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アイの物語  作者: 鈴風
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前編「邂逅〜笑顔」

※この作品は短編用作品を文字数の都合上二分割したものであり、前編後編という形を取らせていただいております。

 

 雨が降る学校帰りの夜道。

 寄り道が仇となったように突然降り出した雨に、なす術も無く俺は鞄を頭に被せながら帰宅の路に就いていた。


 一刻も早く帰るため、いつもは使わない市営公園の散歩道を横断する。

 雨時に人がいるわけも無く公園の敷地がやけに広く感じたが、敷地の芝生に跳ねる雨音が自然とひとけの無さをかき消しているような気がした。


「……」


 駆け足でも水溜りは避けつつ進んでいく。

 怪しく明滅する電灯のことなど気にも留めず、ただ今は怒涛の雨から逃れるために家に帰ることだけを念頭に置いていた。


 ──ズザザザーッ


 突如、得体の知れないモノが脇にある草むらから飛び出してきたことで無意識に俺の体は走ることを止める。

 冷静になった頭で、反対側の草むらにぶつかったそれを確認した。


 まずパッと見で分かったのが、それが女の子であるということ。

 さらに全体を見てみると、顔は整っているものの頬が切れていてそこから金属板みたいな物が覗いている。

 また、擦りむいたであろう膝からも大量の配線が垂れてきていた。


「…………」


 あまりにも飲み込めないこの状況に思わず絶句する。

 俺が鞄で頭を防ぐことも忘れている中で、配線やら何やら中身が丸見えの彼女は覚束無い足腰で立ち上がり始めた。


 一瞬どうしようかと立ち止まったが、気付くと俺は鞄も手から落として彼女の方へと駆け寄っていた。


「おい……だ、大丈夫?」


 街灯の柱で起き上がろうとするのを横から制し、肩を貸しながらそう尋ねる。

 我ながら、よく初対面の相手に声をかけられたものだと思ったの束の間、彼女は人では無いことを思い出す。


「…………?」


 急に足が軽くなったからか、後ろから手を回している俺の方を見て彼女は首をかしげていた。

 この無愛想な感じからしても確かに彼女は人では無さそうだ。


「えっと、どこまで送りましょう?」


 とりあえず正体には触れないことにし、怪我もしていることだし目的地まで送ってあげることにする。

 彼女は数秒、こっちに焦点を合わせてから無機質に口を必要最低限に開いて答えた。


「……逃げて」


「え?」


 突拍子も無い単語に、俺は疑問を抱くことしか出来ない。


「……いいから、逃げて」


 だが言葉の意味を考えようとし出した時には、後押しするように彼女は再びそう言ってきた。

 未だに状況の整理がつかず、自分が手を貸している相手が何なのかも分からない。

 煮え切らない腹立たしさが込み上げてきたが、彼女の傷だらけの顔を見たらそんな考えはポンと抜け落ちた。


「とりあえず……近いから俺ん家で」


 濡れた地面に落ちている鞄を手に取ってから、俺は道端で出会ったアンドロイドと共に帰路へと就いた。



 ✕ ✕ ✕ ✕ ✕



「……ただいまー」


 しばらくして家に到着すると、小声で帰宅を告げながら扉を閉める。

 一応肩に抱いているのは人間では無くロボットだから、家族にはバレないようにしたいという俺の意思の表れだった。


「お帰りタカ〜……って、誰その子!?」


「あーもッ、母さんちょっと救急箱俺の部屋に持ってきて!」


 早速親バレが起きてしまった。

 原因追求は後にして、今はリビングへと追いやった母さんが戻ってくるまでに部屋に彼女を連れていくのを優先する。

 傷口を見られたら元も子も無いからだ。


 そしてやっとのことで階段を昇り切り、部屋に入ると毛布を彼女の顔までも包むように掛けてやった。

 これで中身の部分が見られることも無いだろう。


「はい救急箱」


「あぁ、ありがと」


 部屋にきた母さんは、白いプラスチックに赤十字のマークが印された箱を手渡してくる。


「それとバスタオル」


「おぉう、気が効く」


 続いて、もう片手に持った二枚のタオルも手渡してきた。

 確かに俺も彼女も雨に当てられて全身びしょ濡れだから、この物資提供はありがたい。

 調子づいた母さんは、案の定「ねぇその子は〜?」と部屋に上がり込んでこようとしたので、それは力ずくで阻止する。

 いや、もちろん感謝はしてるんだけどね?


 扉に耳をひっつけ、母さんが階段を降りていったのを聞いてから俺はやっとひと段落ついたと思い溜め息をこぼした。


 けれど状況整理よりも先に、濡れている彼女の体を拭いてあげることにした。


「自分でやりますので」


「…………あ、あぁそう」


 広げたタオルを彼女の頭に伸ばした時、毛布を抱いていた彼女はその手を離して俺からタオルを取り上げた。

 そして自分で頭を拭き始めた。


 異性の頭を拭いてあげたかったとかそういう願望は、決して無かったはず。

 だ、だいたい相手は機械だし。


「ぶフッ」


 くしゃみが出た。しかも俺の。


 雨に濡れて制服が凄いというのもあったが、今はもう冬の季節にあたる時期だから余計に寒かった。

 彼女も濡れてこそいたが、やはり機械なだけあり体温変化などは問題にならないのだろう。


「大丈夫ですか?」


「あ、あぁ大丈夫」


 手を止めて振り返る彼女に、口角を引きつらせた苦笑いで返事を返す。


 とりあえず俺は風呂場で着替えを済ませることにした。


 手早く一分ほどで全身を拭き終わった彼女の様子を確認すると、傷の応急処置を行う前にまず手頃な服に着替えるように促した。

 俺がびしょ濡れだったように彼女も身にまとっていた色鮮やかな服がぴったりと体に張りついていて、何だかいやらしい。


 再び部屋から退場することしばし。

 着替えの終えたという彼女は、俺の手渡した高校のジャージに身を包んでいた。

 うむ、悪くは無い。


 着替えも済んだところで次は傷口の応急処置を行う。

 といっても、まるで人間のもののような質感の皮膚に代わる物なんて持っているはずが無く、救急箱にある物を使うしかないんだけど。


「…………」


「…………」


 剥がした絆創膏を顔元まで近づけてやったが、今度はこれといった反応を示すことは無かった。安堵をつき、傷口を塞ぐように貼った。

 一方、打って変わり膝の損傷は酷く、さっきも剥き出しの配線が雨に当てられ火花のような音を散らせていたほどだ。

 どうしたものかと思案するが、こんな救急キットで出来ることは少なく、救急箱に入っていた包帯で膝の患部はぐるぐる巻きにしておいた。


「大丈夫?」


 ロボットだとは分かっていても彼女の見た目は人間そのもので、つい大事ないか尋ねる。


「はい」


 そうやって発せられた彼女の声は、完全にさっきまでの重みをはらんだ声音では無かった。

 少なくとも、もう落ち着きは取り戻してくれたということだろうか。


「……あの、君の名前は……なに?」


 怒涛の展開で落ち着く暇が無く、ようやくこうして彼女についてちゃんと尋ねられる時間がやってきた。

 ボロボロのアンドロイドなんて一介の高校生が関わっていいようなもんでは無いだろうけど、ここまで助力したのだから少しぐらい話を聞くのも悪くは無いはずだ。


 すると彼女は、公園の時に次いでまたも俺の方を凝視してくる。

 特に躊躇いも無く見つめ返したその彼女の瞳の奥では、明らかに機械らしい物がごく僅かな駆動音をならして作動していた。

 ……まぁ、動いてるならいいことなんだけどさあ。


 何とも言えない気持ちに口元を釣り上げていると、まぶたを一度ぱちくりとさせた後に小さな口を開いて彼女は言葉を発した。



「──私の名前は、アイ」



「……アイ、か」


 公園の時よりも幾分も落ち着いて聞こえる彼女の声。

 そして明かされる彼女の名前を、何故か俺は繰り返すようにつぶやいていた。


 何てことは無い。

 ただ何となく、アンドロイドにはありがちな名前だと思っただけだ。


「それで、ァ……。さっきは、どうしてあんなにボロボロだったんだ?」


 状況整理も兼ねて俺は張本人である彼女へと問いかける。

 今までの情報で分かっているのは、彼女が機械でありあの時何かが迫ってきていたということだけ。


「……」


 俯いていた顔をこちらに向けて、三度(みたび)瞳の中の機械を使って俺の目を見つめてきていた。

 恐らくロボットの彼女にとってはこの行動にも何か意味があるのだろう。


 その『品定め』は、彼女が視線を外して顔を俯かせることで終了を迎えた。


「それは秘密です」


 ポツリとつぶやかれる。


「……そうか」


 俺もポツリとつぶやく。

 彼女はアンドロイドなのだから、それぐらいの秘密保持プログラム的なものがあってもおかしくは無い。

 まずここまで高性能なロボットなんてテレビでも観たことが無かったけど、こういうのはよく国が独占して……なんて話を聞いたりする。


 深く詮索するのはやめておこう。


「それで、君はこれからどうする?」


 純粋に俺は問うた。

 何かに追いかけられているのだとしたら、しばらく街中をうろうろするのは危険だろうしな。

 せめて、彼女が安全に生きていけるようにはしてやりたい。


 ……生きて。


 すると今度はこちらを見ることも無く、機械らしい声で機械的な言葉を話した。



「私はマスター(・・・)に従う生物人型自動人形AIバイオノイドオートマトン。よろしければ、マスター(・・・)のそばに置いてはいただけないでしょうか」



「な……」


 まくし立てるように告げられることに、発する言葉を持てず俺は声を詰まらせていた。

 バイオノイドオートマトン……だなんて初めて耳にしたし、しかも「マスター」とか何とか彼女は言っている。


 今の状況から察するに、俺がそのマスターってこと?

 確かにちょっと肩を貸して少し手当をしてはあげたけど、いやいやそんなわけ……


「そうか。なら、しばらくは俺の家にいるといいよ」


「ありがとうございます」


 けれど、マスターが何だとか彼女が何者かとかは多分今の俺には関係無かった。


 ただ何となく、傷だらけの彼女のそばにいてやりたいと思ってしまっていたのだ。



 ✕ ✕ ✕ ✕ ✕



「おはようございます」


「……ぁ? あぁ、アイか……おはよう」


 床に敷かれた布団で目を覚ますと、一番初めに映り込んだのはアンドロイドの彼女の顔だった。

 カーテンも開かれて朝日が差し込んで、彼女は正座して俺のことをわざわざ起こしてくれたようだ。


 何処か夢のような心地よさを感じた。

 ベッドは彼女に使わせていてあれだったけど、寝起きに女の子と顔を合わせられるなんてまるで夢のようである。


「では、早速お布団を天日干しさせて頂きますので」


 まだ意識が半覚醒な俺を他所に、彼女はそう言って掛け布団をめくり上げてきた。

 あぁ、なんか一気に目が覚める。

 だってこの感じ、母さんとそっくりなんだもの。


 そして敷き布団と掛け布団を両手に持った彼女は、何だかベランダ手前の窓で立ち往生していた。


「すみません、扉が開けられないので手伝っていただきたいのですが」


「……あぁ、ごめんなさい」


 何をやってんだ俺は。

 相手がいくら面倒見のいい機械だとしても、性別上女の子であることに変わりは無い。

 家のことぐらいはせめて自分でやるべきだ。


 何て思って布団を持とうとしたが断られ、結局二人で一枚ずつの布団を干すことで妥協点を得られる形となった。



 ✕ ✕ ✕ ✕ ✕



 彼女──アイと家で暮らすようになってしばらくが経った。

 俺の家族は彼女のことを容認してくれて、まるで家族がもう一人増えたような雰囲気で毎日を送っている。


 だがあの日から、まだ一度も彼女を家の外に出したことは無かった。

 当然だ。何かに狙われているのだとしたらそうやすやす家から出せれるわけが無い。


 俺はベッドの縁から腰を持ち上げると、椅子に座っている彼女のことをしっかりと見つめてから口を開いた。


「じゃあ、今日は外に出るか」


「はい」


 ……

 どうせなら「うわ〜! 久しぶりの外だぁ!」とか「ダメ……まだ、外は怖くて」とかそれなりの会話があってもいいのだが、まさか二つ返事でオッケーされるとは思ってもいなかった。


 けれどそれも、彼女がロボットであるからなのだろう。

 彼女がここに居座っているのも、俺をプログラム上のマスターと呼んでいるから。

 恐らく人間に仕えるように設計されたアンドロイドなのでは無いだろうか、彼女は。




「……」


「……」


 家を出発して数分。

 親にスマホで買い物リストが送られてきて、とりあえず宛の無かった俺と彼女は買い物を済ませてしまうことにした。


 人混みにはあまり入りたく無いのだが、彼女からはやはり拒む様子が見受けられない。

 まぁ懸念しているのは、彼女の正体がバレないかどうかだったんだけど。


 ちょっとした小話をしているうちに目的地へと到着する。

 俺と彼女は店内へと入っていった。


「…………」


 ズボンのポケットに手を突っ込んだまま、彼女が先導して歩くのを俺は後ろからついて回る。

 何故かといえば、例のごとく率先してカート役を引き受けたのが彼女だったから。

 また俺がやるだなんだと押し問答を始めようとしたが、何となく反論はせずに潔くカート役は譲った。


 彼女はロボットなんだから行動することで覚えることもあるだろうし、ただ何となく、俺は無意識で口を閉ざしていた。


「じゃがいもはあっちだよ」


「はい」


 まだ勝手の分からない彼女が買い物カートを引き、勝手の分かる俺が食材の売り場だけを伝える。

 実に効率の悪い戦法だったけど、この手取り足取りといった空気感が妙に心地いい。


 時間はたいしてかからずに、全ての食材を買い揃えた俺と彼女は会計を済ませるとそのスーパーを後にした。




「じゃあ、次は何処に行こうか」


 買い物を終え、時間を持て余した俺は街の中心の方に足を進めながら尋ねる。

 聞いたところで彼女がこの街のことを知っているとは思えないから、まぁちょっとした話題提示ぐらいの気持ちだった。


 二つの袋を一つずつ持って俺たちは今、他の人たちも闊歩する街中を歩いている。

 もしかしてはたから見れば、俺たちも若い年頃のカップルに見えてしまうかもしれない。


 何てよこしまなことを思っていると、隣を歩く彼女は顔を俯けながら俺に対して言った。



「もう今日は帰りましょう」



「……え?」


 思わず無機質に動かしていた足を止めて、彼女の方を見る。

 左手に買い物袋を握る彼女は、数歩歩いたのち足を止めた。

 そして言葉を続ける。


「今日はありがとうございました。外に出て、楽しい時間を過ごせてよかったです」


 時間は昼過ぎのことで、辺りにはざわざわと人の歩く喧騒が響き渡っている。

 けど今の俺には、その彼女の優しい声しか聞こえてはいなかった。


 俺は何も口を挟むことは出来ずに、ただ彼女が何かを言ってくれるのを待つ。


 すると、彼女の体が動いた。



「"マスター"と出会えたから、です」



 振り向いた彼女の顔は、出会った時から今日まで見ることの無かった笑顔だった。

 薄い青色の髪を翻し目を細めて頬をほころばせる彼女の笑顔は、どんな街並みよりも煌びやかに俺の瞳には映っていた。


「あぁ。こちらこそ、ありがとう」


「はい」


 そして俺と彼女は、出会った時ほどでは無いものの少しだけ肩を近くに寄せあって、心の距離が縮まったのを感じながら帰路に就いた。


後編「愛〜初日の出」に続きます。

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