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ビビデの街

ビビデの街


 人口約200万人、島の南に位置する温暖な気候に恵まれた小さな国「チュチタ」は他と違った国風があった。「女は内に住み内を守る」というのがそれで、女は16才になると親の決めた男に嫁ぎ、一生を終える。男は妻子を守るべく働き、時には兵士となる。この国で成人として認められるためには、女は嫁、男は力。その力を認めてもらう場は一年に一回開かれるパズバと呼ばれる祭典の中にしかなかった。パズバで開かれる成人の儀式では、16歳以上の男子が参加資格を持ち、試合によってその剣の腕を評価されたものが成人として認められる。

 今年もそのパズバが迫っていた。


「タオス! そんな腕では今年も成人になれないぞ!」

 ルービスの 軽やかな笑い声が広場にこだました。 

 ルービスがタオスの剣をよけて左右に動くたび、きらめく汗がルービスの体から零れ落ちる。

疲れていないはずはないのに、ルービスの息は落ち着いていて、不思議なことにタオスが懸命になれば

なるほどルービスは軽やかになっていくようだった。とうとうタオスの息は乱れた。

「もらった!」

 ルービスの高い声がしたかと思うと、タオスの胸にルービスの剣が刺されていた。タオスはその場に

尻をついて、ため息をもらした。

「負けたよ、ルービス。とてもかなわない」

「やっと認めたな」

 ルービスは満足そうに笑った。

「でもルービス、もうパズバに行くのはよしなよ、恥になるだけだ」

「恥?」

 ルービスは汗を拭くために、着けていた兜(非常にシンプルなものではあるが)を取った。

 そこには見目麗しい女の顔があった。恥、という言葉に反応して眼光鋭く睨みつけている。

「それはどういう意味? 自分の実力を認めてもらうことの、どこが恥に?」

「ルービス、落ち着いてよ」

 タオスも兜を取って立ち上がった。まだ若い青年だ。

「私は絶対にこの国を出る。女に自由のないこんな国、出てやるんだ」

「だからってパズバに行くことはないだろう」

「女に移動の自由がなく国から出られないのだから、男と同じように力を認められ、兵士として国を出る

ほかに方法はないだろう?」 

 うんざりした表情で自分の荷物を抱えると、ルービスは歩き出した。

「ルービス!」

 タオスも急いで荷物をまとめだす。

「タオスもみんなも、この国の男は同じ。「女は内に」! 冗談じゃない」

 通りを闊歩しながら叫ぶルービスの後に、やっとタオスが追いついた。

「でも、もう5回目だろう? 今まで相手にされたことがあった? 笑われて門前払いだ」

「今度はそんなことさせない」

「無理だよ。この国はそういう国なんだ。もうあきらめるんだ。嫁に行けなくなるぞ」

「うるさい!」

 ルービスの剣が抜かれ、タオスの鼻の先にあたった。これは練習用ではなく本物の剣だ。

 荷物の落ちる音が通りに反響する。タオスがとっさに両腕を挙げたのだ。通り沿いの家の窓はすべて

開けられ、好奇心旺盛な野次馬が息をのんで二人を見守っている。 

 ルービスの目は炎のように燃えあがっていた。美しい顔だけに迫力がある。

「・・・」

 ルービスは剣を仕舞って駆け出した。怒りが足音に表れている。野次馬は事が終わってしまったことに

残念がりながら、窓を閉め始めた。タオスは落ちた荷物を拾いながら得意そうに話す婦人の声を聞いた。

「またルービスだよ。14才の時に母親が死んでから一人で暮らしている変わり者さ。もう21才になるはずだよ。あの娘には未来はないね。あんなことをしていて嫁の貰い手があるわけないもの。どんなに器量がよくてもあれじゃあね」

 

 二人のいるこの街は、チュチタ国の中でも最北端にある小さな街で、名をビビデという。高い建物の屋上からなら国境を示す塀を抜けて隣の国を覗くこともできた。ルービスは幼いころからよく屋上に上っては北を眺めていた。人々は隣の国の様子を見ているのだと思っていたが、実は違った。白い塔を見ていたのだ。

 ルービスがこの国を出たい理由は、「自分の力で生きること」の他にもう一つあった。

 それは父親に会うことだった。ルービスの母親はチュチタ国出身だったが、父親はそうではなかった。

どこの国から来たのかは母親も知らないと言っていたが、わずかながら手がかりはあった。父親の名前は

カイル。そして、ルービスが生まれる年に「あの塔へ行ってくる。必ず戻ってくる」と言い残して去っていったのだという。

 塔はルービスの街から微かに見える白い尖ったそれだった。ルービスにはあの塔に行けば父親に会えるだろうという確信があった。


 タオスにとって一歳年上の美しいルービスは憧れだった。運動神経が良く、快活で優しい。

美貌も国一番といって過言ではないだろう。剣の名手であるにもかかわらず線は細く、女らしい体つき。

いつかは自分の嫁にしたいと男なら誰でも思った。事実16になった年から嵐のようなプロポーズがルービスを襲ったが、ルービスはそれを片っ端から断り、17の時パズバに出向いた。

 ルービスはパズバに来ていた男たちに笑いものにされ、役人に追い返された。

 ルービスの剣は一度も抜かれる機会を作れずに終わってしまったのだ。次の年も、その次の年も、そのまた翌年も扱いは同じだった。

 タオスは何とかしてルービスに諦めてほしかった。このままではルービスの一生は台無しになってしまう。

 だが、タオスはルービスを説得できなかった。


 <続く>

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