上乗せ能力の真実
対峙するゴブリン達は仲間をやられた事を気にした様子もなく、こちらを獲物として見ているようだ。
「魔法のリキャストとやらが終わるまでどれくらいかかるんだ!?」
「2分……いえ、1分30秒ほどで何とかなると思います!」
「1分30秒ね……微妙だな」
相手が5匹で襲って来れば勝てる見込みは減る。
1匹づつで向かってくる事を願うばかりだ。
そんな期待はあっさりと裏切られる。
ホブゴブリン以外の4匹が距離を詰めてきたからだ。
しかし所詮は棍棒であり、こちらは攻撃範囲が狭いハーフブレードとナイフとはいえ、攻撃力が違いすぎるはずだ。レベルだって上乗せ分を合わせれば『12』である。殴られながらでも戦い続ければ有利になるのはこちらのはずだ。
「杖に魔力を吸収させる事に集中してくれ。なんとか食い止めるから」
「申し訳ありません。お願いします」
先制はダメ。隙を作る可能性がある。
抜けられてハイネが狙われてしまえば、勝率が下がる事は間違いない。守りを重視した戦い方が必要だ。
(集中しろ!)
2匹が正面から武器を振り回してくる。
低能かと思っていたが多少は知恵があるようだ。
挟み込むように左右からのスイングが襲ってくる。
受け止めるのは危険と判断する。
こちらの武器は殺傷能力が高いとはいえ、防御に適した武器じゃない。もちろん、受け流すなんて高度なテクニックを使えるわけもない。伏せた所で体格が一回り小さいゴブリンよりも低く交わす程、俺の体は柔らかくない。
となれば回避する方向は一つしかない。
後方に――
しかし、攻撃はそれだけではなかった。
2匹の陰から、新たな2匹が並んだ状態で棍棒を振り下ろしてくる。
予定よりも大きく下がるしかない。
バックステップを再度繰り返す。
しかし――
(まずい!)
既に数歩後ろにはハイネが居た。
これが奴らの狙いなのかもしれない。
一番厄介な魔法の使い手をつぶす事が。
完全にゴブリン達を舐めていた。
弱点を分かった上の連携による狩り。
つまり、ハイネが集中していて動けない事を理解している。
(魔法を使う事もリキャストも理解しての行動か!?)
同じ事を何度か繰り返されれば、守るべきハイネにまで攻撃は及ぶ。
「1対4って、こんなにきついのか……!」
何かの時代劇で1人で何十人も斬っていたのは、きっとウソだ。
同時に4匹に攻撃されると言うのは相乗効果がある。
こちらのレベルが圧倒的に高いなら別だが、レベル差はほとんどない。
防御に徹すれば不利になるのはこちらである。
(1分すらも待ってられない!)
心は決まった。
先ほどと同じように、あの2匹が攻撃を仕掛けてくる。
こいつらは俺が更に下がると思っているようだが、同じ攻撃をしてくるなら対応は出来る。もちろん、それが簡単だとは言えないが。
必要なのは勇気。
俺は前に踏み出す。
互いに前に出る行為が双方を急速に近づける。
予想していない行動に、ゴブリン2匹は決められていたであろう動きを止められない。
目の前に俺が迫る。
互いの息が感じ取れるほどの距離に。
その距離は完全に棍棒の攻撃範囲を『超えている』。
次の瞬間、2本の短い刃は2匹の各胸へと吸い込まれる。
(取った!)
刃は2匹の死へ届いていた。
予想以上に動けた。
予想以上にスムーズに攻撃出来た。
予想以上に上手く行き過ぎた。
これが上乗せのスキルなのかもしれない。
そしてこの先も予想していた。
相手の動きも予定通り。
残りの2匹の攻撃は――
俺の体へと叩き込まれた。
予定通り。
肉を切らせて骨を断つ。
順番が逆になっただけ。
ただ、そこから生まれた結果が予想外だった。
俺の体は地面に叩き伏せられた。
ダンジョンに入る前に装備したのは武器だけじゃない。
今装備している、この軽装な皮鎧だって特殊な魔法効果を帯びていて、防御力も対魔法効果もあるはずの装備品だ。そう聞いていた。
実際に呼び出した奴が、いざと言うときの為に娘に準備していた物だ。まがい物であるわけはない。
だが、どうだろうか?
2本の棍棒から生み出された衝撃に俺は耐えられなかった。
目の前に見えるのは地面だけだ。完全に地面とキスしている。背中に受けた衝撃は、車に弾かれたらこんな感じではないかと言うくらいに痛い。いや、痛いと言うよりも熱い。そして呼吸が出来ない。
(やばい!)
この時、自分の愚かな理解力にようやく気づいた。
自分がレベル1であり、そして……コピー元であるハイネは魔女。
そう、ステータスの内容を意識していなかった。
レベル1+11という考え方に納得していた。
違う。あくまで上乗せされるのはステータスなのだ。『魔女の耐久力』という計算をしていなかった。同じレベルなら防具も合わせれば何とか耐えられるはずだと。
――ゴブリンの攻撃を舐めていたのではなく、自分の力の過信。
呼吸は整わない。
体に力が入らない。
次の攻撃をしてくるはずのゴブリンを見る事さえできない。
(終わりか……ハイネ、すまない)
攻撃は放たれた。
俺にではない誰かに。
次の瞬間、自分と同じように地面に倒れる何か気配を感じ取る。
しかし、俺が認識できたのはそこまでだった。
脳を闇が支配していく感覚に抵抗できない。
その闇に意識を塗りつぶされた時、すべての感覚が消え去った。