篤志家ブトア
二話連続投稿します。
次話は12:00時に投稿します。
他人の力で中位種リッチを倒し、区核を譲って貰い、一攫千金の大成功冒険者。――となったブトア。
ということは説明せず、ア・ブンタン・トをワイルデューに紹介した。
「見違えましたね! やっぱり冒険に成功すると違うんだなぁー」
ペランドーがブトアに純真な羨望の目を向けた。ちなみにペランドーはブトアだと説明しても、最初は信じてくれなかった。
ウソでしょ? という反応だった。
まあ、それは分かる。オレも信じられなかった。
格好だけではなく、物腰から話言葉まで別人だったからな。オレもエイシアター連合の挨拶をされなければ、気が付かなかったかもしれない。
「ほう、それはそれは……。すごいのう」
冒険に興味のないワイルデューでも、区核を手に入れることが如何に困難で、多くの幸運がいると知っているようだ。
その目に驚きと感心の色が浮かんでいる。
事実、ブトアの幸運は歴代冒険者で唯一といえるだろうな。これから先でも、こんな棚ぼたを得るヤツはいないだろう。
「え? こっちの話じゃ。ああ、しかし、すまんがちょっと取り込んでおっての」
テューキーと念話していたワイルデューが、何やら言い訳を始めた。どっちに言っているのか分からない。
すっかりワイルデューが1人で叫んでいる怪しいヤツだが、テューキー側がトラブルを抱えたままなのは事実だ。
「たぶんですが……。それに関係することだと思うのです。そちらの方々も呼んでいただけますか?」
話し方が柔らかい。元冒険者とは思えないぞ、ブトア。
服は着慣れていないようだが、冒険者らしさはすっかり消えている。
「こんな格好をしているのは、ちょっとした寄付活動をしているからです」
「寄付し回ってる金持ちがいるとは小耳にはさんだが……」
やっぱりブトアだったか。
にわか篤志家になったブトアは、照れながらカフェの席に座る。
「当初、冒険者のままの格好で寄付をするといったら、怪訝な顔されましたよ。一度は巡回兵まで呼ばれて……」
「そいつは災難じゃの」
ワイルデューが髭を撫でながら納得した。荒くれものが寄付しに来たと言い、それが事実だろうと怪しいことこの上ない。裏でもあるんじゃないか? と思われたに違いない。
「それでこんな格好をしてしている次第でして」
「区核を手に入れたとはいえ、よくそんな金あるな……」
オレはブトアの金回りと気っ風の良さに関心した。
身なりもそうだが、寄付をして回るなど相当余裕がなければできない。
「いえ、私も知らなかったのですが……。あの墓地からふんだんに魔力洩れがあるらしく、魔石がザクザク取れるそうで……。その権利も僅かながら、私にもあったのですよ」
「元々解放したら、その後手に入る解放区画の物品全般に権利あるからな。魔力もそのうちってことだ」
「そうだったようで……。いえ、ほんと2厘程度なんですけどね」
謙遜しているが、僅かでも相当なモンだ。
食うに困らないどころが、庶民としては贅沢な生活を続けられるほどだろう。
昔は区画をまるごと丸ごと頂けた上に、郷士の位まで貰えたのだから、それから比べれば、まあささやかといえばささやかだが。
しかしまあ、すっかりブトアは金持ち然としてしまった。芝居がいつの間にか板についてしまったんだな、コレ。
「あ、私のことはいいんです。実はですね、孤児院への寄付をしていくうちに、どうも妙なことがありましてね」
「どういうことじゃい?」
孤児院に関係するということで、ワイルデューが食いつく。
「まだ寄付し始めた頃……この格好ではなく、吊るしの服で寄付をしたときに、ある孤児院で変な反応をされましてね。品の良さそうな院長が、それは当然のような笑顔で『それであの子は、いつ回収にいらっしゃるんですか?』と、言われたんですよ」
「どういう……ことじゃい?」
ワイルデューの声が低くなった。
ドワーフのしかめっ面は、元ベテラン冒険者のブトアの緩んだ表情を引き締めさせた。
「たぶん、違う人と勘違いしたという感じでした。すぐに取り繕って……誤魔化されましたが、あれはもしかして人身売買かと……」
「その孤児院にすぐ案内せい!」
ワイルデューはカフェの席から飛び降り、ブトアを無理矢理に引き立たせようとした。
「おい、ちょっと待ってくれ、ワイルデューさんよ。ブトアのおっさんが話してることは、大分前のはずだ。いま騒いでもしょうがない」
剣幕激しいワイルデューを抑え、オレはブトアに説明の続きを求めた。
「こっちも気になったので、昔馴染み冒険者仲間を使って調べたのですが、売買の証拠はつかめませんでしたが、何人か足取りのつかめない孤児と、怪しい者たちのしっぽを掴みました」
金が余ってるもんな。共同で商売するとかじゃ騙し取られる心配もあるが、仕事を回す分にはそんな事もない。
「皆さんはローイという少年を探しているようですが――」
「なにか知っておるのか! とっとと話をせん……か……」
ワイルデューが小さい背で、大柄なブトアに攻寄る。だがブトアも歴戦の戦士だ。
見た目は頑固オヤジ風のワイルデューでも、中身はまだ学生である。ブトアに気圧されて、語尾が尻窄みとなった。
「こっちの仲間があなた方に気が付いて、探って報告してくれたのです! ポリヘドラ様が恩じ……知り合いでなければ、こうして話を持ちかけたりしないところだっ! ……落ち着いて順番に話を聞いてください」
さすがのブトアも声を荒らげた。古参の冒険者の声を浴び、怒鳴るだけだったワイルデューも大人しくなる。
「それで、ですね。ここはポリヘドラ様にお話した方が、何かとよいと思ったのですよ」
「……まあ、治安側にも知り合いはいるし」
チラリとディータを見上げる。
個人的には気に入らんとはいえ、王への伝手もないわけでもない。
「そんで? どれだけ調べてある?」
そう問うと、ワイルデューは硬い表情で頷く。
「かなり調べてありますよ……」
「情報料は?」
対価がいるのだろうと思って訊ねて見る。
ブトアは金に困ってないだろうが、対価は金とは限らない。貴族としての便宜や後ろ盾。魔法使いとしての協力や魔具の提供など、いろいろと有形無形の対価がある。
だが、ブトアは両手を振って固辞をした。
「まさか! いりませんよ! この国を去る前に、人の役に立ちたいだけで……」
「なるほど、ね。そりゃそういう気持ちの人間が、孤児院の闇を見たら気になってしょうがないわな」
オレは感心した。
いきり立っているワイルデューも、少しは自分を抑え始めた。ブトアの立派な心掛けに触れて、己の直情さを恥じ入っているのだろう。
ペランドーは憧れるような目で、ブトアを見つめていた。何しろ公式には区核の解放者で、中位種リッチを倒した冒険者である。これで篤志家となれば、子供のペランドーが陶酔するのも当然だ。
「しかし、なんですね――」
ブトアがふと呟く。
「お金の力ってすごいですね――」
「お、おう」
「そうじゃな……」
「そ、そうですね……」
生々しいブトアの感想に、オレたちは同意する他なかった。
次話を12:00時に投稿します。