王都の外……城壁外へ
長期休みにしては珍しく、快、晴ッ!
雨を覚悟してたんだが、こういうこともあるんだな。
今日はアザナと――じゃなかった、アザナたちと城壁外に出かける予定だ。
遊びにいくわけじゃない。
研究課題の実地調査である。
軽い弁当くらいは持っているが、れっきとした勉強である。
「悪い、遅くなったな」
待ち合わせ場所には、ペランドーが先に到着していた。
軽く手を上げて挨拶すると、ペランドーは興奮した面持ちでコッチへとやってきた。
「ザルガラくん! ザルガラくん! なんだか今日は騎士団の人が忙しそうだったよ!」
騎士たちを間近で見たのだろうか?
憧れの騎士を見て、ペランドーはやたらと興奮している。
「へえ……。なにか事件でもあったのかな」
「あれじゃない? ブトアさんからもらった情報を、ヴァリエさんのお父さんに渡したから」
「そうかぁ? 昨日の今日だぞ。すぐに捜査なんて進まんだろ」
いくら優秀でも即日結果が出るとは思えない。
別の捕物じゃないかとペランドーと会話しつつ、オレたちは西の城門を目指した。
葡萄広場に向かう途中でワイルデューとテューキーの3人と合流――。あれ?
なんか半裸の男が1人多い。
「やあ、ザルガラ君。悪いが同行させて貰うよ」
「やあ、イシャン先輩。悪いと思うなら服を着てもらえますか?」
上半身裸のイシャンが何故か加わって待っていた。
「いや、これはちょっとのっぴきならない事情で、仕方なく脱いだんだ」
「えっ!? ……先輩が仕方なく脱いだっ!?」
あのイシャンが仕方なく服を脱ぐだと!
オレとペランドーとワイルデューは咄嗟に背後を見た。
王国には珍しい事があると、背後から異国の鬼が襲ってくるという言い伝えがあるからだ。
「そこまで驚かれるとは……。ここに来る途中、馬車にちょっと当たって鈎裂きになってしまってね。直していたんだ」
イシャンはそう言って魔胞体陣からシャツを取り出し、それはそれは大げさな動作で纏って見せた。
馬車にぶつかるとか危ないな。一角の魔法使いで、普段から防御魔法をかけているから、服が破けたくらいで済んだんだろうけど。
「まあ見れないことはないか……」
補修した跡を幾何学模様柄にしてあるが、それはそれで目立つ。貴族らしからぬ姿とも見えるが、いまから帰って着替えるつもりはないようだ。
「どうせすぐ脱ぐことだしね。【極彩色の織姫】を使うのもいいが、こうして修理するのもまた練習になっていい」
「ほうほう。細々した練習じゃのう」
ものつくりや修理に興味が尽きないという顔で、ワイルデューが投影された魔胞体陣を覗きこむ。
ドワーフであるワイルデューは魔法陣を直接投影できなくても、新式手帳や胞体石の中に刻むことはできる。その参考にするのだろう。
一方、テューキーはこの光景を見守るように、数歩離れて苦々しい表情を見せていた。
「ところで……先輩もついてくるつもりらしいんだけど」
「そういうつもりだ。ザルガラ君。よろしく頼む」
イシャンの同行に、どうやらテューキーは反対の様子だ。まあすぐ脱ぐ先輩など、乙女にとっては嫌な事だろうし当然だ。
しかし相手は仮にも大貴族である。
ポリヘドラ家の様に落ち目で、名ばかり名家とは違う大貴族だ。孤児のテューキーでは断れない。
とはいえオレには断る理由ないし、ついてきてくれると頼もしい。
アザナのヤツは絶対、取り巻き連れてくるからな。
友人枠のイシャンが増えると頼もしい。ワイルデューとテューキーは、課題の共同研究者なわけで、ペランドーだけでは、2対5になってしまう。
肩身が狭い。
……でもイシャンが加わっても3対5か。
辛いな。
クラメル兄妹こないかなぁ~。
「――そりゃまあオレはかまわないが。イシャン先輩も長期休みの課題があるんじゃ?」
「まあそれは片手間というか。5回生にもなると、知っての通り進路が決まっているだろ?」
「そうっすね」
「そうなるとだね。私の場合は軍属となって父の部下になるのは確定のわけだし、進路に応じた課題をこなすわけだが――。正直、そうなると片手間でできるようなことなのだよ」
言われて見れば、イシャンは進路先は決まっている上に、そこへ進むため幼少期から研鑽をつんでいる。学園の学業とは別に、だ。
血筋に英才教育が加わって、頭1つどころか、学生の領分から飛びぬけてしまっているのだろう。
「つまり暇なのだよ」
ふうと小さいため息と共に、イシャンが何か疲れたように言った。
「とはいえ卒業目指しているわけで、そこまで暇……ってわけじゃないでしょ?」
まだ理由があるに違いない。オレは食い下がって聞いてみた。
「ふむ。全て白状してしまうと、アザナ君の研究があまりに突き抜けすぎていてね。父に話したところ、それとなく見張っておけと――」
「オレに話してる時点で、それとなくじゃないと思うが?」
「隠しておくのも気分が悪くてね。それに私と君が意識してアザナを見守っていれば、彼も軽挙なことはしないのでは? という考えもあるんだ」
イシャンはオレたちの研究を警戒しているようだった。
しかし、今日の研究課題はそれほど警戒するもんじゃないだろう。
王都地下にある魔力プールの供給限界の調査だ。
アザナの作る魔力中継魔具の試験と、厳密な供給限界の境界調査をする。
それを道中説明したが、イシャンはそれでもついてくるといった。まあ邪魔にはならんだろうし、いいだろう。
城門外で脱いでても、別に問題ない――いやあるだろうが、街中よりマシだ。
さて、そうこうして西門へとたどり着く。
王都を囲む城壁は高く堅牢で、なおかつ魔法防御もなされていて、オレたち魔法使いには絶え間ない圧迫感を与えてくる。
これを破壊するとなれば、オレとアザナでも本気を出さなければならない。
あのアザナでも、だ。それくらい古来種の作った城壁はよく出来ている。
とはいえ、城門は少しばかり弱い。
古来種が作った城門は遥か昔に失われ、今は何代目か分からない新造品だ。10年前の内ら……騒乱時にも破壊されてるので、これまた魔法防御が弱くなっている。
城壁外に出るため列に並んでいると、ワイルデューとテューキーが落ち着きない様子で身体を揺すっていた。
「わしらはこうしてのんびりしてるつもりはないんだが……」
ワイルデューがポツリと一言こぼした。隣でテューキーも頷いている。
「しょうがないさ、ワイルデュー先輩さんよ。オレたち子供が捜査に協力なんてできないだろ? 下手すりゃ相手に気が付かれる」
犯罪捜査のセオリーなど知らないオレたちが、勝手なことをしたら騎士団と巡回局に迷惑がかかる。
ただでさえ、いろいろ面倒な2つの治安組織が、普段から縄張り争いでギスギスしてるってのに、子供が負担をかけたら迷惑千万だ。
「改めて聞くが、オレらが何できる? ヨーヨーの描いたローイの似顔絵を、騎士団と巡回局に渡した時点で顔確認のためのアンタらいらないじゃないか」
オレの生意気な発言に、黙り込むワイルデュー。まあちょっと言いすぎた感もするが、ワイルデューは強めに言わないと分からない性格なので仕方ない。
しかしなんだ。
便利なヨーヨーの特技だ。
さらわれた孤児たちは、総じて能力が高く健康状態も良く、さらに見目も良いときた。
ゆえにというか、なんとヨーヨーはその変態性から、幾人かさらわれた子供たちの顔を知っていた。
ローイの似顔絵を描かせるつもりで、ヨーヨーに接触したら「そういえば何人か目をつけてた可愛い子なんですが、最近見かけないんですよね」とか言い出した。
ドン引きしながらも騎士団を呼んで確認してみたら、ヨーヨーが目を付けていた子供のほとんどが行方不明となっていた。
正直、コイツが犯人じゃないかと思った。
紛れて1人くらい、さらっているかもしれない。
早速、ヨーヨーのケツを叩いて似顔絵増産……いや、こういうとアイツ喜びそうだな。ヨーヨーに無理を言って、その子供たちの似顔絵を描かせた。
今頃、アイツの変態性と特技が、騎士団と巡回局の捜査に役立っているだろう。
「わかる……。言ってる事は……それもそうなんじゃがなぁ……」
ヨーヨーが下手に役立ってるので、ワイルデューは自分も何かできないかと腰が落ち着かない様子だ。
「ローイが戻って来た時の準備の方が大切じゃないか?」
オレは落ち着かせるための方便を言ってみた。
ハッとするワイルデューたちに向け、今度は本音を言う。
「考えて見ろ。ローイが見つかったとして、孤児院に戻すのか? 正直いって、オレはオマエんところの院長を疑ってる。素人考えだけどな。だから、オレたちに協力しろ」
「どういうこと?」
テューキーが食いついてきた。
「ペランドーとオレの知り合いの商人を通じて、『工場』を用意した。葡萄孤児院のガキも集めて、魔力中継器やゴーレムの部品作りをさせる。まあ実質は避難所だな。そこにローイを入れてやるつもりさ」
温情を兼ねてるが、アザナの技術を盗むという目論見もある。せっかくなので、一緒にローイを入れてもいいだろう。
「工場は鉄音通りの近くになるから、後で遊びに来てね」
ペランドーが複雑な事情を抜きにして、あどけない笑顔でワイルデューたちに言った。
「……おぐっ!」
「ううぅ!」
避難所の説明を聞いた2人の亜人が、顔を覆って急に泣きだした。
「そこまでわしらの事を考えてくれたとは!」
「わかったわ! テューキーたちも頑張る!」
そこまで感激されても困るんだが……、周囲の目が痛い。
悪目立ちしてしまったが、オレたちは正式に手続きを踏んで城壁外に出た。
ここはもう王都の警備魔法陣外である。地下魔力プールから魔力は供給されているが、警備魔法陣そのものがない。
しかし、この辺りなら魔物に襲われるということはない。
魔物は遺跡の警備システムの1つだ。遺跡と無関係なそこらを、魔物がうろうろしていることはまずない。
極稀に迷い出た魔物というのもいるが、王都付近ではないと断言できる。
古来種の制御を受けていない、はぐれ魔物も王都付近で出没することはない。世の中、絶対という言葉はないといえるが、ほぼゼロといっていい。
「て、なんで外に出た途端、上着を脱ぐんだ、イシャン先輩」
「……王都の外に出るとき、服を脱いでると何故か止められるのでね」
「そこを何故かと思ってるアンタが何故なのか?」
くだらない会話をしつつ、しばらく街道を歩いて行く。やがて牧草地帯を抜け、ちらほらと木立が並び始めてきた。
この先は森になっている。
あの森のどこかが、魔力供給の境界線だ。
森となると野生動物がいる可能性がある。それと悪意ある人間も考慮しないといけない。
念のため警戒魔法をかけて、オレたちは森の中へと踏み込んだ。
細い森の道を進んでいく。
やがて木立ちが途切れ、森の中に広場が現れた。
ここがアザナたちとの合流地点。魔法供給の境界線だ。
その森の広場にシートを引いて、アザナたち5人と数人の男女がいた。3人の護衛――たぶん騎士だ。それに侍女が3人いる。たぶん、ユスティティアあたりの家の者だろう。
ルジャンドル家の剣士――たぶん私兵。それにカヴァリエール家の騎士もいた。
まあ過保護だこと。
しかしなんだかんだ言っても、10歳そこらの女の子たちだからな。護衛を付けるのも分かる。比較的安全とはいえ城壁外だし、ココ。
「あー、きたきた。こっちですよー」
アザナが手を振ってくる。取り巻き連中と一緒に、優雅にお茶を飲んでやがったようだ。
「ん? これは……」
なんか近くに……ちょっと離れた場所にゴーレムの反応がある。
アザナが作業用に持ってきているんだろうか?
護衛としての隠し玉って可能性もあるな。
――それはともかく。
「なんでアンタいるんだ?」
アザナと取り巻き女子、その護衛の輪の外で、しょんぼりと膝を抱えているミニスカおっさんがいた。
元傭兵団長のベルンハルトだ。
その格好で膝を抱えるな。見えるだろうが、ばかやろう!
オレが問うと、ベルンハルトは俯いたまま答える。
「……昔の戦友がな、城門の外に出て行くマルチを見たと聞いてな」
「あー……追いかけてきたらアザナだったわけか」
ちょっと同情した。
娘を見つけたと思って追いかけてきたら、残念アザナでした。ってことか。
「聞いてください、ザルガラ先輩!」
アザナが立ち上がり、オレの前に駆け寄って来、来た来た近い近い近い!
顔を近づけるな!
目の前で飛び跳ねるなっ!
「ベルンハルトさんったら、なにかとボクの前に現れて抱き付いてくるんです! 今日で5回目ですよ!」
「なんだとっ! アザナのストーカーかよ、ベルンハルトのおっさん!」
娘を心配するあまり、見当違いのアザナにも追いかけるベルンハルトに向かって怒鳴った。
「おまえ「きみ「あんた「ザルガラくんが言うか!」」」」
一斉にツッコミがオレに飛んできた。
「あ、ボクはザルガラ先輩をストーカーとは思って……ませんよ」
アザナのフォローが一番痛いのは何故だろう?
このところ筆が進むわりにスランプです。
短く纏めるのが難しい、というタイプのスランプ。
倍くらいの分量になってしまいます。