴を上げて、膝から力が抜けて尻もちをつく。もはやその目に抵抗の意志は感じられない。
「あー、これ酷いわ」
オレですらモノイドに同情した。
『……ひどい?』
ふわふわとオレの隣りで、お姫様のディータは理解できないと首を傾げている。
「オマエ、結構神経図太いよな」
まあ王族ってそういうもんか。
上位種たちに取り囲まれ、モノイドは精神的に無力化された。あとは煮るなり焼くなり、アザナの支配下になるなり、どうにでもしてという姿だ。哀れという他ない。
相手が悪かったな、モノイド。
「うぉーーーーっ! マルチ―っ!」
「……うーん……。あれ? お父さん?」
おっとアッチでは、マルチが目を覚ましたようだ。なんだ、まあアレも「相手が悪かった」な。
「で、いったいなんだったんですか? ザルガラ先輩」
「……」
可哀想なくらい縮こまるモノイドを指差し、アザナがオレに問いかけるが――。オレも答えようがない。
「オレも実はわからないんだ。とりあえず巡回局か王都騎士団のところ行くか?」
後は全部、丸投げである。
護衛のスケルトン兵は縄梯子を上手く登れないので置き去りにされてます。
あと今回は何者かが紛れて出てます。
挿絵間に合いませんでした。ここ数日の接続不安定時に描ければ良かったのですが……。
9/16 別の挿絵追加