約束
国境を越えた後の最初の休憩地はナビスという町だった。
チュチタ国は島の中の国であることは始めに述べている。この島は大まかに説明するならひょうたんのような形をしている。南北に伸びた島の最南端にある国がチュチタ。そのやや北東にあたるネハ国にナビスはある。チュチタ国より一回り小さな国土を持つネハ国は、島の中で最も小さい国となる。島のやや南寄りの中央に構えるカツタフォルネ国が島の中で最大の国土を誇っている。チュチタとネハとカツタフォルネは隣り合う国だ。
島の最北端に第2位の国土を持つサーブ王国があり、カツタフォルネとサーブの間にマラハラ国が南北に伸びているが、その両脇をユリ・オクタリヌという名前を持つ支配者が統治する、まだ国とも成り立っていない土地があった。
新兵の行進は、同盟を結ぶネハ国、カツタフォルネ国、ユリ領、マラハラ国を通る形で島を一周してくる。サーブ王国はどこの国とも同盟を結んでいないため、孤立していた。よって、一周すると謳っている新兵の行進も、実はサーブ王国とオクタリヌ領の土は踏めないのだ。
ここ数百年の歴史の中ではこの島の国々の関係は安定していて、小競り合いはあるものの、国が消失したり、戦争が起こったりしたことはなかった。新しい変化としては、サーブ王国の孤立と国として成っていない土地における支配者の交代ぐらいだった。
白い塔に関しては、宮殿の中から目視できなかったため定かではないものの、カツタフォルネ国、もしくはマラハラ国に白い塔がいくつか存在しており、ルービスが目指すところとなる。
トーマンにより島の地図と国境の通行所を渡されルービスの身支度も整った時、ちょうど馬車が止まり、外からナビス到着を知らせる声が聞こえた。
「まだ人の目があります。少し落ち着いて私が合図を出したら出発となります。今しばらくお待ちください」
外の様子を気にするルービスに声をかけ、トーマンは奥の荷物から布に包まれた刀を2本取り出した。
「あなたの筋力や癖を活かせる刀です。右用、左用そろえてあります。これをお持ちください」
ルービスは驚いてトーマンとディーブの顔を見て、「信じられない」と口にしながら、丁寧に包みを外し、刀を確認した。
刀はやや細身で、しかしその割にはずしりと重さを感じた。
「傾きや重心の具合を調整してあります。少し重く感じるかもしれませんが、振りかぶった時により速さが増すように作られています。すぐに気に入りますよ」
「私は何も返せないのに。どう感謝していいかわからない」
ルービスは刀を抱きしめ、頭を下げた。
「生きて、つなげていくんだ」
ディーブは優しく声をかけた。
「返す必要はない。その代り、他のものにつなげていくんだ。そのために、生きて、人に与えられる人間になるんだ」
ルービスはゆっくりとディーブを見上げた。
「君にはそれができると思った。私もトーマンも。君もそう思う相手にするんだ」
ルービスは深くうなずいた。自分を信じてくれる、認めてくれる人間に、相応しかったと思ってもらいたい。今の自分にはなにもない。それも痛感する。人に与えられる人間に? そんな未来が自分にあるのだろうか、ルービスはまったく想像できない未来を思い体を震わせた。
トーマンはディーブをちらりと見て、そっと馬車から降りた。先ほどまで目的地に到着したため騒がしかったが、その音が遠のいている。目の前の宿舎に入り始めているようだ。
「まだ着けていたのだな」
ディーブはルービスに近寄り、リストバンドを外した。一つずつ外れるたび、体が軽くなっていく。
ルービスは自分でも足に着けていたものを外した。全て外し終え姿勢を直すと、まだ目の前にディーブの姿があった。ルービスは緊張する。
「ルービス」
ディーブは懐から短剣を取り出し、ルービスに差し出した。柄に金の彫刻が施されている。
「これを持って行ってくれ」
一見して高価なものとわかる短剣だ。ルービスはためらった。
「これはチュチタ国の王族の印ともなる剣だ。私の名前も入っている」
「そんな大切なもの・・・」
「ルービス、君は嫌がるだろうが…私は君を妻だと思っている」
ディーブは真剣な眼差しでルービスを見つめた。
「君がパズバに出向き、毎年兵を志願していることを知っていた。この国にあってそんなことをする女性がいると聞いて、ずっと会ってみたいと思っていたんだ。自分の定められた運命を自らの手で切り開こうとしている信念を、聞いてみたいと思っていた。・・・君を初めてあのパズバで、役人と戦う姿を見た時、その君の姿に、私は心を奪われた。それからあとも、君を知るたびにこの想いは強くなった」
ディーブはルービスの手を取った。その手は震えている。
「これはプロポーズだ。…私は自由を認めたい。だから妻に迎えることはできない。私はこの国の男だから。・・・でも私はルービス以外の女性とは関わりをもたないと誓うよ。約束する」
ルービスは信じられない気持ちでディーブの告白を聞いた。
「…受け取るよ」
ルービスはディーブから剣を受け取ると、自分の首にかけていたネックレスを外した。銀の鎖に模様の入った小ぶりの飾りが付いている。
「これは私の母親の形見・・・。これくらいしかなくて・・・これを」
「それこそ大切なものだ」
「今はもう代わりがある」
ルービスは今受け取った剣を指した。
「それに、Dにも私の分身を持っていてほしい」
ディーブはそれを聞いて小さくうなずき、ルービスのネックレスをかけようとして、自分の首にすでにかかっていた小さな笛を外した。
「これも持っていてくれ」
ディーブはルービスの首に笛をかけた。
その時、外からトーマンの抑えた声が聞こえた。
「出発です」
ルービスはあわててディーブの腕を取って言った。
「約束しよう」
ルービスの頬が染まる。
「私も生涯Dだけを夫とする」
最初わけがわからないという顔をしていたディーブの顔が次第に泣き笑いのような表情になった。ルービスはディーブの胸に飛び込んだ。
「約束するよ、ルービス。またいつか会おう。いつも君の幸運を祈っているよ」
ディーブもルービスを強く抱きしめ、額にキスをした。
馬車の窓が控えめに叩かれた。2人は離れ、ルービスはドアを開けた。マントを深くかぶり、首にかけていた布で顔の半分を覆い、馬車を降りる。
目の前に複雑な表情をするトーマンが立っていた。なにか不測の事態が起こったのかと一瞬不安がよぎったが、どうやらこれは別れを惜しむトーマンの顔だったようだ。それがわかると、途端にルービスの頭からトーマンに話したかったいろいろな言葉が消えた。いや、消えたのではない。言葉があふれ出て、頭を埋め尽くし、逆に言葉を失ったのだった。2人は向かい合ったまま、少し立ち尽くしたが、トーマンが道を開けるように体を動かし、ルービスの進路を示した。
「しばらく全力疾走です。足が棒になるまで走り続けなさい。先にカツタフォルネとの国境があります。・・・GOOD LUCK」
ルービスはディーブを振り返ることなく駆け出した。振り返れば、なにか言葉を出せば、一言では終わらない気がした。トーマンの動きと言葉がルービスの一歩を促した。それを躊躇したくなかったのだ。
ルービスは頭を空にして疾走した。体は軽かった。トーマンの言うとおり、動かなくなるまで動き続けた。




