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勝敗の行方


(左手でやろうか…ううん、左手では男の剣を受けきれない。どうしよう)

 ルービスが作戦を考えていると、今度はタオスから仕掛けてきた。よほど力をこめているのだろう、タオスの剣は重かった。ルービスはうめき声をあげそうになって、とっさに剣を左手に持ち替えタオスの隙を攻撃した。タオスは一・二回剣で受けてから大きく後ろに逃げる。

(左? 左でもできるのか!?)

 タオスはルービスの持ち手が変わったことに混乱を見せた。

ルービスは間髪入れずに飛び出した。タオスはルービスの剣を受けながら押され気味に後退する。

(タオスは左利きと勝負したことがないんだ。これなら勝てるかもしれない)

 ルービスは元気を取り戻して左右を瞬時に持ち替えるなど揺さぶりをかけながら攻撃した。タオスは左からも攻めてくる初めての相手に勝手がきかず、困惑しながら後退していく。やがて見物している男たちの間まで入っていくと、男たちの野次はタオスに向けられていった。

「なんだあ? 女なんかに圧されてるんじゃねえ! 腰抜けエ!」

 ルービスはタオスのわきに鋭く剣を差し込んだ。あわてたタオスはよけるためにバランスを失い、地面に大きく転がってしまった。ドッと喚声があがる。「国中の笑いものだあ!」

 これまでか、とタオスがあきらめた時ルービスはタオスに対する攻撃をやめ、先ほど暴言を吐いた男の鼻先に剣の先を向けた。

「ヒィッ!」

 男は刃の恐怖とルービスの目の鋭さに、体の自由を失い硬直した。周りの男たちも静まり返る。

「な・・・なんだよ、相手はオレじゃねえぞ」

 男が冷や汗を吹き出しながら話しても、ルービスはまっすぐ男を睨みつけ剣を突き付けたままだった。

 タオスが転倒し余裕が生まれた時初めて、ルービスの耳に周囲の喧騒が入ってきた。それはルービスの集中が切れ、タオスの親友としての怒りでとってかわるに十分な罵声だった。

 しかし、タオスが立ち上がる気配を感じると、ルービスは剣を下ろしてタオスに向き直った。

 タオスの表情は転倒前と変わりなく、一寸の油断もない。タオスには周囲の声は届いていなかった。

(どうしてこんなことに・・・)

 一度声が届くと、今度はシャットアウトができなくなる。ルービスはこれまでに見たことのないタオスの鬼気とした顔貌にもひるんだ。幼少の時からのあどけない笑顔、ずっと好きだったと告白した時の真剣な表情、そして今は戦士の顔だ。自分より一回り大きいタオスであったが、今はまるで大男のように感じる。

 力強い一撃が、衝撃となってルービスの右手に伝わった。

 耐えられず剣が飛ばされる。

 首に剣をかけられれば負けだ。ルービスは身を翻し、飛ばされた剣の方角へと側転をした。ルービスの身の軽さにどよめきが起きる。

 しかし、側転は最後まではできなかった。うまく受け身でごまかしたものの、右手の負傷が悪化し、負荷をかけられない状態になっていた。それでも痛みを顔に出さず、剣を拾おうとしたその時、笛の音が響いた。

「終了だ!」

 輿から終了の言葉が発せられた。

「まだだ!」

 ルービスは叫ぶように言って剣を取った。

「その右手では時間の無駄だ。もう相手にも知れている」

 剣をとったものの、持ち上げることができず震えた右手に気づき、ルービスは左手で剣を取った。

 男たちの歓声があがる。

 ルービスは立ち上がり、あきらめきれず輿をにらんだ。

「まだ首にかけられてない・・・!」

 声はかすれ、歓声に消されもはや自分の耳にも届いていなかった。どんなに訴えようと敗北はルービス自身が感じていた。あれほどの威圧感を感じ、散漫な状態になったことは今までなかった。

「静まれ! 男の名は?」

 呆然と立ち尽くしていたタオスは我に返って名を告げた。

「ではタオス・クスカを今日より成人とみなす。タオス、みなに挨拶をするがいい」

 タオスは剣を持った右手を掲げ、挨拶とした。地響きのような今日一番の歓声があがる。

「女はトーマンの指示に従い、ひとまずここを出るのだ。トーマン!」

 トーマンというのはあの妙な帽子をかぶった浅黒い男だった。トーマンは素早く人垣をかき分けルービスの腕をつかんだ。

「・・・こちらへ」

 トーマンはやさしくルービスの背中を押した。興奮している男たちの中をとおって輪の中を出ると、ルービスの頬を涙が伝った。

 トーマンは帽子を取り、そっとルービスの頭にかぶせた。ルービスの小さな頭にその帽子は大きく、すっぽりと顔を隠してくれた。だが、ルービスはすぐに唇を噛み、震える右手で帽子を取りトーマンの胸に押し付けた。

「要らない。泣いたりはしない。隠すものはない・・・!」

 左手で頬を何度もぬぐい、トーマンの親切に失礼のないよう感謝を伝え、微笑み、歩き出した。

 トーマンは帽子を深くかぶって後に続いた。トーマンの表情は、満足そうであった。

 輿の中の人物もまた、その様子を見守っていた。


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