エンカウント
レベルアップは順調だった。
想定外の敵も現れず、大きな危険もなく、安定した狩り。
「ダメだ。敵が居ない。エンカウント率が低すぎる。このままじゃ……」
そう、あまりに安全すぎた。
日も沈もうとしている時間にも関わらず、戦闘数は5回にも届かない。
2時間に1度あるかないかの戦闘。
それも1匹で行動している、はぐれ魔物の様な獲物のみ。
レベルを確認しても4になっただけだ。ハイネに至っては12のままでレベルアップすらしていない。
つまりは――
「作戦1は失敗だな。このままレベルアップを図った所で大した成果があるとは思えない」
「そうですね。ダンジョン内がこれほど魔物が少ないものだとは知りませんでした」
「そうか、ハイネも今回が初めてのダンジョンだったんだっけ」
「外の世界では魔物との経験もありますし、知識についても身につけたつもりだったのですが……」
「もしかして外の世界と比べてもエンカウントが少ない方なのか?」
「いえ、外の世界よりは多い方だとは思いますよ。でも、聞いていた話では”もっと激しい”はずなのですが」
つまりは運が良かった。いや、この場合は運が悪かったと言うべきか。
「もう今日はどこかで野営の準備をしよう。明日以降の予定も考え直す必要がある」
ハイネからの異論はなかった。
それは当たり前と言えば当たり前。
これ以上の狩りを続けたところで、レベルが1あがるかどうか。
魔神と戦うにしろ、逃げるにしろ、完全にレベルは足りていない。
今後について変更するべき点は多い。今日と同じでは何も変わらない。
内心は俺だけじゃなくて、ハイネも2日後の絶望が近づいてきただけという事は気づいているはずだ。
だからこそ体を動かし続けないと不安で押しつぶされそうなのだろう。
適地を見つけると2人は言葉も交わさず、野営の準備は進められた。
その無言の時間を打ち破ったのは、ハイネの口から漏れた一言。
それは味気もない非常食の干し肉を口にする、2人の影が見えなくなる闇の時間。
「やっぱり、おかしい……」
「……おかしい?」
「えっ? あ、ごめんなさい。ちょっと気になる事があったので」
「気になる? 今日の狩りの事か?」
「狩りというよりも、魔物の数が少なすぎる事がです」
「そんなに少なかったのか?」
こちらの世界の常識など分からない。
思った以上にぬるいとは感じていた。
昨日は20匹近いゴブリンの集団に遭遇したと言うのに、今日に至っては総数でも半分にも届いていない。
自分が知らないだけで、これが本当のダンジョンの姿なのかと思い始めても居た。
しかしそれをハイネが否定しようとしている。
「このダンジョンは弱体しているとは聞いていましたが、ダンジョンというのはそれ自体が魔物の巣の様なもののはずなんです。ここのダンジョンも見た目は草原と森が広がる、ほのぼのとした風景にも見えますが、やっぱりダンジョンである事には間違いがない筈です。それなのに今日のエンカウント率は『異常』です」
「そうなのか?」
「はい。ダンジョン内での野営は本来、それなりの準備が必要です。こんなに『静かな』魔物の巣があるはずがありません。外の世界の森でも珍しい状況だと思います。初心者レベルが二人で問題なく、2日目の夜が過ごせてしまうなんて違和感しかありません」
確かに静かだった。遠くに流れる水辺の音でも聞こえてきそうなほどに。
「弱体しているダンジョンというだけでは説明がつかないと思います。何かが起こる前触れでなければ良いのですが……」
「何かか……。実は俺も気になっていた事がある」
「何をですか?」
「魔神『ウォペ』はダンジョンの入口で待ち伏せていたが、本来はどこにいるものなんだ?」
「本来ですか? やはり魔神たちの本拠地ではないでしょうか?」
「だよな。という事は本拠地は空という事じゃないか?」
「かもしれませんが……」
「魔神にとって本拠地で待ち構える利点は?」
「地の利、自身の眷属による魔物の厚い壁、後は……」
「そこに何か守る物があるからじゃないか?」
「……!? たしかにダンジョンを構築している宝珠がある場所が本拠地となっているはずです! そしてそれはダンジョンの中心からは移動する事は出来ないはずです! 破壊する事が出来ればダンジョン攻略となるはずです!」
「なるほど。という事は行ってみる価値があるんじゃないか?」
もちろん、全く空とは言えないだろう。護衛を置いている可能性の方が高い。
ただ、レベル4とレベル12の二人で出来る事は限られる。
魔神を倒すよりもマシな可能性だってある。だったら今はその可能性に賭けたかった。
「では明日はダンジョンの中心へ向かうという事で良いのですね?」
「ああ、行ってみよう。ダンジョンの中心。魔神の本拠地にな」
あるはずのない”闇の音”すら聞こえてきそうなダンジョンで、緊張感と期待の混ざった笑みが2つ浮かんでいた。