襲撃
真っ暗な汽車の中、殺気を感じたルービスはすばやく剣を抜いた。
ちょうどそこに剣が向けられていたようで、剣と剣の噛みあう鋭い音が出る。
「何者だ!」
男の声に続いて、ルービスの四方から何人かの気配を感じだ。一人ではない。少なくとも3人以上だ。
窓際にいるルービスは、月明かりでシルエットをさらしているはずだ。ルービスはいちかばちか、声と気配の感じられない暗闇に飛び込んだ。
「逃げたぞ、まだ中にいる!」
またも、別の男の声だ。ところどころで人の動く気配がする。ルービスは息を殺してじっと隠れていた。状況がのみこめない。
男たちは、ときおりわざと音を出しているようだ。足を鳴らしたり、なにかを投げるような音がする。しかし、窓際に姿をさらすようなことはしない。暗闇の中、複数の息づかいと、作られた気配がルービスの集中力を欠いた。
真後ろに人がいることに、自分の首に腕をかけられるまで気づかなかった。
気づいた時には、すでに背中と首を腕で絞められていた。
「いたぞ! ここにいる!」
耳の近くで乱れた息づかいが聞こえた。男もひどい緊張をしている。ルービスは剣を向けて戦っていいものか躊躇した。
「待って!」
ルービスは叫んだ。
「私は旅のものだ! 南から来た! 名前はルービス! 敵意は持っていない! ここに人がいるなんて知らなかったんだ!」
「嘘をつけ! 殺せ!」
殺せ、という言葉と後ろの男が剣を抜く音とが重なる。ルービスは渾身の力をこめ、体をずらし右肘を相手の鳩尾に落とした。右手で剣を抜いたところで隙ができていたのだろう、ルービスの肘は相手の鳩尾を深く突いた。男はうっと呻いて首に回していた腕を緩めた。ルービスはその腕に思い切り噛みつき、体を旋回し、その勢いで相手の顔であろう場所に左フックを入れる。両眼と鼻骨に拳が当たる感触とともに腕が完全に外れた。
「ちくしょう! 逃げた!」
ルービスが後退すると、すぐに別の人間にぶつかる。大柄な人間であることがわかる。ルービスは剣の柄を使って相手に攻撃をしようとしたが、腕をつかまれ、そのまま振り回された。完全な力技だが、逃げる術がない。勢いがついたまま、壁に体を打ちつけられ、ルービスは気を失いかける。一瞬体中すべての力が抜け、頭がくらくらとする。その一瞬をねらい、何人もの手がルービスの体を押さえこみ、あっというまに後ろ手にされ紐で縛られてしまった。
引きずられ、窓際に立たされる。
「女だ」
「殺せ」
体を縛り自由を奪ったため安心したのか、人が集まってきた。確認できるだけで5人はいる。全員男のようだ。
「待てよ、いい女だ、殺すには惜しい」
「いや、殺してしまえ」
ルービスは背中側にディーブにもらった短剣を忍ばせていたことを思いだし、必死に指を動かした。
「お願い、殺さないで。本当に知らなかったの」
言いながら、オーバーに体をくねらせた。短剣を取るためであったが、相手からは必死に懇願しているように見えるはずだ。
「…少し話を聞いてからでもいいか・・・」
男たちの空気が少し変わる。殺気を隠そうともしなかった先ほどまでとは違う。侵入者が女であったことと、圧倒的な優位が緊張を解いていた。
「この土地には初めて来たの。そう、荷物を見て…。検問所を通ってきたの。通行書があるから、嘘じゃないとわかる。この国には初めて来たの、ネハ国から…。ねえ、お願い、せめて私が嘘をついてないことを確かめて…」
ルービスはしゃべり続けた。もう少しで剣を掴めるところまできていた。手首の紐が肌に食い込み、痺れるように痛むが、やめるわけにはいかない。
ゆっくりと闇の中から大男が出てきた。顔はまだ暗闇の中にありよくわからない。ルービスは男を見上げた。さすがに恐ろしくなって動きが止まる。男たちも大男に譲るようにルービスの目の前の空間を開けた。沈黙が支配する。
大男が近づく代わりに、剣先がまっすぐ伸びてきて、ルービスの首筋に向けられた。喉元に突きつけられ、ルービスは顔を天井に向けた。
顔を上に向け背中が反り返ったため、逆に剣に指がかかった。ルービスは気付かれないように、剣を握ることに成功した。表情を変えないよう、音を立てないように、ゆっくりと剣を抜く。鞘は背中に残したまま剣を出し、服を犠牲にしながら紐もろともゆっくりと切る。切れ味は抜群で、音もなく紐が切れる。おそらく自分の肌も切れたのだろう焼けるような痛みも伴った。しかし、手首が自由になった。
ルービスは手首を固定したまま、腰が抜けたような演技をして、ずるずると体を沈めた。
「おい、立たせろ」
大男が剣を構えたまま、周りの男たちに命令した。
チャンスは一度きりしかないだろう、ルービスはすばやく足の紐を切りさき、自由になった足を男たちの足元に滑らせ体,勢を崩させる。しかし男たちの対応も早く、ルービスの足にひっかけられ転倒したのは一人だけだった。転倒した男の開いた空間を狙って再び暗闇に飛び込み、腕の紐も解きにかかったが、こちらは難しそうだ。紐を解くには時間が必要だと判断し、すぐにあきらめたルービスは、上半身自由の利かないまま壊れた窓に頭から飛び込み外に脱出した。体を半回転させたところで地上にしたたか身体を打ちつけてしまったが、痛みなど感じない。汽車を見上げると、男たちが半身乗り出してこちらを覗き込んだところだった。
だが、ラッキーなことに体を打ちつけた衝撃で紐がゆるんだようで、ゆとりができた分の動きで残りの紐を切ることができた。男たちを見上げながら紐を落とし自由になったルービスは踵を返して、脱兎のごとく逃走した。途中振り返るが追手が来る様子はなかった。
荷物も右用の剣も失くしてしまったが、命はなんとか取り留めたようだ。
ルービスはいつのまにか町の中に入り込んでいた。




