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支配下で支配人がダンジョンを支配する  作者: 雪ノ音
支配人達の宴
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強さの階段

 クロスとハイネは武器を持たない組手を行うことになった。

 元々攻撃範囲が小さく、自身の動きを制限しない武器を使っていたクロスに取って問題は少ない。

 問題があるとすればハイネである。

 彼女は魔法中心の援護を担当していたのだから、前線を担当してきたクロス相手には厳しいだろうと思っていた。


 しかし――


 攻撃が当たらない。

 無意識に手加減をしていないとは言い切れないがブーストの効果もあり、ステータス的には互角、いや多少は自分の方が上だと思っていた。なのに現在の結果は理解できない。


「クロスさん、手を抜かなくてもいいですよ? 素手なのですから大きな怪我にはならないと思いますから」

「じゃあ、遠慮なくやらせてもらう……!」


 ハイネからは本気でないと思われているらしい。

 それに対する返答は単なる強がりでしかない。

 言葉に出したからには変化を見せない事には恥が残されるだけである。やるしかない。


 思い描くはボクシング。

 軽くステップを踏み、卵を握りこむように構えた左のジャブをハイネへと伸ばす。最短距離を直線のみで結ぶ攻撃。あくまでも次の攻撃への布石を込めたアクション。

 

 だが、クロスにとっての次は訪れなかった。

 ハイネはタイミングが予め分かっていたかのように推進力を前へと加えると、こちらの内側へと潜り込むようにしながら右の手の甲でこちらの左手を弾く。真っ直ぐに伸ばされた腕に横からの打撃は軽いはずのそれにすらにも抵抗を見せる事も出来ずに、弾かれた腕と一緒に体が流れる。後に残されているのは無防備な状態。


 睨めつけるような視線の彼女から軽い呼吸音が聞こえたような気がした。


(まずいっ!)


 相手は流れるように上半身が回転を始める。

 それに見られる動きは最短を狙う動きではない。

 野球のピッチャーの様に撓る体から繰り出される左フック。

 間違いなく体重を乗せた最大の威力を目指した一撃。

 

 こちらが交わす為の権利は失われている。

 崩れた体勢を戻すだけの時間はない。

 残された右腕をガードに使うしかないのである。

 体とハイネの左の拳の間に強引に割り込んだそれは最低限の役割は果たした。

 そう、最低限の役割を。


「がふっ……!」


 崩れた体から作られたガードの上から貫通してくる打撃。

 それは決して軽くはなく、肺から空気を奪う。

 無理矢理に口から吐き出された空気が言葉にならない言葉を生み出す。


 ハイネをブースト元にしているからこそ、特徴は掴んでいるつもりでいた。

 彼女は耐久力は高くないもののスピードと攻撃力は低くない。その拳で意識を奪われたのは、それほど昔の話でもない。

 それだけに理解したつもりになっていたが甘かったと言わざるを得ない。


 俺の体と意識が立っていた場所から半歩分ほどズレる感覚を覚える。

 そこへ追い打ちをかけるように十分な力を込めた右の掌底の構えが視界に映る。それに防ぐ手段が思い浮かばない。


(――受けるしかない!)


 覚悟を決めて意識を強く持つ。

 そこへ伸びてくるハイネのコンポ。


 彼女の攻撃は2人が本当に近いレベルなのかと疑いたくなる程の威力で地面から足を引きはがし、こちらの体を後方へと弾き飛ばす。

 おそらく、その距離は軽くオリンピックの幅跳び世界記録を超えた事だろう。


 俺が無様に倒れる事無く、なんとか足から着地して意識を保つ事が出来たのは自ら後方へと飛ぶ選択肢を選んだため。

 見た目の飛距離ほどの体にダメージは受けていないが、心の方が大きなショックを受けていた。


「支配人よ。どうだ、同種の女子おなごがアッサリとお前を上回っている感想は?」


 クリカラの言葉は、その結果が最初から分かっていたような、いや、本当に予想通りの結果だったのだろう。竜相手で言うのも変だが表情に驚きが含まれているようには思えない。


「えっ? クロスさん、まだ本気じゃないんですよね?」


 今の攻撃を繰り出した本人だけが状況を呑み込めていない。


「わっはははははっ! 実力を隠しているとでも思われているようだぞっ! 男としても支配人としても面目丸つぶれだなっ!」


 これが俺の趣味だとでも言わんばかりに楽しそうな竜の姿。

 ウォペとの事で羨ましさから妬みを持っているのではないかと思うほどに。


「どうしてこんなに差があるんだ? ゴブリンキングに対してだって、ここまで差を感じなかったぞ?」

「それが話していた熟練度と理解力の差というものだ。お前の攻撃は見よう見まね。洗練さもなければ力の流れもむちゃくちゃだ。ただ形だけを重視した軽く読みやすい攻撃だ。武器を持てば誤魔化しが効くだろうが素手では見事に暴かれる。それを実感出来たであろうが」


 確かに俺は格闘なんて経験はない。喧嘩の1つも本気でやった事もなかった。

 それでも十分に前回の攻略では対応できたつもりでいた。


 それがどうだろうか? 

 元魔女のハイネに押されている。

 恐らく、このまま続けたところで同じ結果が繰り返されるだけだろう。

 それほどに差を実感してしまった。


「その戦い方は自身よりも弱い敵を多数相手するにはよいだろう。しかし、同格以上の相手となると基礎となる熟練度と経験が物を言う。それがお前には圧倒的に足りん」

「じゃあ、どうすればいいって言うんだ!?」


 熟練や経験なんて短期間で身に着けられるわけがない。それを言われてしまっては今後は不安しか残らなくなる。


「攻撃時の力の流れを体に叩き込むしかない。簡単には出来んだろうが弱点が分かっただけでも大きな収穫だろうが?」

「随分と簡単に言ってくれる……」


 しかし現実を認めるしかない。

 魔法を無くしたハイネが戦力にならないかもしれないと勘違いしていた事を。

 戦力として足を引っ張っているのは自分かもしれないという事を。


「逆にハイネ。お前さんは体の動かし方は分かっているようだが、武器を持つ事に慣れておらんのではないか?」

「えっ! そんな事までわかるんですか!?」

「動物達は己の体を武器にしているから上手く使いこなせる。余所から来た武器を無理やりに装着されると逆に行動を制限されて力を出せなくなる。お前さんはそういうタイプに見える」


 その言葉は正しいかもしれない。

 ハイネは「格闘家の素質」を見事に表現しているということ。

 しかし当然ながら……


「それじゃあ、ダンジョンの魔物相手は厳しいってことだろう?」


 魔物は人間とは違う。

 外殻が素手では対応できない奴もいるだろう。

 トロールのようにこちらの何倍もの巨体の魔物もいる。

 もしかすると触れること自体が危険な個体が居ても不思議ではない。

 素手に近い状態では限界があるという事だ。


「意外と自分の事以外は見えているではないか、支配人よ」


 こちらとしては返す言葉もない。


「では私はどうすればよいのですか?」


 ハイネの質問は当然。

 今までと違う物を手に持てと言われて「ハイ、わかりましたそうします」という簡単な事ではない。


「自分に合う武器を見つけるしかない。それが剣かもしれないし、斧かもしれん。もっと別の物の可能性もあるが色々と試して己の道を見つけるしかない」

「じゃあ、俺も武器を変えた方がいいのか?」

「貴様は重い武器はあわん。まだまだ物足りんが回避には多少だが光るものはある。回避を重視した上での選択をすべきだろうな」


 つまりは俺は武器よりも己の動きを理解し、ハイネは己の弱点を補う武器を探し出せという事だ。


「幸いにも近くに武器を使う魔物の巣がある。支配人、貴様はそこへ素手で殴りこめ。ハイネもそこにある武器を物色しながら自分に合う物を試してみるがよい。貴様らのレベルなら対応できない魔物ではないはずだ。心配せずとも残りの2人は私が面倒を見るとしよう」

「弱点を指摘した上で後は実戦でって事か。いいだろう、やってやるっ!」


 初めてダンジョンに突入した日の事が思い起こされる。

 あの時もハイネと俺の2人だった。

 状況は違えど、その過去に繋がるのは自然といえる。


「はいっ、行きましょう! クロスさん!」


 やる気をクリカラの指し示す方向へと向けて歩みだす。

 今、新たな未来を描くための攻略が開始された。

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