風格と威厳と天然
あの馬鹿でかい体と態度の竜と妙にソワソワした様子のハイネのセットでの帰りは奇妙な組み合わせというしかない。
ただし既に緊張だけは無くなっている様子の彼女は、突然のハプニングには弱いようだが実は順応力は非常に高いのではないかと思い始めている。
実際に館で魔神であるはずのウォペと仲良く(?)話しているのは主にハイネである。とはいえ、そのハプニングのたびに下着を汚しているのはどうかと思うが……。
「待たせたな。この娘の汚れ物の焼却処分に時間がかかってな。なかなか了承せぬから丸ごと焼いてしまおうかと思ったぞ」
「えっ?」
言葉の中にとんでもない内容が含まれていた気がする。しかも「丸ごと焼く」という恐ろしい事をサラリと。その内容の確認をするようにハイネに視線を送る。
その視線に気づいた彼女の顔は一瞬でトマトの様に熟れた。
それは竜の言葉が聞き間違いでない事の答え。
つまり現在の彼女は『履いていない』
(この竜! やりやがった!)
「なんだ、その顔は? 我が巣を下等生物の汚水で汚すにもいかんであろう?」
そんなご褒美を……いやいや、そんなひどい事を出来てしまうのは言葉通りにこちらを下等生物と見ているからであろう。気が変われば何時でも灰にする準備はあると言われている様なもの。今は突っ込むべきではない。
「アンタに聞きたい事がある。そっちだって聞きたい事があるんだろ?」
「アンタとはなんだ。俺にはクリカラと名がある。今後、アンタなどと呼んだら消し炭にするぞ」
「ああ、わかったわかった。クリカラ様でいいんだろ」
なんともプライドが高そうな奴だった。しかし人間でもこういうタイプは扱いやすい。乗せておけばいくらでも操作は可能である。
「分かればよい。とりあえずの貴様の質問は後だ。先に我から聞く。貴様の名はクロスだったか? 人間と違って私は相手を見下さん。ちゃんと名前で呼んでやるぞ」
「流石、クリカラ様。ありがたいな」
クリカラの言葉は既に見下している気がするがスルーしておく。
心のこもっていない感謝の言葉に上機嫌で「感謝などせずとも当たり前の事だ」と返してくるのを見ると少々可愛くも見えてくる。
「それでウォペ殿は、ご健在であられるか?」
「そうだな……あれで元気と言わなければ、ちょっと問題があると思う」
「ふむ。しかし何故、貴様程度の『支配人』の管理する『館の住民』になったのだ? どうも、そのハイネとやらは共闘したのは覚えているようだが、その後は意識がほとんどなく、『住民』になった経緯は良く知らんと言っておる」
確かにあの時にハイネの意識は無いに等しかった。とはいえ、難しい事はなかった。経緯は単純ではある。
「あの時、ウォペの奴はフォルネウスって言う『使徒』の策に嵌っていてな。そいつの手駒のゴブリンキングに勝つにはそれしかなかったんでな」
「はぁ~~~!? ゴブリンキング!? 本当にあのゴブリンキングか!?」
「ああ、間違いない。ゴブリンキングだ」
クリカラの驚きは当然だ。奴は強かった。理性を失っていなければもっと苦労していたのは間違いがない。
しかし相手から返ってきたのは、こちらの思いとは別の驚き。
「そんな雑魚にウォペ殿が苦戦するわけがなかろう!?」
「えっ……雑魚?」
「クロス、貴様は嘘をついているな! あの方は儂よりも強い! あの方にしてみれば儂などペットレベルだ! そんなバレバレな嘘をつくではない! 馬鹿にしておるのか!?」
その怒りは頂点に達しているのだろう。
口から揺らめく様に漏れている炎がとても熱い。
この竜はウォペが罠に嵌められて弱体された事を知らないようだ。もっとも詳細について俺自身も聞いているわけではないが。
「まてっ! そう熱くなるな!」
「儂は冷静だ! この目を見れば分かるであろう! 氷の様に冷たく静かだ!」
言葉とは裏腹に、その眼は血走り燃え上がりそうに過熱している。
隣でハイネがその迫力に押されて、いつものをやらかしていたら、それが加速しそうで怖い。
(ハイネ、信じているぞ)
「クリカラ様、クリカラ様。その高貴な心で、もう少し話を聞いてみませんか?」
まるで事態を把握していないかのような言葉が竜と人の間に入ってくる。その主は人狼のミストだった。
「ミスト、いつの間に戻ったんだ?」
「えっと~~、ゴブリンキングがどうとかって話が出た時には居たよ」
その気配にクリカラですら気づいていた様子はない。その大きな目が更に開かれている。この竜ですら驚くとは、なかなかの隠密行動。
「お、おう。そうだ。儂は高貴な心の持ち主。下等生物相手でも話をちゃんと聞く。当たり前だ」
ミストのあっさりと手玉に取る、その言葉は天然なのか、それとも……。とにかく今はやる事をやるべきである。
「さっき言った通り、ウォペはフォルネウスって奴に嵌められたんだ。俺と合流した時にはレベルが20台だった。味方もおらず、ダンジョンの魔物の殆どが敵にまわっていた。あの場に現れたゴブリンキングに勝つ為に『館の住人』になる事を了承したんだよ」
「ウォペ殿がレベル20台……!? そのフォルネウスと言う奴が原因だというのか!? おのれぇ――! 許さん!」
(あ、また口から炎が漏れていますよ?)
クリカラにとってウォペがどのような存在であるかが、どんどんと気になっていいく。しかし、こちらからの質問に答えてもらえる気配は薄れていく一方だ。俺の背中に嫌な汗が出始めたとしても文句を言う奴はいないと思う。
「そのフォルネウスと言う奴はどこにおる!?」
「俺にはわからないな。ウォペの奴は心当たりがある様子だったけどな」
クリカラの瞳が細くなる。何か考え込んでいるのだろうか。その姿は妙に知的に見えるが、ここまでの会話から考えると気のせいかもしれない。
やがて唐突にクリカラの口から出た言葉は余りに予想外の言葉だった。
それは――
「特訓じゃ―――――――!」
洞窟に応援団さながらの竜の声が響いた。