予定は未定
やはり昨夜も何の問題もなく闇は明けた。
前日の洞窟ではなく、野営だったというのに肩透かしを食らったように清々しい朝だった。
世界が、いや、ダンジョンが眠っているかのように、魔物どころか物音すらしなかった。
おかげで体調はすこぶる良い。気になるのは頼りない食料くらいだ。それも今日の作戦が上手く行けば問題なくなるはずだ。
「ハイネは体調はどうだ?」
そう、ハイネはかなりの量の血を失って2日目だ。
昨日の様にレベル上げであれば無茶する必要はないが、今回は敵の本拠地に殴り込みだ。魔神が居ないと言っても油断出来る状況ではない。
「魔力の流れに乱れはありますが、影響がないレベルだと思います。それにやるべき事をやらないと助からないんです。少しぐらいは我慢するしかないでしょ」
その通りだ。
食料に関しては余裕はない。
それに明日に伸びても状況が好転するとは思えない。
昨日の繰り返しではジリ貧になる未来の方が見えてくる。
光が見えたなら進むしかないのだ。
「ああ、行こう。奴の自宅にお邪魔するとしようじゃないか」
2人はダンジョンの中心へと歩み始めた。
◇◇◇
目指すべきダンジョンの中心は探す必要はなかった。
それは入口の反対へ向かって進むとアッサリと見つかった。
小高い丘の上に、これ見よがしに西洋風の大きな城。あれが魔神の本拠地でなければ一体なんだと言うのだろう。もう1時間もかからずに玄関のドアを叩けそうな距離だ。
「ちょっと何もかもが上手く行き過ぎている気がしないか?」
「確かにこれだけスンナリと辿り着くと、また罠じゃないかと疑いたくなりますね」
疑いたくなるのも当然。
結局、この場所にたどり着くまで戦闘がなかった。
魔物の姿すら見なかったのだ。間違いなく、ここはダンジョン内であり、魔物の巣窟と言われてもおかしくない場所のはずなのにだ。
「もしかして、引っ越しした後とか?」
「いえ、昨日お話しした通り宝珠は移動できないはずです。まさか宝珠を置いてけぼりにする事はないと思いますが……」
しかし、2人の疑問は地面を通して答えがやってきた。
地震の様に小刻みに連続してやってくる何か。
それは足を通して体全体に恐怖を生むもの。
「ハイネ、これってやばいんじゃないか?」
「こ、こちらへ向かってきてますね。ま、まずいですね」
(逃げるか? どこへ? でもこれは……)
「本当に俺達に向かってきているのか? それにしては速度が遅くないか?」
そうである。震動が規則正しすぎる。
乱れが感じられないそれは、とても統制のとれた動きに感じられる。獲物を見つけた行動とは思えない。
「隠れよう。俺達が目標ではないかもしれない。それにどうせ逃げたところで相手が本気なら追いつかれる。俺達に逃げるべき出口はないんだ」
こちらの提案へ無言の頷きが了承のしるし。
双方の意思が統一されれば動きは早い。近くの木へと登る。
たぶん下に居ても無駄だった。それ程に震動の『主は多い』だろう。
やがてその集団は自分たちの足元を通り抜けていく。
群れ、群れ、群れ。
それらはゴブリン、コボルト、リザードマンの数々。
ファンタジーの世界の獣人が自分の知っている姿で統制の取れた集団となって、自分たちの進んできたダンジョンの入口のある方向へと向かって行く。
間違いなく自分たちに気づいていない。
自分たちを標的にして行動しているわけではないということ。
もっと別の目的があるとしか思えない。
最終的に何十、何百、それ以上、千を超えていたであろう魔物の集団は、こちらに気づくことなく過ぎ去っていった。
「ハイネ……。もう大丈夫だろう」
「……のようですね。でも魔物達はどこへ行ったのでしょう?」
あの数を見る限り、ダンジョンのかなりの個体が集合して1つの方向へ向かっている事になる。
つまり、昨日からエンカウントしなかった理由はこれだったのだ。
「ダンジョンの入口へ向かっているようにも感じられるけど、もしかして外の世界へ攻撃を開始するつもりじゃないだろうな」
「それはないかと。館の主である『異神アビス』様の結界を超えられるとは思いません。何故ならあの集団にはその力を持つ魔物が居ませんでした」
「結界だって?」
「そうです。結界を超えるには奴らは弱すぎます。外の世界を攻める魔物はもっと上位のクラスでなければ無理なはずです。あくまでダンジョンを守る魔物であって、攻めるだけの力はない様に思われます」
「でも入口には魔神ウォペがいるんだろ?」
「はぁぁぁ~~~。本当にクロスさんは学習が足りませんね。神と神は直接争う事はないはずです。それは対立している異神と魔神だからこそです」
(そういえば、召喚された時に聞いたことがあるような、ないような……)
直接戦えないからこそ、人間がダンジョン攻略に送り込まれる。
神は自分の世界でしか力を発揮できない。
異神は外の世界で、魔神はダンジョンこそが力を発揮できる場所。直接戦ったところで結果は見えているのだ。
つまり、魔神ウォペは結界を超えない。しかし、下位の集団の魔物達が入口へ向かっている。これがどういう意味なのか繋がらない。
「そうだったな。勝てるわけのない戦いに向かう神はいないか。そうなると益々、あの集団の行動が読めないな」
「でもあれだけの数が行動を共にするなんて話は、私の知識の中にはありません」
このダンジョンに自分たち以外がいるのか?
魔神ウォペの態度からすると自分たちより先に入っているとは思えない。
では自分たちの後からという可能性は?
これもあり得ない。魔神ウォペに倒されているか、逆に倒したとしても何の変化も感じ取れない。
自分たちとの決戦に備えて集合させている?
当然ながらこれもないだろう。そんな戦力がなくても俺達を倒せる力があるはずだ。
「とにかく、目的を果たそう。宝珠を破壊するんだ」
疑問を先送りにして目的を目指す。
攻略すれば奴らの行動理由なんてどうでもいいことだ。
気配のない城へと2人は歩き出す。
魔物の真意も分からないまま、自分たちの力でも出来る攻略を目指して。
しかし、向かう先にあったのは、2人を奈落へと突き落す結果になるのだった。