パズバ
パズバは二日間、一日目の朝から二日目の夕方まで通しで行われる。
成人の儀式は二日目の催しだ。選ばれた国の役人が評定人となり、集まった男達の腕を審査する。その会場には出場者以外の立ち入りは禁止だった。
今年のパズバ一日目にはルービスの姿はなかった。毎年駆けずり回ってルービスの姿を求め、偶然を装って接近し二人で過ごしていたタオスは、もしやルービスの体の具合が悪いのではと不安になり、月明かりの中ルービスの家の前をうろうろした。
「タオス」
いつの間にかルービスがバルコニーから身を乗り出してタオスを見ていた。部屋からの光が背中から差し込み、ルービスの表情までは見えない。
「何やってるの」
ルービスの声は笑っている。元気そうなルービスを確認してタオスは門に体を張り付ける勢いで近寄った。
遠くではパズバで盛り上がっている人々のざわめきが微かに聞こえてきている。夜は大人たちの盛り上がる時間だ。
「入ってもいいかい?」
「それは…夜だし」
「話があるんだ」
タオスは門の格子を握り、哀願するような眼差しで月明かりに照らされるルービスを見つめた。
ルービスは暫くその様子を見ていたが、突然小さく手を振り、身を翻してバルコニーを飛び越えた。
タオスは声にならない悲鳴を上げ、体を硬直させた。バルコニーから下まで5メートルは下らないと見えるのに、目を回しかけているタオスを前にルービスは難なく着地した。
「重要な話らしいから降りてきた」
ルービスはニコニコしながら門まで小走りでやってきた。
「この方が早いでしょ」
「ル・・ルービス・・・」
掠れた声を絞り出して、タオスは胸をなでおろした。
「どうしたの? タオス。なにか心配事?」
覗き込むように近づいたルービスの顔は、暗闇の中ではひときわ美しかった。
月光に照らされきらきらと光る大きな瞳、長い睫、整った眉、緩やかな鼻、紅い唇。さらさらとした細い髪の毛は光の陰影に、ルービスが首をかしげる度に姿を変えた。
タオスは生唾を飲み込んで、真っ赤に染まった顔を悟られぬようにうつむいた。
もし間に格子がなければタオスはルービスに何をしたかわからなかった。
「ルービス」
「ん?」
「・・・明日、もしオレが成人として認められたら…結婚してほしい」
ルービスは目を見開いてタオスを凝視した。
「ずっと好きだったんだ」
「タオス! 私たちは友達、親友でしょう? バカなこと言わないで」
ルービスは後ずさりながら耳を押さえた。
「バカなもんかっ、バカなのはルービスのほうじゃないか」
空に祭りの花火が上がり始め、ルービスは一瞬、その光によって照らし出されたタオスの真剣な表情を見た。
「幸せにするから」
タオスが手を差し伸べると、ルービスはさらに後ずさった。
「タオスはいいね、男の子なんだもの」
瞬間、月が雲に隠れあたりは暗闇となり、再び花火が光を差し伸べた時にはもうルービスの姿はなくなっていた。
タオスはいつまでもそのまま待っていたが、ルービスが再び姿を見せることはなかった。
二日目の朝、タオスは早起きをして会場に向かった。審査が始まるのは夜明けからだ。
(来ないでほしい。来ないでほしい)
タオスは心の中で呟きながら太陽が昇るのを待った。
「女は入れんよ」
入り口で役人の声がした。タオスは飛び跳ねるように入り口が見える位置まで走った。
そこにはやはりルービスの姿があった。長い髪を後ろで一つに束ねて、華奢な体が強調される体に密着するぴったりとする服を着ている。
ルービスは役人を見上げた。
「どかないと怪我をするよ。これは警告だよ。今年は絶対に入るんだ」
ルービスの3倍はありそうな体格の持ち主である役人はそれを聞いて大きく笑った。
「笑止な! お前が噂に聞く女だな。毎年来ているそうじゃないか」
「今までは実力行使はしなかった。でも、もう待てない。とにかくどいて!」
ルービスはゆっくりと剣を抜いた。
(ルービス! なんてことを!)
タオスが駆け出そうとするのを横にいた男が止めた。
「やめときな、思い知るべきだ」
周りの参加者も口々にけしかけ始める。会場が騒がしくなった。
役人も剣を抜く。
「いいかげんにしろ、死なないとわからないのか?」
言い放ち、ルービスに襲いかかった。
ルービスは軽々と役人の刃をよけ、腰にかかった鞘をつなぎとめてあるベルトを裁った。
鞘が落ちると場内からブーイングが起こった。役人は舌打ちをして体勢を立て直す。次に振り上げられた剣は速かった。今度はルービスもよけることはかなわず剣で受け止めた。
「!」
役人の腕力は想像以上に強く、ルービスは腕だけではなく全身を使わなければならなかった。
役人はそれを悟ったのか、剣を離し、素早く左右に刃を向けた。
連続する攻撃に、速さでは追いつくものの力では負け、ルービスは後ずさりながら剣を交わす。
「ハハハ! どうした! 元気がないぞ」
役人は狂ったように剣を振った。ルービスはとうとう門に背中を打ち付けてしまった。役人は渾身の力を込めて剣を振り下ろすべく、剣を高く振り上げた。
その時ルービスの目が光った。
ルービスは門に背を向けたまま高くジャンプをして格子につかまり、背中を打ち付けた反動で役人の顔面を蹴り上げた。俊敏な行動だった。倒れこんだ役人の手を踏みつけ放たれた剣を蹴飛ばし、右腕を左足で押さえ、右足で腹を踏みつけ刃を首にかざした。
(は・・速い)
タオスは両手をぐっと握りしめた。もし自分でもとても対応できそうもない。辺りの男たちも口を開けてルービスに見入っている。
今度は他の警備にいた役人数名が剣を抜いてルービスに向かっていった。
「来るな!」
ルービスの鋭い声が役人たちの動きを止まらせた。
「近づけばこの男の首を切る」
ルービスに刃を突き付けられたままの役人は顔を蒼白にさせて仲間を見た。役人たちはお互いに顔を見合わせその場に動けずにいる。
「やめろやめろ! おしまいだ!」
突然、階段から降りてきた男が両手を大きく振りながら叫んだ。妙な形の帽子をかぶった浅黒い男だ。
役人とは違う制服だが、主催側であることは確かなようだ。
「あ・・・これはこれは!」
役人たちが一斉に頭を下げた。
「その女性を入れるようにとのことだ。馬鹿なパフォーマンスは終わりにしろ」
男の一言で場内は沸き立った。女性が会場内に入ることへの異常事態に落ち着かなくなる。
当のルービスはほっとした表情で剣を戻し、倒れている役人に手を差し伸べた。役人はためらいがちにルービスの小さな手を
握った。両手で役人を引き起こし、「ごめんなさい」と、無邪気な笑顔を見せてから会場中央へ歩いて行った。役人はそんなルービスを目で追った。
(信じられない・・・あんな小さな女に負けるなんて・・・。いったい何が起こったんだ)
会場に入るとルービスは窓際に腰を下ろした。初めはおかしな雰囲気に包まれていた場内も数分経つともとの緊張感あふれる空気に戻っていた。だが、時折男たちの視線はルービスに注がれる。
街中であっても目立つルービスの容姿が男だらけの中で際立たないわけはなかった。
頬杖をついて外の景色を眺めているルービスは、着飾っていないためか清楚に感じられた。そこだけ絵画のように異空間な美しさだ。
手をはたく音が張りつめた空気を貫く。見るとあの浅黒い男が立っていた。
「これより審査を行う」
男があたりを眺めまわした。みな緊張の一瞬である。
「・・・会場を移す。今回審査するお方は前回まで派遣されていた者ではない。よって、前回とは方針は変わるが、公平に審査することでは変わりはない。・・・今から中庭に移動してもらう。審査会場はそこになる。・・・急いで中庭に移動しろ!」
庭に続く大きな扉が開け放たれた。みな駆け足で外に出ていく。
「さっさといけ! 最後はどいつだ!」
男は通り過ぎる男たちの背中や尻を叩いて回っていたが、ルービスが通るときには手を止めた。ルービスが不思議に思って見ると、男は二本指を額に付け、再び放した。
「GOOD LUCK!」
ルービスは男の言葉に笑顔で応え、他に追いつこうと再び走り出した。
<続く>