新しいモノを古くさせるモノ
「いいか、一旦、秘密主義やら個人主義な独式の事は忘れろ。そして平面陣から立方体陣までの新式は適当に憶えておけ。だが古来種由来の魔法……古式魔法の勉強に力を入れろ」
買い物を早々と終えたオレは、ペランドーの店番に付き合いながら、魔法についての講義を始めた。
購入予定の携帯武器は、そこそこのもので良かったし、ペランドーとの関係もあるので、付き合いを兼ねてここで買った。
店を巡る予定だったので、時間がすっかりあいてしまい、こうして魔法講義をすることにした。
オレの魔法実践論は、学園で習うお行儀のよいものではない。
だが、一度はペランドーと学園を過ごした。彼の得手不得手は理解している。
現在のペランドーは、学園が押し付けるように教える新式魔法を、必死に憶えている段階だ。
「うーん、でもザルガラさん。ぼくは古式の魔胞体陣はまだ書けないし、先生たちがせっかく教えてくれるんだから、便利な新式をいっぱい憶えたほうがいいんじゃないの?」
「もちろん、それも間違いじゃない」
新式魔法は、平面や立方体の魔法陣を描いて使う。その新式を多く憶えようとしているペランドーの考え方は、間違いでも悪いやり方じゃない。基本といえばそうだが、それには落とし穴……つーか、ペランドーにはどうしても不利な点が――。
と、問題点を教えようとしたとき、カウンター奥の扉が開いた。
「ちょいと、ペランドー。そろそろカルフリガウさんのところから……おや、お客かい?」
中年の女性が奥から顔を出し、店内を覗いてきた。その顔は、なんとなくペランドーに似ている。
「か、母さん。あ、あのお客っていうか、学園で同じクラスの、そのあの……」
ペランドーがオレを紹介しかねて、狼狽えている。
仕方ないので、自己紹介することにした。
「どうも。ザルガラ・ポリヘドラです。うーん、まあオレは友達ってヤツですね」
「が、学園のっ! クラスのっ! お、お友達! しかも貴族様のっ! あ、アンタァ~ッ! 大変だよぉっ! ペランドーがっ! ペランドーがっ! あのペランドーが、お友達を連れてきたよ!」
いや、オレが訪れたんだけどな。ペランドーの家とは知らずに。訂正するのも面倒だったので、ペランドーの母親が裏に走っていくのを黙って見送った。
「なんだって! あのペ、ペランドーが友達だと! 男友達なんて、今までいたためしのないペランドーがついにっ! おい、早く上がってもらえ! 菓子だっ! カルフリガウさんのところから貰った、すげーうめー菓子があったろ! お出しするんだ!」
奥の鍛冶場から、髭面の男が槌を持ったまま飛び出してきた。彼がペランドーの父親だろう。精悍な男性で、顔はあまり似てない。代わりに体形がペランドーにそっくりだ。
「おお、ほんとうに学園の子だ! さささ、どうぞどうぞ。ペランドー! 店は俺に任せて置け」
槌を振り回しながら、奥へどうぞと言われるのは引く。
店番はペランドーの父親がするようだ。納得しかねる顔のペランドーが、オレとティエを裏手の居間へと案内してくれる。
半歩後ろで、ティエが呟く。
「ザルガラ様にもついにお友達が……。今夜は、ささやかですがお屋敷でお祝いいたしましょう」
「ティエ、オマエ。オレをなんだと思ってんだよ」
いちいち口に出すな。
触れないで、そっとご馳走を出せ。傷つくだろ!
* * *
「たとえば、魔法の威力を1から10まであると仮定しよう。そしてオマエの魔力が10あるとする。新式は才能が追い付いてれば、誰でも3くらいの力で使える。消費も3。魔力は3減って7だ。ペランドー。オマエの得意な魔法はなんだ?」
居間に場所を変え、オレは茶をいただきながら、ペランドーへの講義を続けた。彼は勉強熱心なので、面倒みれば見ただけ、その点が少しづつ伸びるタイプだ。
「鍛冶炉の火入れが得意だよ。いつもぼくが、うちの炉に火を入れてるんだ」
高圧高温の火入れができるということは、灯を付ける火男より優秀である。一晩付くとはいえただの明かりより、炉の火入れが強力なのは当然だ。
「それは新式でやってるのか?」
ペランドーがうなずく。
「つまり、新式で3の力で3消費して火をいれたわけだ。ところがだ、古式は1から10まで威力を調整できる。魔法陣を書く手間がある古式は、融通が利く。もっともちょっと失敗すると不安定になって威力が変わるが、それでも10の威力を使うための10の魔力が続くかぎり、なんども魔法を使い直せる」
「うん、そうなんだ。でも、ぼくはそれを書くのが苦手で」
練兵場で魔法陣を書いていたユールテルは中の下といったところだが、古式魔胞体陣を模写ですら書けないペランドーは下の中と言える。
もっとも、新式魔法をやっと使えるのが世間一般である。学園に入れるようなものは、新式を教えられれば、ほいほいと使える。ペランドーがこの領域だ。
ペランドーは、これでも世間では才能が溢れる魔法使いである。実質、経験さえ積めばいくらでも新式を使えるわけだから。しかし、これはいけない。
上には上がいる。だが、問題はそこだけではない。新式は基本、誰でも使える。憶えられる数が決まっていたり、得手不得手はあるが、誰でもだ。
言い換えれば、10の新式魔法を使えるペランドーと、別々の新式魔法を使える才能のない10人はほどんど同じといえる。
もちろん、1人と10人では運用に違いがいろいろとある。しかし、おおざっぱにいえばその程度なのだ。
「ペランドー。その苦手ってのがいけねぇ。古式を模写するだけじゃ、もちろんダメだが――。せめて古式を理解して手書きできるようになれば、世界が変わるぞ。例えばさっきの例だと、新式で3の力、3の消費で炉に火を入れたのがオマエだ。しかし見たところ、オマエんちの鍛冶炉は一般的なもので、1の力で炉に火をいれられる」
「新式じゃダメなの?」
「3のうち、2が無駄になってるってことだ。消費も力もな。もしも炉が三つあったら、オマエの魔力はもう1しか残らない。そこで古式を模写でもいいから使う。すると、だ。消費1の古式が書ければ10回も炉に火を入れられる」
「っ! つまり一個の炉に火を入れたら、9の力が余ったまま!」
「そうだ。後は残りの力で炉に火入れするバイトもできる。余力を残して一日を過ごすこともできるってわけだ」
「10の力がいるデカイ炉に、火を入れられるってことだね!」
「まあ、古式は出力あげるたびに魔法陣が複雑になって、失敗したり暴走したりするわけだが――」
古式魔法陣を書けるというだけでは、高威力を使うのは危険だ。しかし、低威力なら危険性もないし、ペランドーでも練習次第で出来る。
「そうかぁ。新式いっぱい憶えるつもりだったんだけどなぁ」
ペランドーは、意識を変えてくれたようだ。こいつは頭が悪いわけではないので、低威力を状況に合わせて使い分けるメリットに気が付いている。
「新式は便利で、誰でも『同効果』が得られるってモンだ。古式は調整さえできれば、適度な力を出せる。そして新式を覚えてなくても、古式を理解してれば、習ってない新式と同じ魔法を古式魔法陣で使うことができるってわけよ」
「でも、投影魔法陣ができないと、古式はいちいち書かないといけないよね? 新式なら、売ってる魔法陣手帳でも代用できるし、中には魔法陣のいらない新式もあるし」
もっともだ。
だが、もっと説得力のある理由がある。
「新式の魔法陣手帳だって安くないだろ?」
金の問題であった。
「う、たしかに」
ペランドーは店番をしてるだけに、損得を弾き出せる。飛んでいく金を計算して、肩を落として見せた。
「オレらみたいな多少裕福な貴族なら、魔法陣手帳を買い足していけば新式を一杯つかえる魔法使いになれる。学園ってのは、そういう金持ちで才能が乏しい奴らに、魔法手帳を売りつけるため、初学年のうちにできるだけ新式を教えてるのさ」
「そ、そんなアコギな!」
「そんなアコギなモンなんだよ、世の中ってのは。古式は魔法手帳を売りつけ終わった3回生の時から教えるってわけ。わかった?」
「うう、大人の世界って怖い」
ペランドーが涙目になっている。金関係だと真剣になるな、コイツ。
学園だって組織だ。動かしているのは人間だ。そりゃ金が必要になる。
それを知っている者や、才能のある者、そして先の見える者は、古式魔法を自学自習する。ユールテルのように。
幸い、魔法書や指導書は学園に山ほどある。ペランドーくらいなら、古式も使えるようになるだろう。
「オマエはそこまで才能無しじゃないし、水魔法に限っては伸びしろがある。今日から練習してみるんだな」
「み、水かぁ……。うちは鍛冶屋だから、火魔法を伸ばしたいんだけど……」
「もしもの時、消火に使えるぞ」
「水魔法を憶えます」
路線変更早いな、ペランドー。
火風水地などの四属魔法について説明して、水魔法に路線変更させようと思ったが、その必要は無くなったようだ。手間が省けた。
ティエも暇そうだし、ここらで帰ろうかな……。
「ペランドー。おともだちが来てるんですって?」
などと思っていたら、鍛冶屋に来客があったようだ。
店舗側のドアがノックされて、一人の少女が入室してきた。歳はオレたちと同じくらい。ちょっと目元のキツイ町娘だ。質の良い木綿のドレスを着ているが、新品なのにやたらとセンスが古い。
庶民でこの手の服を着るのは、大体決まってる。
「あ、ソフィ……。えっと、この人はザルガラ・ポリヘドラさん」
「どうも」
「あら、そう」
オレとソフィという少女は互いに値踏みの目を絡ませる。ペランドーは気が付かない。
「初めまして。私はソフィ・カルフリガウ。父は鍛冶屋組合を取り仕切っておりますわ。ご存知かしら?」
やっぱりな。
古臭い奴は、大体ギルド。
貴族より伝統重視といえば、大体ギルド。
新しいモノを古くさせるのは、大体ギルド。
などで、有名な組合長の娘……さんか。




