リズム
「ちょっと・・・待って。突然・・・」
ルービスは左手に剣を持ちかえ、慣れないドレスの裾さばきのモタモタしながら構えた。
「そうか、負傷している上にドレスは難しいか? だが、国を出たいんだろう?」
「出してくれるの?」
ルービスは飛び上がった。
「では君は受け身だけでいい。もし余裕があれば打ちこんでくるんだ」
ディーブとルービスはじりじりと間を取りながら、相手の出方を伺った。
「君には速さと瞬発力、それに加えて女にしかない柔らかな動きがある。それが強みだ。それを君も十分知っている」
ディーブは軽く左右に剣を振りはじめた。ルービスも果敢に挑み始める。
「だが他国には女戦士もたくさんいて、それに慣れている。他国で生きたいのなら、もっと磨きあげなければならない」
ルービスがどんなに速く動いても、ディーブには完全に見切られていた。話しながら、息も乱さず流れるような剣さばきだ。
「そして、欠点も直さなくては!」
ルービスには何が起こったかわからなかった。ディーブがただ剣を払っただけのように見えたが、たった一撃で部屋の隅まで飛ばされた。その衝撃で壁にかかっていた絵や花瓶がことごとく落ちてしまい、その音を聞きつけ大勢人が詰めかける騒ぎになった。
ディーブは悪びれた様子もなくルービスに駆け寄り、手を差し伸べた。その動きは、まるでダンスを誘うかのように優雅だ。
「大丈夫? ずいぶん無防備だったな。こんなに飛ぶとは思わなかった。・・・ああ、気を付けて、ガラスが下に・・・」
ディーブにリードされ、ルービスはようやく安全な場所へ移動した。
「いろいろと教えるべきことがありそうだ」
埃だらけのルービスを前に、ディーブは一笑した。その笑顔にルービスも怒る気にはなれず、一緒に笑い出していた。
「もともと左利きだったのか? ずいぶん器用だな」
「私は右利きなんだけど、母親が左利きだったの。家の道具はすべて左用で、それを使っているうちにどちらも使えるようになって。ほとんどの作業はどちらでもできる」
「そう、それにしても器用だ。いいことだ。…目下のところ筋肉と体幹を鍛えることが課題だな。よし、明日はいいものを持って来よう。楽しみにしているといい」
「なに?」
ルービスは埃を払いながら首を傾げた。
「筋肉強化にはもってこいの物だ。・・・それと、リズムも覚えるといいな」
「リズム?」
ディーブはうなずいて、ルービスの肩や背中の埃を払った。
「何をするにもリズムは大切だ。たとえ格闘でも。今日フットワークをつけていただろう、あれを確立させればいいんだ」
ディーブはそう言ってポケットから鈴を取り出した。鈴には一つ一つ紐がくくりつけてあり、全部で4個あった。
「どうするの?」
「これを手足に付ける」
そう言いながらディーブはもうルービスの足首に鈴を付け始めていた。手足全てに鈴がつけられると、ルービスはもう一度剣を握らされた。
「今度は受け身だけをするからね」
ディーブはそう言って自分も剣を持った。ルービスは仕方なくディーブにかかっていった。鈴はルービスが動くたびに可愛らしい音色を発する。が、可愛らしい音色なのにもかかわらず、なぜかそれは不快に感じた。ルービスは、動くのをやめた。
「耳障りだわ。集中できない」
ルービスが鈴を外すと、ディーブはその鈴を今度は自分に付けた。
「今度は反対だ。君が受けてくれ」
ルービスの顔がこわばるのを見て「力は入れないから」と付け足し、ディーブは構えた。
ディーブの攻撃は鷹揚で力こそ入っていなかったが速く鋭かった。ルービスのほんの一瞬の隙を、わずかな呼吸の乱れを、確実についてきた。ルービスはディーブの剣を受けるのに精一杯で、しばらくは鈴の音など耳に入ってこなかった。しかし、ディーブの攻撃がパターン化していることに気づくと、ルービスの関心は鈴の奏でる音楽に移っていった。
それは音楽のようだった。4つの鈴が、不思議な音を奏でていた。
(これがリズムか・・・)
ルービスは感心と尊敬の眼差しで音を作る手足を観察した。音は、ワルツのようにもなり、時には激しいスイングにもなった。
「この鈴をプレゼントするから、訓練の時につけてみるといい」
鈴を外しながらディーブは言った。
「あなたもこれで練習したの?」
「Dだ」
「・・・Dも」
「うん、よしよし」
ディーブは大きな手でルービスの頭をなでた。
「その鈴は親父も使っていたというから年代物だ。私もお世話になった。上達することは間違いないぞ」
ディーブは上着を取ってドアの前に立った。
「毎日稽古をしよう。・・・それではおやすみ」
ルービスはあわてて追いかけた。
「行ってしまうの?」
「ああ、そうか、忘れていた」
ディーブもルービスに歩み寄り、腕をつかんだかと思うと唇を奪った。
一瞬の出来事だった。
「D?」
突然のことに何が起こったかすぐにはわからずディーブを見上げると、意外なことに顔を真っ赤に染めたディーブの姿があった。ルービスと目を合わせることができずに視線が泳いでいる。
「ゆっくり休んで」
ルービスの頭をなでると、ディーブはそのまま出て行ってしまった。
呆然と立ちすくんだルービスは遠ざかっていく足音を聞くことしかできなかった。
ルービスは恐る恐る唇に手を当てた。
ルービスのファーストキスだった。ただ唇がぶつかっただけのようにも思えたが、あれは正真正銘のキスだった。ルービスは火照る顔をうずめるようにベッドに飛び込んだ。